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作品名:Freshness(フレッシュネス) 作者:鈴木翔太

第20回 20


 誘われた先にあったものは、荘厳に大地に根を張る巨木。自然がもたらした神秘の揺り籠たる恵褒樹であった。青々とした葉に覆われたその偉容は、金色の煌めきに飾り立てられ、なにか見る者を神聖な気持ちにさせる。
 樹木の中心では輝きが生物の心拍と同調するように点滅を繰り返しており、草木も自分たちと寸分の違いもなく、この世で懸命に生きているということを、フレイルはいまさらながらに実感させられた。
「これ、なんていう木だろ。実とか生るのかな……気になるな」
 フレイルがもっと近くに移動しようとすれば、恵褒樹を渦巻く煌めきの粒子が大自然の意に操られてか、嵐のように駆けめぐり、次々と動物へと変化した。
 煌めきが最初に模ったのは鹿であった。
 そのあとは犬の容姿を真似して吠える。
 さらに魚を虚構して優雅に泳いでみせる。
 見る見るうちに、現代までに存在した生物を続け様に表わしていく煌めきに合わせて、恵褒樹の鼓動は激しさを増していく。それにともなって外界へ向け放たれる輝度も強さを高めていき、フレイルはあまりの眩しさに目蓋を閉じて、両手を顔の前で交差させた。
 最高潮に達したきらきらしさはあたり一面を瞬く間に飲み込み、激しい突風となってフレイルの身体をすり抜けていき、あとには奇怪さなどまったくない、ごく普通の風景が残された。――それまでこの場にはいなかったモノがひとつ、恵褒樹の根のあいだから生誕を迎えたことをのぞいては。
「……ふーっ、目玉が焼き切れるかと思った。いきなり光り出すんだもんなぁ」
 失速した光明に目蓋を持ち上げたフレイルは、まだ白く灼ける視界のなか、のん気なことを言いながら眼を瞬かせる。幸いにも、ここは木々が寄り添ったニルゴア森林。目にやさしい緑は、そこらじゅうにそびえ立っていた。
「一瞬、本気で失明とか考えたぜ? とりあえず、取り越し苦労みたいだけど」
 隣に友があるわけでもなのに、フレイルの口先は静まることを知らない。
 延々と益体のない言葉を並べ立てるフレイルが口を噤んだのは、野草の絨毯に身体をまるめて寝転がる幼子の存在に気づいたときだった。
「眼鏡はネガティブなイメージあるし、コンタクトは目に押し込むっていうし、どっちも俺は遠慮するぜ。やっぱり人間は裸眼が一番だよ、裸眼が――お?」
 自分は両の眼に映った幼子のそばまで静かに近づき、相手の顔を覗き込んだ。
 白く柔らかそうな綿毛によく似た衣服に身を包んだその子は、短く切り揃えられた前髪を地べたにつけたまま、パッチリと大きな瞳を広げてこちらを見た。
「っ! よ、よう……?」
「…………。………………」
 目と目が合ったので反射的に挨拶したが、その子は二度瞬きをしただけで、特に言葉を返してはくれなかった。
 ただ、あたり一面を低い視界のまま見わたして、自らの置かれている状況を読み込もうとしているらしいことだけは、どことなくフレイルにも理解できる。
「えっと、おチビちゃん……いや、くん、かな? ともかく、お前さっきまでここにはいなかったよな? どっから現れた?」
「………………」
「……頼むぜ、何か喋ってくれよ。名前とか住所だとかを教えてくれないと、お前を家まで送り届けらんないだろ?」
「………………」
 男の子とも女の子とも判別のつかない中性的な容姿をした幼子は、フレイルの投げかける言葉には一切答えず、かといって無視をするでもなく、こちらの眼を真っ直ぐに見つめながら、等身大の人形のように地面に横になっている。
「わかった。質問は後回しだ。まずは服と髪が汚れるから、立ち上がろうな」
 ひとまず、あらゆる疑問をほっぽり出すことにし、幼子の両腕を掴んで相手を起き上がらせる。幼子はこれに少し驚いた顔をして見せたが、されるがまま立ち上がると、重心の取り方がわからないのか、ふらついて転びそうになった。
「おい、危ないって! しっかりしてくれよ」
「………………!」
 後ろから倒れ込みそうになった相手の右腕を掴んで引き寄せてやれば、幼子はやはりというべきか――足の指先に力を込めることもせず――、いとも簡単に胸元に抱き寄せられた。
 安堵したフレイルが流れにそうように片腕を背中に回してみても、幼子には何ひとつ抵抗する様子がない。依然としてパチパチと瞬きをして、フレイルの顔を眺めるばかりである。
「………………」
「? なんだよ?」
「………………」
「ひょっとして、今の状態が不満か? 仕方ないじゃんかよ、お前、転びそうだったんだから」
 相手の意図と合致しているかはわからないけれど、フレイルは困り顔で弁明した。鮮度の申し子とて、こんな小さな子供をわざわざ抱きしめる趣味はない。
 強いていえば、自分に対し保護慾旺盛なのと情念に左右されてダークサイドに堕ちる確率の高いのが玉に瑕だが、基本的にしっかりしている同年代の女子≠ェ好みなのだと言える。今一緒にいるような相手とは似ても似つかない。
「…………っ、…………っ」
「おい、お前何して……コラッ! 他人の胸元嗅ぐなよ!」
「……っ、……っっ………」
「おーい、本当になんなんだよ。お客さーん、聞いてますかー?」
 どうしてなのか、鼻をはたらかせている幼子の頭に手刀を繰り出しながら、フレイルは自分の現状に頭を痛めた。
 煌めきを追って踏み込んだ森林地帯で、自然界のライトパフォーマンスを拝見したかと思えば、気づかぬうちに出現した子供を成りゆきで抱きしめ、言葉を交えてくれないその子に身体を嗅がれている。
 簡単にまとめると己自身でも、思わず「なんのこっちゃ」と言いたくなった。
 何分か前までは、これから起こることは何者にも信じてもらえなくていい、みたいなことを考えていたが、あれはやはり取りやめだ。誰だっていいから、この状況を共有し、思いつきでかまわないから、実家に帰る手立てを講じてはくれないだろうか。
「………………♪」
 溜め息をつきそうになったこちらに、幼子は不思議と機嫌が良さそうに笑顔を作った。無口ではあるが、無愛想というわけではないらしい。
 フレイルは相手につられて力のない笑みを浮かべ、軽く自分の頭を小突き、さっきより真剣に脳を活動させようと試みる。
 これがあの光の延長線上の出来事なら、もしや、この子はあの木から――?
 いちばん可能性の低そうな解だが、超常現象を目の当たりにした自分には、それこそがもっともらしい結論に感じられた。
 幼子が倒れていた位置も、狙い澄ましたように巨木の真下あたりだ。
 それにフレイルの認識と記憶において、煌めきが引いていくその直前まで、断じて自分以外の者が近づいた気配はなかった。
「つまりお前は、木から生まれた妖精か何かってことになると思うんだけど。この推理、どう?」
「………………?」
「――うん。答えちゃくれないんだよな。実は承知のうえで聞いたよ」
「………………♪」
 知恵を絞り出して言い放った推論に、幼子はきょとんと小首をかしげる。
 こちらがそれにガッカリと首を垂れると、相手は楽しそうに微笑んだ。
「でも、どうするかな。そうだとしたら、俺はお前を置いてけぼりにすべきか?」
 あくまで真偽のほどはうかがい知れぬ仮定の話である。
 この子を残して家路についたあと、もしも、この子が無残な姿で発見されたといったふうな知らせが耳に届いたら、フレイルは悔やんでも悔やみきれない自責の念にとらわれるだろう。
 あるいは両親と森林を探検中に、誤って迷い込んでしまったのかも知れない。
 声を発さないことも、道中で獣たちに脅かされた後遺症でないと、どうして言いきれようか。
 ――あれ? そういや、なんで俺は獣に一匹も出くわしてないんだ?
 森林に入った始めの時点で気づいておくべきだった事柄に、ようやく、眉をひそめるフレイル。
 そして、あたかもそれが引鉄であったかのように大地は激しく震えだして、フレイルのはるか後方から地鳴りを引き連れた獣の大軍勢が、恵褒樹に向けて足並みを崩さず進行してくる。
 土煙と汚泥を巻き上げる軍勢のけたたましい襲来に、それまで和やかに幼子と戯れていたフレイルは度肝をぬかれて、口元を引きつらせる。
「おっ、おチビ! 早く俺にしがみつけ! 離すなよ!」
 事もなげに距離を縮めてくる獣たちから逃れるべく、幼子を抱きかかえて、自走機関のある地点を目指し両足を動かした。
〈エクスキャリバー〉と従牙の騒乱など露と知らないフレイルは、この場をやり過ごすことだけを考え、脇目も振らずに身体を駆使する。
 誰よりも多くに興味を示し、その実、誰よりも無知な少年が、己が手のうちにあるモノこそが現世の万物を支える至宝と学習するのは、もうしばらく先の話である。


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