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作品名:Freshness(フレッシュネス) 作者:鈴木翔太

第10回 10


 住人たちから見限られた廃棄機材が連なる名所、ガラクタ山よりさらに後方数キロの地点から、かつての文明の象徴たる遺跡を内包する、ニルゴア森林は存在する。
 環境の変化に応じた獰猛な獣たちが生ける、大自然の牙城のうちにあって、なにより目を引くのは金色の輝きを放つ巨木――恵褒樹(えほうじゅ)である。心臓の鼓動がごとく自らの樹皮を発光させる、この恵褒樹は、世界に点在する各地の遺跡に守られ、現存を保っている。
 古代の人類はなぜ、この種の保存に力を尽くしたのか。
 そして、なぜ神のように崇拝したのかを知る者は、決して多くはない。
 さらに付け加えていえば、真の意味で恵褒樹を得がたき奇跡と理解しているものは、自然界のなかで間近で神秘に触れられる森の住民だけであろう。
《グルルルルルル……ッ》
 ぐるりと恵褒樹を取り囲む鳥や獣たちのなか、ひときわ異彩を放つ巨体が、高揚を隠そうともせずに荒い唸り声を絞り出す。
 狼にちかい身体的特徴を持つその野獣は、身体じゅうが黒い毛並で覆われ、紅い紋様が肢体に印されていた。
 明らかにほかの獣と一線を画する存在であるその個体はグルナードといい、あと一時間たらずで地上に生れ落ちようとしている結晶体を守護する牙、従牙としての役目をもつものであった。
 降誕祭より恵褒樹から誕生する結晶体はひたすらに純粋無垢であり、それまでの結晶体から記憶が引き継がれることもないため、グルナードをはじめとする従牙が導き手となり、悲願達成のために注力するのが習わしとなっている。
 そしてグルナードは、従牙≠ニして受け継がれてきた自らの血統に貴族的な誇りをもち、結晶体への忠義も一族でずば抜けていると自負していた。
 毛並みに隠れた幾重もの負傷は、これまで勃発した人と獣による結晶体をめぐる攻防の苛烈さを如実に物語るばかりではなく、グルナードの従牙としての勇猛さを表す勲章でもあるということだ。
《グルナード》
 我が身を犠牲にしてでも護りとおすと固く心に決めた主君を前に、逸る想いに興奮状態にあるグルナードへ、背後から静かに声をかけるものがあった。
 その獣はこちらとほぼ同じ身体的特徴をもちながらも、体格はグルナードに比べればやや細く、身に纏う体毛は白。肢体に印された紋様は蒼となっている。
《無駄に気を昂ぶらせるな。集いし者の一部が、オマエの猛りに怯えているぞ》
《それがどうした、ミシル。オレの知ったことか》
 従牙として先輩にあたるミシルへと体勢を向き直してから、グルナードは血気に言葉を返した。
《臆病者は尻尾を巻いて去ればいい。我が君の護衛は、強くなくては務まらん》
《ふむ、確かに……。それを否定するつもりはない》
《ならば要らぬ話題を振るな。キサマも持ち場につけ。もうじき人間どもが、我が君の生誕を嗅ぎつけてやって来るのだろう?》
《おそらくは、だがな。人間どもが簒奪に移るまでの周期は、これまでの戦でよくよく心得ている》
 政府機構から遣わされた調査隊を目撃していたミシルは、敵方が結晶体に接触するまでの期間を、今までの経験から割り出すことができていた。
 獣たちは結晶体の再誕を祝うためだけに集まったわけではなく、必ずや結晶体の確保に乗り出す隊士たちを迎撃すべく、ニルゴア森林のなかで防護隊形を整えているのである。
《だがグルナード。人間どもに牙を剥こうにも、オマエの覇気が集いし者たちの士気を下げては困りものだ》
 従牙として知恵を以て戦時の采配を司るミシルは、グルナードのそばまで歩み寄ると、先の攻防戦で失われた相手の右耳に目を向ける。
《それから、オマエ自身の傷を癒すことも忘れるな。面倒だと放っておけば、傷口から肉体が腐れ落ちるぞ》
《オレの肉体なぞどうなろうとかまわん! ミシル、キサマも従牙であるなら、我が君の身のみを案じていろ!》
 グルナードは噛みつくように猛り、鋭く磨かれた牙をミシルに見せつけた。
 こうした振る舞いに小さな獣や力の弱い鳥たちは怯え、ハラハラした面持ちで二匹のやりとりを固唾を飲んで見守っている。
 なにせ、グルナードとミシルは歴戦の従牙だ。成り立ちからしてほかの獣たちとは異なる、結晶体の二重の牙。
 鋭敏な動物的感性によって、自分たちにはこの二匹を止められるほどの力量が天から与えられていないことを、獣たちは本能で悟っていた。
《――言われずとも、ワタシは我が君のために尽力する。だがなグルナード、彼を愛するように友であるオマエも、ワタシはかけがえない存在と思っている》
 獣たちの懸念とは裏腹に、ミシルの態度は怒声を浴びせられても落ち着きをはらい、真摯なものであった。
 これに年長者としての貫禄と親愛を覚え、グルナードはミシルの言を受けて己を抑えた。相手がいかが言葉を続けるにしても、最後まで聴覚をかたむけることにしたのだ。
《ワタシたちは皆、我が君の寵愛を授かり受けしもの。我が君なくして、存在せぬものだ。恩義や忠節を抱くのは当然のこと。――けれどだからといって、我が君を護るため己を蔑ろにするという決意は、真っ当な覚悟と言えようか?》
《………………》
《歴代従牙の誰も、そして我が君自身も、生きようとすらせぬ愚昧に助力などもたらしてくれるはずがない。目的を果たしたいのなら、己を労われ》
《グルルルル……》
 左耳から届けられた説き伏せるような声音に、グルナードは恵褒樹へと視点を移し、さらにその奥に鎮座する墓碑に目をくれた。遺跡の断片を爪と牙とで加工したそれらには、これまでに散っていった数多くの従牙の名が刻まれ、大義の成就に奮闘した肉体は地に還ることで久遠の眠りについている。
 グルナードは各地で栄え、連綿と受け継がれた従牙の血筋であるため、墓碑に刻まれたものたちのほとんどを知っていた。
 彼らが、ミシルの言うような想いで自分を視ているのだとしたなら、それは我が身が一族の誇りを貶めているということではないだろうか。しかもそれは、主君の反感さえも招いているという。
《グルル……ル》
 グルナードは己の理念を顧みて歯噛みする。大任にとらわれ、最も根本的な思考を放棄した自らが、とても浅慮に感じたのだ。
《我が友、グルナードよ。ワタシの意を汲んでくれるか?》
《――――いいだろう。我が君を導くのもオレの役目だ。そのための英気は、養っておかなくてはな》
 グルナードの口ぶりは素直とは言いがたいものであったが、ミシルは同意を示した親友の言葉に、ホッと嘆息した。
 ミシルは仲間は己≠ニする集団思想の持ち主であり、志をともにするものに対して、調和と安寧を常に求めているためである。親友であり戦力でもあるグルナードを失うことは、ミシル自身の霊魂の空虚と森(仲間たち)における多大なる損失という観点から、どうあっても避けたい事柄だったのだ。
《ッ……!!》
 突如として、樹木の枝にとまっている鳥たちが騒ぎ始めた。
 異変を察知して上空に目を向けると、高みからニルゴア森林を見下す三機の飛翔艇が、不遜にもこちらに近づいてきているのがわかる。
 人類の手によって生態系を崩され独自に進化した獣たちは、驚異的な視力で次々とその事実を見咎め、憤怒に身を焦がした。そののち激しい意志の昂ぶりを垣間見せ、各々は任されている持ち場へと怒涛の勢いで移動を開始する。
《ふん。どうやら此度は、そうした猶予はないようだがな。ミシル、指示を!》
《心得た。これより防衛戦を展開するッ!》
 グルナードとミシルも戦闘態勢に入ると、素早く森林のなかを駆けぬける。
 此度こそは決して、結晶体を人間なぞに奪わせてなるものか!


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