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作品名:向日葵とサマー 作者:水星

第4回 智己
臨月を迎え、いよいよお腹の大きくなった夏実は、里穂を連れて実家に帰ることにした。
帰る、と言っても実家と自宅は自転車でわずか三十分ほどの距離だ。
それにもかかわらず、心配性の夏実の母は帰ってくるようにうるさく夏実にせっついた。
夏実自身も接待や残業で帰宅が遅い夫も当てにできず、いざという時に里穂を見てくれる人がいることに心強さを感じていた。
 予定日を二日ほど過ぎたころ、夏実は懐かしい痛みを感じて、母を呼んだ。
周期的に寄せては返す痛みの間隔からすると出産までにはまだ時間があるように思えた。
念のために母が産婦人科に電話をかけると、「経産婦さんの場合は、突然、陣痛が進むこともありますから、
早めに準備をしてこちらに来てください。今から来ていただいても大丈夫ですよ」としっかりした声で言われた。
気の小さい夏実は病院に向かうためタクシー会社に電話をいれた。ボストンバッグには入院の準備がそろっている。
夏実は里穂を呼ぶと、
「ママ、今から赤ちゃんを産むために病院に行ってくるから、里穂はおばあちゃんと一緒に良い子にして待っていてくれる?
もう夜だし、ちゃんとご飯食べてねんねするのよ。」
「えーっ。里穂も、赤ちゃん見たい。一緒に行く」
「赤ちゃんを産むお部屋には小さい子は一緒に入れないの。ママもちょっと不安だから、
里穂ちゃんがついてきてくれると嬉しいけど、我慢するね。だから里穂ちゃんも我慢してね。
明日の朝には、産まれると思うから、里穂ちゃん、幼稚園をお休みして、おばあちゃんと一緒に病院に来てくれる?」
「行く行く」里穂は目を輝かせると、「いってらっしゃい、ママ」と夏実を送り出した。
「お母さん、隆行さんにも連絡して」
「わかった。大丈夫?」
「二人目だし、大丈夫よ。里穂の時も安産だったしね」
夏実は余裕の笑顔で答えると、ボストンバッグを持って、タクシーに乗り込んだ。
 二人目は安産だと誰もが言っていたので、すっかり油断していた夏実だったが、予想に反しての大難産となった。
頭が見えてくるまでは順調だったものの、助産師さんが「もうすぐですよ。」と言ってからが、にっちもさっちも進まない。
陣痛も最大の難所にさしかかり、激痛が夏実を襲う中、助産師さんがぽつりと、「もしかして、大きい?」とつぶやくのが聞こえた。
大きいって、超音波で見たときは、そこまで大きいって言ってなかったじゃないのよ!と夏実は心の中で叫んだ。
「先生、呼んできて」助産師さんの緊張した声が聞こえてくる。
(まさか今さら、帝王切開にしますとか言わないよね。それはないわ〜。ここまで頑張らせておいてそれはないよね。
ってか、私、絶対に嫌)夏実は、気合いをふりしぼった。慌ただしく扉が開いて、院長先生がかけこんできた。
この病院で一番の腕利きだ。(大丈夫。この先生なら)夏実は安堵のため息をつくと、全力でいきんだ。
 オギャア、オギャア、オギャア。
 勢いの良い泣き声が聞こえた時、夏実は思わず、声をあげて泣き出した。部活で全力を出し切ったあとのような気持ちの良い涙。
 なんて幸せなのかしら。
 感涙にむせんでいると看護師さんが赤ちゃんをそっと抱かせてくれた。疲れ切って目を閉じている赤ちゃんは予想以上に大きかった。
「四キロを超えていました。よく頑張りましたね。」
 その言葉を聞いて夏実は、驚きのあまり脱力した。(それは難産だったわけだわ。)頭をそっとなでると赤ちゃんが、目を開けた。
二重瞼の大きな目。(可愛い!)その目を見ていると、今までの苦労が全て報われた気がした。
(里穂の時みたいに公園に毎日連れて行って遊ばせてあげよう。男の子だし喜ぶだろうなあ)
「と〜もき!」夏実は赤ん坊の頭をなでながら、隆行と決めた名前を呼びかけた。智己は小さな口を開けて、眠そうにあくびをした。
歯のない小さな口元はぷるぷるしている。夏実は包み込むような幸福感を絶対に忘れないと誓った。


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