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作品名:向日葵とサマー 作者:水星

第3回 夏実
タクシーで母と一緒に実家に戻ると、夏実はどっと疲れを感じて横になった。
(あ〜、もう今日は、家に帰りたくないなあ。実家に泊まるって言ったら、隆行さん、怒るかしら?
仕事の忙しい時期だから、そんなに気にしないかな?)
月末は証券マンにとってノルマを埋める大変な時期だ。夏実は隆行と共に、働いていた頃を思い出していた。
四年制大学を出て、金融機関の一般職の採用を目指していたところ、予想外の狭き門に足を引っ張られ、
まさかの総合職として採用された。転勤のない地域密着型総合職だ。
先輩の女性たちは、海外ブランドのスーツを着こなし、軽やかに仕事をこなしていた。
地方の公立大学卒業の夏実には見たこともないような華やかな世界。鶴の一声で何千万、億というお金が動いていく日々。
トップセールスの先輩の電話の声が聞こえてくる。
「今度、上場する会社なんですけどね、この業界なら通常の株価は三千円くらいなんですけど、
今回の公募価格は、二千二百円で……えっ?私、嘘なんてついていませんよ。うふふふふ。ご飯ですか?本当に?
考えておきますね。それで、こちらの株の入札ですが、千株でよろしいでしょうか?」
受話器を置くなり、先ほどまでの裏声とは打って変わった低い声で、「あの屑。」と言い放つと、
「お昼食べに行ってくるわ。夏ちゃん、電話番よろしく。みゆき、行こう」とハイヒールを鳴らして立ち去っていった。
夕方までにまだ五件は入札をとらなければならない。
どう考えても、公募価格を上回りそうもない銘柄に夏実の心はチクチクと痛んだ。
リサーチが作った資料を見ながら、夏実は憧れていた世界の現実と実際のギャップに居心地の悪さを感じていた。
次長にやいのやいのと言われている投資信託のノルマも出来そうにない。入札は数十軒電話して、全て断られた。
先輩たちのような図太さも華麗さも持ち合わせてなかった。そんな時、同期の隆行に交際を申し込まれた。
 メンタルの弱い夏実と違い隆行はいつも前向きで強い人間だった。気に入らない仕事は上司でも先輩でもはっきりと言い、
自分の納得のいく仕事には全精力を傾けていた。(この人と一緒なら大丈夫かもしれない)
ある意味、詰んだ状態の夏実は、逃げるように隆行と結婚した。まあまあの大学を卒業し、まあまあの会社に就職し、
まあまあの人と結婚してまあまあの人生を送る。それなりに平和で退屈な日々。
中学時代に波乱万丈の人生が送りたいと級友に豪語した夏実にはほんの少し不満なところもあったが、
悪くない、というのが実感だった。


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