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作品名:向日葵とサマー 作者:水星

第1回 プロローグ
 波のように襲ってくる恐怖感に夏実は思わずしゃがみこんだ。
心拍数は跳ね上がり、喉元が締め付けられて苦しい。
 これ、いつ開封したっけ?手の中の赤ワイン。賞味期限は一年以上先だ。だから、多分、使っても大丈夫……。
でも、ラベルには開封後にはお早目にお召し上がりくださいって書いてある。
お早目って具体的には、どれくらい?二週間?一か月?三か月?ああ、でも、もうワインは入れてしまった。
フライパンの中のハンバーグは美味しそうな音をたてている。これをこのまま、捨ててしまうのはもったいない。
でも、もし、このワインが古くて食べたとたんに身体に異変が起きたら?私の大切な家族が死んでしまったら?
私自身が死んでしまったら?そんなことあるわけない。理性ではよく分かっている。
自分でも、あきれるくらいおかしなことで悩んでいるのは分かっている。
それなのに、心拍数は、今や一分間に百三十くらいまで跳ね上がっている。
 まただ。またこの発作だ。世界がさかさまになってしまうような感覚。パニック。凄まじい恐怖。
私の大切な子供。ダメだ。あの子を一人で残してはいけない。
 夏実は、ハンバーグの火を名残惜しそうに止めるとフライパンの中身を丸ごとゴミ箱に捨てた。
 初めて、この発作に襲われたのはいつのことだったろう。
きっかけは二人目の子供を妊娠していた時に、産婦人科で打たれた注射のせいだ。
胃痙攣を起こした夏実に主治医は早産を予防するためと注射を打った。
これまで副作用とは無縁の人生を送っていた夏実は何も考えず、腕を差し出し、
これで胃の痛みとおさらば出来るとホッとしていた。
注射を打ち、会計から呼び出すアナウンスが聞こえ、やれやれ、やっと帰れると席を立ちあがった瞬間、
ドーンと激しいショックに襲われ、夏実は目の前が真っ暗になった。
 なに?
 そう思った次の瞬間、自分の顔は床とキスしており、倒れた衝撃で手に持っていた財布から小銭がこぼれ落ちていた。
 小銭入れの蓋、閉めなきゃ。
 あわてて閉めようとするが、指が全く動かない。目の前に見えている人差し指と財布の蓋。この僅かな動作がどうしても出来ない。
 私の指なのにどうして?何が起きたの?
 混乱の中、夏実は声をあげて助けを呼ぼうとしたが、喉の筋肉が硬直して、うめき声さえ出てこない。
異常に気付いた周囲の人たちが、ざわめいている。
間もなく大勢の看護師がやってくると、夏実は担架に乗せられ、処置室に運び込まれた。
「心拍数、低下」「血圧、低下」看護師たちが夏実の身体に計器をつないでいく。緊張した声が飛び交い、点滴の準備をしていた。
(私、このまま死んじゃうのかな)薄れてゆく意識の中で、それもそれで悪くないか……と人ごとのように思っていた。
上の娘の里穂は四歳になり、だいぶしっかりしてきたし、おじいちゃんやおばあちゃんも近くに住んでいる。
お腹の子は男の子だと聞いていた。待望の男の子!性別を聞いた時には本当に嬉しかった。
この子と二人ならどこに行っても大丈夫だろう。点滴が腕を通して、身体中にしみわたってくる感覚を最後に、
夏実は真っ暗な世界に沈み込んでいった。


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