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作品名:時の隙間の小さな話 作者:待井久仁子

第7回 ピーちゃんのお風呂 (テーマ:パピプペポ)
『ぱ』パパがかってきたのは
『ぴ』ピーちゃん ことりのピーちゃん
『ぷ』ぷくぷくしててとってもかわいい
『ぺ』ペットじゃなくてかぞくみたい

「ヨシ君のおうち……この辺よね」
 職員室で用意しておいた地図を頼りに、欠席したヨシ君の家を訪ねるところだった。普通は一日休んだ程度で家を訪問する事はないが、今回は例外だった。
 家を見つけ、表札をなぞりながらヨシ君のお父さんからの電話を思い出す。
『すみません……今日は休ませます。具合? いえ全然。そうじゃなく……いや、とにかく今日は外には出しません。ーーどうしてあんな』
 苛立ちに似た困惑と動揺の入り交じる声。その後ろからはお母さんの声もしていた。ヨシくん、分かってる? ねぇ、ヨシくん――と、そんな声が。
 ひどく狼狽え、動転している風だった。どうにも気にかかり、訪問して話を聞く事になった。
 
 コートを片手にチャイムを鳴らす。家の奥から軽い足音が響いてきた。
「だぁれー?」
 おや、ヨシ君だ。思いの外元気そうな声に安堵する。
「先生です。今日伺いますって約束していたの」
「ママ『おちゃがし』買いに行っちゃった」
 ヨシくんは小学一年生にしては幼さの残る子だ。ドアを開けて「どうぞ」と招いてくれた。特段いつもと変わった様子は見受けられない。
「お留守番中に人を入れちゃ駄目なんじゃない?」
「先生が来たら中に入れてあげてって言われてるから、平気だよ」
 勧められたソファに腰を下ろす。少しするとヨシ君がコーヒーを運んで来てくれた。
「おっ、ヨシ君コーヒー淹れられるんだ?」
 ヨシ君ははにかみながら「インスタントだよ」と言う。
 来客用のカップではなく家族用のマグカップなのはご愛嬌だ。
「お客さん来たら、お茶出さないと失礼なんだよ」
 ソファに飛び込んで座るヨシ君には具合の悪そうなところはない。
「今日お休みだったけど、何かあったのかな?」
 訊くと、ヨシ君は少しだけ困った顔をした。
「んー……何か、お家にいなさいって言われた」
 今朝の電話の『どうしてあんな、平然として――』という言葉を思い出す。怒られたのに平気な顔をしているなんて、という事だろうか。
「怒られたりした?」
「違うよ、パパ怒ってはいなかったよ。もっと変なの。ーーえっとね、昨日、寒かったでしょ」
「そうね。今日もとっても寒い。コーヒーあったかくて嬉しいよ」
 薄いコーヒーばかり飲んでいる私には馴染みのない薫りがする。一口飲むごとに暖かさが体に染み込んでいくようだった。
「それでね、……あっ! 宿題の作文!」
 いきなり話がそれて拍子抜けする。ヨシ君は宿題のあいうえお作文を「ちゃんと今日出すつもりだったんだよ」と渡してくる。
「ぱ行を選ぶとは……」と呟きつつ目を通す。小鳥の話だ。……おや、「ぺ」までしか書いていない。
「ヨシ君、『ぽ』は? ちゃんと終わりまで書かないと受け取れません」
「んー……『ぽ』はねぇー」
 ソファの背もたれを指先でいじり始めた。
「ちゃんと書いたんだけど、駄目ってパパが。――昨日、ピーちゃんをあっためてあげようとしたんだ」
「……? 優しいのね」
「それでピーちゃんもお風呂に入れてあげようと思って」
 へぇ、小鳥にお風呂……。
「人間用のじゃない小さいお風呂がいいよねって入れてあげて、スイッチ押したんだ。中からするピーちゃんの鳴き声聞いてたら眠くなっちゃって」
 半分まで飲んだコーヒーのカップを置く。
「朝起きたらパパとママがピーちゃんのお風呂を開けてて、何かすごい臭くって。何をしてるんだ、ピーちゃん死んじゃってるじゃないかってパパたち変な顔してた」
 こくり、と口に含んだままだった液体を飲み込んだ。
「死んじゃうくらい熱くなるんだね。ピーちゃんすごい汚くなっちゃってたよ」
 純真な瞳のままこともなげに言う。……小鳥の命を奪った事に、心が動かされた様子もない。
 両親の驚愕と恐れを理解できていない目の前の子供に、俄に空恐ろしさを覚えた。
 そして同時に、私は違う事にも気づき、震えていた。――口の中に違和感がある。
「ピーちゃんは庭に埋めたよ。『それも洗って捨てなさい』って言われたんだけど、何かが詰まってて取れなくって。でも、お湯を沸かすのにやかんは使っちゃ駄目だから」
 口内で舌を動かし、違和感の正体を探る。ごそごそとした、繊維のようなもの。
「ねえ、先生」
 変わらずに屈託のない瞳でヨシ君が問いかけてきた。
「コーヒー、美味しい?」
 口元に手を当てる。違和感の正体を取り出すと、それは汚く変色した鳥の羽根。
 ぴい、と幻聴がする。熱湯の中で泣き叫ぶ、耳をつんざくような悲鳴が。
 ぴぎぃぃぃぃ、というその声に胃をこじ開けられるように。
 私はその場で嘔吐した。

『ぽ』ポットにいれたらしんじゃった


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