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作品名:時の隙間の小さな話 作者:待井久仁子

第5回 おべんとう切符 (テーマ:弁当)
 一日に数本しかバスの来ない停留所で、お弁当を食べながらバスを待つのが私の日課だ。日差しを遮る屋根の下、私の他にバスを待つ人間はいつもいない。
 ベンチに座り、母に持たされたお弁当の包みを取り出す。
「やっぱり、大きいなぁ」
 いつもは普通の弁当箱に詰めてくれるのに「今日は作り過ぎちゃって」と重箱を持たされた。とても食べきれる量ではない。
 いざ食べようかと箸を構えた時、バス亭に向かう道を歩いてくる小さな姿を見つけた。
「ああ、やっと着いた」
 息を切らしてやって来たのは、何とうさぎだった。
「……こ、こんにちは」
「こんにちは。今日は暑くていけませんね」
 私の動揺に気付かずに、うさぎはにこやかに返事をしてくれる。耳の先からつま先まで、どこもかしこも真っ白だ。自分の身長と同じくらいのピンクの花を持っている。
「あの、その花は?」
 興味をそそられて尋ねると、「日傘ですよ」と頭上に差して見せてくれた。
「これだけ日が強いと、日焼けしてしまいますから」
 日焼けをしたらどんな姿になるのだろう……と想像してしまった。うさぎは屋根の下でも日傘の花を差したまま、ちょこんとベンチに座った。
「……ニンジンはお好きでしょうか」
 重箱の中のニンジンを見せた。するとうさぎはいかにも嬉しそうに耳をぴん、と立てた。
「大好物ですよ! 何て綺麗な色のニンジンでしょう」
「母の手作りなんです。たくさん作ってくれたのですが食べきれそうにないので、良かったら」
 するとうさぎは、え、え、と戸惑いながら、「お返しできる物がありません」と言う。「お返しは要りませんよ、一緒に食べて下さいな」と返すとはにかみながらニンジンに手を伸ばしてくれた。
「とても優しい味ですね」
「他のおかずもどうぞ」
 お弁当を食べつつバスを待っていると、今度はウサギよりも小さなものがやって来た。ふうやれやれ、ふうやれやれ、と汗を拭き拭き到着する。それはお面を被った人差し指位の小人だった。喉が渇いているようだったので水筒の麦茶をすすめた。
「これはどうも、お優しい方」
 丁寧にお辞儀をしてくれる。水分も摂って落ち着いたのを見計らい、こちらにも重箱を見せた。
「お豆はお好きでしょうか」
 何となく豆が好きそうだという先入観である。小人はお面の隙間から見える頬を紅潮させて「豆!」と言った。どうやらお好きなようである。「どうぞ」と差し出すと、うさぎ以上に恐縮して「返せる物が無いのです」と泣きそうな声で言う。
「お返しなんて結構ですよ」
 食べきれないんですから、他のおかずもぜひどうぞ。ホラうさぎさんもまだまだどうぞ。――なんてやり取りをしていたら、バスがやって来た。
「あ、来ました、ね――?」
 声が上擦った。私の知るバスではない。けれどうさぎは「来ましたね。あなたのおかげで楽しく待てました」と言ってベンチを立つ。小人も「ええ実に」なんて言っている。
 ……それは毛並の艶やかな、瞳のつぶらなモモンガだった。――しかも、私よりもかなり大きい。
「人間のお嬢さん」
「は、はい!」
 小人は紺の帽子を被った。実は車掌なんです、と言いながら。
「良ければ一緒に乗りませんか。私達の村へ遊びにいらして下さい」
 するとうさぎも「それはいいですね!」と賛同した。
「普段は人間を連れて行く事はないんですけど、お礼がしたいですもの! 美味しい物がうんとあるんですよ。お返しをさせて下さい」
 いいえ、と辞退しようかと思ったが、異世界への好奇心が湧いた。それにうさぎも小人も純粋な善意で誘っているのが分かったから、怖い事もないだろう。
 にこにこと微笑む二人の手を取って、「それでは、ぜひ」と答えると、バスのモモンガも瞳で笑いかけてくれた。
 小人の車掌は「お嬢さんの切符がわりに」とお面を外してモモンガの右耳に乗せた(何と、その下にもお面を被っている)。うさぎも「乗車賃のおまけに」と言って、日傘の花びらを自分の分一枚、私の分を一枚引き抜いて左耳に乗せた。
「こちらの車掌さんは腕がいいですから、乗り心地は抜群ですよ」
 嬉しそうに教えてくれる。
「村までは少しかかりますが、大丈夫でしょうか?」
「家族が心配しない時間に帰れるなら、大丈夫です」
「それなら心配ありません。お土産たくさん持って行って下さいね!」
 車掌の「しゅっぱーつ」の声でモモンガは地上から浮き上がり、ぶわっと飛び始めた。
「うさぎさん、車掌さん。モモンガさんも」
 食べかけのお弁当を柔らかな毛並に広げる。
「お弁当、食べましょう」
 頬を切る風を気持ちよく受け、みんなで楽しくお弁当を食べる。
 重箱に詰まったお弁当が異世界への切符になるとは思いもしなかった。きっと帰りには、見た事も食べた事もないような食べ物がこの重箱に詰められる事になるのだろう。


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