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作品名:時の隙間の小さな話 作者:待井久仁子

第44回 白い森に彷徨う (テーマ:事件)
 白い森にいる。私はここから出られない。
 私は死んだばかりで疲れてしまって何もしたくはない。なのに私の手は一本の腕を掴んでいて、それを離そうとはしないのだ。
 腕の先に胴体はない。
 だけど腕の主が私を責めているのは感じ取れる。声がするから。
(――お前のせいでこんな姿になってしまった)
 その声は真上の樹の枝から降りてくる。……ああ、そこから見ているのか。そこから私を見張って苛むのか。
 緩慢に首を動かして声の在り処を見上げれば、そこにあの子の首が白い葉に埋もれて私を睨み、引っかかっている。首の先に胴体はない。
(早く集めなさいよ)
 首筋に赤黒い跡をつけたあの子が言う。その指の跡は太い男のもので、女の私の手とは違う。けれどあの首を締め上げて殺したのは私なのだと認識していた。
 あの殺人者は私だったのだ。
 樹にのぼって首を回収した。私が殺したのだから、私が集めなくてはいけない。
 地面も花も一様に白いこの森に、あの子の死体が散らばっている。私が殺してきた幾人ものあの子の断片が、樹の枝に引っかかり地に埋まり草むらに落ちている。
 たくさん殺したのだから、たくさん集めなくては。
 腕の中の首を見つめる。
 私の世界を蹂躙し続けた少女――アサミ。この森に散らばる死体はアサミのものだ。

 幼い頃からアサミは悪の芽を持つ子だった。中学生になる頃には見事にそれを開花させ、親友だったはずの私を虐げることに楽しみを見出した。
 私の長い髪はアサミの手により無残に切り刻まれた。
 生きている時、私はアサミを殺すことばかりを夢想していた。教室で上手く息が出来なくなった私が唯一思い描ける夢だった。
 私は夢の中で色々な方法で――それこそ、ありとあらゆる方法であの子を殺した。私の手でアサミが醜い死を晒す夢は、ひどく幸せなものだった。
 けれど夢の中で幾度縊り殺したとて刺し殺したとて、翌朝になればアサミはやはり私を見てせせら笑うのだった。
 殺し続けても終わらない地獄に私はとうとう昏い思いに突き動かされ、ナイフを持ってアサミの家を訪ねた。
 窓から覗き込んだアサミの部屋。そこにあの男――殺人者がいた。
 男は大きな手に力を込めて、アサミの首を締め上げているところだった。
 もがき苦しむアサミが死体となって床に転がった時、男と目が合った。
 その瞬間、全身が歓喜に打ち震えた。
 あれは私だ――!
 アサミを殺す夢想を繰り広げる私の意識が強く働きかけ、現実世界にあの殺人者を生み出したに違いない。
 あの手はアサミを殺す私の手。
 男は窓を開けて動けずにいる私に近づくと、ナイフを奪って私の首元に当てた。
 ああ――と私は一層の喜びに震える。
 男はアサミを裁き殺し、そしてその死を望んだ私の罪をも裁こうとしてくれているのだ。
 そう、人は人を殺してはならない。殺人は赦されてはならない。であれば、かつて親友であったアサミを幾度も殺し続けた私が赦されてはいけないのだ。
 男はじっと私を見据える。その目を私は逸らさない。
 これは天の目。神の目だ。
 天は私が嫌う私の醜さを見逃さずにいてくれた――!
 ナイフが鋭く私の首を掻き切った。

 ここは見上げる空までもが白く霞んでいる。
(足が痛い。足が痛い)
 首と腕一本しかないのに、アサミは恨みがましくそうこぼし続ける。
(早く拾え。早く集めてよ)
 全身を揃えたところで、私がこの森から抜け出せないのは変わらない。沼には溺死体が沈んでいるだろうし、どこかの地中に埋まってもいるだろう。
 何人のアサミを殺し続けてきたのだか、もう思い出せもしない。ひたすら樹の根の様な白骨を掘り当て、花に紛れた髪を拾うばかり。
「消えろよ」
 時折そう呟いて、持っていた脚などを放り捨てて踏みにじってみたりもする。それはもろもろと崩れ、それでもしぶとく私の目の前にあり続ける。
 不意に助けてやりたくなり、それを拾い上げて「ごめんね。痛かった?」と優しく問いかけてみたりもする。
 抜け出すことの叶わないこの森で、私と一緒にいてくれるのはもうこの子だけ。もはや私は、この子が憎いのだか愛しいのだか分からない。
 私が罪に堕ちた切っ掛け。殺人は否だと、堕ちまいとしがみつき続ける赦しの糸。
 これはアサミの死を拾う贖罪の行為なのだ。
 堕ちたくはなく救われるべきでもない私は、ここで彷徨い続けるべきなのだろう。
「……ずっと拾い続けてあげるね」
 首にそう囁いてみる。すぐに厭わしくなったけれど。

 ゆらゆらと死体を集めて私は歩く。朝もなく夜もない森は、どこまで行っても霞がかって白い。
 沼の水でさえも白いこの場所で、木々や花は死体をその全き色で覆い、同時に死体の醜さを際立たせる。
 その色に守られ突き放されて、私は永遠にアサミを拾い続けるのだ。


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