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作品名:時の隙間の小さな話 作者:待井久仁子

第42回 願い花の管理者 (テーマ:上司)
 願いを抱いて天に昇ったので、僕は夜空の川のほとりで星の花を咲かせる仕事に就く事になった。
 真っ直ぐな茎につぼみが一つ。透き通った青い石のような花が咲くという。一人につき一輪が担当。僕の他にも、つぼみを抱いた新人がたくさんいた。

「決められた日までにちゃんと咲かせるんだよ」とここでの上司にあたるヒサシさんという人が言った。花々の管理と新人の指導をしている人だ。
 自生する青い花のつぼみたちが葉を揺らしてしゃらしゃらと鳴る。見渡せば夜空に流れる川に青い光がいくつも灯っていた。
 ヒサシさんは花を川に浸し、「まずは銀河の冷たさに当ててやるんだ」と言った。それでつぼみが目を覚ますのだと。
「綺麗に咲かせるコツがあるんだよ。君のもきっと立派に咲くよ」
「だといいのですが」
 しっかりと浸してから水を切る。しゃん、と硬質な音がした。
「大切に育てるんだよ」
 ヒサシさんは上司として厳しい人ではなかった。本人は「花を咲かせる事と期日を守る事には厳しいぞ」と言っていたけれど、怒るところなど見たことが無い。
 辺りのつぼみを見渡す横顔は幸せそうだ。この夜空の川で働く人達の花を、いつも大切そうに見ていた。

 花がきちんと咲くために、ヒサシさんは色々な事を教えてくれた。その甲斐あって、誰の花も成長に後れを見せる事がなく育っていった。
 日を追うごとに花の青味は強くなり、つぼみも大きくなった。指先で弾くときぃん、と心地よい音がする。
 ――ああ、もうすぐだ。
 僕の心は期待に逸る。

「さあ、いよいよだ。君たちの大仕事、大舞台だぞ」
 見下ろす先には厚い雲があって地上が見えない。僕は不安になった。
「ヒサシさん、本当に今夜なんですか? この空では……」
「今夜と決まっているんだ。雲があっても雨だとしてもそれは変わらない」
 その強い言葉に、僕も不安を振り払い頷いた。
 ――そうだ、厚い雲も大気も切って、僕らはきっと流れてみせよう。願いを抱いてここまで辿り着いたのだから。
 あちこちで青い玻璃の花が開き、歓喜の声が上がる。僕らが流れ落ちるべき時が来たのだ。
 自生していた花々も一斉に咲き誇り、花も茎も葉も、強い輝きを放った。
「花を抱えるんだ。胸に強く押し付けるように!」
 ざあっと辺りの気配が変わり、花たちがさざめいて夜空から地上へと落ちてゆく。
 ようやくこの時がきたのだ、と誰もが願いを花に込め、自分たちの魂ごと夜空を流れゆく。
 さあ、あなたも――と振り向いた先、ヒサシさんは諦めたような微笑みを浮かべて佇んでいた。……彼の花は咲いていない。
「私の花は咲かないんだ。もうずっと、咲いてはくれない」
 僕らは地上で、強い願いを抱いたままに死んでしまった。その願いを天上の花に込め、僕らは夜空を翔ける流れ星となる。僕らにとって流れ星となる事が何よりの望み。
 ……そのはずだったのに、僕の足は川に踏ん張り、地上に落ちようとする力に抗っていた。ヒサシさんを置いていけない。
「娘をここから見守っていたんだ、ずぅっと。それだけが私の願いだったから」
 けれどあの子も死んでしまった――と言う。
「花も咲かせずにここに留まり過ぎて、もう私の花は決して咲いてくれなくなってしまったんだ」
 大事に青い花を育てていたヒサシさん。彼だって流れ星となるはずだった。流れ星になりたいはずだった。取り残されたまま人々を指導して、彼らをずっと見送り続けてきたのだろうか。
「……ヒサシさん!」
 僕は自分の花をヒサシさんに押し付けた。
「今夜はあなたが流れ星になる番です!」
「えっ――」
「僕がここに残ります」
「な、なぜ」
 理由なんて分からない。ただそうしたいと咄嗟に思ってしまっただけだ。この瞬間、そう願ってしまっただけ。辺りの花のどれか一輪が、それを叶えてくれたのかもしれない。
 僕の花はもう、ヒサシさんを強い光で包んで流れはじめている。
「こんな綺麗なところで願いの花の管理者になれるなんて、素敵じゃないですか」
 笑ってヒサシさんを見送った。
 綺麗に咲かせるコツはヒサシさんがしっかり教えてくれた。それを今度は僕が次の人に指導するのもいいではないか。
 石の花々がしゃらしゃらと鳴って落ちていく。その心地よい音に目を細めた。

 夜空に願いの力を持った花が星となり、流れていく。雲もどこかに失せていた。今夜は地上からもよく見える事だろう。
 青い花は光を散らし、仲間の魂ごと燃えて空を流れる。青く白く赤く燃える星屑となり、地上の人の願いを受けて駆け、消えていく。
 たくさんの願いが叶うといい。どこかの誰かのささやかな願いが、いっぱい叶うといい。
 僕は天上から、どこか寂しくどこか嬉しく思いながら見守っていた。

 花は刹那の輝きを空に走らせ、流れてゆく。
 ――流星群の夜を。


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