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作品名:時の隙間の小さな話 作者:待井久仁子

第38回 猫又のもたらした騒がしい日々 (テーマ:猫)
 歳を取り病床で人生を追想すれば、私は随分とあの猫に迷惑をかけられてきたものだと思う。
 白髪を生やすよりも前、妻と結婚するよりも恋を覚えるよりも前。ほんの幼いあの日に、私はこの人生を永く付き合わざるを得ない相手に見つかってしまった。
 生まれた時から肩にあった傷の様な痣。これが目印だったのだとあの猫は言っていた。

 夏の縁側、昼寝をする幼い私。あまりの暑さに私は起きだし、Tシャツを脱ぐ。その時ふと見た庭に、一匹の猫がいた。
 猫は私に近づいて肩の痣を見る。
「見つけたぞ、その傷だ」
 そして何やら得心したように頷いた。
「これから俺はお前にしつこく付きまとってやる」
 二つに分かれた尻尾をしならせ、猫はにやりと笑う。
 自分は齢百年を越える猫又であると、付け加えるように名乗った。

 それからというもの猫又は言葉通りずっと私に付きまとい続け、嫌がらせを仕掛けてきた。
 幼稚園のお遊戯会では臆病な私を舞台の袖に蹴っ飛ばし、私に化けて珍妙な踊りを踊って恥をかかせた。小学校ではクラスの悪ガキを殴りつけて泣かせ、私の方が悪ガキ扱いされてしまった。
 中学に上がっても悪戯は止まず、隣町の学校にまで「素手で猪を倒す喧嘩番長がいる」という時代遅れな噂を流してくれたりもした。
 実際に畑を荒らす猪を猫又が撃退して私の名前で通報をしたものだから、その頃の私は子分になりたいという奴や喧嘩してマブダチになりたいという奴の対応をするのに追われて、てんやわんやの日々だった。
 無論私も黙って嫌がらせを受け入れていたわけではない。奴が悪戯をする度に怒ったし、「もうやめてくれないか」と頼んだ事もある。しかし猫又はこう答えるのだ。
「お前に会ったらうんと絡んでやろうと決めていた。嫌がったってやめはしない」と。
 私は痣を押さえて溜息を吐くしかない。
 けれども、まぁこちらも次第に諦めて――というより馴染んで、受け入れるようになってしまった。
 これほどしつこいということは、私は前世かどこかでこの猫又によほど嫌われる事をしたのかもしれない。
 猫又と共に酒盛りをした事もある。ほろ酔い加減の猫又が、「俺は絶対にお前に構い続けるからな。見つけられるとは思いもしなかったのだから」と何だか嬉しそうに語るのを聞いた。

 あの日々から何十年が過ぎただろう。家族も知らない私の嫌がらせ相手は、弱る気配もない。対する私は老いて病で床に伏せるほどに衰えてしまった。
 障子の向こうにいる猫又が、寝床にいる私に声をかけてくる。
「今日もお前は寝込んでいるのか」
「歳を取ったからな。病気もしている」
「お前は人間だものな、もうすぐ死ぬのだろうな。
 そうだろうなぁ、と私は返答する。猫又は悲しむ様子もなく、むしろ得意げに言った。
「どうだ、ずいぶんと賑やかな人生だったろう」
 私はやれやれ、とわざとらしく息を吐く。
「まったく、お前のせいで騒がしくて仕方のない人生だった。……だけど、そうだな、思い返せば楽しいばかりだったな」
 私が病で寝込み始めた時にさえ、この猫又は悪戯を仕掛けた。私の筆跡をそっくりと真似て「寂しいので構って下さい」などと書いて家族や隣近所の人に送ったのだ。おかげで私は寂しがり屋の変なおじいちゃん扱いされてしまった。代わる代わる人が会いに来て、家内の陰鬱な空気はどこかへやられてしまった。
「なあ、お前。猫又」
 呼んでから、人生のほとんどを共に生きたこいつの名前さえ知らなかった事に気付いて後悔を覚えた。
「どうしてお前は私に付きまとって悪戯ばかりした。私の人生を騒がしく賑やかにしたのは何故なんだ」
 小学生の時に猫又が殴りつけた悪ガキは、生涯の悪友となって今でも家に茶を飲みに来る。喧嘩をして、実際には私がからきし弱いのを知っても友人になってくれた奴は、倒れた私を病院まで背負っていってくれた。
 しばしの沈黙を挟んでから、猫又は障子を開けて室内に入ってきた。寝たままの私を見つめる。
「大した理由があったわけじゃない」
 二股の尾を揺らし、私の前世での話だと猫又は語った。

 *

 村から離れた地蔵の傍で、赤ん坊のお前を見つけた。
 小汚い布にくるまれたお前は、どうやら捨てられたようだった。
 その頃はまだ普通の猫だった俺は、赤ん坊の肩の辺りを咥えて引きずる。人間のいる所にでも連れて行こうとしたのかもしれない。
 けれど赤ん坊を運べるほどの力もなく、そのくせ歯は鋭いからその肩に怪我させただけだった。
 ぬかるんだ道には人の通る気配すらない。それはきっと、何日経っても何十日経っても変わらない。
 今のお前の人生を騒がしくしたのに、大層な理由なんてありはしない。
 ……ただ、誰にも抱かれないままに死んだのを憶えていたから。
 一人きりで泣いていたのを、憶えていたからだ。


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