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作品名:時の隙間の小さな話 作者:待井久仁子

第35回 ゴン太の華麗なる休日
 せっかくの休日だというのに彼氏の休日出勤でデートがキャンセルになった。
 ちぇー、とむくれて私は我が家の柴犬、ゴン太に抱きつく。
「ゴン太は寂しい私を慰めてくれるよねぇー」
 ぐりぐりと顔をすりつける――と、その頬ずりが肉球によって押し返される。
「ぐえ」
 呻く私にゴン太は人の言葉でこう言った。
「すいません、今日はペットをお休みしますので」
「は――」
 ぽかんとしている私を尻目に、ゴン太は後ろ足だけで立ち上がるとすたすたとキッチンに向かう。そこでお母さんに何やら声をかけている。
「サチ、今日はゴンちゃんがごはん作ってくれるって」
 にこにことお母さんがソファにやって来た。
「待ってお母さん、何でゴン太が」
 ペットを休むだなどと。料理って。しゃべるのなんて初めて聞いたし
「今日はペット業務お休みなのよ。休日は趣味に打ち込みたいんですって」
「ゴン太は料理が好きなの?」
「あら、知らなかった?」
「それは初耳です」
 思わず敬語になってしまう。
「あなた休日は外出ばっかりで家にいないものね。最近はもうずっと、お休みの日のゴンちゃんはあんな感じよ」
 振り返れば、エプロンをしたゴン太が食材を吟味しているところだった。
「見るのも初めて」
 休日をそんな風に満喫しているとは知らなかった。
「毎週休んでいるわけでもないからね」とお母さん。ゴン太の休日は事前の希望制なのだそうだ。
 踏み台に乗って調理の準備をする愛犬の後ろ姿に引き寄せられ、傍に寄る。
「サチさん、犬の料理は人間よりも不器用なんです。近づくと危ないですよ」
 飼い犬に窘められてしまった。
「興味深いものだから、つい。この踏み台は?」
「少し前に造りました。お父さんにも手伝ってもらって」
「ゴンちゃんは器用なのよねぇ」
 そうは言っても鋸や金槌をどう扱ったのだろう。想像している間にも調理は進み、ゴン太はパスタを茹でると立派なベーコンの塊を取り出した。
「そんなベーコン、うちにあったの?」
「これも少し前に燻しまして」
 自家製の燻製までも手掛けるとは。
「味見したい!」と手を挙げる私と「私にも」と甘えるお母さんの前にカフェオレが差し出される。
「犬の料理を見ているよりも、カフェオレでも飲んでいて下さい」
 ふさふさ尻尾はいつも通りに愛らしいのに、落ち着ききった佇まい。年齢的には二十歳そこそこの私よりも年上なのだわ、と思い至る。
 カフェオレをこくり、と飲んでみる。
「蜂蜜が入ってるの?」
「美容に良いそうですから」
「私のため?」
「違うわよね、お母さんのためよね!」
 愛犬の気持ちを取り合う母娘にゴン太は微笑みだけ寄越す。「どっちなのゴン太!」なんてはしゃいでいたら、ドアが開いて「お父さんのためだ!」と慌ててお父さんが登場した。
「蜂蜜は健康にもいいそうですからね」とゴン太は三つ目のカップを運ぶ。
「ほーらお父さんのためだー」
 自慢げにするお父さんに、ゴン太はこれまた微笑して「皆さんのためですよ」と言った。何たる家族たらしの犬だ。
 そうこうしている間に料理が出来上がり、お皿が運ばれる。新鮮野菜のサラダに自家製ベーコンのカルボナーラ。「毛が入らないように手袋をして作りました」と言い添える。それはそれで器用だなぁ、と感嘆。
「このお皿見たことない」
 どこか歪な形の器を指すと、ゴン太は少し恥ずかしそうに「陶芸もやってみたんですけど、まだ下手で」と言った。
 下手でも何でも、愛犬お手製の器で料理(しかもこちらは絶品だ)を食べられるのだから、こんなに嬉しい事はない。
 午後のおやつにはパンケーキ。添えられていたジャムもお手製だというのだから、まったくうちの飼い犬はどこまで多趣味なのだと今更になって驚くばかり。

 夜、彼氏へのメッセージに『来週はうちに来ない?』と誘ってみた。うちのハイスペックなゴン太を思い切り自慢したい。
「ねぇゴン太、来週は――」
 愛犬を振り返ると、当のゴン太はソファで眠りこけてお母さんに撫でられていた。
「疲れちゃったみたい。サチがゴン太のお休みに家にいるなんて珍しいから、張り切っちゃったのよ」
「クールにしてたから分からなかった」
 涎を垂らして眠りこけるゴン太は、休日仕様ではないいつも通りのゴン太だ。
「お休みなのに疲れる事してどうするのよ」
 気持ち良さそうに寝息を立てるゴン太に呆れてしまう。
 来週のゴン太はお休みかしら、それとも通常モードなのかしら。――まあ、どちらでもいいか。
「どんなゴン太でも自慢のゴン太よぉー」
 抱きついてすりすり、と頬ずり。私にされるがままのゴン太は、眠りながら前足を動かしている。これは陶芸をしているのか、はたまたパン生地でもこねているのか。
 夢の中のゴン太はどうやらまだまだ、張り切り休日モードのようだ。


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