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作品名:時の隙間の小さな話 作者:待井久仁子

第34回 人さらいの夜
 僕が失敗をすると、ばあちゃんはいつも「悪い子は人さらいに連れてかれるんだよ」と怖い顔をして言った。
 お味噌汁を零すと僕の頭を掴んで「お前なんか攫われてしまえばいいんだ」と言う。お皿を割ってしまうと「悪い事ばかりして!」と怒鳴る。
 僕は正義の味方が出てくるアニメが好きだった。僕もあんな風に強くなりたい。
 けれどそのテレビもすぐに消されてしまう。ばあちゃんは僕の頭を小突いて「お前はあんなのになれやしない。あたしの暮らしの邪魔ばかりする悪なんだから」と睨んだ。
 
 そしてある日戸口に見知らぬ男の人がやってくる。男の人は手も使わずに持っていた袋を開くと、僕を丸めてその中に放り込んでばあちゃんの家から飛び去った。
 袋の中からでもなぜか見えた玄関の中では、ばあちゃんが「やっといなくなってくれた!」と喜んでいた。
 ねぇ、ばあちゃん。僕そんなに悪い子だったかな。人さらいに連れてかれてしまうほど悪い子だったのかな。
 泣いてもばあちゃんにはどんな声も届かなくて、ぐんぐん遠くなる景色は屋根を超えて街を見下ろして、雲を通り抜けていく。
 再び降りた地上は見た事もない草原で、夜の星が瞬いていた。
 袋の中には僕の他にも丸められた誰かがたくさんいるみたいで、みんなくすんくすんと鼻を鳴らして泣いていた。
 みんな悪い子なのかな。だから袋に放り込まれて、攫われてしまったのかな。
 ばあちゃんは僕を苛めたけれど、僕にごはんをくれて家族として住む家をくれたから、きっと悪人とかではなかったんだと思う。だからそんなばあちゃんを怒らせる僕の方がやっぱり、悪い子だったんだ。
 ごめんなさいばあちゃん。
 袋の中でわんわん泣いた。
「――これ、そんなに泣くもんじゃない。目が腫れてしまうぞ」
 袋の外から優しい声がした。
「だぁれ……?」
「君たちを攫った人さらいだよ。泣くのはおやめ」
「やだよぅ、帰りたいよう」
「そうかい、帰りたいかい。ごめんなぁ」
「ばあちゃんのとこに帰りたい」
 泣きながらそう言うと、袋の口が開かれた。袋を覗く男の人は、見た事のない形の帽子を被り、大きなマントで体を覆っていた。星明かりだけの夜の中、顔は良く見えない。
「おじさんはどうして僕を攫ったの。僕がばあちゃんを怒らせてばかりいる悪い子だから攫ったの」
「そんなことはない。どんなばあちゃんでも好きでいられる君は優しい子だな。良い子だな」
 そう言っておじさんは袋の中の僕に暖かな頬ずりをした。
「じゃあどうして攫ったの。僕帰りたい」
「君みたいに良い子なのに苛められてしまう子を攫うのが私の役目なんだよ。帰りたいよな、ごめんなぁ」
 またふわり、と頬ずりをしてくれる。それが今まで感じた事が無いほどに優しくて、これまでばあちゃんに叩かれきた場所が痛くなくなっていくようだった。
「……僕は悪い子じゃないの?」
「とびきり良い子だ」
 ――ばあちゃんの所に帰りたくて。でももし帰れたとしても、ばあちゃんと一緒にいるのはやっぱり怖くて。
 おびえて固まった心が包まれるように感じた。
 君も――と、僕の隣の丸い光に頬ずりして「たくさん頑張ってきて凄いなぁ」と囁いた。袋の口を大きく広げて、「ずいぶん我慢をしてきて偉かったなぁ」とひとつひとつの丸い誰かに声をかけて柔らかな頬ずりをしていた。
 ……押し潰されそうな気持ち助けてくれるこの人は、もしかして正義の味方なんだろうか。そうだとしたら。
「……ばあちゃんは殴られてしまうの?」
 倒されてしまうんだろうか、アニメに出てくる悪い奴みたいに。
 するとおじさんはくしゃっと笑い――見えなくても、そんな気配がした――、「私は誰も殴らないよ。殴れないよ」とマントを風になびかせた。そこには両方とも腕がなかった。
「私は君たちを攫うことしかできないんだよ。人さらいだもの」
 でも、とても暖かな頬ずりをくれた。初めて良い子と言ってくれた。頑張ったんだね凄いねと、そういう言葉を与えてくれた。
「誰かを救うために拳を振るうこともできないんだ」
「でも、迎えにきてくれた」
「攫ったんだよ」
 困ったみたいに笑う。気付けば袋の中の丸められた子たちは僕とおんなじに落ち着いていて、わたし悪い子じゃないんだ、良かった――とか、えへへ、僕凄いんだって――とか嬉しそうにしていた。
 ばあちゃんの所に帰れないのは悲しい。ちゃんと役に立つ事ができなくて悲しい。でも、もう攫われてしまったから戻れない。
「どこに行くの?」
 また口を閉じられた袋の中からおじさんに訊く。おじさんは地面をぽーんと蹴って高く高く空へ昇る。
「明るい所だよ。次はうんと優しい所にしてあげよう」
 みるみる空の星が近づいてくる。その一つが目の前いっぱいに大きくなって、丸められた僕たちは全て真っ白になって空に溶ける。


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