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作品名:時の隙間の小さな話 作者:待井久仁子

第26回 雛のへや (テーマ:304号室)
 放置されて伸びきった隣家の樹木の枝が差し掛かるビルの三階、三部屋ある内の角部屋に住んでいる。人によっては煩わしいであろうその枝を、切る事もなく放置していた。
 その木に鳥の巣を見つけたのは数日前のこと、雛の鳴き声がするまで間近に生き物の巣があるなど気付かなかった。そっと覗くとまだ羽の未熟な雛が数羽見えた。自分が知らなかっただけで、巣自体は前からあったのかもしれない。ストレスを与えないよう、あまり見ないでおくことにした。
 けれど嵐にも似た強い風が吹いた翌日、巣から転げた雛が一羽、ベランダに落ちているのを見つけてしまった。
 あわや死んでいるのか、と咄嗟に手を出し、細かく震えていることに気付いて命のあることに安堵する。同時に、迂闊に手を出したことを後悔した。
 生きているのならば触れるべきではなかったかもしれない。野生の動物は人の匂いのつくのを嫌がるという。雛が本来いるべきはずの巣を見てみた。
 そこは落ちた雛鳥がいたスペースなど最初からなかったようにぎゅうぎゅうで、戻る隙間が見当たらない。親鳥は落ちた雛を見る事も無く、ここに自分が育てる存在がいる事など忘れているようにすら見えた。
 この雛鳥は生存競争に負けてしまったのか……。人の匂いが付こうが付くまいが、もう関係ないのかもしれない。
「ちょっと待ってろ」
 ティッシュ箱から中身を抜き取り、細工して形を作る。細かく千切ったテッシュを柔らかく敷き詰めると、雛を即席のティッシュ箱の部屋に入れた。その出来栄えのあまりの味気なさにふと思いついて番号を書く。
「俺の隣の部屋って事で、304号室な」
 衰弱しているのをとにかくどうにかしなければと、調べたばかりの俄か知識で保温に気を配り、蜂蜜をぬるま湯に溶いて与えてみた。これで合っているのかも分からない。
 雛はどうにか生にしがみ付いているようだった。体温を取り戻そうとぷるぷると震えながら、薄く開いた目で俺を見ていた。
 夜も遅い時間になってようやく、獣医などに電話して対処方法を聞けば良かったのだと気が付いた。
「ごめんな。お前苦しいのに、素人手当しかできなくて」
 朝一番で電話をしよう。そう考えて布団に入ったが、雛の様子が気にかかり眠れない。
 すぐそばに布団を敷いて、そこに座って徹夜することをきめる。304号室と書いた住み処の中で、雛の命がちゃんと続いているのを見つめ続けた。
 野鳥だから無理なのだろうが、もしも可能ならば育てたい――うつらうつらしながら、そんな事を考えていた。

 小鳥が部屋を飛んでいる――。
 俺はそれを嬉しく感じながら見上げている。茶色い羽色は成鳥のもので、飛んでいるののはどうやら俺が拾った鳥らしい。俺はああ、きちんと成長できたのだな――と思っている。
 室内の様子は住んでいる部屋とまるきり同じで、どうにかして飼うことができたのだな、ペットも許可してもらえたのか――と小鳥を見ながらそんなことを考えている。
 ぴぃ、と元気な鳴き声がして気が付くと、小鳥がティッシュ箱をつついている。ちゃんと鳥かごを用意してあるというのに、この鳥は雛の時と同じ部屋でないと気に入らないのだ。
「はいはい。ちょっと待ってろよ」
 俺は鳥の部屋を作ると「304号室」と書いてやる。どう違いが分かるのか、これを書かないとご機嫌斜めになってしまうのだ。
 鳥は304号室に収まると、その中に敷き詰めたティッシュを啄み引っ張り出したり鳴いたりと楽しそうにやりたい放題だ。
「こら、散らかるだろう」
 散らばったティッシュや羽を集めて叱りながらもつい笑ってしまう。小鳥の方でも嬉しそうなのが分かる。生き物の表情がわかるのは気のせいなんかではない、と俺は思う。小鳥にだって表情はあるのだ。
 小鳥が柔らかなティッシュの中で俺を見上げる。そして、小さなくちばしを開いて言葉を発した。
『はちみつ』
「うん?」
 返答すると部屋からちょん、と出てきて近づいてくる。
『おいしかった』
「そうか」
『へやもあったかかったの』
「……良かった」
 どうしてか、胸が詰まった。真っ黒な瞳が俺を見つめる。
『だけどぜんぶむだにしてしまったの……ごめんなさい。すからおちたときにもうきまっていたから』
「…………」
 手元に近づくと、鳥は俺の人差し指にその小さな頭をぽてりと置いて目を閉じた。
『あったかぁい……』
 すり、と微かな体温を寄せる。
 と――鳥の体が小さくなって、豊かな羽も減ってゆく。そうして、雛の頃の姿に戻ってゆく。
 元気に飛び回る姿を見たのも共に暮らした記憶もすべて夢だったのだと、夢の中で理解した。

 明くる朝、そっと雛の部屋の中を見ると、頼りないほどに小さな雛は死んでいた。
 雛を部屋ごと抱え込む。朝の空気に体が冷えきって震えても、その箱を離さずに抱え続けた。


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