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作品名:時の隙間の小さな話 作者:待井久仁子

第22回 秘密 (テーマ:優しさ)
 燃え盛る炎の中、返事のない部屋の戸を叩く。
「出てきて! 生きてよ!」
 ――こんな風に終わるのなんて、赦さない。

 夜半に起きた火事だった。屋敷についた炎に気づかずに寝入る私を救ったのは叔母だった。
 火の手を背に、必死な顔で叫ぶあの人。
 ――火事よ! 逃げなさい! 逃げて!
 異常な状況に混乱する頭を整理する暇も与えずに、叔母は私を布団でくるみ、窓から落とした。
 なぜ、と思う。
 厳しく冷たいばかりの叔母のことが、私はずっと嫌いだった。そもそも向こうが私を嫌っていた。私を引き取ったその日から分かりやすく私を避ける、そんな相手を好きにはなれるはずもない。なのにその人が、私を救った。
 どうして助けたの、と歯噛みする。
 ……嫌いなくせに。
 恨めしさと怒りに突き動かされる。煙を上げる炎を睨み付けると、逃れたはずのそこに飛び込んでいた。

 近寄りがたいばかりの叔母は、幼い頃の私にとって恐怖の対象でしかなかった。
 ――勝手に外へ出てはならない。大人になるまで外の子と交流してはならない。
 そんな事を言い聞かされて、居たくもない屋敷に籠るしかない日常は苦痛でしかなかった。言いつけを破れば厳しく怒られた。
 それなのに。
 ――お前だけでもお逃げ。あいつらが火をつけたのよ! ……ああ――でも、もう、いい。……私が死ねば、お前は救われるから。
 何を言っているのか分からなかった。叔母は何も説明しない。昔からずっと。私を引き取った時も冷たくする理由も、外の子と遊んではいけない理由も全て。叔母は何一つ語らない。
「――っこの!」
 焼けて脆くなった階段の板に足をとられる。痛みが走った。――これ程の火の中、「痛い」だけで済む感覚が異常だとは理解していたが。
 昔から、怪我の治りが早かった。……強い光が怖かった。杭のように尖った物を見ると体が震えた。重たいカーテンで薄暗い屋敷の中、いつも耐えるように暮らしていた。
 自分が他と何かが異なっているのだという不安を、誰かに癒してほしかった。なのに叔母は私を冷たくはねのけ、私に寂しく辛い気持ちを与えるばかりだった。
 だからずっと恨めしくて憎くて嫌だった。
 ……だと言うのに。
 辿り着いた部屋の戸を睨み叫んだ。
「いるんでしょう!? 私の事を嫌いなくせに、何で助けたの!」
 窓から私を放る寸前、叔母は初めて微笑みを向けた。柔らかく、慈愛さえ感じられるような。
 ――冷たくしていてすまなかったわ。けれど全部お前の為。……お前の事、大好きよ。
「認めない!」
 だんっ! 強く叩いて叔母を呼ぶ。最後に綺麗な言葉だけを与えて私の人生から去ろうというの?
「そんなの赦さない。出てきて私に教えてよ!」
 あの態度が私を想う愛情ゆえだと言われても、それが優しさからだなんて言われても、私は絶対に受け入れない。だって何も理由を知らない――。
 私は愛してほしかった。愛情があるというのなら抱きしめてほしかった。その気持ち全部で優しくしてほしかった。
 ……お前の事が大好きよ。
 その言葉を嬉しいだなんて思う自分を見つけたくなかった。冷たいあの人が大嫌いだったのに。……涙が伝うのなんておかしい。
「出てきてよ……!」
 ――お前は今日からここで暮らすの。
 幼いあの日、親しみの無い声音で告げたあの人に、それでも私は期待を抱きもしたのだ。
 だって、あの人だけだったから。……たった一人の、私の肉親だったから。
「もう……何だっていいからそばにいて……っ」
 私があなたの優しさを理解できるまで、ずっと生きていて。
 ぎしりと戸が動く。焼かれて皮膚の爛れた叔母がいた。
「……お前こそ私を嫌っていてくれたはずなのに、なぜ戻ってきたの」
 哀しげに言う。
「愛しいと思えば血を分けたくなってしまう……。このまま血を飲まずにいれば、ただの人間に近い者として生きていけたのに。――でも、もう、そんな姿を見てしまっては」
 火はとうに毛布に燃え移り、私の髪や肌をも炙り始める。
「一生……飲ませるつもりなんてなかった」と叔母が私の歯に指を当てる。その指を、私は無意識に噛んでいた。
 血が体内に入ってくる――。飲み下した瞬間、私の焼かれた肌は元の色を取り戻していた。
「――血があればいいの」
 叔母の口元に自分の腕を押し付ける。こばむ叔母に「生きて私に教えてよ」と囁く。あなたの愛情を、冷たくし続けた優しさを。そばにいて私に教えて。
「……自分が何者なのかなど、知らずにいてほしかった」
 私の血を飲み、叔母の姿が蘇る。私が知る姿よりも若く、凄艶なほどの美貌を纏って。
 ……そうか、私たちは。
 炎の中抱き締められ、理解した。――血さえあれば焼け死ぬことも、老いることもなく。
 そうして、互いに血を与え合い永遠を彷徨ういきものなのだ。


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