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作品名:時の隙間の小さな話 作者:待井久仁子

第21回 36792000分の余暇 (テーマ:五分間)
 進歩を続ける科学技術により、人類は超高速の移動手段を手に入れる事となった。装置のある場所なら何処へでもごく短い時間で移動――すなわちワープが可能となったのである。かつて誰もが空想した瞬間移動には及ばないが、人類にとって大きな一歩となった。
 この技術が一般的なものとなるまでには時を要したが、次第に誰もがこれを利用するようになり、通勤や通学、買い物から海外旅行まで五分で行けるのが当然となる。   
移動に使われていた無駄な時間は有効活用され、多くの分野に影響を与えた。
 「五分で」というワードは便利である事の代名詞として、また発展の象徴としてあらゆる分野において目指されるものとなる。
 家事の類は家電製品の進化によって五分で終了するようになり、家事から解放された人々は自らのやりたい事に邁進し、属した業界に多いに貢献する事となる。
 だがその仕事も、人によって行われるものは激減していった。高度なロボットの活躍により、時が進むと仕事の類に限らず日々の雑務の全てが人類の手を離れていく事となる。
 身体の管理も五分で済む時代が訪れる。筋肉に直接作用を与える装置により、必要な運動を五分でこなせる事となる。身体に直接取り付けるという点に不安の声も上がったが、改良を重ね安全性が確約されたそれは広く人々に浸透していった。健康面の不安はものの五分で解消され、人々の寿命は飛躍的に伸びた。
 人々は体だけでなく、頭に装置を取り付ける事にも違和感を覚えなくなっていった。この時代になると「装置」というような大それた物ではなく、実に小さなサイズになっていた。
 それらはまず、娯楽的な所に利用された。一生読み尽くす事ができない、と膨大な本の海に溺れていた本の虫達は圧縮された本の情報を取り込む事により、数冊を五分程で読み終えられるようになった。これは本に馴染みのなかった人々も多く利用し、一人の人間が得られる知識量はぐっと増した。映画などの娯楽も同様に脳に送るものが主流となった。
 情報を早く確実に脳に送る事が可能、という点が着目され、子供達の勉学においても活用される事となる。一日の授業は五分で終了し、子供達は残りの時間を習い事や友人との交流に当て、有意義に過ごした。希望すれば次の段階の勉強に進む事も出来た。
 技術の進歩は更に進む。
 旅行の為に五分をかけて移動していたのもいつの事であったか、それすら必要としなくなる。頭の装置(もはや皮膚よりも薄く、脳内に埋め込まれたそれ)は視覚や聴覚や嗅覚、更には触覚や味覚においても現実で体験するのと変わらない程の疑似体験を可能とした。人々は現地に赴かずとも砂浜を歩き、その土地の食を味わうなどして旅行を楽しむようになった。
 情報のアウトプットさえも可能となり、これは表現者達の間で大いに重宝された。自らの想像した映像や色や音、文章やリズムが脳から直接吐き出される事により、イメージと寸分たがわぬ姿で創り出せるようになったのである。彼らは五分で生み出したそれらを記録媒体に描き、記し、曲や映像を創っては喜んだ。
 肉体疲労は薬で五分とかからず癒され、過剰な情報に疲れた脳に対しても同じような薬はすぐに開発された。
 既に食事というものもだいぶ形や概念を変えており、数日分の栄養が五分で摂取可能となっていた。煙草や酒など、害があるとされる物は疑似体験によって脳に摂取したと認識させる。文化に根付いた食も疑似体験によって受け継がれるのみとなった。

 ……残されている事は何だろう。
 思考を巡らせ、私は途方に暮れる。
 食事も勉学も遊びでさえも、全て五分で片付いてしまう世界。有り余る時間を一体何に使い、何に楽しみを見出せば良いというのだろう。
 人との交流も実際に行う必要は失われた。人の気持ちや感情などの情報は脳に送り込まれ、簡単に通じ合えてしまう。仮に誰かと目一杯遊び過ごしたとしても、圧縮された疑似体験により現実では五分も経っていない。
 読みたい本など、観たい映画などあっただろうか。
 行きたい所も体験したい事も出会いたい人も、時間を持て余したがゆえに詰め込むようにして体験し、出会い、交流しているにすぎない。
 あらゆる物事が短縮し尽くされ、一つの行動だけでなく全てが五分で片付いてしまう。
どう時間を潰せば良いというのか。
 思考だけが最後の娯楽と思っていたが、もはやそれさえも苦痛でしかない。残された聖域は睡眠だけだが、おそらくそれさえ「五分で」という言葉の元に奪われる時代が来る。
 戸籍と同等に与えられた「これ」を手放す事も不可能だ。
 予想される寿命を全うするまであと七十年……。もう、あと五分――いや、一分一秒でさえ生きていたくはないというのに。

 呻き声をあげたがそれはほんの数秒しかつぶせずに、ただ空気に溶けるばかりであった。


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