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作品名:時の隙間の小さな話 作者:待井久仁子

第20回 あたしのサンタ (テーマ:クリスマス)
 ミニスカワンピのサンタの衣裳に、ずっと憧れていたわ。クリスマスにケーキの売り子さんたちが着てるやつ。真っ赤なワンピースの裾がふわって広がるのがとっても可愛くて、あたしはずっと「いいなぁ」「あれが着たいなぁ」って思っていたの。
 だけどあたしは男の子だったから、スカートが穿きたいなんて言えなかった。それに、うちはクリスマスにパーティーをして浮かれられるような家庭じゃなかったから、ミニスカワンピどころかツリーもケーキも出てこなかった。
 クリスマスには親からプレゼントがもらえるものらしい、なんていうのも、同級生から聞いて初めて知った事だったわ。
 でも、知ったからってねだったりはしなかった。お母ちゃんの機嫌も悪くなるだろうし、それに一番叶ってほしい願いは誰にも言えない事だったから、親に言えるわけもなかった。
 親が離婚したのは小学校高学年の頃。お母ちゃんはいつもお父ちゃんに苛々してばかりだったから、いつかはそうなるんだろうなって思ってた。
 お父ちゃんは離婚届を突き付けられても「俺が悪いんだものなぁ」なんて言って、食い下がりもしなかった。
 お母ちゃんの言う事にうん、うん、って頷いて、かばんをいっこだけ抱えてお父ちゃんは家を出て行った。
「もうお父ちゃんに会えないの」ってあたしが訊くと、お母ちゃんは「会わせてあげるわよ」って不服そうに答えた。「もう家族でもないくせに、よりによってクリスマスですって」と付け加えて。
 お母ちゃんの言葉に頷くだけだったお父ちゃんが、あたしと会うならクリスマスじゃなくちゃ駄目だ、って言ったらしいの。これまでクリスマスなんて祝った事もないのにね。
『どうしてクリスマスにしたの?』
『誕生日は譲ってもらえないと思ったんだ。プレゼントをあげられる日が、後はクリスマスしか思い付かなくて』
 そんな会話をしたかしら。お父ちゃんは普通の何でもない日に贈り物を渡せない、小心者なの。……ふふ、頼りなくって可愛いの。
 初めてのクリスマス、お父ちゃんはリボンのついた紙袋を寄越してきた。「開けてみろ」ってにこにこしながら。
 ――中には大きなお花のついた可愛いヘアピン。
「可愛いだろう」って、にこにこするの。
 ……嬉しいというよりもまず、あたしは青くなったわ。女の子になりたいだなんて誰にも言った事なかった。髪を伸ばしたい、綺麗に飾りたい、あたしは女の子なんだ――って、そんな事。
 頭が真っ白になって何も言えなくなったあたしに、お父ちゃんはこう言った。
『綺麗になったなぁ』
 ――あたし、その頃第二次性徴期の真っただ中よ。どんどん女の子から離れていく自分の体に絶望してた頃。……暗い気持ち全部吹っ飛ぶくらい、嬉しかった。
 あの言葉だけであたしはもう、その先どんなひどい言葉を浴びせられても辛くなくなった。
 ……いつから気づいてたのって、訊けなかったけれど。
 思い返してみれば、小さい頃からお人形が好きだったり、お母ちゃんの化粧品を塗っていたような子だったから、告白するまでもなく気づかれていたのかもしれない。
 次の年にはペンダント。次の年には綺麗な手鏡。自分は去年と同じ古びたコートを着てるっていうのに。
 会う度に「綺麗になった」って言ってくれたの。高校生になっても成人しても、仕事をするようになっても。決心して女の格好をして会いに行ってみたら、おんなじ調子で「綺麗になったな」って言葉をくれた。
 自立して家を出ても、お父ちゃんと会う事はやめなかった。恋人に会ったりするだろう、だなんて気を遣われて、クリスマスをずらして会うようになった。
 でもね、あたしの中では、お父ちゃんこそがサンタクロースよ。よれよれの服を細い体で頼りなく着ているお父ちゃんが、あたしのサンタ。……どんどん歳をとって、笑って出来る皺もうんと深くなったけれど。
 …………。
 ……三年前にお父ちゃん、急に倒れてしまった。お母ちゃんももう死んじゃってたから、うんと怖かったなぁ……。
 ――頭、撫でてくれるのね。あったかい。
 幸い命は取り留めたのよ。退院してからは一緒に暮らしせるようにもなった。認知症がだいぶ進んじゃったけどね。
 ――あ、そろそろ時間だわ。外に出ましょっか。ハイ、手袋もして、ニット帽も被ってね。
 ん、なぁに? 「何の話をしてたっけ」って? ――あたしの大好きなお父ちゃんサンタの話よ。あなたの話。それでね、今度はあたしがお父ちゃんのサンタになるんだって、そういう話なの。
 とっておきのプレゼント用意してるから、楽しみにしててね。
 ねぇ、ケアセンターのクリスマス会、あたしサンタの格好して参加してもいいかしら? 大丈夫よ、さすがにこの歳でミニスカートなんて穿いたりしないから。え? 「あんた綺麗だからそれも似合うよ」?
 ふふふ。――ありがと。


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