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作品名:時の隙間の小さな話 作者:待井久仁子

第11回 アイちゃん ―sweet baby― (テーマ:裏切り)
 ふわふわのフリルとレースの華やかなドレス。ぴかぴかの靴を履いたお姫様みたいな着せ替え人形。
 ――大好きな私のお人形。

 穴の底に人形を置き、じっと見つめる。
「……ごめんね」
 きらきらとした目を手で覆って隠した。私の手は土で真っ黒に汚れている。
「さよなら、アイちゃん」
 自分で名前を付けてあげた大切な人形だった。
 夕暮れの林には誰もいない。これから埋められるアイちゃんと埋める私以外――誰も。

 初めてアイちゃんを見たのは、数年かけて探り当てた親友の家の中だった。私の好きな人に顔立ちのよく似た女の子がおもちゃで遊んでいるのが、潜んでいる窓から見えた。
 最初はあの人を奪った親友の事が許せなくて、恨みを抱えて忍び込んだだけだった。けれどその子を見た瞬間、あまりの可愛さに憎しみとか怒りとかいう物が全部どこかに消えていった。
 室内に入り込み、子供の口を塞いで攫った。何が起きているのか分からずに目を見開く子供は、叫びも暴れもしなかった。

「あなたの名前はアイちゃんよ」
 柔らかな黒髪を撫でて囁く。アイちゃんは涙で顔をぐしゃぐしゃにして首を振った。人気の少ない地域だけど泣かれたら困るので、口をガムテープで塞いでいた。「あなたはアイちゃん」と何度も甘く囁き続けると、アイちゃんはかたかたと震えて私を見つめた。
 怖い事は何もないの。
「分かった……? アイちゃん」
 今度は壊れたおもちゃのように、首を何度も頷かせた。それを見て、喜びで心が満たされていく。やっぱり、この名前の方が嬉しいんだわ。あの女が付けた名前なんかよりも何倍も可愛いもの。
 綺麗な髪も抱くだけで折れそうな腕も、狂おしいほど愛しかった。

 アイちゃんにはお姫様のような洋服がとてもよく似合った。あの人の子供だから美しくて可愛いのは当然だけど、本当に嘘のように愛らしかった。
「アイちゃんはママの特別な子」
 この愛しい子が誰にも見つからないように、アイちゃんに決してしゃべってはいけない、と毎日毎時間言って教えた。声を出すと化け物がアイちゃんを食べてしまうのよ、と。

 お給料は安かったけれど、アイちゃんにはフリルのたくさんついた綺麗な洋服を着せた。声を発さないアイちゃんを着飾らせて抱き上げると、まるでお人形のようだった。何着も何着も着せ替えては鏡に映す。
 可愛い――と鏡の中のアイちゃんに見入る。
「……もう、歩くのも駄目よ」
 ぎゅっと抱きしめて囁く。小さな足は可愛い飾り。ママが抱き上げて家の中のどこだって運んであげる。
 アイちゃんはママのお人形。私の胎から生まれてこられずに、喋る事も歩く事も出来なかったあの子が舞い降りてきた姿に違いない。
 
 たくさんのリボンで髪を飾り、歩けないように纏めて縛った足には輝く靴を履かせてあげた。
 可愛いアイちゃん。大切なアイちゃん。
 どうしてアイちゃんは成長してしまうのかしら。お気に入りのドレスが着られなくならないよう、食事をうんと減らした。薄くなっていく体に白いドレスを着せる。
「よく似合うわ。――大好きよ。アイちゃんもママが好きよね?」
 問いかけると緩慢に頷いた。大きな瞳は、たまにしか瞬きをしないでぽっかりと開かれている。その瞳にキスを落として頬ずりをする。
 足の縄をほどいても、アイちゃんは歩く事が出来なくなっていた。私がいなければ生きる事すらままならない。一層の愛しさと誇らしさが募っていく。

 その日は突然やって来た。鳴り響く電話を取ると、あの女が獣の咆哮のような声をあげていた。
「あんたが攫ったのね!? あの子を返して!」
「――っああぁぁ!」
 受話器を放り投げ、アイちゃんにしがみつくようにきつく抱きついた。化け物がアイちゃんを奪いに来る。嫌よ。
「アイちゃんのママはママだけよね? ねっ!?」
 肩を何度も何度も揺さぶり問い詰める。
 ――と。放り出した受話器からの声が部屋中に響いた。
「さよりぃぃっ!」
 ……大きく少女の名前を呼ぶ声がして。
 それまで決して声を上げなかったアイちゃんが、勢いよく顔を上げる。
「――ママぁぁぁ!」
 そう、叫んだ。

 ママは私のはずでしょう……?
 どうしてママを裏切るの。どうして私だけのお人形でいてくれないの。

 気付いた時には骨と皮ばかりの幼い子供は首を折られて床に落ちていた。
 唾液や泡のような物が付いた手に目を落とす。……埋めなくちゃ。

 赤い夕陽は沈みかけて林には夜の色が迫っている。
 アイちゃんの瞳は最後の涙できらきらと濡れている。白いドレスは土に汚れ、ぴかぴかの靴は地に埋まっていく。
 ーーあの人との娘が産まれたら、人形のように可愛い洋服を着せるのだと夢を描いていた。
「愛ちゃん――」
 誰も欲しがってくれなかった私の子供。
 ……私だけのお人形。


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