小説&まんが投稿
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:邂逅 作者:異邦人

最終回 ー 九十一歳のスピットが書く移ろふ愛の形 −
窓際のシクラメンの鉢に、水やりをしていると、チャイムが鳴った。
 覗き見して、ドアを開ける。
「こんにちは」
 明かるい爽やかな声に、
「今日は」
 思わず、鸚鵡返しに答えたが、誰だったろうか?
 朝日の差し込む玄関に、満面に笑みを浮かべて立つ、スーツ姿の来客にと惑う。
 秀でた広い額、優しい目の奥に、秘めた聡明さ、意志の強そうな口もと、
 年の頃は、三十歳半ばか?
「おばちゃん、ボク、つよし!」
 笑顔が消え、ベソをかいたあどけない子供の表情になる・・・
 じっと自分を見詰る相手に、
「あッ!あの時のボク!」
 頭は、忙しく逆に回転する。
 三十年前、近くの公園で出会った小さな子供ー
 その面影が、がっしりした身体に重なる。
「おばちゃんを忘れずに、尋ねて来てくれたのね」
 さあ、どうぞ、上がって頂戴と、居間に招き入れる。
 熱いコーヒーを入れて、テーブルの上に置き、
「お父さんはお元気?」
 と、真っ先に尋ねる。
 青白い細面の顔と、痩せた長身の父親が甦える。
「父は、早く亡くなりました」
 幼い面影は失くなり、明かるい顔に戻ったが声はくぐもる。
「まあ!お亡くなりになったの?」
 しみじみと自分の足腰の衰えと共に、過ぎ去った歳月を思う。

 長い間、病んでいた夫が亡くなり、子供二人を女手で育てた。
 やがて、息子も娘も結婚して、息子や娘婿の勤め先のある隣市に別居してから、家に閉じこもりがちになった。
 子育ての苦労も終わり、働いていた会社も早期退職して、自由な身体になったのに、毎日、ボンヤリ、暮らすことが多い。
 まだ、老い込む年でもないのに、こんな弱気では、健康に悪いと、一念発起して、近くの公園に散歩に出掛けるようになった。
 その日も、有り合わせで作ったサンドイッチを持って、公園に行く。
 公園といっても、ブランコやすべり台や、砂場位しかない小さな公園だ。
 普段は、ほとんど子供の姿は見かけない。
 公園の廻りを一回りする。
 何時もなら、あずまやのベンチに休むのだが、昨日も今日も、三十歳半ばの男の人がリックサックを枕にベンチの上に寝転がっている。
 傍に子供用のリックが置いてある。
 五、六歳くらいの男の子が、ブランコで遊んでいる。
 十一月に入ったが、日中は暖かい日がつづいている。羽織っているカーディガンを脱ぎたい位、気持がよい。
 ブランコ近くのベンチに腰掛ける。
 昼食に少し早いが、手提げから、サンドイッチの包みを取り出す。
 男の子が、ブランコからじっと、こちらを見ている。
 二切れ持ってきた一切れを、
「ボク、食べる?」
 と、男の子に見せる。
「うん」
 コックリうなずいて、すぐ、バタバタと走って来た。
 嬉しそうに、サンドイッチを受け取る。
「何をするんです!」
 あずまやで、横になっていた父親らしい男性が、飛び起きると怒鳴った。
「知らない人から、物を貰うんじゃない!」
 子供の傍に駆け寄って、サンドイッチを取り上げる。
「自分達は、もの貰いじゃないんだ!余計な事をしないで下さい」
 サンドイッチを付き返す。
「済みません」
思いがけない相手のけんまくに、慌てて頭を下げる。
 もの貰いなんって思っていなかったのに、可愛い坊やだったから、つい、余計なことをしたけれど、そんなに怒らなくてもと思うと、もう、食べる気がなくなる。
 サンドイッチを仕舞いかけて、男の子の方を見る。
 小さい子供なのに、男の子は、父親の態度を謝るように、ペコリとお辞儀をした。
「賢い子だわ」
 と思いながら、子供に笑顔をする。
 だが、男の子は悲しそうな目でサンドイッチを見る。
 今日は、ブランコを漕いでなかったのは、お腹が空いていたからだろうか?
 出しゃばった行為だと思いながら包み直したサンドイッチを、そっと、ベンチの端に置く。
「食べてね」
 目で合図する。
 何時もなら、園内を歩き、赤く染まったかえでや、黄色いいちょうなどを眺めて帰るのだが、今日は、そんな気持ちのゆとりはない。
 足早に、ベンチを離れる。

 翌日、正午近く、公園に出掛ける仕度をする。
 鮭と梅干し入りの海苔を巻いた、大きなお握りを二つと、少しこぶりのお握りを同じく二つ、バナナを一本ずつ添えた二人分の包みを、スーパーのレジ袋に入れて公園に行く。
 入口で、公衆電話の傍の自販機で、熱いお茶を二つ出す。
「今日も居るだろうか?居なくても構わない。お握りは自分で食べるわ」
 あずまやに男の子が居た。
 父親の姿は見えない。
 男の子の傍に大小のリックサックが置いてある。
 よかった!ボクにお握りを渡して上げられる。あの年頃のなら、少々は、身の上話が出来よう。どんな事情で公園に毎日居るのか知りたい。
「ボク、こんにちは」
 淋しそうに、ベンチに腰掛けていた男の子の顔が、パッと明かるくなった。
 並んで掛ける。
 昨日ベンチに置いたサンドイッチの包みが無い。
「おばちゃんは、散歩のついでに、大抵、お昼をここで食べるのだけれど、今日は欲しくないの。ボク、食べてくれる?」
「ありがとう」
 といって、出されたお握りを美味しそうに食べる。

 バナナも食べ、熱いお茶をフウフウいって飲む。
「お茶より、ジュースの方がよかったかな?」
 と、いうと
「ううん、ボクお茶が好きなんだ」
 ニッコリ笑う。
 笑顔が可愛い。青白い頬のこけた父親と違って、表情が明るい。
 お腹がいっぱいになった子供は、両足をブラブラさせながら、
「おばちゃんは、優しいひとね」
 という。
「ありがと、ボクのお年はいくつかな?」
「六歳。来年、小学生になるんだ」
 と、一寸、得意気な顔になる。
「来年、小学校に入学するの?道理でしっかりしていると思ったわ。ボクのお名前、なんというのかな?」
「つよし、ひがしのつよしというんだよ」
 澄んだ目を上げて、いう。
「ひがしのつよしくんというのね。おうちは、ここから遠いの?」
「ボクのおうちは、もう、ないんだ!」
 つよしは、うつむく。
 おうちがなといって、どうして無くなったのと、尋ねようとしたが、つよしは、ベソ顔になり、下を向いたまま黙っている。
 これ以上、聞くのをやめようと、思案していると、
 父親が足早に戻って来た。
 又、怒鳴られたら嫌だと思い、急いで、ベンチから立ち上がる。
「昨日は、済みませんでした」
 意外にも、父親は軽く頭を下げて、子供の傍に腰掛けた。
「パパ、どうだった?」
 つよしは、勢よいこんで聞く。
「やっぱり、駄目だったよ」
 父親は、疲れた様子で、
「ご免ね。みんなパパが悪いんだ!」
 といって、急に、咳込む。
「お加減が悪いのですか?」
 やっと咳が止まっても、ぜいぜいと息苦しそうにしている。
 ベンチに掛け直して、お茶を差し出す。
「まだ、温かいですわ。どうぞ・・・」
 というと、
「有難う」
 と、父親は素直に、お茶を口に持ってゆく。
「パパ、おくすりはもうないの?」
 と、つよしは心配そうにいう。
「さっき、病院で注射して貰った。薬も貰ったから、安心しなさい」
「よかった!」
 つよしは、嬉しそうに父親の身体に擦り寄る。
 先程のベソ顔はない。
「喘息の持病がありましてね。よく、咳こむんですよ。さっきも、友達の医者から、発作をおこしたら、生命取りになるぞ!とおどかされましたよ。ハハ・・・・」
 照れ笑いをするが、弱々しい声だ。
 昨日のけんまくとは、打って変わって、穏やかな態度の父親に、
「失礼ですけれど、こちらに旅行にお出でになったのですか?」
 大小のリックサックを見ていう。
「土地の人間です。奥さんが子供に親切にして下さるので、申しますが、自分は、ひがしの農機械の先代社長の息子です」
 父親は、顔を赤らめた。
「ひがしの農機械のご子息さん?」
 と、思わず声が大きくなった。
 意外にも、亡き夫が病気で退職する迄、勤めていた会社だ。
 社長は数年前に亡くなったが、若い次男が二代目社長になっている。
 地方都市の会社ながら、農機械メーカーのひがしのは、全国的に知られた会社だ。
 道理で、くずれた感じだが、物腰に品があり、親子が着ている服装も、古びているが上質だ。
 夫が生前、ふともらした、ひがしのの親泣かせの極道息子と、社内で評判
だといったのは、この人かと驚く。
「亡くなった主人は、おうちの会社で、経理課長をしていました」
 といって、しげしげと父親の顔を眺めた。
「うちの会社に?」
 相手も驚く。
「病気で、早く、退職しましたけれど・・・」
 ひがしののもと社員の家族だと知り、
「そうですか、では、自分の不行跡はご存知でしょうね」
 と、自嘲気味にいう。
「どうして、ここに?昨日もこの公園にいらっしたけれどー」
「自業自得ですよ」
 吐き捨てるようにいう。
 時々、お茶をむせびながら飲む。余程、身体の調子が悪いようだ。
 お握りの包みを渡しても、食べようとしない。
「ボク、お握り二つ食べたよ」
 傍で男の子がいう。
「そうか、有難うとお礼をいったの?」
「うん、ありがとうと、おばちゃんにいったよ。ねえ、パパ、おばちゃんにたのんだら・・・」
 と、思いがけないことをいう。
「バカ!そんな厚かましいことを、いくら落ちぶれても、パパはいえないぞ!}
 子供を叱りつけて、父親は、両手で頭を抱え込む。
「どうぞ、おっしゃって下さい。坊やとお親しくなったのも、ご縁があったのですわ」
「ご好意は有難いですが、いくらなんでも非常識で申せません」
 父親は、辛そうに顔をそむける。
「ボクは、パパの心配、わかるかな?」
 父親の口が固いと知って、子供に聞く。
「パパはお友達のところに、お金を借りに行ったの」
 子供も悲しそうな声だ。
「お金を?}
 と、父親の顔を見る。
「気にしないで下さい。子供が失礼なことをいって申し訳ありません。他に、心当たりがあるので、少し、休んでから出掛けるつもりです」
 という。
「パパ、また、だめだったら、サッポロのおばちゃんのところに行けなくなるよ」
 と、つよしは、又、ベソ顔になる。
「事情を話して下さい。先代の社長さんには、主人が病気で退職する時、大変、ご親切にして頂きました。お力になりたいですわ」
 重ねていわれて、父親は、ハラハラと両頬に涙を落とした。
「奥さん、有難う!思いがけない人に逢えて嬉しいです。どうか、愚かな自分を笑って下さい」
 父親は、片手で涙を強く拭くと、堰を切ったように、話しはじめる。
 父が建ててくれた自宅も、財産分けの自社の株も、マンションも競売になったため、家を追われ、この公園に一昨日から居るといった。
 ギャンブルが原因だった。
 喘息が持病で、小さい頃から身体が弱かった。
 母親も喘息がもとで亡くなっている。
 父親は、一代でひがしの農機械を築いた人間で、公私共に厳しく、
「妹は、おとなしく、よく勉強するのに、お前は、病気を理由に怠けて、塾にもろくに行っていないではないか。全く情けない奴だ!」
「父に、何時も柔弱だと叱責されていました。いい訳になりますが、中学の頃からグレはじめたのは、父が会社の女事務員を外に囲い、子供迄生まれて、余り家に帰らなくなったからです」
 それでも、高校、大学と無事に卒業した。
 父親の経営する会社に入社する。
 就職してまもなく、長い間、病床にあった母親が、肺炎であっけなく亡くなる。
「友達に誘われて覚えたギャンブルに、のめり込むになったのは、父親が母親の一周忌も待たずに、正式に、女事務員母子を家に入れたからです」
「お父さんを恨んでは駄目よ。あの女の人は、創業当時から、経理を仕切って、お父さんと一緒に、会社を育ててくれたのよ。お母さんの代わりに、お父さんの片腕になって働いてくれたあの事務員さんには、むしろ、感謝しているの」
 目に、涙をいっぱい溜めて、笑顔で父親とことごとく女の事で、対立する息子を諭す、母親の優しい心情を思い出すと、怒りが込み上げてくる。
 母親に、何もしてやれなかったことが無念だった。
 その辛い気持ちが、マージャンや、競馬の賭け事に熱中させた。
 会社も休みがちになる。社長の息子なので、上司も文句を控える。
 小遣銭に困ると、連れ子の弟をおどして。義母に金を出させた。
 後妻は、我が子が長男に苛められるのを心配して、父親に内緒で金を工面して渡す。
 父親は、人伝えに、息子の放埓な生活を知る。
 妻と相談して、結婚をすすめた。
「お前の気持ちは分かる。充分なことをしてやる。嫁を貰って、一家を構えろ」 
 といって、結婚を条件に新居を建ててくれ、会社の株とマンションを財産分けした。
 結婚当時は、新婚生活の珍しさもあって、会社にも出勤し、賭け事もひかえていた。
 男の子が生まれて、順調に落ち着くと思っていたが、思いがけない事件に巻き込まれ、又、自堕な生活に戻る。
 学生時代からの遊び仲間が、詐欺をやり、警察沙汰になるといって、泣きついてきた。
「自分も、そんな金とは知らず、マージャンなどに負けた時に、金を融通して貰っていたため、かかわりになるのを恐れて、まとまった金を作るため、父から貰った会社の株を手放しました」
「それからです!」
 父親は、口惜しそうに唇を噛む。

 転落するのは早かった。
 ずるずると、取り巻き連中に引き摺られ、ギャンブルに走る。
 遂に、マンションを売り、自宅迄、借金の抵当に入れる。
 おとなしい妻は、初めのうちは、夫の不行跡にも耐えていたが、家迄、立ち退きを迫られ、借金取りが毎日押しかけてきて、口汚なく夫をなじる相手の暴言に、堪り兼ねて、家出してしまう。
 子供は、連れて行かなかった。
 日頃から、つよしは父親に懐いている。
「パパのところにいる」
 といって、一緒に家を出るのを拒んだ。
 夫は、遊び仲間と連れ立って、ギャンブルに夢中でも、たまに、自宅に帰ってくるのは、子供の顔を見たいからだ。
 妻の行く方は分からない。
 抵当に入っていた家は、競売にかけられて、立ち退きをせまられる。
 金のある時は、離れなかった仲間も、金策の出来ない自分を見限って、遠ざかる。
「往生際の悪い男だ!したい放題の結果だ。いさぎよく、すぐ、出て行って欲しい!」
 新しい家の持主から、侮蔑されて、憤然と、リックサック一つで、我が子の手を引っ張って家を出た。
 始終、金を貸してやり、返金をして貰っていない仲間を訪ねば、妹の嫁ぎ先の札幌に行く旅費位は借してくれるだろうと、簡単に考えた自分の甘さを知る。
 先程、訪ねた相手も、詐欺まがいの借金で、自分に多額な金を出させた、学生の頃からの友達だった。
 不動産会社を経営して、外車を乗り回して、景気がよさそうだ。
 だが、なかなか、会社に居らず、やっと今朝、掴まえて金を少し融通してくれと頼む。
「商売がサッパリ、うまくいかんのだ。金繰りに走り回っているのよ。君が一口乗ってくれたら、いい物件があるんだけどな、今の君に無理だろう?済まんが持ち合わせがないんだ。これで、めしでも喰ってくれ」
 と、口を曲げて冷たくいい、皮のジャンバーのポケットから、千円札を二、三枚掴み出す。
「馬鹿にするな!そんな端た金をよくも出せたな!」
 出された金を、相手に投げつけた。
 不動産会社を飛び出して、すぐ後悔をする。
 例え、二、三千円の金でも、つよしにパンやジュースを買ってやれる。薬局で、一時しのぎの喘息の薬も買えるのだと思うが、お坊ちゃん育ちの人に頭を下げることの出来ない負けん気が、何時も邪魔する。
 咳が出る、息苦しくてたまらない。
 もう、金を借りに行くところがない。
 足は、知らぬ間に、中学の同級生が副院長をしている、病院の前に来た。
 仲間に裏切られた怒りと絶望に、咳が止まらず、息が苦しい。
 新しい住人が入り込んだ我が家に、相手から、侮蔑的な言葉を受け、腹立ちまぎれに、リックサックに、身の回りの物を押し込み、子供と家を飛び出した。
 少々、持っていた金は、ホテルに二、三泊しているうちに、本当に無一文になった。
 仲間の数人に金策を頼んだが、にべも無く断られた。
 仕方なく一昨日から公園に来て、あずまやのベンチで夜を過ごした。
 息が苦しい。激しく咳き込みながら、倒れるように、病院の受け付けに行き、
「副院長に取り次いで下さい」
 やっと告げる。
 事務員の知らせに、医師が診察室から、不審顔で出て来た。
「おお!君か、珍しいな。咳が出ているじゃないか?」
 中に入れと、目配せして、先に診察室に戻る。
「今度、発作を起こしたら、生命取りになるぞ。これから検査を受けろ!」
 一通り診察すると、医師はいった
「今日は、一寸、他に行く用事がある。又、出直してくるよ。済まんが薬を出してくれ」
 注射をしたせいか、咳が止まる。
「必ず、精密検査に来いよ。身体を大事にするんだ」
 薬局に持って行く処方箋を渡していう。
「実は保険も金もないんだ。今度だけ頼む!」
 何故か、この中学の同級生には、素直に弱音がいえた。
「金は出来た時、持って来たらいいじゃん」
 医師は、屈託がない笑顔を向けた。
「奥さん、不思議なものですね。副院長とは、中学の同級生といっても、深い交際はなかったのです。教室や、廊下で顔を合わせれば、ああ、うん、と互いに目線を交わす程度の仲でした。ただ、一年生の時、組替えで、又、一緒になり、三年生も同じクラスでした」

 三年間、ずっと中学時代が一緒だったというだけで、彼は、落ちぶれた自分を嫌な顔もせず、むしろ、懐かしそうに、
「同窓会も出てこず心配していたんだ。自分達はまだ再起できる年齢だ。今からでも遅くない。立ち直れ、君の病気は治してやる。必ず、検査に来いよ」
 といって、薬を病院で調合してくれた。
「どん底まで落ちなければ、本当の友達が分からないのですね。同級生の医者が診てくれなかったら、今頃、道端で倒れていたかも知れません」
 もう、金を工面する当てがない。
「どうしたらいいかと、崖ぶっちに立っている心境です」
 力なくうなだれる。
「お妹さんは、札幌にいらっしゃるのですか?」
 と、尋ねる。
「そうです。妹が結婚する時、父は、遠いところは駄目だと反対しましたが、自分が父を説得して、妹の好きな相手と結婚させてやったのですが、妹には、迷惑を掛けたくないと、今迄我慢して、音信普通でした」
 妹婿は、道庁に勤めているという。
 子供も二人生まれて、平穏に暮らしている。五つ違いの妹とは、小さい頃から仲が良く、可愛がっていたので、訪ねて行けば、今後の方針を相談できると思うが、旅費がない。
 夫が、病気で会社を辞める時、今は亡き先代社長が
「よく働いてくれたのに惜しいな。治ったら、又、戻っておいで。席は何時でも用意してやるからな」
 といって、創業当時からの社員だった夫の真面目な勤務をよく知って居り、退職金の他に、応分の見舞金をくれた。
 そのお陰で、病床の夫の看病が出来た。
 社長の息子と知った上は、恩返しに相談にのってやりたいと思う。
「ささやかな年金暮らしですけれど、少々、ご用だてて上げられると思います。坊やのためにも、立ち直っていただきたいですわ」
 金さえ都合出来れば、これから直ぐ、ここを発ちたいという。
「待っていて下さいね。お金を用意して来ますから」
 と、ベンチから立ち上がる。
「申し訳ない。面目ないです!」
 父親は、頭を下げつづける。
 「お上げするのではありません。後で、返して頂きますわーー」
 と笑っていい、嬉しそうに見上げる子供の頭を撫でる。
「ボク、おばちゃんはすぐ戻って来ますからね、パパとここで待っていてね」
 といって、急いで家に帰る。
 何時もは、散歩がてらに歩いて行く近くのスーパーに、久し振りに自転車を走らせる。
 スーパーの入口にあるATMで、旅費に少し余裕を持たせた金額を引き出す。
 丁度、スーパーは感謝セールをしている。
 寒い北海道に行く父親の、薄いジャケットや、幼稚園の上張りを着たズボン姿の子供に、風邪を引いたら大変と気遣い、衣類の売り場に行く。
 モヘアの衿の暖かそうな茶色のロングコートを見付けた。
 価格を見ると安い、半額だ。
 坊やのために、フード付きの同じ茶色のダウンジャケットを買う。
 父親は、靴下無しのスニーカーを履いていた。
 子供の白いソックスも運動靴も汚れていた。
 厚手の二人分の靴下を一緒に、レジに持って行く。
 前籠に、大きなレジ袋をくくりつけ、自転車に飛び乗る。
 単調な毎日をおくっていた自分に、こんな敏捷な行動が出来ることに驚く。
 暫く逢っていない息子や孫のために、買い物をしている気分だ。
 公園に父子はいた。
 父親は、リックを枕に横になっている。
 ボクが走ってくる。
 急いで起き上がった父親に、衣類の入った袋を渡す。
「奥さんに助けて頂けたのも、父のお陰です。親不孝な自分が情けないです」
「先代社長さんには、大変、ご親切にして頂いたご恩返しですわ。坊やのためにも、お元気になって下さいね」
 父親の傍で、口をキュウと結んで涙をこらえている子供に、
「おばちゃんは、ボクのことを決して忘れないからね」
 と、小さな身体を強く抱きしめる。
「ボクも、おばちゃんのことは忘れないよ、きっと、逢いにくる!」 
 すぐ、JRの駅に行きたいという父子のために、公衆電話からタクシーを呼ぶ。
 公園の出口で、手を振ってタクシーを見送ったことが、鮮やかに思い出す・・・
「おばちゃんのこと、忘れないよ。きっと、逢いにくる!」
 と、健気に誓った小さな子供が、逞しい大人になって、目の前にいる。
 長い回想から、我に返って改めて、相手の顔を眺める。
 父親は、痩せて見るからに弱々しかったが息子は、どっしりした精悍な感じがする。
「思い出してくれましたか?」
 澄んだ目は、あの時のボクの目と同じだ。
「お陰で、無事に札幌に着き、叔母の家にたどり着いた途端、父は発作をおこして、玄関で倒れました」
「突然の兄親子の来訪に、叔母は驚きましたが、救急車に乗り込み、一緒に父を病院に運びました。父は叔母の手を握ったまま、息を引き取りました」
「実は、昨日、帰郷したのですが、おばちゃんとゆっくり話がしたかったので、先に用事を済ませてから、お伺いしたのです」
 東京の老舗の菓子折りと、のし袋を差し出す。
「あの時、立て替えて頂いた旅費です。父と自分の気持ちを添えました。有難うございました。父の分迄、有難うございます」
 目をうるませていう。
「旅費は、お餞別だったのですよ、返して貰うなんって思ってもいませんでしたよ」
 再び入れたコーヒーを飲みながら、つよしは語り出す・・・
 札幌に向かう新幹線の中で、父親は、自分の余命を知ったのか、いろいろと遺言めいた事を話した。
 故郷の四国の市は忘れないといった。
「お前がひとかどの人間になったら、パパの生まれた土地を訪ねてくれ、お祖父ちゃんお祖母ちゃんの墓にお参りして、パパの親不孝を詫びて欲しい」
「本当の友達だった中学の同窓生の医者に逢って、礼をいってくれ。どん底に落ちたパパに、救いの手を伸べてくれたあの同級生と、おばちゃんの恩は、パパは、死んでも忘れないと伝えて欲しい」
 といった。
「昨日、駅に着くと、真っ先に、祖父母の墓に参りました」
 幼い時に出たので、余りハッキリした記憶はないが、父が自慢していた美
しい石垣のお城を中心に、市は観光に力を入れているせいか、子供の頃と違って、街全体に活気があった。
 祖父母の墓前に、手を合わせると、故郷のある幸せを思う。
 父が、追われるように郷里を出た悲しい気持ちが分かる。
 墓参りを済ませて、待たせていたタクシーで、父の同級生の病院に向かった。
 病院は、高齢者の施設を備えた大きな総合病院になっている。
 タクシーの運転手が、
「前の院長は、気難しがったが、今の院長は、親切で優しいし、丁寧に診てくれると、患者間で、評判がいいんですよ」
 といった。
 副院長は、亡くなった父親の後を継いで院長になっていた。
「優秀な息子さんがいたんですね。立派な仕事をなさっていますね」
 わざわざ、診察室から出て来て、迎えてくれた院長は、父が払っていなかった治療費と、父と自分の気持ちを添えたのし袋に、一緒に出した名刺を見て、感慨深そうにいう。
「父は、早く亡くなりましたが、先生のことは、たった一人の本当の友達だと、生前、感謝していました。助けて頂いたご恩は、死んでも忘れないといっていました」
「一度、来院したきり、姿を見せなかったのでね。その時、治療するよう強くいったんですよ」
 と、残念そうにいう。
「病気のせいか、気の弱いところがあったが、頭はよかったですよ。お父さんとうまくいかないらしく、横道にそれたんでしょうけれどね」
 院長は、ひがしの農機械の産業医をしているので、現社長と親しいから、折角、帰郷したのだから、逢っては?といって、会社に連絡を取ってくれた。
 昨晩、院長はひがしの農機械の社長を呼んで、宴席を設けてくれる。
 面会した叔父に、改めて父親の不徳を詫びた。
 腹違いの父の弟は、
「過ぎた事です。父も兄も、最早、この世の人ではありません」
「更正をしてくれたら、何時でも、相談に乗るつもりでした。父は、口に出さなかったが、兄の事は案じていました」 
 といって、社長は
「お父さんの墓は、どこにあるの?」
 と、聞く。
 父の遺骨は、札幌の叔母に預かって貰っているが、いずれ、自分の住んでいる地元の寺に、墓を作るつもりだと、いうと、
「こちらの、先祖の墓の両親の傍に納めなさいよ。きっと、兄も喜んでくれると思う」
 と、叔父は、膝を乗り出していう。
「叔父さん、有難うございます。父を懐かしい郷里に戻して頂けて嬉しいです」
 思わず、叔父の両手を痛い程握る。
 ひがしの農機械は、海外迄進出して、社運は盛んだと、タクシーの運転手から聞いていたが、社長の叔父は、もの柔らかな丁寧な話し方をする温厚な人柄だった。
 夜遅く迄話が弾み、自分が今やっている仕事に、叔父と院長は、おおいに賛成してくれ、応援すると激励してくれたという。
「こんな、運動をしているんです!]
 と、はにかみながら、名刺を出す。
 名刺を見る。
   共に歩もう会代表
 弁護士 東 野 強 志 
「まあ!ボクは、いいえ、つよしくんは弁護士さんになっていたの!」
 びっくりする。
「つよしという名は、父が自分のような弱い人間にならず、強い志を持って欲
しいという思いで、付けたのよ。と、叔母から聞きました」
「いいお名前ね。お父さんの思いがよく分かるわ」

「公園で、初めて逢った時に、利発な子だと思ったけれど、強志くんがこんなに立派な人になって、本当に嬉しい!」
「共に歩もう会って、どんな趣旨の会なの?」
 と、問う声も弾む。
「恵まれない家庭に育った子供達に、進学や、就職の手助けをするのが目的です」
「自分がここ迄くるのに、いろいろな人達の応援がありましたからね。恩返しのつもりで、困窮家庭故、学校にも行けず、非行に走ったり、勉強したくても進学出来ない子供達の手助けをしてやりたいと思ったのです」
 今度、大阪に支部が出来たので、発会式に出席したあと、祖父母の墓参りと、父が唯一の友達といった中学の同級生の医師や、世話になったおばちゃんに逢うため、帰郷したという。
「誰よりも、おばちゃんに逢いたかった。元気で、昔と同じところに住んでいてくれて嬉しいです!」
「思えば、丁度、父がこの土地を離れた時と同じ年齢になっているんですよ。父は、自分の不都合故、辛い一生を終えましたが、自分も苦労しました」
「公園で逢った時のボクにかえって、おばちゃんにいろいろな話をしたいです」
 強志の明るかった顔が、曇る。
 強志の話がつづく・・・

 叔母のところで、高校を卒業すると、上京する。
叔母の夫の大学時代の先輩の弁護士法律事務所で働きながら、大学に通う。
 法科を選んだのも、弱い立ち場の人達のために働きたいと思ったからだ。
 札幌を発つ時、叔母は、高校時代に新聞配達をして働いた金を、自分の生活費のたしにと、渡していたのを、そっくり、持たせてくれた。
「しっかり勉強しなさいね。お父さんが、いいお手本よ。困った時はいってきなさい。なんとかして上げるからね」
 と、励ました。
「司法試験に合格する迄、それこそ、歯を食いしばっての厳しい生活でした」
 奨学金を受けていたが、学費だけでいっぱいで、事務所の給料で生活費を賄っていた。
 試験に、何回も受験する余裕などない。
 参考書を買うために、食事代さえ節約して、必死の思いで勉強する。
 幸い、努力が報われて、一度で、司法試験に合格する。
 世話になった法律事務所で、暫く働き、経験を積む。
 やがて、所長の厚意で、若手弁護士仲間数人と独立して、法律事務所を設立する。
 仕事を通して、貧困家庭の事情を知るようになり、非行に走る子供の実態が分かる。
 自分も周囲の手助けがなければ、転落の道を歩んだかも知れない。
「恩返しのためにも、不幸な子供達の味方になってやりたかったのです」
 黙って聞いていたが、気になる。
「会の運営はどうなっているの?慈善事業のようだけれど」
「金にはなりませんよ。主に、寄付金でやりくりしています。時には、自分等弁護士仲間は、持ち出しになる時もあるんですよ」 
「子供達が新しい生活を始めるのを見ると、毎日が充実した気持ちです」
 強志に、笑顔が戻っている。
「大変ね。じゃ、このお金は寄付するわ。子供達のために使って頂戴。あなたやお父さんの気持ちは、ちゃんと、頂きましたからね」
 テーブルの上に置いた儘ののし袋を、強志の前に押し出す。
「それでは、自分や父の気持ちが無駄になります」
「遠慮せずに、受け取って頂戴、一人暮らしだから、余り、お金がかからないのよ。安心して寄付させて下さいね」
「有難う。助かります」
 素直に、両手でのし袋を頂くのを見て、あの小さかったボクが、こんな分別のある人間に成長したのかと、胸が熱くなった。

 強志は、又、意外にも生みの母と再会したという。
 小学校に入学する時、叔母の許に、母から手紙がきて、制服やランドセル代に、四国の強志のところに送って欲しいと、為替が同封してあったが、それ以後、便りは途絶えた。
「母と叔母は仲良しでしたが、家を出てから、ずっと、便りがなかったそうです。自分が札幌に来ていることも、勿論、父が亡くなっていることも知りませんでした」
「母は年を取っていましたが元気でした。母も苦労していました。再婚した相手が寝たっきりの病人になり、今も、看病の生活です」
 母の消息が分かったのは、偶然だったという。
「申し遅れましたが、結婚して、三歳の女の子がいます」
 と、照れながら、頭を下げる。
 妻は、自分が世話になった法律事務所の事務員をしていたが、現在は、新設の事務所で働いている。
 共稼ぎなので、子供は、保育園に預けている。
 入園式の時、担任の若い保育士の胸の名札を見て、百合という名前に思い出があった。
 父母が新婚の頃、母が父に、
「今度、女の子が生まれたら、百合という名前に付けたいわ。清らかで、美しい百合の花のように育てたいの」
 と、いっていたと、父が懐かしそうに話していたことが、子供ごころに覚えていた。
 名前を見ていると、保育士は、
「お兄さん!」
 と、突然、周りに憚りながら、小さな声で呼んだ。
「それが、父親違いの妹でした」
 どんないきさつで、自分が弁護士になっているのを知ったのか、母はいわなかったが、弁護士会の名簿で名前を見付けたと、後で聞いた。
 百合が短大を出る迄は、再婚の夫も、まだ寝込む程の病状でなかったので、母は、家政婦をしながら、百合に短大を卒業させた。
 自分の住む区の保育士の採用試験に、百合が合格すると、母一家は区内のアパートに引っ越しする。
 強志の子供が、保育園に入園することを調べて知っていた。
 園長に頼んで担任にして貰った。
 母親の家庭と、行き来するようになり、深い肉親の愛情を感じるという。
「百合は明るい娘で、二十三歳になります。まだ、未婚なので、丁度、同僚の弁護士に結婚していないのがいましてね、妹と交際させています」
 と、嬉しそうにいう。
 強志の顔を見る。 
 公園で、サンドイッチを美味しそうに頬張っていた、ボクに、二重写しになる。
 強志はいう。
 やっと、身の上が落ち着き、人並の幸せを味わえるようになったが、
「随分、辛いことが沢山ありました」
「けれど、どんなに苦しい時でも、泣くことが出来なかった。小さい時から、強志は強い子だ、賢い子だ、きっと今に立派な人間になる」
 といわれ、大人になっても、周りから、
「大丈夫だ、君ならきっと成功する」
 と、期待され、励まされる度に、くじけそうになる心を奮いたたせて、頑張ったんです!
「泣きたくても、泣けなかった。頼られば頼られる程、自分は孤独でした」
 涙声になっている。
「お腹を空かせていた時、サンドイッチをくれたおばちゃんのことが、忘れられませんでした」
「おばちゃんなら、この気持ちは、分かってくれると思う」
 強志の涙を見て、急に、子育ての頃が頭に浮かぶ・・・
 夫が長い病床の末亡くなり、育ち盛りの子供を抱えて、必死で働いていたあの頃、町内の人達から、健気な奥さん、しっかり者の母親といわれて、どんな辛い時にも、弱音を吐けなかった。
 難しい年頃になった息子に、
「悪いことをしないでね。警察に連れて行かれたら、親でも、助けて上げられないのよ」
 と、いい聞かせ、娘が遅く帰宅するようになると、寝ないで待っていた。
 何事も自分一人で解決し、どんな時でも笑顔をしていた。
 母子を温かく見守ってくれる人達の善意を裏切りたくなかった。
 泣くことさえ、忘れて暮らしていたあの頃ー
「そうだ!今なら、誰にも遠慮せず泣ける。泣いていいんだ!」
 目から、涙がポロポロ落ちる。
「おばちゃんも、泣きたいことがいっぱいあったんよ。周りの人達の優しい応援に、涙を見せられなかったの」
「強志くん!おばちゃんも泣きたい!」
 ワッと、大声が出た。
 強志は、いきなり、おばちゃんを抱く、
「思う存分泣こうね、泣いて、泣いて、過去の苦労を捨てよう!」
「公園で、おばちゃんは、ボクを抱きしめてくれたけれど、今度、ボクがおばちゃんを抱いて上げる!」
 支えてくれた人々の厚意故、泣くに泣けなかった二人ー
 小さかったボクが、逞しく大きくなり、老いた一回り小さくなったおばちゃんを、抱きしめる。
 泣く意味は違っても、悲しみは同じだ。
 窓辺のシクラメンの花が、暖かい陽をいっぱい浴びている。
 昼食時になっているのに、二人は泣きつづける。
 三十年前、公園で出会ったおばちゃんとボクが、ひしと抱き合って泣く・・・泣きつづける・・・・


読んで下さって                                         有難うございます。
何故、作中の人物に名前を付けることが少ないのか、それは、私であり、あなただから・・・
何故、場所を明記することが少ないのか、それは、私の住んでいるところであり、あなたの住むところだからです。
 善を信じます
 善の中の悪を知る
 悪の中に善は残る
生きる目的は愛だと思います。
愛のために、苦しみ嘆き悲しむ。
愛によって、勇気が湧き力が出て強く生きられる。
物語の主人公達に、何時も励まされ、そして、慰められるのです。


独りを好みますが、書くことで、
   社会につながる喜びを感じます。
     読んで下さって
         本当に 
           有難うございます。         


■ 目次

■ 小説&まんが投稿屋 トップページ
アクセス: 1551