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作品名:マイハート 作者:異邦人

最終回 1
 一冊の本に出会った縁で、日頃、悩んでいたことが、一層深くなる。
 最晩年になり、気力、体力、共に失くなり、新聞さえ、見い出しを拾い読みする程度だ。
 広告は、世相が分かるので、一通り目を通す。
 朝、何時ものように、一面下段の広告欄を見る。
 「人は死なない」タイトルに目が止まった。著者は、現代医療の最前線で、救急診療に携わるお医者さんだ。
 今、一番、心を悩ませているのは、生死の問題だ。
 「人は死なない」を息子に、書店に注文して貰う。
 日常的に、人間の終末を見届ける立場の臨床医の書いた内容に、一気に読む。
 次作の共著「人は死なない。では、どうする?」も、購入して読む。
 霊能者や、予言者や、占い師は信じない方だ。
 占いは、一度だけ、確かに当たったが、それでも興味がない。
 だが、二冊の本は、
 古今東西の文献を熟読し、研究して、実際に体験した先生方の真実故、頷き、信頼出来、又、深く尊敬出来る。
 肉体は滅びるが、霊魂は残るという。
 霊能者や、予言者や、占い師を信じない方なのに「人は死なない」の中の事例に似た体験が、過去に、幾度もあった。
 又、最近、思いがけない出来事があった。
 この事実を、どう、理解したらよいのか、判断に苦しむ。

 戦後まもなく、小学教師だった姉は、胸の病を患い、実家で療養していた。
 ペニシリンが出はじめた頃で、兄の心尽くしで、高価なペニシリンの注射を、医師にして貰っていたが、姉の敗戦のショックは大きく、病状は日増しに悪化した。
 私は、結婚していた。
 住宅難や食糧難がつづいている頃だ。
 夫の生家の離れに、生まれたばかりの娘を抱えて、小さな駄菓子店をしていた。
 夫は、おもちゃの問屋で働いていた。
 兄は、勤め先の飛行機製作所が終戦で解散になったため、高校教師になっていたが、兄嫁の実家の門内に暮していた。
 兄夫婦には子供が無く、心臓の弱い年老いた父を引き取って世話をしていた。
 実家には、母と、夫が乗った商船が、敵機に撃沈され、戦争未亡人となった妹が、乳飲み子を、栄養失調で死なせて、腑抜けのようになり、毎日、寝てばかりいた。
 老いた母は、足腰が痛み、自分の身の回りのことをするのがやっとだった。
 二、三日置きに、赤ん坊を背負い、姉の看病と、母や妹の世話に、五キロ余りの田舎道を歩いて通う。
 日増しに弱ってゆく姉の姿を見て、お姉さんは死んだら何処に行くのだろうか、と、疑問に囚われる。
 危篤状態の姉にいえない。
 腑抜けのようになり、寝てばかりいる妹に、
 「先に死んだ方が、もし、あの世があるなら、どんな方法でもよいから知らせ合わない」
 と、いった。
 妹は即座に、その時ばかりは、元気な声で「うん」と、約束してくれる。
 桜の季節だった。
 花はつぼみが多かったが、夫の母に頼んで、庭の桜の枝を一抱え貰って、実家に行く。
 姉の病室になっている奥座敷の床の間に、花瓶や一升瓶の空瓶などを七、八本並べて、桜の枝を飾った。
 姉は、布団の中から細い手を出して、
 「ありがとう」
 か細い声でいう。
 「二、三日したら満開になるわ。お布団の中から眺めてね」
 母が、足を引き摺りながら入って来た。
 「来年は、お花見に行けるように、元気を出すんだよ」
 と、枕元でいう。
 数日後の夜だった。
 何時ものように、母屋の近くにある風呂場に、終い湯に行く。
 田舎の粗末な風呂場だったが、湯船に浸かった途端、入口の戸を締めてあるのに、ガタガタと音がする。
 ちゃんと、板戸は締まっているのに、すうと夜風が吹き込んでくる。
 すると、金縛りにあったように、身体が動かない。
 どれ位だったろうか、ほんの数分であったかも知れない。
 「姿を見せて、驚かしたら可哀相だから、これでさよならするわね。姉さんの分まで長生きしてね」
 か細いがハッキリと、姉の声が聞こえた。
 ハッと思わず「お姉さん!」と叫んだ瞬間、ガタガタの戸の音はなくなり、同時に風もピタリと入らなくなる。
 金縛りになっていた、身体も自由になる。
 翌朝早く、兄から使いが来た。まだ、電話が一般家庭にあまり無い頃だ。
 姉が亡くなったから、すぐ来るようにという。急いで赤ん坊を背負い、使いのおばさんと一緒に、近道の畦道を朝露に足許を濡らしながら小走りする。
 通夜に、兄に、風呂場の出来事を話する。
 「そうか、俺も昨夜、不思議なことがあったんだ。飼い犬のポチが普段と違って、喧しく鳴くので、誰か来たのかと、外に出たが、誰もいない。玄関に入ると、又、吠える。今度は懐中電灯を持って、家の回りをぐるっと回ったが、やはり、誰もいない。家の中へ入ると、又、ポチが喧しく鳴く。そんな事を、三、四回、繰り返していたが、ポチが急にピタッと吠えるのを止めたんだ。あれは、今生の別れに来たのかな?」
 聞くと、姉の亡くなったのは、未明だという。
 昨夜は、まだ、生存していたのだ。
 姉の魂が肉体を離れて、私や兄に、別れを告げに来たのだろうか?
 床の間の瓶の桜は満開になっていた。淡いピンクの花びらが、床の間一面に散っている・・・
 未婚のまま、薄幸の三十有余年の生涯を終えた。姉を思うと、涙が溢れる・・・

 足が不自由になった母は、兄に引き取られた。
 妹は、元気になり家を出る。
 暑い盛りの昼頃だった。
 駄菓子の店に、四十歳前後の復員服姿の二人連れが入って来た。
 水を飲ませて欲しいという。
 汲み置きの水はあったが、生温くて不味かろうと思い、母屋の井戸から、冷たい水を汲んで来て出した。
 二人は、美味しそうに、冷たい水を飲む。
 特に年嵩の、身体の大きい方は、何杯も水を飲みながら、店に並べてある蒸かし芋の皿を眺めている。
 汚れた復員服を見て、お金がないのかと思い、蒸かし芋の皿を、黙って、二人の前に置いた。
 大男が、皿に飛びついたのには、ビックリする。
 小柄な方の男の人は、二つ載った皿から、大きい芋を取って、
 「お食べ」
 と、大男に差し出す。
 「いいや、先生こそどうぞ、召し上がって下さい」
 と、遠慮するが、
 「いいから、お食べ」
 と、重ねていわれると、押し戴いてかぶり付く。
 先生というところをみると、二人は主従なのかと、不審に思っていると、
 「私は占い師です。お礼に占って上げます」
 と、先生と呼ばれた、小柄な男性がいう。
 占いなどに興味がないので断わる。
 だが、占い師は、私の顔をじっと見詰めて、
 「奥さんは、若い時は苦労します。しかし、晩年は幸せです」
 その時、突然、夫が身体の調子が悪いといって、帰宅した。
 占い師は、軽く会釈して、チラリと夫の顔を見た。
 ふと、不吉な影が頭に走った。
 思わず、
 「夫の運勢はどうでしょうか?」
 と、尋ねた。
 占い師は、微かに首を振り、小声で、
 「ご主人には運がありません。あるとすれば、奥さんによって開運します」
 御礼に、蒸かし芋と、アメ玉を一掴み紙に包んで、連れのお供に渡した。
 「ご主人は短命です。奥さんは、苦労なさいますが、年を取るにつれて、運が開けます」
 耳許に囁き、占い師主従は、
 「有難う。お元気で」
 深く、お辞儀をして去った。
 其の後、男の子が生まれる。
 身体の弱かった夫は、病気になり、十数年の間、療養所に入院していたが、四十歳を越したばかりの若さで、春のおとずれも待たずに、二月半ば亡くなる。

 世の中は変わり、食料も豊富に出回るようになった。
 駄菓子店では、とても、二人の子供を抱えて、生活が出来なくなっている。
 働きに出る決心をする。
 お菓子の仕入れ先であった、食品会社に就職する。
 バスはあったが、倹約のため、毎日、歩いて会社に通う。
 仕事を終えての帰り、滅多に通らない道を行く気になり、汗を拭いながら帰りを急ぐ。
 曲り角のうどん屋の暖簾越しに、紫色の矢羽根模様の着物姿が見えた。
 妹位の年齢かな?と思いながら、通り過ぎようとすると、暖簾を掻き分けて、出て来た女の人が、十数年余り、音信不通の妹だった。
 逢いたい。何処にいると、日頃の思いが、妹も同じ思いだったと思う。
 夫亡きあと、引っ越して、住所が変わった私の行方を捜して、心当たりを尋ね回っていたのだという。
 互いの波長が合った時に、奇跡はおきるのだろうか?

 大きくなった長女は、上京して働いていたが、バッタリ、数年、消息が絶えた。
 息子は、結婚して別居して居り、私は、勤め先の上司と再婚して、女児が二人、生まれている。
 住所も変わっている。
 大通りに面した家の前を、タクシーや乗用車やトラックが走る。
 毎日、玄関脇に並べてある。白や黄の菊の鉢植えの傍で、車の往来を眺める。
 と、目の前に、タクシーが止まった。
 逢いたいと思っていた長女が 
 「お母さん!」

と、大声で呼びながら、タクシーを降りてくる。
 結婚して、アメリカに行くという娘は、別れに、わざわざ帰って来たのだ。
 逢いたいと思う互いの波長が、母子を再会させたのか?
 人智では計り知れぬ。神仏の配慮だったのだろうか?


 九十歳になる迄、腰痛以外は、これという病気をしなかったのに、腰や両膝が激しく痛み、歩けなくなった。
 息子に背負われ、家の近くの病院に入院する。 
 高齢者の医療に力を入れている、民間だが大きな病院だ。
 さまざまな検査をされるが、身体に異状はなく、悪いところが見付からない。
 日増しに痛みは、両肩や両腕に広がる。
 痛みの原因が分からぬまま、救急車で、日赤病院に搬送された。
 主治医となった青年医師と出会い、更に精密検査の結果、全身に広がった激痛から救われるが、入院中に、不思議な体験をする。
 転院して、まもなくの頃だ。
 痛みは無くなっていたが、手足に点滴をしているので、身じろぎが出来ない。
 あたりは真っ暗だが、べットの回りは、ほの白く明るい。
 べットの上の私は、一回り小さくなり、骨格だけになって、横たわっている。
 べットの近くに、搬送された時、立ち会った三人の医師が立っている。
 やがて、医師達は無言のまま、部屋を出て行く。
 私は、骨格の足許に立って、じっと自分の骨組を眺めている。
 模型細工のように、組み立てられたような骨組は、肥料のよくきいた茶褐色の土と、同じ色合いをしている。
 「なんと美しい骨だけの身体・・・・本当に美しい!均整のとれた小さくなった私の身体!」
 惚れ惚れと、自分の骨格を見詰めながら、呟く。
 茶褐色の骨は、同じ色の土になるのだろうか?
 肉体は消えているのに、私は此処にいる!
 「目を覚ましなさいね。もう、朝ですよ」
 看護師の声がする。
 重い瞼を微かに開ける。
 「意識がない位、ぐっすり眠っていらっしたから、心配したわ」
 と、中年の看護師は苦笑する。
 朝がきたのを知る。
 窓が明るくなっている。
 私は、深い眠りに落ちて、夢を見ていたのか?
 もしや、体外離脱とは、このことなのだろうか?
 もう一つ、間も無く、又、不思議な事が起きる。
 痛みもなく、容体は落ち着いていたが、食欲がないため、点滴はまだ右腕につながれている。
 うとうとしていたとは思う。
 カーテンに囲まれたペットの傍に、人の気配がする。
 そっと、布団をめくり、身体を擦る。
 その撫で方は優しく、夢心地になる程、優しい擦り方だ。
 肩から腰、足と丁寧に撫で終ると、そのひとは、布団をそっと掛けて、静かに去って行く。
 声を掛けようと思っても、声が出ない。目も開けられないのだ。
 三晩程、つづいた夜中に、今度こそは、優しく身体を擦ってくれるひとの姿を見たいと、思うが、やはり目が開けられない。
 喉が引き攣ったように、言葉が出ない。
 四日目の夜半だった。
 今夜こそ、優しく身体中を擦ってくれるひとに、礼をいいたいと、必死の思いで、瞼を開けようとするが、ほんの少しか、目が開かない。
 声も、唇が微かに動くだけで、ものがいえぬ――
 だが、私は見た! 何時もより少し長く身体を撫でていたと思う。
 布団をゆっくり丁寧に掛けすぐ去らず、真上から、じっと私の顔を見ている。
 急に身体が軽くなり、目が開く。
 消灯しているので、廊下から漏れてくるほのかな明かりに、見えたのは、四十歳過ぎの昭和の初期頃の、髪を後ろで束ね、地味な着物姿の中年女性だった。
 顔は判らない。正面を向いて、私の顔を見詰めている人の顔は、モザイクがかかっているように判らないのだ。
 姿は、ハッキリ見えるのに、顔だけがボンヤリ霞んで判らない。
 言葉を掛けようとすると、そのひとは、名残り惜しそうに頷いて、すうと姿が掻き消すように見えなくなった。
 以後、優しいひとの姿は現れない。
 十二人も子供を生んだ母は、早産や、乳幼児で半分以上を亡くし、子供は四人だけ残った。
 母は父より後に亡くなった。
 兄も姉も妹もこの世を去った。
 一人残り、年取った私を案じて、母はあの世から、私の看病に来てくれたのだろか?
 では、何故、顔を見せなかったのか、しっかり母の日常の姿だったのに……
 先に逝った肉親等は、思い出の中に生きているのではなく、霊魂となって、この世にいる身内を見守っているのか?
 母の魂が、快復に向かわせたのか、身体が自由に動かせるようになり、日増しに元気になってゆく―

 二、三年前迄、死ぬのが恐ろしかった。
 死後、どうなるのか、何処に行くのか分からないからだ。
 幼い子を抱えて、さまざまな苦労をする。
 住宅も食料も乏しい戦後だった。
 その間に、左か右かを決断に迫られる時、何時も思案の果に、答えは吉と出て助けられた。
 昔、妹と約束した、もし、あの世があるなら、どんな方法でもいいから、先に逝った者は、知らせ合おうねと、約束したのに、妹が亡くなって、半世紀が過ぎているのに、一度も、妹から知らせがない。
 亡き父や母や兄や姉の夢も、何十年になるのに、ほとんど見ない。
 私の心の中に、亡き肉親等は何時も居るのだ。
 私は思う。
 あの世は必ずある。亡き人達のいるあの世から、この世は何処にいても見渡せる。
 現世からあの世は見えず、亡き人達の姿は見えない。
 どうしたらいいと、思案にくれる時、必ず、いい方向になるのは、あの世から肉親等が、助けてくれたのだ。
 特殊ガラスのような境に、あの世とこの世は仕切られている。
 あの世で、肉親等に逢えると思えば、死ぬ事が恐ろしくなくなる。
 同じ時に、旅たった人等と連れになって、それぞそれの縁のある人等のいるあの世に、逝くことは、むしろ、楽しいと思えば、気持ちがラクになる。
 難病のため、心を残して世を去った人等や、大きな希望を持ちながら、突然、無念の死を迎えた人々のことを思う。
 長生きさせて貰っているのに、毎日を粗末に過ごしては申し訳ない。勿体無い。
 遠い昔―
 占い師が
 「若い時は苦労するが、年を取るにつれ幸せになる」 
 と、いった事は当たっている。
 お金に縁はなかったが、再婚の夫を見送り、一人になった身を、息子一家と暮している。
 氷を割った水でおむつを洗い、寒夜に、泣く子を背負い、寝入る迄外であやし、離すと泣く子に、乳房を含ませて、一晩中添え寝して育てた子供達―
 仕事に行く母を、泣きながら後を追った幼かった息子は、定年迄まだ間があるのに、早期退職して、身体の不自由になった母親の介護をしている。
 相変わらず、食欲のない私のために、パソコンで料理法を習い、いろいろと、おかずを作って食卓に並べてくれる。
 嫁は、勤めに出ているが、休日は、息子と交替して、食事の仕度や、身の回りの世話をしてくれる。
 短大生の末の孫娘は、笑顔で声を掛けてくれる。
 アメリカに住む長女夫婦は、頻繁に電話で安否を尋ねてくれる。
 隣市に暮らす娘達一家も、婿の会社の休みの日を利用して、顔を見せにくる。
 私は、超高齢者になったが、占い師がいった通り幸せだ。
 有難いと思う。嬉しいと思う。
 けれど、心は晴れない。
 生きること、死ぬこと。
 気にしても仕方ないと思うが、悩む……
 「食べられなくなったら、無理に食べさせないでね」
 「でも、痛みだけは、お医者さんに頼んで、取って貰ってね」
 という。
 孝行息子と孝行娘達はいう。
 「お母さん、しっかり食べて、長生きしなさいよ。そしたら、あら!眠っているの? という位、コロリと逝けるからね」
と、慰める。
 そうかも知れぬ。そうであって欲しい―

 いくつになっても運命的な出会いがあり、切ない別れがある。
 さまざまな思いの交差する、限りある残された道を、どう歩めばよいのか?
 今日も、振り子時計のように、揺れ、さ迷うマイハートよ……わが心よ!



 読んで下さって
    有難うございます。
 何故、作中の人物に名前を付けることが少ないのか、それは、私であり、あなただから……
 何故、場所を明記することが少ないのか、それは、私の住んでいるところであり、あなたの住むところだからです。
  善を信じます。
  善の中の悪を知る
  悪の中に善は残る  
 生きる目的は愛だと思います。
 愛のために、苦しみ嘆き悲しむ。
 愛によって、勇気が湧き力が出て強く生きられる。
 物語の主人公達に、何時も励まされ、そして、慰められるのです。

独りを好みますが、書くことで、社会につながる喜びを感じます。
   読んで下さって
     本当に
       有難うございます。


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