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作品名:きみの翼にシロップを。 作者:砂漠のキコリ

第9回 COURSE:W 〜生まれざる者〜 -A
 大音声のサイレンが鳴り響いていた。
 マグナポリスの街中に赤いライトが満たされている。非常事態の証だ。戦闘服を着込んだ軍人たちが四、五人の隊に分かれ、すべての居住区をくまなく駆け回っている。
 非戦闘員の子供や大人は、各々の家で武器を手に、息を潜めていた。
 異様な雰囲気である。
 少なくともイスカはこれまでの人生で、こんな切迫した故郷の光景を見たことがない。
「……出動部隊がどんどん増えてきてる」
 狭い路地裏から慎重に顔を覗かせて、イスカは表通りを睨みつけた。
「マグナポリスの出入り口を完全に封鎖するつもりなんだ」
 兵隊たちの足取りには一方向の流れがあり、それはいくつかある街の通用ゲートへと収束していた。騒ぎが広まるにつれて、基地で待機中の部隊が続々と駆り出されてくるだろう。長引けば長引くほどに、逃亡者たちの行き場所は狭められていく。
 アトリは寒気を感じているかのように、自らの二の腕をさすっていた。
「イスカちゃん、こんなことをして大丈夫なの?」
 イスカはぱっ、と彼女を振り返り、次いで顔を背けた。
「……今はなにも聞かないで。あとのことはあとで考えればいいよ」
「あっ、わたしいいこと思いついた!」
 アトリはこんな状況だというのに無邪気に笑って、イスカの手を握ってくる。
「あの時(、、、)とは逆に、今度はわたしがイスカちゃんを人質にすればいいんだ。それでイスカちゃんは『しょうがないなあ』って協力させられたことにすればいいよ」
 イスカは思わず吹き出して、ようやく彼女の目を見つめ返した。
「じゃあ、もしもの時はそれで」
 ふいに軍靴の音が近づいて、イスカはアトリの体を壁際へと押しつける。
 兵隊たちが慌ただしく傍らを通り過ぎていって、しばし、表通りが閑散となる。今がチャンスに違いないと、イスカはアトリと繋いだ手にぎゅっ、と力を込めた。
「行こう」
 いつからだろうか、こんなふうにふたりで並んで駆けるのが当たり前になったのは――
 ともかくも、イスカは慎重に次ぐ慎重さで兵隊たちの進路を予測し、かつ大胆なルート選びで警備の網の目をすり抜けていった。さほど無理難題ではない。なにせ軍の連中は、街の入口にほとんどの人員を集中させているのだ。
 よもや、逃亡者が《まるで逆方向》へ向かっているなど及びもつくまい。
 イスカとアトリは、先ほど通り抜け損ねた上級居住区への隔壁まで辿り着いた。
 逸る気持ちを抑え、リーダーにIDカードをかざす。
 エラー音が鳴り響いた。
「……くそっ! 市民権がはく奪されてる!」
「イスカちゃん、ちょっと貸してっ」
 アトリはイスカから場所を譲ってもらうと、読み取り機へと手のひらをかざした。
 指先から電流が迸る。
 瞬間、読み取り機のモニターにでたらめな文字列が走ったかと思えば、一秒後にグリーンの光を点灯させた。隔壁のシャッターがなめらかに開く。
 イスカはほう、と感心した。
「……便利!」
 つまりは、電磁妖精《アウラ》とやらの力で街の管理システムに介入したというわけだ。これは確かに、アルバトロス総督が苦々しい顔つきになるのも納得である。
 もはやふたりを阻む障害は何もなかった。いっそう人影の少ない上級居住区を一気に駆け抜け、街の最奥部に当たる最後の隔壁まで辿り着く。
 アトリが叩きつけるような勢いで手のひらを置けば、またしても読み取り機はショート。
 約束の扉が、今、乾いた金属音とともに開かれた。
「……この先が空の蓋・ヘルヘイヴ・ゲートだ!」
 あらためてふたりで手を繋ぎ、隔壁の向こうへと駆け出す。
 そこは市民から《聖域》と比喩されているように、マグナポリスとは一線を画した光景が広がっていた。機械仕掛けの一切が排除され、壁も屋根もなく開放的だ。ユーグリエールの枝が捩り合いながら足場を形成しており、その隙間から遥か数千メートルの眼下が覗いている。柵どころか手すりさえない。足を踏み外せば虚空へ真っ逆さまだろう。
 天井が、近かった。
 つまりはこの、超深度地下空間、《鳥籠の中の世界》のもっとも高い場所に位置するということだ。顔を上向ければ、なるほど、濃い土の色が一面、《空に蓋を》している。
 まるで遺跡めいた雰囲気のその場所に、それ(、、)はあった。
 ユーグリエールの幹に、金属質ではない、石造りの扉(ハッチ)が埋め込まれていた。巨大で円形、高さは十メートルはあるだろう。機械並みに複雑な構造になっているようだ。同じく石造りの階段を上っていった先に、祭壇めいたコンソールが建てられている。
 イスカとアトリは階段を駆け上がった。
 手始めにイスカが適当に操作盤をタップしてみるが、やはりというべきか、反応がない。
 ならばとアトリは、手のひらを覆い被せるようにしてコンソールに触れた。電子制御であるのなら、彼女(アウラ)の介入を拒める道理はない――
 そのはずだったのだが。
「……えっ!?」
 アトリは愕然と目を見開いた。
 イスカが見ている前で、次いで彼女はコンソールを諦め、直接ハッチへと駆け寄っていく。
 石造りの蓋に手のひらで触れて、やはり、みるみる顔を青ざめさせた。
「そんな――嘘、どうして――」
「どうした? もう古くなりすぎていて動かない?」
 ならばとイスカは、腰の後ろから小太刀を抜いた。
 考えてみれば、服装だってまだ鵺からもらったボーイッシュなそれのままではないか。武装だって満足に整えていない。それでも構わず、ゆいいつの愛刀をブゥン……と振動させる。
「下がって。切り崩して道を作る。ここさえ突破できればこっちのものだ」
「違うの!! イスカちゃん、それは、無理…………っ」
 不可解な物言いに、イスカは眉をひそめた。
 アトリは顔面蒼白のまま、震える指先で先のコンソールを指差した。
「だって、あれ、ただの置物(、、、、、)……」
「…………え」
「回線はどこにも繋がっていない……それにこの、大きな門も…………ただのハリボテ(、、、、)。この向こうに、道なんてない。地底樹の分厚い樹皮と、土が、ずっと埋まっているだけで…………どこにも通り道なんて、ないの」
 がらん、と。イスカの手のひらから小太刀が滑り落ちた。
 ――ヘルヘイヴ・ゲートがただのハリボテ(、、、、、、、、、、、、、、、、、)?
 この門は、地上世界と鳥籠の中を結ぶ通り道ではなかったのか? この場所を占有・管理していることが、森人を押さえつける機族側のアドバンテージだったのでは? 表向き、天上軍はその正当性として、この《空の蓋》を死守することで地上の瘴気から世界を守るという使命を掲げていたはず……。
 それが、何もかも嘘?
 この世界の果てに空はない――
 それならば自分たちは、いったいこれからどこに、自由を求めれば――…………
 ぐらあ、とイスカの視界が揺れた。
 それは誇張ではなく、イスカは膝から力が抜けてうずくまってしまう。気づかないふりをしていたが限界だった。空気を求めて、肩が荒く上下する。
「イスカちゃんっ、どうしたの!?」
「……ち、血が…………っ」
 もうどれだけのあいだ補給を行っていないのだろう。手足から活力が奪い取られていく。
 アトリはこちらの背中をさすりながら、絶句した。
「ど、どうして!? 基地に戻れたんでしょう? どうしてまだ血を飲んでないのっ?」
「…………飲めないんだ」
 自分でもはっきりと理由は分からない。イスカは正直に告白した。
 いつの間にか、イスカは血を口にすることができなくなってしまっていた。それはアトリと同じ、森人の誰かの命を狩って搾り取ったもの――そう考えてしまうと、どうしても胃が受け入れることを拒絶するのである。
 脳がじんと痺れ、指先が小刻みに痙攣していく。……これはまずい。
 このままいつまでも血が飲めなければ、いったい自分はどうなってしまうのだろうか?
 そんな時、まったく予期せぬ声が背後から聞こえてきた。
「まさかマグナポリスを出るでもなく、本当にここへ現れるとは……。ええ、副隊長!」
 機械音が響き渡る。アトリは弾かれるように振り返った。イスカもかろうじて頭を上げる。
 がしゃん、がしゃん、と。金属質な足音とともにいくつものシルエットが近づいてくる。無人自律型の機械警備兵が六、七体。その先頭に、頭部だけは人間のそれを持つ若い男。
 もはや《元》――イスカの上官、第66急襲降下部隊のジェイ・ジェイ隊長だ。
 彼は階段を上ってくると、嘆かわしそうに前髪をかき上げた。
「アルバトロス総督の危惧した通りだな。――総督は万が一の可能性を考え、この俺に特別な使命をお与えなさった。お前が精神回路に深刻な異常をきたしていることを怖れてな。アウラの野望を阻止せよと……汚名返上のチャンスを、ってわけだ」
 つまりは、イスカがアトリの願いを――
 外の世界が存在するかもしれない可能性に賭けることを、見越したわけだ。ただし、保険の意味合いが強いのだろう。兵士はジェイ・ジェイただひとりで、残りの戦力は無人機だ。
 イスカはあらん限りの気力を振り絞り、震える指で小太刀を拾うと立ち上がった。
 ただし、やはり膝に力が入らない。ジェイ・ジェイ隊長は肩をすくめた。
「やめとけやめとけ! そんなフラフラな状態でこの俺とやろうってのか? 俺はな、なるべくならお前に傷をつけたくないんだよ。なんせ未来の――伴侶(フィアンセ)だからな」
 言いながらも右腕を掲げると、彼はそこに内蔵された武器を見せびらかせた。
 必殺のパイルバンカーが、激しい蒸気とともに一度、高速でスライドする。
「それともしつけが必要か?」
 高らかな靴音が響き渡った。
 アトリがイスカを庇うように立ち塞がると、大きく両腕を広げる。
「待って! イスカちゃんは具合が悪いの。戦わせないであげて!」
「あ?」
 まるで、いま初めて彼女の存在を意識したかのように――
 あるいは《それ》が言葉を交わすことがひどく忌まわしいかのように、ジェイ・ジェイ隊長は、彫りの深い顔立ちを憤怒に歪めた。
「家畜の分際で……このジェイ・ジェイさまに指図するつもりか!!」
 左腕を薙ぎ払う。同時にそこに内蔵された散弾銃が炸裂した。
 アトリは反射的に両手を跳ね上げる。幕のように膨れ上がった磁力がバリアとなり、八発の弾丸をでたらめな方向へと弾き飛ばした。「ほう」と息を吐くジェイ・ジェイ隊長。
「やるじゃあないか。それが電磁妖精とやらの力ってわけだ」
「……っ」
「この俺と勝負するかい?」
 イスカはたまらず声を振り絞った。曲がりなりにも歴戦の彼が相手では分が悪い。
「ま、待て……! 彼女は民間人だ……ボクたちの戦いに巻き込むな……っ!」
「副隊長、お前もさあ」
 彼は、今までイスカが見たこともないような表情をした。
 七日七晩飲まず食わずでさまよい続けた、悪鬼を思わせるまなざしを――
「いつまで対等のつもりで口利いてやがる……この裏切り者がアア!!」
 六体の警備機械兵がいっせいに地面を蹴った。応えるようにアトリが前へ出た。
 彼女が腕を薙ぎ払うと、指先から迸った電流が波のごとく機械兵を包み込む。
 ジェイ・ジェイ隊長は構わず、突撃・突撃の指示を出し続けた。
「今のお前が助かる方法はただひとつ!! この俺に媚びへつらうしかないんだよオオ! 自覚しねえとなあ、どンだけ自分が甘やかされていたか! そう、この俺さまが! 今までどれほど!! クソ生意気な嫁(メス)を持ち上げてやっていたと思っていやがるッッッ!!」
 カチン、と頭にきたのはアトリの方だ。
 果敢に足を踏み出すと、突き出した両手のひらから紫電を飛ばす。
 正面の警備機械兵に直撃し、電流をまとわりつかせた。
 すると、どうだ。
 その機械兵は銃口を跳ね上げると、傍らの味方を吹っ飛ばした。至近距離から爆撃されて、不意打ちを喰らった一体は鉄片をまき散らしながら転がり込む。
 ジェイ・ジェイ隊長は「むッ」と唇を引き結んだ。
「命令系統を狂わせたか。侮れん――」
 直後に、にやりと笑みを形作った。
「ならば、これでどうかな?」
 機械の指先を、ガチン! と打ち鳴らす。
 それを合図にして、残りの警備兵の半分が方向転換した。
 すなわちうずくまるイスカへと、三体が猛然と突っ込んできたのだ。アトリはとっさにこちらを振り返る。
「イスカちゃん!!」
 しかしイスカは、敵の狙いを悟っていた。
「背中を向けちゃ駄目だ!!」
 警告と同時、射出音が轟く。
 ジェイ・ジェイ隊長の左手首から撃ち出されたハーネストナイフが、アトリのふくらはぎを浅く抉る。そのまま鋭く転回し、華奢な右足へとワイヤーを絡みつかせた。
「あっ……!?」
「捕(つ)ゥかま〜えたッッッと!」
 ジェイ・ジェイ隊長が左腕を引く。アトリはとっさにワイヤーを握り締めた。
 電撃を送り込む。
 ワイヤーに沿って、空中をひと筋の光線が駆け抜けた。ジェイ・ジェイ隊長の手もとで炸裂し、機械の全身に電流を這い回らせる。
 目のくらむようなスパークのなかで、それでもジェイ・ジェイ隊長は嗤っていた。
「ククゥ――ッ、効くねえ! だがァ!!」
 力任せにワイヤーを振り抜く。アトリの全身がぐい、と宙を引きずられた。
 傍目には緩やかに、為すすべもなく引き寄せられていく天使の姿――
 ジェイ・ジェイ隊長は完璧なタイミングで右腕を引き絞り、パイルバンカーの射出姿勢を取った。シリンダーの杭にぎりぎり、と限界まで爆発力が蓄積されていく。
 イスカは喉が裂けんばかりに絶叫した。
「アトリっっっ!!」
 当のアトリは声もなく、寸前であらん限り電磁力を解放。
 激突――――
 凄まじい蒸気が周囲に膨れ上がった。ジェイ・ジェイ隊長は殴りつけるような仕草でパイルバンカーを撃ち出し、杭の切っ先は、アトリの生み出した磁力の強固な壁に衝突。
 アトリは両手のひらを重ねて瞬間、耐えた。
 数瞬後、杭の威力は磁力の壁をぶち抜いた。その反動で、アトリは来た道を数倍の速さで撥ね飛ばされていく。石造りの床にごろごろと転がり、華やかな衣裳を汚した。
 彼女の頬が擦り切れているのを見て、イスカの心臓が締め上げられる。
「……うぅっ」
 アトリは歯を食い縛り、背中の純白の翼を大きく広げた。
 宙に逃れようというのだ。しかし、右足にはいまだワイヤーが巻き付いている。
 ジェイ・ジェイ隊長は「もう一発」、と言わんばかりに腕を引き絞る。イスカの力の入らない指先に、なけなしの熱が弾けた。
「やめろ!!」
 小太刀を投げつける。回転しながら飛び抜けたそれは、ジェイ・ジェイ隊長の二の腕を正確に穿つ。射出装置からワイヤーが切断された。
 しかし直後に閃いた機械の手のひらが、ワイヤーの片端を捉える。
「逃がさねえぞォ〜〜〜〜」
 無慈悲に、引く。
 再び、アトリの体が乱暴に引き寄せられた。体の自由がまったく利かない。彼女はがむしゃらに電流を撃ち出すが、ジェイ・ジェイの鋼鉄の皮膚に阻まれて、散る。
 パイルバンカーが引き絞られた。
 イスカの瞳が大きく見開かれ、ぐんぐんと近づいていくふたりを映し――
 寸前で、アトリの羽が強烈に空気を叩く。捩れるように体が回転。
 構うことなく、ジェイ・ジェイは右拳をフルスイングした。肘部分から高速で杭が射出。それはわずかに狙いを過ち、アトリの顔の横ぎりぎりと擦過して――
 切っ先が空気を撃ち抜き、おびただしい蒸気が吹き抜ける。
 同時に。
 真っ赤な血潮が、猛烈に飛び散って空中を染めた。



〈つづく〉


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