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作品名:きみの翼にシロップを。 作者:砂漠のキコリ

第6回 COURSE:V 〜魔女の三つの教訓〜 -A
「……やっぱりきみは気づいてたんだ。このことも」
「当たり前だよーぅ」
 イスカが恨みがましげなまなざしを向けてやっても、アトリはちっとも堪えた様子がない。
 図らずも性別が明らかにされてしまったあと、イスカは俄然やる気を増した鵺からあれやこれやと服をプレゼントされていた。とはいえ着せ替え人形にされてはかなわない。早々に戦闘服から取り替えたのは、イスカの強く希望した通り動きやすいズボンだった――のだが。
「ふとももが……っ」
 ごく丈の短いショートパンツである。こんなに脚を露出して歩き回ることなど数年ぶりなのではなかろうか。どうしてもこれ以上に丈長で、サイズの合うものが、いくらクローゼットを引っかき回しても出てこないらしい。
 ……当の鵺が顔を背けてくすくすと吹き出している辺り、本当なのか問い質したいところではある。アトリはといえば、相変わらず無邪気に瞳を輝かせていた。
「イスカちゃん、とっても可愛い!」
「だまって」
 ぴしゃりと言って、細い指先でふとももを隠すイスカである。
 鵺はひとしきり笑ってから、あらためてこちらを向き直ってきた。
「――それで、きみたちはこれからどうする?」
 イスカははたと、アトリの顔を見つめた。言われてみれば、自分たちが直面している問題が解決していないではないか。どうやってマグナポリスへと向かえばよいのだろう?
「アテが外れたじゃないか。オーニソプターとやらはまだ完成していないって」
 しかし、アトリは次善の策をすでに考えていたようだ。
「道だけは繋がってるんでしょう? ロマン回廊を歩いて上っていけば、機族の軍人さんに見つからずに忍び込めるんじゃないかな」
「ふむ、回廊内の通路は使えなくなっている箇所も多いが――」
 鵺はおとがいに指を当てて思案し、言葉を繋ぐ。
「……少なくとも十五年ほど前までは、マグナポリスと徒歩で行き来ができていた。待っていろ、いま地図を描いてやる。――その代わり、かの地でオーニソプターに使えそうな部品を見繕ってきてくれないか。それで通行料はチャラにしてやろう」
「お任せあれ〜!」
「止めないんですか?」
 能天気に万歳をするアトリをよそに、イスカは面食らっていた。鵺は早くも常用紙にペンを走らせつつ、努めてこちらを見ようとしない。
「……私は彼女が空を目指す理由を知っている。だから止められん」
「危険ですよ?」
「なあに」
 鵺は指先でくるくるとペンを回しながら、あっけらかんと笑った。
「アトリ姫はああ見えて強い子だ。それに、きみがいる。彼女の身を案じてくれているきみがね。どうか守ってやっておくれ」
「……ボクは」
 ボクは男のふりをしているだけの女の子なんです。
 それに、決してアトリの心配をしているわけじゃない。なぜなら自分たちは単に取引をしているだけ。彼女を死地へと導いたら、そのあとのことは知ったことでは――…………
 ふいに、イスカはぴくっ、と顔を跳ね上げた。
 一拍遅れて、鵺も気づいた様子だ。窓の方を見る。
「おやおや、今日は客人の多い日だね」
 羽ばたきの音が聞こえる――
 ひとつではない、複数人だ。間違いなく森人の来訪……! 鵺は地図の残りを書きなぐり、イスカに押しつけてくると部屋の隅を指差した。
「そこのカバンを持ってさっき下った階段へ向かいなさい。悪いが我が身を呈して――というほどは庇えんぞ」
「鵺さん、ありがとう」
「あ、ありがとうございました。……服も」
 アトリとイスカは、手早く彼女へと礼を述べて部屋を出た。
 しかし、一歩遅かった。ロマン回廊へと下るためにはいちど城を出なくてはならない。建物の外を通る必要があるのだ。もし、今エントランスから身をさらしたら……ちょうど入れ違いにやってくる《来訪者》たちから丸見えになってしまうだろう。
 悠々と空を横断し、三人の森人が鵺の居城に近づいてくる。
 仕方なしに、鵺は率先して外へと出て出迎えた。
「――時計仕掛けの魔女」
 先頭の理知的な森人は、地面に降り立つや否や口もとをひん曲げた。
「まだこのような血なまぐさい場所にしがみついていたとは」
「ご挨拶だね!」
 さして気にした様子もなく、鵺は笑い飛ばす。
「あんたの祖父さんだって、両種族の和平にずいぶん尽力していたって話だけど? それがどうだい、孫のあんたは今やエリオン騎士団の軍事顧問とは! 機族の科学技術を鹵獲して、いったい何を企んでるんだい。ええ、キビタキ?」
「やめてください」
 心底忌々しそうに、キビタキはかぶりを振る。
「用さえなければこのような場所に近づきすらしません。――先ほど防衛装置が作動しましたね? 何者かの侵入があったのではないですか」
「アポイントメントのないあんたらだって充分に不審者だけど」
 キビタキはじろりと睨みを利かせ、ほかふたりの森人も腰の剣に手を掛けた。
 鵺はおどけたように肩をすくめる。
「調査中。――これから発電施設を見回りに行くんだけど、護衛してくださるかしら?」
「……同行しましょう」
 ロマン回廊とは逆方向である。鵺が身を翻し、キビタキ以下、三名の森人がそれに続く。
 彼らの背中が遠ざかったと見るや、アトリは声を弾ませた。
「今のうちにっ」
 イスカも頷いて応えようとする。
 その寸前で、背後から伸びてきた腕に羽交い絞めにされた。
「――見つけた!! こっちだ! 見つけたぞ!」
 その馬鹿でかい声に、鵺とキビタキを含め、翼を持つ者たちがいっせいに振り返る。
 森人の騎士のひとりが、いつの間にかイスカたちの背後に忍び寄っていたのだ。首を絞められながらイスカは歯噛みする。まさか、もうひとり潜んでいたなんて……!
 いくら血が足りないからと言って、注意力が散漫になり過ぎだ。パフォーマンスの低下が著しい――腕を振りほどこうとしても、華奢な四肢には思うように力が入らなかった。
「イスカちゃん!」
 悲鳴を上げるアトリを見て、キビタキは嘆かわしそうにため息を漏らした。
「……やはりそういうことでしたか」
 人質のはずのアトリが、まったくの自由の身でいること。
 さらにはイスカを案じるような態度を示すことで、気づいてしまったのだろう。彼女の宮殿からの脱出劇は、ふたりが口裏を合わせただけのお芝居であることに。
 アトリはキッ、とキビタキを睨みつけて、彼の予想を裏付けた。
「やめてよキビタキ! イスカちゃんはわたしに協力してくれているだけなの!」
「関係がありません。彼は機族、我々は森人……」
 キビタキは、その怜悧な表情をこゆるぎもさせない。
「きみをかどわかしたことには変わりがありません。彼の身を案じるのであれば反省をしなさい。きみのわがままに振り回されなければ、彼が苦しんで死ぬこともなかった」
「……キビタキ、わたしたちを自由にさせて」
 一転して静かな声音で、アトリは訴えかけた。
「イスカちゃんはおうちに帰るの。そしてわたしは鳥籠の外に行くの! 気が済んだらきちんと香室に戻るから……」
「馬鹿馬鹿しい」
 キビタキはようやく感情を覗かせたように見えた。唇が歪む。
「きみはあんな子供だましの絵本を真に受けているのですか? 鳥籠の外には、機械の体も鳥の翼もない人間たちが、同じ大地の上で等しく暮らしている――?」
「…………」
「そんな都合のよい世界が本当に存在すると?」
 アトリは押し黙っていた。
 代わりではないだろうが、腕を組みながら口を開いたのは鵺だ。
「……だが少なくとも、和平に踏み出そうとしていた頃の森人たちはそれを信じる者も多かったはずだよ。あんたの祖父上を含めてね」
「黙りなさい」
 森人たちのあいだで、緊張感がぴりりと火花を散らした。
 その隙に、イスカはなんとか拘束から逃れられないかともがいた。しかし難しい。こっちは背も低く体も細い、十代半ばの少女である。鍛え上げた森人の騎士はいっそう腕に力を込め、イスカの足が地面から浮くほどに締め上げてきた。
 そして、彼はようやく、イスカの服装に気がついたらしい。
「……キビタキさん! こいつ、女だ! 男のふりをしていたんだ!」
「ほう」
 キビタキの関心がこちらを向き、口もとが嗜虐的に歪んだ。
「それはいい。機族を飼いたがる物好きも多いですからね。彼女には骨の髄まで役に立ってもらうとしましょう」
 バチッ! と空中に紫電が奔った。
 見間違いではなかった。錯覚でもない――本当にひと筋の電流が視界を横切ったのだ。
 バチ、バチ、バチッと。もはやその場にいる全員が気づくほどの雷光が迸る。
「イスカちゃんに――」
 発信源は、アトリだった。
 綿菓子めいた髪の毛が徐々に逆立ち、額の中心から放射状に電流が伝う。四肢を駆け上った電流の蛇は、彼女の両手のひらに収束して際限なく輝きを増し――
「イスカちゃんにひどいことしないでっ!!」
 バチイイイイッ!! と四方に電撃を迸らせた。
 森人の騎士たちでさえ、畏れ、後ずさる。キビタキはたまらず顔を庇っていた。
「アトリ! いつの間にこれほどの力を――ッ!」
 アトリは無造作に腕を薙いだ。その指先から一本の紫電が放たれる。それがニーベルゲンの機械兵士にまとわりついたかと思えば、兜のごとき頭部の奥で、紅い意志の光が瞬く。
 イスカに向けて、銃口が跳ね上げられた。
 機械的に、撃つ。
 森人の騎士を、空気砲の精密射撃で吹っ飛ばした。騎士は悲鳴もなく、まばたきのあいだに壁に叩きつけられて倒れ込む。同時にイスカの全身が自由になった。
 地面にくずおれかかったところで、アトリに腕を引っ張り上げられる。
「逃げようっ、イスカちゃん!」
「させるものですか!」
 キビタキが負けじと腕を振るうと、残されたふたりの騎士が宙に舞い上がった。
 アトリは片手のひらを地面に向けてかざすと、鍵盤を弾くように跳ね上げた。
 床を構成していた鉄板が、まとめて弾け飛ぶ。
 そのまま怖ろしい重量で宙を回転し、騎士たちに襲い掛かった。ひとりは眼前を擦過していった鉄の塊に腰を抜かし、もうひとりはもろに翼を打たれて、錐揉み回転しながら墜落する。
 キビタキは歯噛みをしつつ、自らも護身用の短剣に手を掛けた。
 しかしそれより早く、鵺が眉を吊り上げて彼の胸ぐらを掴む。
「おい、どうしてくれんだい! あのじゃじゃ馬娘のせいで城がめちゃくちゃじゃないか!」
「……今はそんなことを言っている場合ではない!」
 キビタキは心底苛立たしげに彼女の手を振り払う。
 その隙に、イスカとアトリはロマン回廊へと続く階段に駆け込んでいた。直後にまた何体も機械兵士たちが集まってきて、入口の前に隙間なくバリケードを作る。
 間違いなくアトリが操作しているのだ。イスカはかろうじて唇を震わせる。
「い、いったい、なにを、したの……っ」
「今は走って!」
 アトリはイスカの手を引っ張ったまま、振り返りもしない。
 確かに、真っ暗な階段を転ばないように駆け下りるので精いっぱいだった。
 やがて、先ほども目にした途方もない巨大縦溝へと辿り着く。アトリは鵺から託された地図を引っ張り出し、薄暗闇のなかで目を眇める。
「こっちみたい」
 イスカの手を引いて、再び歩き始めた。
 ガレージで眠り続ける未完成のオーニソプターに別れを告げて、通路のひとつへ――
 果てしなく続くトンネルを、今度は上へとひたすらに登っていく。
 しばらく経っても、追手の気配は感じなかった。鵺が時間を稼いでくれているのか、それとも機械兵士のバリケードがいまだ役に立っているのかは分からない。
 イスカは喉がからからに乾いているのを自覚しながら、口を開いた。
「……きみがさっき使っていた力は、いったいなに?」
 アトリはぱっ、とこちらを振り向いてきた。
 ごまかされるかと思ったが、彼女は素直に苦笑を漏らす。
「わたしには生まれつきこういう力があるの。電磁気? っていうのを操れるんだって」
 自身の手のひらに視線を落とすが、その指先にはすでに紫電の輝きはない。
「ほとんどコントロールできないんだけどね。だからわたしは森人の街で、みんなと一緒には暮らせないの。さっきはイスカちゃんが危ないと思ったら、なんか出来ちゃった」
「そう……」
 だからあんな離宮に隔離されていたのか、とイスカは今さらながらに納得する。
 ――電磁気。すなわち電気と磁気を操る力。
 以前、彼女は言っていた。「《空の蓋》まで辿り着いたら、あとは自分でなんとかする」。鵺もそこまで危機感を抱いてはいなかった。「彼女は強い子だ」と。
 まさかそれが、そのままの意味(、、、、、、、)だとは想像もしなかったけれど。
 ふいに、イスカの目が霞んだ。膝から力が抜けそうになり、寸前で手すりにすがりつく。
 この通用路は古い。錆びた手すり以外に頼れるようなものはなく、もし足を踏み外しでもしたら果てしない奈落に――それこそユーグリエールの根もとまでノンストップだろう。
 アトリはイスカの肩を掴み、気遣わしげに顔を覗き込んできた。
「イスカちゃん、ひょっとして具合が悪いんじゃない?」
「……血が足りないんだ」
 イスカは正直に告白した。もう丸一日以上補給を行っていないのではなかろうか。マグナポリスは万年、血液不足に悩まされているが、《S-一等級》の市民権を持つイスカがここまで飢えた経験は、実のところ初めてだ。
「そういえば、機族のひとは血を飲まないと生きられないんだっけ」
 アトリはぽん、と手のひらを合わせた。
 そしておもむろに襟もとを広げ、真っ白い首筋を見せつけてくる。
「――飲む?」
 どくん、とイスカの心臓が跳ね上がった。
 今すぐ、その清廉な首にかぶりつきたい――そんな衝動が胸のうちで暴れ出したのだ。それだけで済むだろうか? ひとたび彼女の肌に唇をつけてしまえば、今のイスカは獣のようにアトリを押し倒して何もかもを貪り喰ってしまうに違いない。
 直視していると目まいがしそうだったので、イスカは強くかぶりを振って視線を逸らした。
「そ、それをしたらきみは死んでしまうわけだけど?」
「あ〜、そっかそっか」
「鵺さんの地図によれば、もうじきマグナポリスに辿り着く。それまでならガマンできるよ」
 そこまで言うと、ようやくアトリは襟もとを直してくれた。イスカは安堵の息を吐く。
「――行こう」
 今度はイスカが、率先して足を踏み出す。
 しかし、どうしてだろう――アトリと繋いだ手がいつまでも離せなかった。そっと寄り添って歩く。一緒にベッドに入った時に感じたあのぬくもりが、今はイスカの指先を温めている。満足な灯りもない回廊のなかで、その熱だけが確かに感じられるものだった。
 次は自分の番とばかりに、アトリが問いかけてくる。
「イスカちゃんはどうして男の子のふりをしているの?」
 もったいない、と言わんばかりのまなざしだ。
 イスカは前を向いたまま、正直に答える。
「――分からない」
「ええ〜っ?」
「本当に自分でも分からないんだ、どうして男の子みたいな振る舞いをしているのか……。でも、こうなったきっかけは覚えてる。ボクが九つ……くらいの時だ」
 静かな話し声が、広い空間に反響する。アトリは耳をそばだてていた。
 イスカの胸に、どうしてだろう、言い知れない痛みが走る。
「……さっき鵺さんが、《ニーベルゲンの涙》について話をしてくれたよね? あの裏切りを主導したアルバトロスっていう機族は――天上軍の現総督は、ボクのお父さんなんだ」
「まあっ」
「彼は確かにマグナポリスでの英雄だったけれど、森人にとっては憎しみの的だった。その矛先になったのがボクとお母さん……。五年くらい前、マグナポリスに忍び込んだ森人のたちの部隊が、報復テロを行った。標的になったのはアルバトロスの屋敷だ。もっともその時の彼はすでに総督の地位に就いていて、家を空けていたわけだけど……。森人の暗殺者たちが押し入ってきた時、屋敷にいたのは子供のボクと、お母さんだけだった」
 存在しないはずの爆発音と剣戟が、耳もとによみがえる。
 マグナポリスの女性は、軍を退役して家庭に入る。数人の手練れを相手に母はなすすべがなかった。まだ軍学校に入ってすらいない娘など問題外だ。
 ただ呆然とするしかない娘の前に、母は立ちはだかり続けた。
 イスカのつぶらな瞳は、狼藉者の刃が母の肌を裂くのを見つめ続けた。
 ようやく救援が屋敷に駆けつけてきて、暗殺者たちは根絶やしにされたが――
 その時、イスカは何も見えていなかった。全身傷だらけの母が娘を床へ押し倒し、隙間なく覆いかぶさっていたからだ。母はもう呼んでも返事をしなかった。ぐったりと力の抜けた全身がイスカを押し潰し、少し息が苦しかったのを覚えている。
 母の手足はぴくりともしない。
 そこから彼女の《意思》がすっかり消え失せていることを、イスカは幼心に悟った――
「お父さんは忙しくて、ほとんどボクたちと過ごすことはなかった」
 思い返しても、ともに食卓を囲んだ経験など数えられるほどだ。
 イスカがテーブルで顔を上げれば、相向かいにいたのはいつも母だった。
 だけど彼女は、もうイスカの前に座ってくれることはない――
「それでもお母さんは、お父さんを責めたことは一度もなかったような気がする」
 それをもどかしく感じた記憶も、イスカのなかにはある。
 イスカは空いた手のひらを、ぎゅっと握りしめた。
「ボクが男の子の恰好を始めたのは、それから。お父さんからは『やめろ』って言われてるんだけど、どうしてだろう、なんだか……」
 言い淀んだのち、イスカはおもむろにアトリの顔を見つめた。
「男の子って強いじゃない?」
「え? うん、まあ、ね」
「だから、ボクが男の子みたいに強かったら……もしかしたらお母さんは、あのひとは今もテーブルに座っていてくれたのかもしれない。そう考えることがあって、ずっと」
 それ以上は説明できなかった。
 それでもアトリは何かを察したかのように、もう片方の手でイスカの髪を撫でてくる。
「……イスカちゃんは、お母さんを守ってあげたかったんだね」
「まも、る?」
「優しいね」
 イスカは自分の心と同じくらい、アトリの言っていることが分からなかった。
 ――やさしい?
 それは、いったいなんなの?
 途端、ふたりの進む先がぼんやりと明るくなってきた。
「あっ! 出口かな?」
 アトリはイスカの手をぐい、と引っ張って、通路の突き当たりへと駆ける。
 その先にはほんの数段ほどの階段と、いかにも頑固そうな鉄の扉があった。イスカは鵺の描いてくれた地図をあらためて見直し、道順を確かめる。
「――この先で間違いないみたいだ」
 しかし、扉は溶接されていた。誰が封印したのだろう?
 イスカは腰の後ろから小太刀を抜き、高周波で刃を駆動させる。
 切っ先を差し込めば、扉の繋ぎ目がバターのごとくなめらかに寸断された――
「行くよ」
 イスカは慎重に次ぐ慎重さで、扉を押し開ける。
 隙間から徐々に漏れてくる光が、暗闇に慣れた瞳を突き刺す。
 そっと顔を覗かせれば、扉の向こうに広がっていたのは――
「マグナポリスだ……!」
 もう二度と帰れないかもしれないと覚悟した、イスカの故郷だった。



〈つづく〉


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