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作品名:きみの翼にシロップを。 作者:砂漠のキコリ

第5回 COURSE:V 〜魔女の三つの教訓〜 -@
「なるほどねぇ、とんでもない無茶をしたもんだ!」
《時計仕掛けの魔女》は大げさに驚いた仕草をして、機械の左手でティーカップを探る。
 すぐに、背の低い人形が駆動音とともに歩いてきて、背伸びをしてトレイを持ち上げた。慣れた仕草でカップを取り上げ、紅茶で唇を湿らせる魔女・鵺。
 ニーベルゲンの中央区は、まるごと彼女の居城だった。マグナポリスの総督府にすら匹敵する広さだろうが、暮らしている人間はどうやら、彼女ひとりのようだ。
 ただし、召し使いが多い。門番の機械兵士しかり、外殻を黒光りさせた人形たちがあちらこちらで駆動音を奏で、お掃除に給仕にと忙しそうに立ち働いている。
 イスカのもとにも一体が歩いてきた。クッキーを勧められたが丁重に断る。
 紅茶にも口をつけず、イスカは鋭い上目遣いを《魔女》へと向けていた。
「……ボクたちのことをエリオン騎士団に通報しますか?」
 鵺はまた、大げさに肩をすくめる。
「よしとくれ、私は中立者なんだ。どちらかに敵対する気も、肩入れする義理もないさ」
 こんなナリだしね、と自嘲気味に唇を歪めた。
 そもそも、その機族と森人の特徴を併せ持つ、彼女の成り立ちとはなんだろうか? 非常に気にはなるものの、初対面の自分が踏み込んでよいことなのかイスカには分からない。
 彼女の知己であるらしいアトリは、呑気にクッキーを頬張っている。
 はたと、イスカは彼女の言葉を思い出した。
「……そういえば、アトリはあなたのことをおバ――自分と同じ(、、、、、)だと言っていましたけど」
 アトリはごくん、とクッキーを呑み込んで首肯する。
「わたしに外の世界の話をしてくれたのは、鵺さんなの!」
「おっと、その口ぶりじゃまるで信じちゃいないな?」
 鵺はにやにやと笑って、ティーカップを揺らす。
「そう馬鹿にしたもんじゃないよ、少年。ちょっとお勉強タイムといこうじゃないか。――そもそもきみたちは、なぜ機族と森人というふたつの種族に分かれているか知っているかい?」
 イスカはまたも面食らう。……言われてみれば学校の教本には載っていない。
「いいえ。……なぜでしょう?」
「その起源は、《鳥籠の中の世界》の始まりにまで遡る。かつては『超深度地下都市』などと呼ばれたこのシェルターだが、本来であれば、この地下数千メートルという空間はとても生き物が暮らしていけるような環境ではないらしい。そのあまりの苛酷さに、地上から搬入された家畜の類はことごとく変質し、死に絶えたという」
 穏やかでない単語が並ぶ。イスカはアトリと顔を見合わせた。
 鵺は美味そうに紅茶を含み、続ける。
「地上から移り住んだ人間たちは、この苛酷な環境に適応するために《三つの選択》を迫られた。ひとつは《機械と融合する》か、もうひとつが《獣と成り果てる》か」
 マニキュアを塗った魔女の爪先が、イスカとアトリを順々に指差す。
「そして機械となることを選んだのが機族、獣となることを選んだのが森人というわけさ」
 イスカは自分の手もとでも数を数え、妖艶な魔女を見上げる。
「残りのひとつは……?」
 満を持して、鵺はぴっ、と立てた三本の指を見せつけてきた。
「そのどちらも拒否し、地上に戻るか……!」
「えっ……!?」
「第三の勢力は、ありのままの人間として地上に残ることを選んだらしいわ。彼らはどうなったと思う? 荒廃した地上世界とともに滅んだ? それとも――…………私はね、少年」
 腕を組み、魔女は底知れない微笑みを浮かべる。
「よくおとぎ話に語られる、『地上には機械の体も鳥の翼もない人間が……』ってのは、単なる絵空事ではないと思っているのよ。ま、こんなことを聞かせたところで、機族にも森人にも奇異の目で見られるだけだがね」
 ぐい、とカップの残りを呷る。
 鵺は紅茶のおかわりを人形に命じてから、アトリに水を向けた。
「それにしても、アトリ姫。幼い頃にいちど会ったきりだというのに、よく私のことを覚えていたもんだ」
「だって、鵺さんの話をずっと思い出していたもの! ねえ鵺さん、《パタパタヒコーキ》ってゆーの、できた?」
「まだだよ。そう簡単に言わないどくれ」
 ひとり話が見えないのが、イスカだ。
「……なに?」
 首を傾げると、アトリは唇の端にクッキーのかすをつけながらにこやかに笑う。
「鵺さん、すごいんだよ。ひとりで何年もかけて、とんでもないものを作ってるの。この《鳥籠》を出て、外の世界に向かう機械なんだって!」
「えっ……!?」
「ふむ、ここからは少し長い話になりそうだが――」
 鵺は三杯目の紅茶に口をつけてから、続ける。
「せっかくの客人だ、面白いものをお目にかけようじゃないか。――お茶のあとで、ね?」
「……わかった、もらうよ」
 傍らの人形がしきりにクッキーを見せつけてくるので、渋々受け取るイスカである。
 口に含むと、久方ぶりの栄養が胃に落ちた。……甘い。

 そうして腹ごなしを済ませてから、イスカたちは城の奥へと連れていかれた。
 長い長い階段を下っていく。ニーベルゲンの奥深く……すなわち、地底樹・ユーグリエールの心臓部へとさらに肉薄しているということではなかろうか。
「察しがいいね。ここはもうほぼ、地底樹の内部だよ」
 鵺は得意げに言って、長い階段を苦もなく下りきる。
 その先に広がっていたのは縦に長い――凄まじい規模の空洞である。声が広く反響する。見上げても見下ろしても、その先は深淵――果てしない距離まで続いているようだ。
 壁は機械的な構造で、階段が設えられている。いったい、なんのための施設なのだろうか。
 イスカはこわごわと手すりを掴み、吸い込まれそうな暗闇を見上げた。
「この穴はいったいどこまで続いているの……?」
「どこまでも、さ」
 鵺は畏れもなく、肩をすくめる。
「この空間はロマン回廊と名付けられている。ユーグリエールが水と空気の循環装置だということは知っているだろう? 循環……つまりは《流れ》だ。その流れの通り道になっているのがここさ。行く気になればユーグリエールのどこにだって繋がっている」
「えっ!?」
 聞き捨てならない発言である。つまり、エリオンフィールドとマグナポリスの直通路ということではないか。少なくとも、天上軍のデータベースには載っていない情報だ。
 あるいは、軍の総督であれば把握しているのかもしれないが……。
 しかし鵺は、回廊よりももっと見せたいものがあるようだった。「こっちだ、来たまえ」とイスカとアトリを手招く。
 その先には簡素な工房が建てられていた。その隣のガレージには、丸みを帯びたボディに半透明の翅を生やした……なんともみょうちきりんな機械が鎮座しているではないか。
 アトリは「ほえ〜」と呑気に見上げていた。その隣で、イスカは正直な問いを舌に乗せる。
「これ……なんですか?」
「オーニソプターというやつさ」
 心なしか、鵺の鼻が高くなったような気がする。
「かつては《羽ばたき飛行機》とも呼ばれた。中央の卵型が操縦席、その左右から突き出した翼が推進力を生む。人工筋肉によって森人にさえ不可能な速度で空気を叩き、この重たい機械を搭乗者ごと無限の高さまで連れて行ってくれるだろう……! 森人の翼の仕組みを解析し、それを機族の科学技術で昇華した、まさに両種族の力の結晶!!」
「ど、動力は?」
「電気だ。あとで発電施設にも連れて行ってやろう。そのバッテリーの大きさと重さもネックだが――しかし、最大の問題はそこではない!」
 急に研究者の顔になって、鵺はレポートの散らばったデスクを叩いた。
 アトリはきちんと話が分かっているのかどうか、ほわほわとした表情で首を傾げている。
「なにがダメなの?」
「エネルギーの伝達とバランス、その制御だ! こればかりは出来合いの部品ではどうにもならん。相当に質の良い……それこそ取り立て(、、、、)の生体金属が必要だろう。おのれ、やはりどうにかしてエリオン騎士団にコネを作るしかないか…………おっと」
 鵺は寸前で我に返って、イスカの方を窺ってきた。
「すまない、これはきみの前で言うべきことではないな」
「……いえ」
 イスカはもはや、何に驚けばいいのかさえ分からない。
 どちらにせよ、天上軍の兵士としてひとつ、問い質しておかなければならないことがある。
「それで、あなたはこの――お、オーニソプターを完成させて、世界中を飛び回るつもりなんですか? 《空の蓋》を越えるために、マグナポリスへ乗り込もうとしている?」
「いや?」
 鵺はあっけらかんと首を横に振った。
「そんな面倒なことはしない。――少年、きみは地底樹の先端部分(、、、、、、、、)を見たことはあるか?」
 逆に問い返してきた。イスカは虚を突かれたのち、ゆっくりとかぶりを振る。
 さもあらん、と言いたげに、時計仕掛けの魔女はにやりと口の端を上げる。
「そうだろう。なぜならユーグリエールの枝の先端は、鳥籠の中には収まっていない(、、、、、、、、、、、、、)。岩盤を貫いて遥か天まで伸び、地上に突き出している(、、、、、、、、、、)からだ」
 イスカとアトリは思わず顔を見合わせた。鵺はさながら、教授のように語り続ける。
「『どこまでも繋がっている』と言っただろう? ロマン回廊はな、少年、大昔に人類がこの鳥籠に移り住んだ際、地上からの資材搬入路として用いられていたのだよ。――もっとも今では昇降機は完全にダウンしていて、道が繋がっているだけだがね。地上までの距離を考えれば、森人の翼で辿り着くのも現実的ではないだろう。その困難を達成するために、ゆいいつの可能性として設計されたのがこいつ、オーニソプターというわけさ」
 とても、個人で達成できる目標だとは思えない。
 ほぼ国家プロジェクトの規模ではないか! この魔女はいったい何者なのだ?
 イスカは素直な問いを舌に乗せた。すると鵺は、気負いもせずに頷いた。
「そうとも、こいつの開発は国家プロジェクトだ。……国家プロジェクト、だった」
「えっ?」
「ここは冷える。そろそろ戻ろう」
 そう言って、鵺は作りかけのオーニソプターに布をかぶせた。
 まるで、目を背けたいものを覆い隠すような仕草だった。

 再び長い階段を上がり、黒鉄の城へと戻ってきた。相変わらずカラクリ人形たちが忙しそうに働いている。よくストーブの利いた応接室に、鵺はイスカたちを招いた。
 使い込まれたソファに身を預けて、話を続ける。
「まだきみたちが生まれる前の話だが……この地で《ニーベルゲンの涙》、という事件が起こったことを知っているか?」
 イスカは頷いた。アトリもそれに続く。
 鵺もまた静かに頷き返し、右手の指と、左手の機械の指を組み合わせた。
「おそらく機族と森人で、違った解釈で伝えられているだろう。事実だけを話す。――二十年ほど前、森人の評議会は民の人口増加に悩まされていた。生まれ、増え続ける森人に対して、住む場所が年々足りなくなっていったのだ。その大きな原因として、機族側との対立が挙げられるだろう。ユーグリエールの中心部分が《戦場》として占められてしまっては、一般人が立ち入ることさえままならない。家を建て、ひとを住まわせるなどもってのほかだ」
 鵺の両手に力が込められ、金属音がきちり、と鳴る。
「そんな折、機族側から願ってもない申し入れがあった。和睦だ」
「和睦……」
「戦争をやめて仲良くしよう。ユーグリエールのどこであろうと、安心して民が暮らせるようにしよう――というわけだな。おそらくは機族も居住区の問題に悩まされているのだろうと、当時の評議会はふたつ返事で受諾した。森人たちも狭い領地に押し込められる暮らしと、機族の軍人に脅かされなければならない恐怖に限界を感じていたということも大きい……」
 鵺は疲れたようにため息を零した。思い出すのが億劫なのかもしれない。
「……先だって、和平の象徴として取り交わされたことがある。ひとつには機族の男性と、森人の女性による婚姻――政略結婚だ。そうして生まれた彼らの子供は、機族の体と森人の翼を半分ずつ受け継いでいた。《彼女》こそが第一人者――両種族の架け橋となるはずだった」
 ちらりと、イスカへと皮肉っぽい笑みが送られてくる。
 図らずも鵺のルーツを知ってしまった。イスカはどことなく申し訳ない気持ちになって肩を縮こまらせるものの、当の本人は気にした様子もない。
「もうひとつが、先のオーニソプターだ。地上へと進出し生活圏を拡大する、そのために、両種族の共同プロジェクトとして打ち立てられたわけだな。……だがアレは結局、設計図が完成した段階で、実際に手を付けられることなく頓挫してしまった」
「どうして?」
「裏切りだ」
 鵺はぴしゃりと言い切った。質問したアトリは、思わず口を噤む。
「実際のところ、人口すら徹底的に管理されているマグナポリスの連中は、居住区の問題などに悩まされてはいなかったのだよ。では、何が彼らを追い詰めていたのかといえば――病だ」
「病……?」
「先ほど、森人と機族の起源について話をしただろう?」
 イスカはクッキーの甘みを口中に思い出す。鵺は無言で頷いた。
「この大深度地下空間の何が(、、)生き物にとって苛酷なのかといえば、ひとつには病原体だ。二十年前、マグナポリスには致死性の病が大流行していた。森人の体には抗体があったらしい。だが機族は、そのウィルスに適応する進化ができていなかったというわけだな」
 鵺は自身の艶めかしいうなじを、とんとんと叩いた。
「その特効薬になると考えられたのが、森人の脳髄」
「脳……っ!?」
「それもひとりやふたりではない、ざっと見積もって百人単位……! 機族たちがようやくこの事実に辿り着いた時、種族の滅亡はもはや秒読み段階になっていたと聞く」
 誰から、聞いたのだろうか? ――気にはなるものの、イスカは口を挟めない。
 重々しい沈黙の後で、鵺は過去の物語をさらに紡いだ。
「戦争を仕掛けず、確実に百人の森人を手に入れるための方法として、機族たちが編み出したものが《偽りの和平》だったのさ。作戦の立案、そして中心的実行者となったのは、当時、天上軍の将軍だったアルバトロスという男――」
「……!」
 イスカの喉が、無意識にごくりと鳴る。
 その仕草に鵺は気づかなかった。ため息をつきつつ、かぶりを振っていたからだ。
「奴は今、天上軍の総督に収まっているらしいな。何をしたか知りたいかい? ――記念すべき両種族の和睦会談は、他ならぬこのニーベルゲンで開かれた。アルバトロス以下、機族側の使節団は、その場で円卓を血に染めたのさ! 森人にとっては悪魔の所業に他ならなかっただろう。同時に機族を滅亡から救ったアルバトロスは、マグナポリスでの英雄となった……。両種族の亀裂が決定的なものになったのは、それからさ」
 その点だけはイスカも学んだことがある。事件以前は専守防衛に徹していたエリオン騎士団が、《機族の解体》などというおぞましい手段に乗り出してきたのはそれ以降であると。
 おそらくは、怒りに燃えた民意が後押しをしているのだろう。近年では、評議会よりも騎士団の発言力がかなり増しているとも聞く。
 その裏に、ここまで非道な裏切りがあったとは、知る由もなかったが……。
 鵺は自分が悪いわけでもないのに、自嘲気味に笑った。
「ニーベルゲンは《目》の形をしていただろう? 《ニーベルゲンの涙》って呼び名はね、和睦会談の日にこの場所から滴り落ちた、おびただしい血液を表したものらしいわ。それが下層のエリオンフィールドからはよく見えていたんですって」
 それで昔話はおしまいらしい。鵺は腕を組んで押し黙る。
 アトリがずっと聞き役に徹しているので、イスカは細心の注意を払って問いかけた。
「……和平は頓挫したはずなのに、鵺さんがさっきの……オーニソプターを作り続けているのは、なぜですか?」
「なぜだろうな」
 ごまかすふうでもなく、鵺はそう言って笑う。
 その長い指先で、ソファの背もたれを撫でた。
 かつてそこに座っていた誰かを、思い出すかのように瞳が遠くなる。
「ただ、私の母さんが――ああ、機族に騙されて私を産んだ母だ。もうだいぶ前に亡くなってしまったが……彼女がしきりに私に謝るんだ。『ごめん。ごめん』って。しかし、それで申し訳ない気持ちになるのは私の方さ。生まれてこない方がよかったんじゃないか、って」
 また違った理由で、イスカの喉が苦しくなる。鵺の目が眇められた。
「だから、あの和睦に……何か意味があったんだっていうことにしたくて、こんなことを続けているのかもしれない。もうみんなが捨て去っている夢に、私ひとりだけが、こうしてすがりついて……今でも……――――」
 語尾がどんどんと掠れて、やがて聞こえなくなる。
 そこであっけらかんと口を開いたのが、アトリだった。
「でも、まだできない?」
 鵺はぱっ、と顔を跳ね上げた。
「――そうだ、どうしてもあと一歩で完成に届かん! おのれ、やはり安価に手に入る部品では限界があるな。騎士団が難しくとも機族の誰かに――」
 そこで、彼女の研究者めいた視線が、ちらりとイスカを射貫いた気がした。
 どことなく背筋がぞわりとして、イスカは視線を逸らす。
 しかし鵺が口にしたのは、予想だにしない言葉だった。
「……よく見ればきみ、ひどい恰好じゃないか!」
「えっ?」
 言われてあらためて、イスカは自分の姿を見下ろす。
 マントはすでに失っており、森人の夜襲部隊、そしてニーベルゲンの機械兵士たちとの戦いを経て、戦闘服はところどころが無残に千切られている。
 ゆとりのあるサイズを選んでいるし、戦場では泥にまみれるのが当たり前だから意識したこともなかった。
 アトリはなんの気なしに言う。
「着替えた方がいいよ。わたしの服、貸したげるっ」
 苦笑したのは、鵺だ。
「アトリ姫のドレスでは、少年が困ってしまうだろう。――ふむ、私のおさがりをあげよう。きみほどスリムならば問題なく着こなせるだろう」
「い、いや、いいよ。遠慮します」
 イスカはいち早くソファを立った。アトリの目が爛々と輝いていたからだ。
 案の定、アトリは手のひらをわきわきさせながらにじり寄ってくる。
「ふっふっふ〜……おとなしく観念しろぉ〜〜〜〜っっっ!」
「ちょっと、こら、抱きついてこないで! 脱がすなって――あう」
 またも絶妙のタイミングで、イスカは立ちくらみを起こした。急に立ったのがいけない。
 その隙にアトリが、戦闘服の上着とズボンに手を掛けた。
 鵺がなけなしのフォローを試みる。
「おやおやアトリ姫、男の子にそんなふしだらな真似を――」
 ぺろん、と。戦闘服がめくり上げられ、同時にズボンが引きずり下ろされた。
「…………あ」
 目の前にさらけ出されたものを見て、さすがの《魔女》も言葉を失う。
「あう」
 イスカの喉からは、妙な声が出た。頬がかあぁっと、みるみる赤くなる。
 そしてアトリは、なぜだか不満げに唇を尖らせていた。
「むぅ〜もっとカワイイの着ければいいのに」
 彼女がなにを批評しているのかといえば――
 イスカの身に着けている女性用下着(、、、、、)だった。味気ない上下のスポーツタイプである。
 鵺は「……こほん」と咳払いをして、気まずそうに顔を背ける。
「……いや、とんだ失礼をした。まさか、その、きみが《少年》ではなく……」
 ちらりと、もういちどこちらを一瞥。
「――《少女》だったとは。たしかに男の子にしては可愛らしすぎるとは思って、うむ」
 続く言い訳を、イスカは聞いていなかった。弾かれたように胸を庇う。
 そうとも、たしかに、その通り、この場所には女性しかいない(、、、、、、、)のに――
 いまだかつて出したことのない、乙女っぽい悲鳴を上げるのだ。



〈つづく〉


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