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作品名:きみの翼にシロップを。 作者:砂漠のキコリ

第2回 COURSE:T 〜花びら泥棒〜 -@
「……なるほど。それで命からがら機族の住処から逃げ出してきたというわけですか」
 森人の男は腕を組んでしきりに頷いた。周囲の者たちもそれに追従する。
 彼らに向かい合っているのは、黒目に黒髪、少年の容貌を持つひとりの兵士である。すなわち、まさしく機族の軍属であるところの、第66強襲降下部隊の副隊長だ。背中にじっとりと汗をかきながらも、懸命に作り笑いを意識する。
「羽をもがれて殺されそうなところを、なんとか……」
 と、いうことで話を押し通していた。
 機族は肉体のどこかに機械的な構造を持つ。しかし副隊長は、両手両足から頭のてっぺんまで、服の上からでは森人の見た目と変わりない。「羽を切り落とされた」とでも説明すれば、誰も服を剥いでまで確かめようとはしてこない。機族でもゆいいつと言えるその強みを活かし、敵地への潜入・調査任務を数多く請け負っていた。
 時に、「森人の文化にかぶれている」、などと揶揄されていた理由である。
 森人の暮らしぶりは、機族のそれとは何もかもが異なる。木の幹をくり抜いて建てられた温かみのある家屋や、空中に張り巡らされた縦横無尽の吊り橋などほんの一端に過ぎない。床に直接座るのも機族にはない習慣だ。この正座、というやつはどうにも足に負荷がかかる。
 しかし、慣れていないそぶりを見せるわけにもいかない。
 副隊長の正面で、主に受け答えをしているのは、二十代後半ほどの理知的な男性だった。絨毯の上で楚々と足をたたみ、凛と背筋を伸ばしている。
「イスカくん、と言いましたね?」
 呼びかけに、副隊長はなめらかに頷く。
 それは、敵国(エリオンフィールド)への潜入調査時に用いている偽名だった。機族たちの識別コードと森人の姓名は、やや語感が異なる。機族のそれは巻き舌気味に発音するようなことが多く、反対に森人たちの名は歯切れのよい発音のものが多い。
「イスカ」は、自然に森人のなかに溶け込めるようにとつけたもうひとつの名前である。副隊長は愛想笑いを張り付けたまま、仮面の裏側で何度も自分に言い聞かせる。ボクの名前はイスカ、ボクの名はイスカ、ボクはイスカ――
 そうして《イスカ》は、後ろめたさを微塵も感じさせずに頷くのだ。
 森人の男性も、イスカの嘘に気づいたそぶりはまるでなかった。
「機族に捕まっているあいだ、さぞやつらい目に遭ったでしょう。奴らときたら、《血も涙もない》ともっぱらの噂ですから」
「…………」
 それは揶揄であり、同時に事実でもあった。
 機族は涙を流さない。イスカは生まれてから一度も泣いたことはないし、同胞の涙を見たこともない。……たとえば同じ部隊のストレンチアのように、仲間から死を宣告され、心臓に杭を打ち込まれる間際であってさえ、そうだ。
 細胞レベルで機械と融合している彼らは、人間としての機能をいくつか省略(オミット)されているのだと言われている。涙はそのひとつだと。そして、同じく、機族の肉体には致命的に欠落している機能がある。
 それが、血だ。
 機族の体には血が通っていない。こればかりは省略(オミット)でなく、欠落(ハンデ)と表現するべきであろう。血は、生き物が健やかに生きるには必要不可欠なものだ。しかしそれを作る機能が省かれてしまっている機族は、生きるための血を、《余所》から取り入れるしかない。
 ……マグナポリスの降下部隊が、絶えず森人を攫い続けているのはこれが理由である。機族はその気になれば、飲み食いせずに一週間は活動できる。しかし血が摂取できなければ半日と持たずに飢える。飢えていれば満足なパフォーマンスが発揮できない。増え続ける機族の人口に対し、配給の血液は常に不足している――
 この点もまた、長年エリオンフィールドに辛酸を舐めさせられ続けている理由である。
 イスカは毅然と背筋を伸ばし、言い返した。
「やられっぱなしじゃありません。逃げる前にひと泡吹かせてやりました」
 と言って、戦闘服の懐から取り出した物を絨毯に並べる。
 それは小さいが、それだけに精密で複雑な機械群だった。森人たちの目の色が変わる。
「半導体に集積回路……! どれも素晴らしい精度のものばかりではありませんか!」
「差し上げます。よければ何かの役に立ててください」
 要するに手付金だった。これでかなり交渉がスムーズに進む。
 機族が生きるために森人を――正しくは彼らの血を――喰べるのと同様、森人もまた、戦場から機族の兵士を連れ去っていくことがある。連れ去られた兵士の行く末は、いみじくもジェイ・ジェイ隊長が語っていた通り、肉体から機械部品を取り出すために《解体》される。
 特に重宝されるのが電子機器の制御パーツのようだ。最近では、森人は解体によって得た科学技術を兵器に応用し、飛躍的に軍事力を増しているのだという。
 機族の悲願を担うのがマグナポリス天上軍ならば――
 森人の守護を司る彼らは、エリオン騎士団(ナイツ)の名で呼ばれている。
 イスカはちらりと、この居間に集まった全員を上目遣いで盗み見た。
 墜落の末に辿り着いたこの鳥籠は、やはりやんごとないお方の居城であったらしい。招待されたのは、植物園に埋もれるようにして立っていた広大な宮殿である。やはり、建物全体に……花ともつかない甘い匂いが充満している。これはいったいなんの香りだろうか?
 ともかくも、居間に集まってきた森人は二十七名。うち半数が男性で、ほとんどが屈強な戦士……この宮殿の警護兵だろう。正面の理知的な青年を含め、若干名、荒事が似つかわしくない風貌の男たちがいるが、彼らの役職はなんだろうか? 執事か、料理人か……?
 なんにせよ、騎士団から増援を呼ばれてはかなわない。力ずくで全員を制圧し、樹上に取って返すのは難しそうだ。どうにか周辺の地理を把握して、隙をついて逃げ出さなくては……。
 というイスカの内心を知る由もなく、すっかり気をよくした森人の青年は言った。
「ここまで逃げてきたからにはもう安心です。今日はゆっくりと休むといいでしょう。明日、下層の街へと送って差し上げますよ」
 その途上で逃げ出すしかない。イスカは深々とお辞儀をした。
「感謝します」
 居間に和やかな空気が満ちた。警護兵のひとりが毛深い腕でサムズアップした。
「ボウズ、今夜は俺のベッドを使うといい。夜更けまで機族どもの悪口で盛り上がろうぜ!」
「あっ、え、えっと……」
「――そんなのダメだよっ!」
 イスカが言い淀んでいるあいだに、少女の声が空気を切り裂いた。
 全員がさっ、と顔を振り向ける。
 居間の最奥、すなわち上座にいたのは、イスカと同年代の少女だった。ほとんどの者が絨毯に正座をしているなか、ひとりだけ柔らかそうなソファに身を沈めている。
 服も立派なものに着替えていた。色鮮やかな織物はさぞ高級品だろうと分かる。飾り帯をなびかせたその装束は、森人のなかでも位の高い人物であることを意味しているに違いない。
 つい先ほど、植物園の巨大花の前で出会い、イスカを歓待した張本人――
 やはり彼女こそが、この宮殿の主なのだ。
 初対面でいきなり「王子さまみたい!」などと言われた記憶もまだ新しい――自分は自分で、彼女のことを「天使みたいだ」と感じてしまったのだが、それはさておき――はたして今度はどんな突拍子もない発言をするのかと、イスカはなかば演技も忘れて彼女に注目する。
 天使は桃色の唇を忙しなく動かして、矢継ぎ早に言った。
「イスカちゃんはわたしのベッド(、、、、、、、)で一緒に寝るの! おじさんと一緒だなんて絶対ダメ!!」
「えっ、ひ、姫さんと一緒に……?」
 むさくるしい警護の男たちは、顔を見合わせた。
 イスカはひとり、すっと瞳を眇めている。
 エリオンフィールドは評議会制度の民主主義だ。いわゆる特権階級といった立場は存在しない。にもかかわらずお姫さま扱いということは、おそらくは議員や豪商の身内なのだろう。
 居間にいるほとんどの者たちが戸惑うなか、「はあ」とため息を零した青年がいる。
「……アトリ、きみももう年頃なのです。慎みを持ちなさい」
 イスカの正面に座る、おそらくは使用人たちの束ね役であろう研究者風の男だ。
 ――この天使は、アトリという名前なのか。
 イスカはまるで、自分に言い聞かせていた時のように、彼女の名前を心の奥で反芻する。アトリ、アトリ、アトリ……なぜそんなに気になるのか、自分でもよく分からないまま。
 研究者風の男は、使用人たちのなかでゆいいつアトリにお説教ができる立場のようだ。
「イスカくんには別に部屋を用意します。私のベッドを貸してもよいでしょう。彼は大変な思いをして疲れているのですから、アトリ、きみのわがままに振り回すわけには――」
「ダメだったらダメなの! キビタキのすけべ!」
「は、はあっ……?」
 青年は素っ頓狂な声を上げた。それがなんとも間抜けな表情をしていたので、イスカはひそかに吹き出しそうになる。苦労人の彼の名は、なるほど、キビタキ。
 アトリはクッションから跳ね起きると、イスカの腕をぐいぐいと引っ張ってきた。
「ほら行こ、イスカちゃん。わたしのパジャマ貸してあげる!」
「い、いや、服は別に……」
「――ちょ、ちょいと待ちなよ姫さん! そのう……」
 警備兵のひとりが、戸惑いがちになおも引き止めてきた。
「ほ、本気かい? 愛玩虫(ペット)を連れ込むのとはワケが違うんだぜ?」
「分かってるよ。みんな、ジャマしに来たら怒るからね!」
「ぼ、ボウズも安心して休めねえだろう、なあ……?」
 すがるような警備兵の視線に対し、イスカは答える。
「――彼女が気にしないのであれば、ボクは問題ありません」
「やった!」
 と弾むような声で笑って、腕に抱きついてきたのがアトリ。
 警備兵を始めとして、キビタキや他の使用人たちは諦めたように肩を落としていた。
「マジか……最近の若いやつはまったく分からねえ……」
 ともかくも、こうして今夜のイスカの寝床は決まったのである。



〈つづく〉


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