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作品名:きみの翼にシロップを。 作者:砂漠のキコリ

最終回 DESSERT
 そこにあるのは暗闇だった。
 イスカは自分の手もとさえも満足に見えず、手探りで辺りを確かめようとする。
 自分の背中を、ぺたぺたと触ってくる感触があった。
「イスカちゃん、いる?」
 アトリの声。彼女の手のひらを、イスカはどうにか探り当てる。
「いるよ」
 手を繋ぎ、オーニソプターの操縦席から這い出した。
 どこもかしこも真っ暗だ。アトリは不安そうな声を上げる。
「……どこへ行けばいいんだろう?」
「こっちだ」
 イスカは迷いなくアトリの手を引き、歩き出した。
 当てずっぽうではない。
 風の流れを、感じたのだ――
「出口がある」
 そう言った直後、まさしく予想通りに視界が開けた。
 網膜を突き刺すほどの光が押し寄せてくる――

「うわあ、あ……っ!」
 その先に広がっていた光景を目の当たりにして、アトリはあどけなく口を開いた。
 緑だ。どこまでも広がる大森林。これほどの規模のものを、イスカは見たことがない。
 なにせ、果てがないのだ!! 土の壁も、寒々しい鳥籠めいた格子もない。見渡す限りどこまでも世界は続いていて、遥か彼方にあるのは《青い色》。
 青い光が、頭上いっぱいを埋め尽くしていた。あれは、もしや壁か天井か? しかしとてもそうは思えない。なにせ、まるで圧迫感がない――開放感に満ち溢れているのだ。
 イスカは、胸いっぱいに息を吸い込んだ。
 目を丸くして驚く。
「空気がっ……全然違う……!」
 四肢の隅々までが、澄んだ風に洗われるような感覚だった。
 イスカは背後を、自分たちが出てきた門を振り返った。石造りで苔が這い、ところどころ朽ちている遺跡だ。どことなくヘルヘイヴ・ゲートを思わせる。森のなかにすっかりとうずもれていて、イスカたちの立っている出口だけが、祭壇のように高い。
 だからこんなに見晴らしがよいのだ。
「……大地は本当に再生しているのか?」
 イスカは誰にともなく呟く。自分にはそれさえも定かではないのだ。
 その時、アトリがぱっ、と腕を上げた。
「イスカちゃん、あれ見てっ」
 彼女の指差す方へ、イスカも急いで顔を向ける。
 初めはなにごとか分からなかった。森のさらに向こう――その境から緑の絨毯のような平野が続いていて、なめらかに隆起しながら視界の果てまで延びている。
 イスカは目を眇める。そして、はっ、と気づいた。
 草原のさらに向こうに、今度は途轍もない規模の《水たまり》があった。青い水だ。
 草の緑と水の青の境に、まったく別の色が見える……。
《屋根》だ。
 クリーム色の建物が立ち並んでいて、赤い色の屋根が規則正しく連なっている。さすがにそれ以上の細部はこの距離からでは分からないが、それだけ確かめられれば充分。
 ふたりは胸を弾ませた。頬が紅潮する。
「「……街だっ!!」」
 ふたりはぱっ、と互いの顔を見て、笑顔の花を咲かせ合う。
 アトリはイスカの手のひらを取った。
「行こうっ、イスカちゃん!」
 イスカはぎゅっと、指先を絡ませる。
「うん!」
 そうしてふたりは、競い合うようにして階段を駆け下りていく。遺跡を置き去りにして、緑の森に飛び込み、意地悪な根に足を取られないようにして、前へ、前へ。その背中から翼はなくなっても、足取りはこれまでのないほどに軽やかだった。
《鳥籠の中の世界(ユーグリエール)》への入口は、静かに佇んだまま少女たちを見送る。
 鳥籠を飛び出したふたりがこの先、どこまで羽ばたいていくのかは――
 きっとまだ、誰も知らない物語。



〈おしまい〉


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