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作品名:きみの翼にシロップを。 作者:砂漠のキコリ

第15回 COURSE:Y 〜スカーレット・リバー〜 -C
 戦闘音が、止んだ。
 唐突に静けさを取り戻したニーベルゲンの建造物群を、イスカは駆け抜ける。天上軍は兵を退いてくれたのだろうか。あまりに激戦だったため、時間の感覚が失せている。オーニソプターはすでに完成しているだろうか。鵺たちは戦闘に巻き込まれてはいないか?
 誰かに状況を伺いたくとも、あれだけ大勢いた機械人形たちの姿さえも見当たらない――
 ニーベルゲンは真実、冥界の城のごとき静寂に包み込まれていた。
 とある建物の傍らを走り抜けようとした時だ。
「イ、イスカちゃん…………」
 掠れて消えそうな声が聞こえ、イスカは慌てて靴底を滑らせる。
 見れば、路地の合い間から歩み出てくるアトリの姿が見える。なぜこんなところにいるのかも疑問だが、それ以上に彼女のおぼつかない足取りと、血の気を失った顔色――
 そしてぽたぽた、と足もとに垂れる血がイスカに声を失わせた。
「ア、アトリっ……!? その姿は……!」
 駆け寄って彼女を抱き支え、イスカははっきりと《それ》を確かめる。
 アトリの背中から両翼が失われていた。付け根からばっさりと切断されている。その痕に包帯が巻かれて処置されているのだ。痛々しい血が滲んでおり、それは顔色も悪くなろう。
 そして路地の裏から、もうひとつ歩み出てくる人影。
「……こうする以外になかったのです」
 イスカも二度、面識がある、電磁妖精の研究者・キビタキだ。
 血塗れの羽を両手に抱えている。短剣は、腰の鞘に収まっていた。
 イスカはおぼろげながら、軍人としての洞察力で彼の用件を察した。しかし、アトリはこうして無事である。キビタキは力なく肩を落とし、そのまなざしから気力は失せていた。
「この羽をきみの死の証拠として提出し、評議会を納得させます。あとはもう、好きにしなさい。どこへなりと……お行きなさい」
 アトリは自分の足でしっかりと立ち、彼を見返した。
「キビタキ、ありがとう」
「…………」
 キビタキは顔を背け、何も答えない。
 おそらく待っていても返事はないだろうと察し、イスカはアトリの手を握った。
「急ごう、鵺さんが待ってる」
「うん!」
 それっきりふたりは振り返らず、ぱたぱたぱた、という少女たちの靴音が遠ざかっていく。
 彼女らの背中が建物の陰に隠されるまで待ってから、キビタキは深く息を吐き出した。手もとの羽を見下ろし、血に汚れるのも厭わず抱きしめる。
 切り取ったばかりのそれは、まだアトリの残り香を宿して温かい。しかしいずれは冷えて、かつてそこに存在していた体温さえも忘れ去ってしまうだろう。
「さようなら、アトリ……」
 唇を羽にうずめて、伝えられなかった言葉をキビタキは囁いた。

     † † †

 イスカたちがロマン回廊へと駆け戻ると、階段の下では眉を吊り上げた鵺が仁王立ちしていた。ふたりの無事を確かめるや鞭のように声を張る。
「遅い!!」
 それから、ぎょっとするふたりを両腕で抱きしめてきた。
「ふたりしてこんな怪我をして……心配したじゃないか!」
 つかの間の抱擁を交わしながらも、しかしやはりのんびりしている時間はない。監視塔からの追加報告によると、エリオン騎士団までもがこちらへ急行しているとのことだ。彼らは彼らで、イスカとアトリと、オーニソプターに関してどう判断するかは未知数である。
 飛行機はすでに完成していた。燃料タンクもバッテリーも充分。推進剤の爆発で初速を獲得し、人工筋肉による無尽蔵の羽ばたきがかつて見たことのない高度まで人間を運んでくれるのだという。道の途切れているロマン回廊を果てしなく駆け上がり、地底樹(ユーグリエール)の枝の先端の、さらにその先にまで搭乗者を連れて行って――
 そこで何が待っているのかは、自分たちの目で確かめてくればいいことだ。
「操縦方法は説明してやった通りだが、やれそうか?」
 ガレージはそのまま発進場である。卵型の胴体に梯子で登り、やや窮屈な操縦席にふたりして乗り込む。イスカもアトリも、ともに翼を失っているのがここにきて幸いだった。
 イスカは操縦桿を握った。途端、ぴりりと指先に痺れが走る。
 このオーニソプターには、もともとはイスカの一部だった生体金属が用いられているのだ。きっとイスカの意思をなめらかに伝導させ、意のままに翼を羽ばたかせてくれるだろう。
 イスカは頷いた。
「問題ないと思います」
「そうか……」
 鵺はひとり梯子を下り、オーニソプターから遠ざかった。
 二歩、三歩と後ずさりながら告げる。
「お別れだな、ふたりとも」
「どうして?」
 アトリは、イスカの背中に抱きつきながら小首をかしげる。
「また会えばいいよ」
 イスカも苦笑しつつ、彼女の言葉に続いた。
「ちっともお返しができていませんし……」
「そうか? 言われてみればそうだな」
 鵺は大げさに肩をすくめて、吹っ切れたように顔を上げた。
「それでは、また会おう。――行っておいで、子供たち!」
 イスカとアトリは、こっくりと頷いて応える。
 それから、いちど互いに顔を見合わせた。アトリは屈託なく笑い、ぎゅっと背中に抱きついてくる。イスカは片方の手を彼女のそれに重ね、もう片方の手で操縦桿を握る。
 ひとこと、呟いた。
「空へ――」
 まるでその声が合図になったかのように、力強く羽ばたいた両翼が、風を生み出した。



〈つづく〉


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