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作品名:きみの翼にシロップを。 作者:砂漠のキコリ

第14回 COURSE:Y 〜スカーレット・リバー〜 -B
 何度目かの斬撃が叩きつけられてきて、イスカは勢いに逆らわず後方へ転がる。
 受け身を取った。直撃こそしていないものの関節や骨に無視できないダメージが蓄積されていく。小太刀の強度もいつまで持ってくれるか……。
 ひとえに、アルバトロス総督の強烈無比な太刀筋ゆえである。
「強くなったな」
 総督は身の丈を超える大太刀を戯れのように振るい、前方の空気を払った。対してイスカの小太刀は、彼の軍服に切り傷ひとつ付けられていない。
 それどころかすでに防戦一方――彼の間合いに踏み込めなくなって久しい。
 アルバトロスの賛辞は嫌味ではなかった。
「私の《眼》がもう何度、お前の生首を視たか分からんが――」
 ちらと、太刀を見下ろす。
 圧倒的優勢であっても、彼の方にもまたイスカへの有効打はなかった。かぶりを振る。
「まだこうして生きているとは。反射神経だけで紙一重、死線をかいくぐっているのか……驚嘆に値する」
 なればこそ、と彼は強く刀の柄を握る。
「――私も全力をもってお前を叩き斬るとしよう」
 太刀の峰側で、ブースターがごうっ、と青白い炎を噴いた。
 イスカの肌がぞくりと粟立ち、とっさに腰を落として身構える。――来る!
「もはや加減はできぬぞ」
 アルバトロスの踏み込みで、ずん、と地面が震えた。
 大太刀が引き絞られ、同時にブースターが激烈な炎を噴いた。先ほどまでの倍に値する速度で斬撃が放たれる。イスカはやや大げさなほどに仰け反り、同時に後ろへと跳ぶ。
 結果として、大太刀はあわやというタイミングでイスカの鼻先を刈り取っていく。目にも留まらぬ速度! そして、それが振り切られた瞬間のことだった。
 総督が手首の動きで刀身を裏返す。
 同時、またもブースターが激しく火を噴いた。その推進力で、刃がまったく同じ速度でイスカへと跳ね返ってくる。これを先読みしていたイスカは、もう片方の足で地面を蹴飛ばして宙返り。刀身をかいくぐるような柔軟さで、踊るように宙を舞った。
 そして、大太刀がまたも空振るや否や――
 間髪を容れずに刀身が返され、ブースターが点火する。今度ばかりは避けられなかった。両手の小太刀を交差しつつ跳ね上げた瞬間、その交錯点に大太刀が激突。
「ヌゥゥ……ン!!」
 アルバトロス総督は、裂帛の気合いで大太刀を振り抜く。軽量のイスカはいとも簡単に撥ね飛ばされた。地面へしたたかに四肢をぶつけながら転がり込み、橋の欄干へ激突。
 背骨に激痛が走り、「かはっ!」と空気が吐き出される。
 あのブースターが可能にする無軌道な太刀筋と、機械の左眼による先読み――これに真っ向から立ち向かえる戦士など存在しない。
 イスカとて例外ではなかった。
「よく持ちこたえたものだな」
 息をつく暇もなく、アルバトロスの影が滑るように迫った。決着をつけるつもりだ。
「せめて死体は持ち帰ってやろう」
 ブースターがごうっ、と点火し、おぞましい斬撃が放たれた。イスカは決死に転がり込んで避ける。切り返しの一閃が地面を一直線に切り裂いた。その寸前で、イスカは両手のひらを突いて体を跳ね上げている。
 そして、いよいよ無防備になった。
 必殺の三撃目が、青白い炎の噴射ともに放たれる。
「終わりだ」
 イスカは、何も握っていない手のひらを苦し紛れのように突き出し――
 バチイイイイ!! と、前触れのない雷光。
「ムッ……!?」
 アルバトロス総督は、さすがに大太刀で顔を庇ってたたらを踏む。
 数メートル、押し返された。刀身を見下ろせば、幾筋もの細い電流が這い回っている。
 他ならぬ、イスカが放ってきたものだ。片手のひらを突き出した体勢で膝をついている。その額の中心で、バチッ! と紫電が弾けた。
 ここに至り、アルバトロスはようやく能面を崩す。
「その力は電磁妖精(アウラ)の……!?」
 イスカは答えず、荒い息をつきながら両腕を引き絞る。
 それを左右に振り抜くと同時、電撃が拡散した。
 耳をつんざくような雷鳴とともに、電流が橋中を駆け巡る。倒れ伏した機械兵士たちへとまとわりついた。その残骸から、まるで糸で操られているかのように、剣や銃身などといった武装が釣り上げられていく。
 イスカの背後に、数え切れないほどの武器が意志を持つように集った。そのすべてが電流で繋がりイスカへと集中している。彼女自身も、あらためて二刀流の小太刀を掲げた。
 この現象を、アルバトロスの機械の左眼は冷徹に観察していた。
「なるほど……さては貴様、アウラの血を取り込んだな。奴を犠牲にしてその能力を手に入れたというわけだ」
「…………」
 イスカは返事をしない。わざわざ間違いを指摘することもしない。
 アルバトロス総督は、いよいよ不可解なものを見るまなざしになった。
「……今のお前は機族である証を失い、かといって森人であるはずもない」
 ひと呼吸の、間。
「お前は、なんだ?」
「……ボクは」
 イスカはいよいよ口を開き、己の薄い胸に手のひらを当てた。
「ボクはイスカ。ただのイスカ。アトリがそう呼んでくれる」
 しばしまぶたを下ろして、噛み締めるようにして続ける。
「……それだけでいい」
「――――」
 今度はアルバトロス総督が黙る番だった。
 彼もまたまぶたを下ろし、かすかな思考を巡らせている様子だ。
 隙を見せるのは一瞬に留め、あらためて開眼すると、大太刀の切っ先を上げる。
 応えるようにイスカも腰を落とし、小太刀を逆手に握って身構える。
 言葉も、想いも、平行線のまま決して交わることはない――
 それを再認識したとでもいうかのように、アルバトロスは唇を引き結んだ。滑るように足を踏み出す。両者のあいだに交わされるのは、これ以降、刃と殺意のみだ。
 空気が弾けた。
 アルバトロスがひと呼吸の間にイスカの間合いへと踏み込んだ。ブースターが激しく炎を噴き、目で追うことすら困難な速度で切っ先が迫る。予測不能にして、回避も無謀。
 イスカの目は殺意によって濁り、呼吸もやめていた。機械のような精密さで二本の指を跳ね上げる。電磁力で操られたふた振りの剣が音速で飛来し、アルバトロスの大太刀と絡み合う。
 眼前で眩い火花が散るが、イスカはまばたきすらもしない。
 先ほどまでの戦闘スタイルと打って変わって、不動のまま指揮者のごとく両腕を取り回す。指先が霞むほどの速度だ。電流の糸が縦横無尽に躍り、すべての武器が全方位からアルバトロスへと殺到した。
 アルバトロスは、ここで初めて防戦を余儀なくされる。身の丈を超す得物はさぞ操りにくかろうが、彼はそれをものともしない。全身の筋肉を限界まで唸らせ、かつブースターによる強引な切り返しですべての武器を弾き続ける。絶え間ない剣戟と、闇を裂く火花。
 アルバトロスの機械の左眼が、生身では不可能な勢いで上下左右へと動いた。自身の周囲を埋める十数本の武器、その軌道を逐次把握しているのだ。つくづく人間業ではない。
 瞬間、その瞳が強烈な光を放ってイスカを向いた。
「ここだ!」
 一転攻勢。大太刀が剣撃の隙間を縫ってイスカへと迫る。
 イスカは、ここで初めて小太刀を振るった。両手のそれを交差しつつ跳ね上げる。
 長大な大太刀と、繊細な二本の小太刀が激突。
「ヌゥゥン!!」
 アルバトロスはここぞとばかりに体重を押し込む。ビキッ、と刀身が罅割れた。
 ――アルバトロスの大太刀にだ。イスカは力任せに小太刀を振り抜く。長大な得物が半ばから断ち切られ、切っ先が宙を舞った。無意識にそれを追うアルバトロスの瞳。
 彼の視界には、イスカの小太刀に這い回る電流が見えていた。
「電磁融解……ッ、焼き斬ったな!?」
 負けじと前蹴りを放ち、イスカを吹っ飛ばした。イスカは逆らわずに後方へ跳び、一回転して着地すると同時に再びタクトのごとく、指を操る。額の中心に電流が散った。
 電磁力で操られた武器たちが一気呵成に踊り狂った。破片をまき散らしながら限界を超えた速度で唸る。それをアルバトロスは、捌いた。半分になった刀身を目まぐるしく取り回し、しかしもうブースターは点火しない。酷使された体中の筋肉がはち切れる。
 高速で動く機械の左眼から、血の涙が零れ出した。
「グ、ヌッ、オオオオオオオオオオ――――――――――ッッッ!!」
 一発を弾き損ねる。剣の切っ先が右肩を穿つ。背中に墓標のごとく短剣が突き立つ。続けざまに左腿を串刺しにされ、アルバトロスはそれを素手で引っこ抜く。大太刀を力の限り薙ぎ払い、突風を巻き起こしてまとめて剣を吹き飛ばした。直後に電撃が飛来して四肢を貫く。ぐらりと巨体が揺らぎ、たまらずその手のひらから柄が零れた途端、イスカは地を蹴った。
 真正面から矢のように迫りつつ、両手の小太刀を引き絞り――
 交錯の瞬間、アルバトロスの両腿へと突き刺す。
 疾風のごとくすれ違い、彼の背中側へと着地した。いよいよ、全身を串刺しにされたアルバトロスはがくり、と膝を落とす。
 機族である彼の傷口からは血は流れなかった。
 しかし、それは痛みを感じないという意味ではない。
「――もはや行動不能」
 自身の状態すら冷徹に観察し、アルバトロスは厳かに両目を閉じる。
 機械の左眼からだけは、取り込んだぶんの血が流れ出していた。
「私を廃棄せよ」
 その声音にすら、彼のなんらの感情も汲み取ることはできなかった。
 戦場に、鉄と火のにおいの交じった風が吹き抜ける――
「ボクはもう、機族の規律には従わない」
 イスカは背中を向けたまま、やはり振り返らない。
 それでも、最後に少しだけ、肩越しに視線を向ける理由はあった。
「……さようなら、お父さん」
 前を向いて、イスカは走り出した。
 その靴音が遠ざかって聞こえなくなるまで、アルバトロスは身じろぎもしなかった。両脚を縫い止める小太刀を抜くこともしない。
 ややあって、唐突に無線機が将官の声を伝えてきた。
『……総督。ご報告が』
「なんだ」
『少々時間をかけ過ぎたようです。……エリオン騎士団が動き出しました』
 アルバトロスはようやく、どことも知れぬ彼方へと視線を向ける。
 腰に提げた無線機からは、やや早口な将官の声が漏れ続けていた。
『こちらはようやく橋を突破し終えたところですが、どの隊ともに損耗が激しく……すでに半数の機械兵を失っております。今後さらにニーベルゲンを制圧し、残りの戦力で騎士団を迎え撃つのは……正直に申しまして、困難と判断せざるを得ません』
「デルタ隊は壊滅だ」
 無線機が、将官が絶句する気配を如実に伝えてきた。
 このニーベルゲンは中立の緩衝地域だ。派手な戦闘を起こせば森人側が見過ごすはずもないということは分かり切っていた。そうなる前に目的を果たさねばならなかったのだが……なるほど、彼の機械の目をもってしても見通すことのできない誤算だったというわけだ。
 アルバトロスは頭上を振り仰ぎ、深く深く、息を吐き出した。
「今作戦は失敗とする」
 変わらず感情のない声で、告げる。
「すべての機械兵を退き上げてすみやかにマグナポリスへと帰還せよ。――撤退だ」
 無線機はしばし、沈黙を保ったのち――
 残り三つの部隊からの、『了解』の返事を立て続けに届けた。



〈つづく〉


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