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作品名:きみの翼にシロップを。 作者:砂漠のキコリ

第13回 COURSE:Y 〜スカーレット・リバー〜 -A
 ロマン回廊には絶えず、上層からの爆音がこだまし続けていた。
 時おり、あまりに激しい衝撃にずずん、と床が震える。アトリはたまらず天井を見上げた。
「イスカちゃん、だいじょうぶかなあ」
「気を揉んでいても仕方があるまい」
 鵺はオーニソプターの最終調整に掛かりきりになりながらも、ちらと横目で窺う。アトリは決して広くはないガレージを落ち着きなく右往左往しているのだ。
 イスカの安否が気掛かりで仕方がないのだろう。考えてみれば彼女が香室を離れてからこっち、ふたりが別行動を取ることも初めてなのではなかろうか。
 鵺もまた、背筋に伝う冷や汗を意識しないようにして告げる。
「イスカはああ見えて軍人だ。引き際は心得ているさ」
「そんなの分かんないよう! あぁ〜、また無茶してたらどうしよう??」
「ええいっ、肩を掴んで揺さぶるんじゃない!」
 がっくんがっくんと揺れる視界のなかで、鵺は燃料計を確かめる。
 事実、イスカと城の機械人形たちの奮戦は功を奏していた。鵺は唇を吊り上げる。
「……バッテリーの充填まであと三分だ! 間に合うぞ!」
 と、まさにその時だ。よもや運命の女神が《魔女》を嘲笑ったとでもいうのだろうか。
 唐突に、工房の灯りが消えた。工作機の電源もいっせいにダウンし、周囲は死んだように静まり返ってしまう。鵺とアトリは目をぱちくりとさせて、顔を見合わせた。
「な、なあに?」
 アトリが言う。鵺の背筋に氷のような悪寒が這い上がった。
「……電源が落ちた!? クソッ、こんな時に!」
 オーニソプターの外板を叩く。
 当然だが、バッテリーへの電力供給も断たれていた。このままではどれだけイスカたちが時間を稼いだところで、オーニソプターはいつまで経っても飛び立つことができない。
 鵺は親指の爪を噛み、素早く考えを巡らせる。
「発電施設に砲撃でも喰らったか……!? おい、誰か様子を見に――って」
 がらん、とした工房をあらためて見回し、鵺は頭を抱える。
「だああああっっっ! そういや人形たちは出払っちまってるんじゃないか!」
「わたしが見てくるよ!」
 言うが早いか、アトリは駆け出していく。鵺はぎょっ、と目を剥いた。
「アトリ姫!? 上はもう戦場になっているかもしれんぞ!」
 アトリは階段の途中でかん、かん、かん、と足踏みをしながら振り返る。
「鵺さんはここを離れられないでしょ? ちょっと様子を見てくるだけだから〜!」
「待ちたまえアトリ――…………ああ、もうっ!」
 引き止める声も聞かず、アトリはあっという間に階段を駆け上がっていってしまう。
 もう一度、鵺は自分自身への苛立ちでオーニソプターをぶっ叩いた。
「無茶をすると傷が開くぞ!」
 アトリが相当のやせ我慢をしているであろうことを、おそらくはイスカも察している。
 この十数年、なぜもっと真剣にオーニソプターの開発に尽力しなかったのだろうかと、鵺はこの期に至って激しい後悔に苛まれていた……。

 幸いなことに、戦線はまだ四方の橋のなかほどで食い止(とど)められていた。
 アトリは鵺の居城から飛び出して、きょろきょろと視線を巡らせる。彼方から響いてくる戦闘音が怖ろしいことこの上ないが、ニーベルゲンが砲撃を受けている様子もない。
 ――では、なぜ急に電力が断たれてしまったのだろうか? イスカの無事を確かめたい衝動をぐっとこらえて、アトリは先日案内してもらった発電施設を駆け足で目指す。
 時おり爆音が轟くたびに、床の鉄板がびりびりと震える――
 ニーベルゲンの発電所は、ひときわ巨大な歯車が剥き出しで回転する特徴的な構造である。屋根から突き出すその歯車が、止まっていた。やはりなんらかの異常が起こっているのだ。
「……待ってて鵺さん!」
 一階建てで奥に広い、工場めいたその建物へとアトリは駆け込む。
 発電所内はやはり、すべての歯車が静止していた。先日案内された時には何百・何千という歯車たちが芸術的に絡み合い、蒸気圧によって無尽蔵のエネルギーを生み出していたはずだ。
 周囲は蒸気ばかりが無為に排出されて、視界が利かず蒸し暑い――
 それでも異常の原因自体は、アトリはすぐに見つけることができた。最奥区画の制御装置において、なぜか動力伝達弁が閉じられている。
 アトリはすぐにレバーに跳びつき、反対側に押し倒して動力を復活させる。
 楽器めいた大音声を響かせながら、再び無数の歯車たちが踊り始めた。
「やった!」
 とアトリは達成感を表すものの、ふと、頬に人差し指を当てる。
「……なんでレバーが閉じられてたんだろ?」
「私がそうしたからです」
 アトリは床から飛び上がってしまった。
 慌てて振り返ると、地味な土色のローブをまとった長身のシルエットが立っている。
 フードを背中に払い、その人物は理知的な美貌を露わにした。
「……キビタキ!」
 アトリの創造者にして保護者たる青年は、表情を隠すように鼻筋へ手を当てる。
「……あの機族の少女が軍を抑えるのに手一杯になっている今、ニーベルゲンでトラブルが起これば《魔女》とあなたを分断できるはずだと踏みました。よもや、あなた自身がこうして出向いてくるとは思いませんでしたが」
「……っ」
「その肩の怪我はどうしたのです?」
 アトリは包帯を手で隠しつつ、真摯なまなざしでキビタキを見据える。
「……お願い、わたしとイスカちゃんを自由にさせて。わたし、知ってるの! もう試験体(わたし)から採れるデータはぜんぶ揃ってるんでしょう? キビタキや騎士のおじさんたちは、わたしが短い命を終えるまであの香室に閉じ込めておくつもりだったんでしょう?」
「残念ながらその通りであり――」
 相変わらず感情を見せず、キビタキは軽くかぶりを振る。
「すでに《その段階》は過ぎてしまったのです」
「えっ……?」
「エリオンフィールドの評議会が最終決定を下しました。もし、あなたが天上軍に囚われてしまえば我々の《電磁妖精》計画は破綻する。こうしてあなたが今いちど手の届くところへ戻ってきたのは僥倖……万が一にもアウラの情報が洩らされる前に」
 言いながら、キビタキはフードの内側へ手を入れる。
 取り出されたのは、儀式用の壮麗な短剣だ。
 すらりと、鞘から抜き放たれる。刀身の切れ味は本物だった。
「――あなたを処分せよと、私に命令が下ったのです」
「……っ!」
 アトリはよろめくように、二歩、三歩と後ずさった。
 手探りで何かを探す。制御装置のレバーを掴んだ。
 もういちど反対側へと倒すと、すべての歯車がいっせいに停止。行き場を失った蒸気が猛烈に溢れ返り、またたく間に周囲を埋めた。
 その隙に、アトリはいずこかへと駆け出している。
 キビタキは抜き身の短剣を無造作に振り、前方の蒸気を払った。
「無駄です! この施設の間取りはすでに把握している」
 視界が利かないなかでも迷いなく歩み出した。
「どこにも逃げられはしませんよ」
「わたし、もうじきこの世界(ユーグリエール)から出ていくの!」
 蒸気の向こうから、アトリの声が返った。
「それなら文句はないはずでしょうっ? お願い、止めないで!」
「同じことです。あなたが天上軍の手に渡らないという保証がなければ安心はできない」
 キビタキはわずかにも歩調を緩めなかった。
「それに外の世界へ向かうということは、きみは生き延びようとしているのでしょう? 危険極まりない。手の届くところにいる今が最後のチャンスなのです」
「――――」
 もはや声は返らなかった。どこからか彼女の靴音が音高く響くのみ。
 アトリは戦士ではない。隠し切れていない気配を手繰り、キビタキは霧中を進む。
 無意識のうちに、眉間に厳しいしわが寄っていた。
「……きみは今まで、私のことをそんなふうに考えていたのか」
 短剣の柄を握る手に、ぐっ、と力がこもる。
 アトリの存在価値は生まれた直後にほとんど終わっていた。――その通りだ。あとは彼女の実験データをもとに、より完成度の高い弟や妹たちを生み出せばよい。アトリが残り少ない生をまっとうする、それを見守るためだけにキビタキは傍に控えていた。
 すべてその通りだ! なのになぜ、これほど苛立つのだろうか?
「よりにもよって、なぜ、《この場所》なんだ……!」
 無関係のことまで理不尽に思えて、唇を歪めざるを得ない。
 ふと、懐かしい光景が脳裏を横切る――
 アトリが物心ついてからこっち、香室でのキビタキの役目は彼女の経過観察と、能力の発現傾向の記録だった。無論、それだけでは遊びたい盛りの彼女は退屈する。時おり客人が訪ねてくるとはいえ、アトリの生きる世界は狭い離宮の中だけだ。
《世話役》としてそこにいるキビタキを、アトリは頻繁に遊びへ連れ出した。
 できることと言ったら、鬱蒼とした植物園でのかくれんぼである。
『キビタキっ、こっちだよ!』
 あどけない声が自分を呼んだ気がして、彼は強くかぶりを振る。
 何もかも、今はもう過ぎ去った夢に過ぎない――
「……きみの能力を機族の連中に明け渡すわけにはいきません」
 短剣を掲げ、払う。
 蒸気を裂き、通路の突き当たりを露わにさせた。
 とうとう追い詰められたアトリは、壁際で華奢な肩を震わせている。
 しかし、一度ごくりと喉を鳴らすと、キビタキを睨みつけてきた。
「アウラの能力が大事?」
 唐突な問いに、キビタキは眉をひそめる。
 ――考えてみれば、なぜ彼女は電磁妖精の力でもって撃退しようとしないのだろうか?
 その答えを、アトリは背中を向けることで示す。
 キビタキの瞳が次第に、そしてみるみると見開かれていった。
「その翼は……ッ」
 アトリもまた、半身で振り返ったままはっきりと頷く。
 彼女の翼は、森人のなかでも類を見ない完全なる純白のはずだった。
 それが、今やどうか――ところどころに焦げ茶色の羽が交じっている。まるで火事の跡だ。それが見た目ばかりの変化ではないことを、アトリはその口ではっきりと告げる。
「わたしにはもう――電磁妖精の力はない」
「そうか……輸血(、、)!!」
 キビタキはあらためて彼女の肩の傷を見て、研究者の視点で看破する。
 電磁妖精の力の源となるのは脳の生体磁石。そしてその伝達回路は、他ならぬ血中の鉄分である。遺伝子改造の賜物である彼女の血液は、言うなれば黄金比率のブレンド品……。
 替えが利かず、取り返しもつかない。キビタキの視界がぐらりと歪んだ。
「他の誰かから血を分けられましたね!? まさか、それで、そのような変化が……クッ!!」
「これで分かったでしょう? キビタキ……」
 アトリはあらためて、まっすぐに彼に向き直る。
「わたしにはもう、あなたや機族のひとたちが求めるような価値はないの」
「……!!」
 キビタキは血が滲むほどに唇を噛むと、しかし、意を決したように面を上げた。
 その手にはいまだ、切れ味の確かな短剣が握られている。
「……能力を失ったとしても、きみの体がアウラのそれだということに変わりはない」
「キビタキ!」
 アトリは切実な声で訴えかける。
 それでも、キビタキは足を前へと踏み出す。どんどんと距離を詰めた。
「評議会はきみの死体を目の当たりにするまで納得はしない! どのみちこのままきみを野放しにするわけにはいかないのです!」
 アトリにはもはや逃げ場はない。長身のキビタキは、彼女に覆いかぶさるようにして立つ。
 短剣を振り上げた。
「――お覚悟を!!」
 斬線が閃くとともに、生々しい斬撃音。
 直後、壁一面に真っ赤な血潮が飛び散った――



〈つづく〉


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