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作品名:きみの翼にシロップを。 作者:砂漠のキコリ

第12回 COURSE:Y 〜スカーレット・リバー〜 -@
 響いてくる声は鉄のように硬く、まるで機械が話しているかのように思えた。
「これは最終決定だ」
 森人の研究者・キビタキは、それを直立不動のまま聞いている。
「……覆りませんか」
 極彩色のヴェールの向こうで、顔の見えない者たちが正座をしていた。
 声は、一字一句の迷いなく繰り返す。
「これは最終決定だ」
 キビタキは、背中で組んだ手のひらをぎゅっ、と握り締める。

 同じ頃、マグナポリスの正面通用ゲートがブザー音とともに開かれた。
 左右に開いた門の向こうから、ずらりと整列したシルエットが現れる。立ち込める蒸気をかき分けて、駆動音を立てながら歩み出したのは無人の機械兵士たちだ。
 隊列のところどころに、機械たちに命令を送る機族の将官の姿が見える。
 ずしん、ずしん……と、重なり合った足音がマグナポリスの街にこだましていた――
 物々しい雰囲気をまといながら行進していく一団を、ゲート脇の詰め所から門兵たちが見送っていた。皆、天上軍に所属する腕利きの兵士である。
 ひとりがもどかしげに不満を漏らす。
「なぜ我々には出撃命令が出ないんだ?」
 別のひとりもそれに同調する。
「そもそも攻撃目標はどこなんだ? これほどの戦力を必要とする事態とは?」
 それを聞いて、別のひとりも己の知識を披露する。
「聞けば、貴重な無人型遊撃機械兵をすべて――三十二体も投入しているらしいな」
「正気か!? 先日の騒ぎで六体も失ったばかりだろう……!」
「見ろよ、人間の兵士は指揮官クラスの数人しかいねえ。指示だけ出して、戦闘はぜんぶ《ロボット》どもにやらせるつもりなんだ」
「つまり、だ」
 窓際で外を睨み続けていた壮年の門兵が、鋼のような声音で皆の注目を集める。
「我々一兵士や、マグナポリスの市民には知られたくない何か(、、)が起こるということだろう」
 彼の視線の先で、隊列の最後尾がゲートを潜り抜けようとしていた。
 ゆいいつの指揮官機に鎮座しているのは、頬に生々しい古傷を持つ歴戦の男――機族の最高権力者にして、天上軍総督のアルバトロスである。

 そのアルバトロスは、傍らに身の丈を超す大太刀を携えていた。戦支度だ。
 機械の左眼で揺るぎなく前を見据えて、呟く。
「《鳥籠の外》への出口はひとつでいい」
 指揮官機に随伴するひとりの将官が、背筋を震わせる。
 ほかにアルバトロスの言葉を聞くのは、周囲に並ぶ無人の機械たちのみだ。
 アルバトロスは太刀の鞘を握る。応えるように、鍔がきちりと鳴った。
「それは我がヘルヘイヴ・ゲートでなければならん」
 それを成り立たせるためには、あの《裏切り者》からもたらされたロマン回廊の存在が邪魔だ。森人たちの見上げる空はマグナポリスが占領している。その優位性を揺らがせるものなど存在してはならない。
 よって、今作戦の目標は――
 ニーベルゲンを完膚なきまでに蹂躙し、ロマン回廊を未来永劫、封鎖すること。
 声なき声で決意したアルバトロスの背後で、鋼鉄の通用ゲートが、重々しく閉じられた。

     † † †

「――と、機族の連中の思惑はだいたいそんなところだろう!」
 鵺は休みなく手を働かせながらまくし立てた。助手の機械人形たちも右往左往している。
 ニーベルゲンの地下深く、工房の車庫(ガレージ)でオーニソプターの外殻を開き、最終調整を行っている真っ最中である。完成も間近に迫ろうかという矢先、城壁の監視塔から予想だにしない報告がもたらされたのだ。
 いわく、上層のマグナポリスから迫る軍勢の影があり――と!
「いったいどうして!?」とアトリは当然の疑問を述べた。
 それに対し、鵺は苦々しげに彼らの用件を看破してのけた。
 階段に高らかな靴音を響かせて、イスカが俊敏に駆け下りてくる。
「近いです。もう裸眼でも見える」
 城壁に上って、自分の目で状況を確かめてきたのだ。
 ユーグリエールの白い幹に、まるで寄生虫のごとく群れを成す黒鋼の光景を――
 連中のかざすライトは、間違いなく一直線にニーベルゲンを指していた。
「このままだとたぶん……二十分もすれば押し寄せてくると思います。オーニソプターは?」
「推進剤の注入に残り十五分」
 鵺は答えているあいだも手を止めない。頬に滝のような汗が流れていた。
「だがバッテリーの充電にあと二十八分かかる! こればかりは省略できんからな……! それまでには完璧に組み立ててみせるが、あとはぶっつけ本番で飛ばすしかないだろう」
 イスカは覚悟していたように頷いた。
「――じゃあ、その八分はボクが稼いできます」
「イスカちゃん!? すごい数なんでしょう……っ!?」
 アトリはまだ肩の傷も満足に癒えていない。ここはイスカの踏ん張りどころだ。
 背中が身軽になっているのを自覚しながら、イスカは安心させるように微笑む。
「逃げ回っていればすぐだよ。戻ってきたらすぐに出かけるんだから、準備しておいて」
「それなら、こっちも数がいるね」
 鵺はいったん作業の手を止めると、指笛をピィ――――と吹き鳴らした。
 工房を駆け回っていた機械人形たちが、ぴたりと主に注目する。
 鵺はなめらかに指示を送った。
「お前たち、ここはもういいからイスカに協力しておやり。よそ者を城からはたき出してくるんだ! あとで直してやるから思いっきり暴れておいで!!」
 機械人形たちは互いに顔を見合わせると、いっせいに工具を放り捨てた。どこか鬨の声めいた駆動音を立てながら、競い合うようにして階段へ突撃していく。
 置いて行かれてはならぬと、イスカもそのなかに続く。
 鵺は工房を周回しながら、すべての伝声管の蓋を開いた。美声を張り上げる。
「ニーベルゲンのすべての機械たちへ告げる。武器を取って城を守れ! 門の兵士はその本懐を遂げろ! すべての武装を解き放って侵入者を薙ぎ払え――総力戦だ!!」
 最後に大きなハンドルを、勢いよく下に引き倒す。
 途端に奏でられた大音声の鐘の音が、黒鉄の城を雄々しく震わせた。

     † † †

 作戦開始、三分前――
 ニーベルゲンは《目》の形をしている。建造物群は中央に密集しており、その三百六十度を深い溝が取り囲んでいるのだ。その溝を九十度の間隔で区切りながら、外縁から延びた橋が四本、中央の城へと繋がっていた。
 その四カ所の橋の入口にすべての部隊を展開し終え、天上軍は粛々と待機している。
 完全に包囲された黒鉄の建造物群は、今や冥王の居城のごとく静まり返っていた――
 指揮官機の傍らに控える将官が、頭上へと窺う。
「――何度か合図を送りましたが、ニーベルゲンからはなんの返答もありません」
「うむ」
 アルバトロスは泰然と頷く。さもありなん、といった態度だ。
「玄関まで出向くしかないようだな」
「では……」
 将官は主の意を汲むと、口もとに無線機を近づけた。
「全機進軍!! ニーベルゲンを我が物とせよ!」
 先頭の機械兵士が、ずしん、と一歩目を踏み出した。
 続けて後続が、二歩、三歩とあとに続く。重々しい足音の連鎖――
 見上げるほどの図体と鋼鉄のフォルムを持つ、重厚な威圧感の巨人である。それが各部隊に十機ほど。橋を隙間なく埋めながら行進する様は威容というよりあるまい。もしこの軍勢に真正面から相対したら、鍛えられた兵士であっても震え上がってしまうだろう。
 すべての部隊が、橋のなかほどまで差し掛かった。
 相変わらず、ニーベルゲン側からなんらの反応もないのを見て取って、将官がせせら笑う。
「《魔女》はお昼寝中でしたかな?」
 まさに、そう言って気を緩めた直後のことだ。
 がこん! と橋の入口付近にわずかな振動が広がる。
 原始的な、スイッチの駆動音のように聞こえた。将官は眉をひそめる。
「今の音は……?」
「いかんな」
 アルバトロスはいち早く立ち上がっていた。自らも無線機を取り上げる。
「全機、全速で走れ! ニーベルゲンに駆け込め!」
 その唐突な命令の意味を、将官は一秒後に悟る。
 がこん! と再びの振動とともに後方の橋が崩れ落ちた(、、、、、)。
 それだけでは止まらず、床石は加速度的に落下し続けながら機械兵たちを追い上げ始める。その最後尾に着けていた将官は顔面蒼白になり、無線機へと怒鳴りつけた。
「走れ! 走れ! 走れ!! これは敵の罠だ!!」
 すべての機械兵が、弾かれるように地面を蹴って駆け出した。
 しかしその鈍重さと巨体が仇となり、最後尾が詰まる。足取りの鈍った一体が床石を踏み外し、そのまま重力に引きずられた。奈落のような溝の底へと吸い込まれていく。
 墜落と同時に、けたたましい金属音。将官は冷や汗を流した。
「おのれ!!」
 アルバトロスは立ち上がったまま素早く視線を巡らせていた。
 やがてなにかに気づくと、足もとの指揮官機を爪先で蹴る。指揮官機は他の機体の倍に達する速度で駆け、味方を押しのけながら鉄拳を振り上げた。
 橋の額石を、ぶっ叩く。
 それが粉々に砕け散るや、崩落が収まった。将官は感嘆の面持ちだ。
「なるほど!」
 口もとに無線機を当てる。
「全部隊、橋の要を破壊せよ! そこが制御装置になっている!」
 了解! の声が立て続けに返った。
 すぐに、他の三カ所でも対処が行われたのだろう。崩落音がひとつ、またひとつと収まっていき、やがて静かになった。最後にひとかけらだけ落ちた石が、溝の底で高い音を上げる。
 将官はようやっと息をつき、再び無線機を持ち上げる。
「全部隊、被害状況を報告――」
「まだだ」
 アルバトロスがぴしゃりと遮り、橋の前方を睨み据える。
 無線機を取り上げた。
「前方を警戒せよ。敵は我々を迎え撃つつもりだ!!」
 まさにその直後、主塔の陰からふたつのシルエットが姿を現した。
 機械兵士だが、天上軍のそれとは規格が違う。右腕の銃口を突きつけてくるや、それぞれが躊躇なく引き金を絞った。放たれる轟音。
 空気砲である。立て続けに五発を撃ち込まれてバランスを崩し、天上軍の機械兵が一体、またもや橋の外へと吹き飛ばされていく。将官は頭に血を上らせた。
「全機、主砲用意――――ッ」
「待て」
 アルバトロスはやはり、眉ひとつ動かさない。
「城にいる者は生かして捕らえたい。銃器の使用は可能な限り控えよ」
「り、了解……!」
 将官はぐっ、と意見を呑み下し、無線機に唾を吐きかけた。
「全機、格闘だ!! パワーアームで敵を制圧せよ!」
 天上軍の機械兵たちが、応えるように嘶いた。
 左右の鉄拳を打ち鳴らし、先頭の機体から果敢に挑みかかっていく。敵の機械兵と取っ組み合った。馬力の違いであっという間に相手は膝を崩す。
 しかも、敵は数が少ない。たったの二機だ。このまま橋の出口まで押し返し、場所が開けた途端、数体掛かりでねじ伏せてくれる! そう将官が唇を吊り上げた時だった。
 敵の機械兵の足もとから、さらに複数の影が躍り出た。人間の半分ほどの背丈しかない――人形のような印象の機械たちだ。しかしこちらは数が多く、俊敏である。天上軍の機械兵の足もとに潜り込むや、アームの先端を関節部へと深々と突き込む。
 強度の差によって、人形の方こそがアームをひしゃげさせられており――
 同時に燃料が漏れ出していた。
 わずかな火花で、一気に爆発。人形は半身を犠牲にして、同時に天上軍の機械兵は片膝を吹っ飛ばされていた。バランスを崩す。途端にニーベルゲン側の機械兵は勢いを取り戻し、敵を地面へと引き倒すや、両拳を叩きつけて頭部を潰した。
 休みなく銃口を跳ね上げて、撃つ。
 天上軍側で、後続の一機が空気砲に撃ち抜かれてたたらを踏む。その轟音と衝撃波で帽子をなぶられながら、いよいよ将官は額に青筋を浮かべた。
「おのれええええええええええ!! あのようなまがい物に後れを取ってたまるものか! 押せ押せ押せ押せ――――――――――ッッッ!!」
 同時、無線機が仲間の声を伝えてきた。
『デルタ隊より報告』
 将官は反射的に無線機を口もとへ当てる。
「こちらアルファ隊。どうした?」
『……は、激しい抵抗を受けている』
 なぜか、通信相手がわずかに言い淀んだ。将官は眉をひそめる。
「どの部隊も状況は同じだ。持ち前の戦力で対処せよ」
『そ、それが――』
 通信相手はいよいよ語尾を震わせていた。無線機の向こうから断続的な爆発音が届く。
『敵のなかに飛び抜けて強い者がいる。どう見てもあれは、あの姿は……――――ぐあッ!?』
 ブツンッ、と通信が途切れた。将官はいっそう無線機に口をつける。
「デルタ隊、どうした? デルタ隊! 状況を報せよ!!」
 そのやり取りを耳に拾いながら、アルバトロス総督は彼方へと視線をやる。
 デルタ隊の担当する左手側の橋が、なるほど、いっそう高らかな爆炎に包まれていた。そこで繰り広げられているであろう光景を、彼の機械の瞳は鮮やかに幻視する――

 デルタ隊の指揮官がしたたかに殴り倒され、残された副官は唇をわななかせた。
 上官の代わりにと、彼は必死に声を張り上げる。
「ぜ、全機、応戦せよ! あの敵をねじ伏――」
 ねじ伏せて、構わないのだろうか?
 一瞬、言い淀む。しかし、どのみち結果は変わらなかった。
 天上軍の機械兵士たちは敵の速度に追いつくことも叶わなかったのだ。敵はひとり。《一機》ではなく《ひとり》だ。副官の目にすら、捉えられるのは小柄な残像だけ。
 黒い影が機械兵士の足もとを滑り抜ける。一瞬遅れて斬線が幾筋も閃く。全身をなめらかに寸断され、破片がけたたましく崩れ落ちる頃には敵はすでに宙を舞っている。残りの機械兵士が銃口を跳ね上げた――と同時に敵は着地しており、機械兵士の股のあいだを駆け抜ける。
 脳天から真っ二つに分断され、またも一体、機械兵士が倒れ込んだ。――残り、二体。
「ヒ、ヒイィ!?」
 副官は恐慌を起こし、本隊からの命令を忘れて叫んだ。
「さ、再武装! 最大火力で敵を吹っ飛ばせ!!」
 残り二体の機械兵士が銃口を向けた。カートリッジが換装されるわずか数秒の間。
 その隙は敵にとって充分過ぎた。目のくらむような速さで片方の機械兵士に飛び掛かると、右肩を一閃。制御が利かなくなった腕を関節技の要領で捩り、後方を向けさせる。
 同時、銃口の奥に砲弾が装填された。
「撃て」
 敵の呟きに応えたわけではなかろうが、止められない銃身が火を噴く。
 もう片方の機械兵士の頭部を、爆炎が吹っ飛ばした。二、三歩たたらを踏み、仰向けにぶっ倒れる。その衝撃と爆風で、傍らの副官も転がり込んだ。
「ヒッ、ヒ、ヒイイイイッ!?」
 小柄な敵は、息ひとつ切らさずに腰の後ろから小太刀を抜いた。
 切っ先を、まだ遠い副官の鼻先へと突き付けてくる。
「部隊を退いてくれませんか」
「ひ、姫君……! なぜあなたが《そちら側》に……ッ!?」
 副官は腰を抜かしたまま呻いた。
 言わずもがな、相対しているのはイスカである。充分に血を補給できた今、そのパフォーマンスは以前とは比較にならなかった。無人の機械兵に後れを取るような彼女ではない。
 しかし、やはり敵の数が多い。イスカは焦燥を押し隠したまま呼びかける。
「兵を退いてください」
 返答は、予期せぬ場所から聞こえてきた。
「それはできぬ」
 イスカはハッ、と目を見開き、直後に強く床を蹴った。
 最後の機械兵士が、胴体から真っ二つに斬り飛ばされる。剣圧が反対側にまで貫通し床を裂いた。逃げ遅れていたら、イスカまでまとめて薙ぎ払われていたところだ。
 着地し、さらに宙返り。大げさすぎるほどに距離を取って、イスカは前を睨み据える。
 機械兵士が崩れ落ちた。爆炎が上がる。
 その陽炎の向こうに、大太刀を携えた歴戦の戦士が立っていた。
「アルバトロス総督……!」
 いよいよ、イスカの頬に冷や汗が伝う。天上軍を率いる彼が直々に出向いていたことを、ここに至ってイスカは初めて知った。
 当のアルバトロスは、再会した娘の顔を直視すらしない。傍らを見下ろした。
「この橋は私が落とす。貴様はガンマ隊に合流して指揮官の補佐につけ」
「は、はっ……り、了解いたしました!」
 副官はすぐさま跳ね起きると、手足を振り乱しながら橋を駆け戻っていく。
 彼の靴音が慌ただしく遠ざかっていって、やがて去った。
 鉄屑の散らばる半壊した橋の上に、しばし、静寂が訪れる――
 アルバトロス総督はようやくイスカを振り返った。
「まだ生きていたか」
 イスカは無言で小太刀を掲げ、きち、と鍔を鳴らすことで応える。
 アルバトロスはさぞ嘆かわしそうにかぶりを振った。
「……危惧した通りだな。お前は思考回路に深刻な異常をきたしてしまった。おそらく長らく電磁妖精(アウラ)と行動を共にしたことで奴の電磁波に影響を受け――…………否(いや)」
 自分自身の言葉を、彼は岩のような声音で否定する。
「さらに、その前……あの女(、、、)が死んだ時からお前はおかしくなっていた。男のなりをして、軍の規律を軽視し、殺すべき相手にすら情けをかける……。身近な者の死を目の当たりにしたことがお前の中のなにかを狂わせたのだ。これは機族として重大な欠陥と言わざるを得ん」
 長身の彼よりもさらに長い太刀を、音もなく持ち上げる。
「――察するに、アウラもあの城にいるな?」
 イスカはやはり答えない。それでもアルバトロスは頷いた。
「望んだものがすべて手に入りそうだ」
 ぴりり、と空気が震える。
 イスカはさらに腰を落とし、獣めいた構えを取った。両手に握る小太刀はさながら牙だ。
 対してアルバトロスは、悠然と正眼に構える。彼の大太刀は単なる業物にあらず――
 峰の側に噴射口(ブースター)が備わっていた。
「――ゆくぞ」
 ずしん、と。アルバトロスが見た目以上に重い一歩を踏み出す。
 イスカは神経をすり減らしながら相手の間合いを見極めていた。小太刀を用いる華奢で小柄なこちらとは対照的に、アルバトロスは一撃一撃が重く、凄まじくリーチが長い。
 どうにか懐に潜り込んで手数で圧倒することが勝ち筋だが、それは当然相手も予想しているはずで――
 敵の太刀の間合いが、イスカの靴の先にまで迫る。その瞬間にイスカは迷いを断ち切り、駆け出していた。
「シッ!!」
 鋭い呼気とともに風となる。地面すれすれを滑るように駆けると、同時にアルバトロスは半歩退いていた。手首を捻る。太刀の切っ先が跳ね上がり、イスカの眼前に迫った。
「――ッ!」
 イスカは歯を食い縛りながら、強固な意志力でさらに前へ。強引に体を倒すと、太刀の先端が頬を裂いた。構わずに前進し、地面へ片手のひらを突く。筋を痛めながらも体を跳ね上げ、回転の勢いを乗せながら一方の小太刀を振り上げる。
 距離的には、届く。
 しかし、一瞬視界から外れただけで、アルバトロスの姿は掻き消えていた。ダンスパートナーのように背中合わせでステップを踏み、イスカの脇腹へと肘打ち。
「――甘い」
 肋骨が、みしりと軋む。そのまま肘が振り抜かれ、イスカは吹き飛ばされた。あっという間にまた間合いが離される。イスカは受け身を取って跳ね起きた。
 かろうじて小太刀の切っ先を向けるが、堪えようもなく息が詰まる。
「……けほっ!」
 息を整えている暇もなく、今度はアルバトロスの方から踏み込んでくる。
 イスカの速度を充分に警戒しているのだろう。柄を胸もとに引き寄せて、手首で器用に取り回す。すると変幻自在の切っ先が、イスカの眼前で霞むような軌跡を描いた。たまらず跳ねるように後ずさり、間合いを開けるしかないイスカ。
 大太刀の切っ先が、右上に跳ね上がった。
 その瞬間にイスカは左側へ滑り込もうとする。
 するとアルバトロスは身を捻り、一回転しつつ太刀を振り上げる。遠心力を乗せた刃が目前に迫り、イスカは反射的に地面に倒れ込みながら左腕を振り上げた。
 小太刀と大太刀が激突し、かろうじて軌道を逸らす。
 どうっ、とイスカは横倒しになる。すると当然のように蹴っ飛ばされた。アルバトロスの足先が容赦なく腹を抉り、ボールのように舞い上がるイスカ。どうにか空中で体勢を整え、両足で着地した。みし、と。酷使した全身が痛む。
 ――あの、《眼》だ!
 イスカは荒い息をつきながら、力の差を痛感せざるを得ない。
 アルバトロスの機械の左眼には、非常に優れた空間把握能力がある。自他の身体状況や周囲の環境をめまぐるしく演算することで、《死線》を見切るのだ。
 アルバトロスはただ、演算に従って太刀を振るえばよい。相手は自ずから攻撃に飛び込んでくる。そして自分自身は、決して死地に踏み込むことはない。相手の攻撃は必ず、紙一重で空を切る――
 その精度はもはや、未来予知の域に達しているとの話だ。彼が戦場でおびただしい武勲を上げ、《ニーベルゲンの涙》事件を機に総督まで上り詰めたというゆえんである。
「《翼》を失ったのか」
 出し抜けにアルバトロスが問うてきた。
 イスカの戦闘スタイルはアクロバティックなものである。彼の機械の左眼は、娘の背中から質量が失せていることさえも見逃さなかったのだろう。
 アルバトロスは相変わらず、その岩壁めいた表情をぴくりともさせない。
「森人どもの手にかかったな? 恥さらしめ。貴様にはもはや私の娘を名乗る資格はない」
「取られたんじゃない。……自分であげたの」
 イスカはようやく言葉を返した。
 しかしそれは、父の眉間に深いしわを刻ませるだけだった。
「――ますます理解に苦しむ」
 それきり唇を引き結んで、アルバトロスは再び正眼に刀を持ち上げる。
 応えるように小太刀を構え、わずかな隙も見せるものかと意気込むイスカ。
 もはや言葉は無用とばかりに、戦場の空気はいっそうの熱を帯び始めていた――



〈つづく〉


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