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作品名:詞書 作者:橘 紫綺

最終回 氷桜病

『氷桜(ひょうおう)病』が世界で初めて見つかったのはどこだっただろう?
 ある日突然、人間が氷漬けになる奇病。
 しかも、その氷の表面には桜のような花の結晶が無数に出来る。そんなものを奇病だと言われても、誰も初め認めなかった。
 だって、認められるわけないじゃない。どこの世の中に突然体中に氷の桜を咲かせて氷漬けになる病気があるのよ。
 常識で考えたってあり得ない。
 当然のことだけど、世界中のマスコミがその人の所へ殺到したわ。
 ネットにも沢山動画が出回った。
 遠く離れた地で動画を見た人たちは、誰もそれが本当のことだと信じなかった。やらせだと思ってた。
 でも、違った。
 だって、世界中で次々と同じ症状が現れたんだもの。
 本当に突然だった。それは足元からやって来るの。初めにパキリと音がして、一瞬冷やりとしたかと思うと、足の甲に咲いてるの。綺麗な氷の彫刻のような桜の花が。
 あれ? って思ったときにはもう遅い。氷の桜は瞬く間に体を覆うの。
 これにはね、マスコミも騒いだし、化学者も科学者も医療者も原因究明のために朝も昼もなくやって来た。
 テレビでも何度も何度も色んな社が特番を組んで放送した。
 あの、宇宙人はいるとかいないとか小学生レベルで騒ぐ番組みたいなものでも取り上げられたし、呪いだ祟りだと騒ぐ輩も後を絶たなかった。
 まぁ、あたしも病気と言うよりはそっちの方を疑ったけど。
 霊障だなんだと嘘くさい自称霊能者がしたり顔で話したりしてるの見て随分と笑わせてもらった。
 だけど、実際『氷桜病』に罹った人たちは堪ったもんじゃなかったと思う。
 だって、治療法がないんだもの。
 大抵の人たちは病院へ駆け込むより神社とかお寺とか、霊能者とか頼ったみたい。
 効果は殆どなかったみたいだけどね。それに便乗した詐欺まがいの犯罪も急増したみたいだし。
 とにかく、神仏願いをしても霊能者に頼っても、お札も祈祷も聞かないし、火であぶってもお湯を注いでも氷は解けなかった。
 触れば冷たいし、溶けて水になることはあった。でも、氷の桜はすぐに元の姿を取り戻してしまう。
 そこに来て連日記者の訪問。好奇心に駆られた心無い連中の心無いからかいや、陰口。
『氷桜病』を家族に持つ人たちは、ただただ絶望していた。
 傍にいれば冷気が漂って来るんだもの。明らかにそれは氷で。氷に包まれて誰も溶かせないんだ。中に閉じ込められた家族が生きてるとは誰も思わなかった。
 でも、お葬式も上げられない。だって棺になんかはいらないし、諦めきれない物があったんだと思う。
 そんな中、また衝撃の報道がなされた。なんと、『氷桜病』に掛かっておきながら三カ月後に生還した人が出たんだ!
 氷の桜に包まれた人間は、三か月経った後に普通に呼吸をしてご飯を食べた。それは日本のことではなかったけれど、日本のメディアも取材に行った。
 で、健康状態に異常はないか精密検査を受けた結果も報道された。
 健康に異常は全く見られなかった。
 つまり、氷漬けになっていても中の人間は生きているってことが証明された。
 しかも、氷漬けになっている間は記憶もあると言うことが分かった。
 ただし、殆ど夢うつつみたいな感じだったらしいけど、それでも、生きていると言うことが分かって、世界中の『氷桜病』の罹患者家族は喜んだ。
 そして、解凍の方法を聞き、困惑した。
 世界で初めて『氷桜病』を治した人は、化学者でも霊能者でも神の使いでもお坊さんでもなかった。その人たちは、ただの人だった。『氷桜病』で氷漬けになってしまった人の友人たち。
 誰が何と言っても、絶対に生きていると信じて疑わず、懸命に話し掛けて氷を解かそうと諦めなかった友人とその家族たち。
 しかもその方法が思いも寄らぬものだった。
 その人たちは語った。『自分たちは特別なことは一切していない。ただ桜をもぎ取って行っただけだ』と。
 ただし、その代償は小さいものではなかったみたい。だって、ことごとく酷い凍傷になったんだって。
 自分の身を犠牲にしてでも助けたい。
 そんな思いで一生懸命桜をもぎ取ったんだって。するとね、溶かしただけじゃ元に戻る花が元に戻らなかったんだって。それどころか、もぎ取った桜が本物の桜になってはらはらと散ったんだって。
 散った桜は元に戻らなかった。それを知った友人たちは、自分が傷つくのも忘れて何日もかけて花を散らし続けた。
 その一週間後、薄氷だけになったその人は、卵からヒナが孵るかのように、自ら殻を破って蘇った。


 だからあたしは、氷の桜に包まれていても不安はなかった。
 別に、どれだけ閉じ込められていても復帰できるって証明されているから。
 あ、違うか。少なくとも三か月は大丈夫だけど、それ以上となるとどうなるか分からないのよね?
 ただ、寒さは全然感じなかったし、時間の流れも良く分からなかった。
 証言のように、気持ち的にはまどろんでいるような感じだったから。
 たまに意識がハッキリすることはあるけど、でも、後は殆ど眠っているようなものだったから。
 勿論、あたしは眼を瞑っているんだけど、でも、たまに外の様子は見えていた。
 別に眼を開けた意識はないの。瞬きだってしてる自覚はない。
 でも、氷越しにキラキラ光る外を見た。
 誰もいない家の中。
 あたしね、思うんだ。この病気に罹る人はズルい人だって。
 だってさ、これってどれだけ自分のことを本気で想ってくれている人がいるかどうかを確かめられるってことでしょ?
 どれだけ普段周りに寄って来たとしても、上手いことこっちを持ち上げていたとしても、結局は口先だけって人間をふるいにかけられるんだもの。
 自分の身を犠牲にしても心から助けたいと思う相手にしか助けられない。
 そんな相手がどれだけいるのか、氷の内側から確かめられるんだもの。
 だからこそ不思議なんだよね。あたしがこの病気に罹ったの。
 だって、あたしには誰もいなかったんだもの。
 孤立してたんだよね。だからって別に不便なんて何もなかったけど。
 むしろ煩わしさがなくて清々してたし。
 こっちから関わりたくないって思ってたから、別にいじめられることもなかったし。
 て言うか、相手にする気もなかったし。
 だから、あたしに関して言えばこの氷は檻だね。煩わしいこと何もしなくてもいい快適な檻。
 人間関係も受験も就職も将来も何も考えなくてもいい。何もしなくてもいい大義名分が出来ただけ。
 普段から夢うつつでいられるなら、きっと死ぬ時も眠るように死ねるはずだし。
 だから――

『ざけんなよ』

 なんで、いつも嫌味を言って来たこいつが氷の向こうに立っているのか分からなかった。

『そんなとこいないでさっさと出て来い!』

 怒った顔で氷の桜に手を掛ける。
 シューっと氷の溶けるような音がした――ような気がした。
 正直、こっち側に音は聞こえない。
 でも、何となく何をしゃべっているかは分かった。
 出て来いって言われても、こっちからじゃ出られないっての。
 思わず笑いが込み上げるけど、でも、そっちからじゃきっと分からないと思う。
 こっちから見たそいつの顔は苦痛に歪んでいた。
 無理もない。氷に付いた手の皮膚がきっと凍傷になるだけの冷たさを覚えているんだろう。
 馬鹿だなぁ、こいつ。そんなことしたって無駄なのに。
 この氷は本気で閉じ込められたあたしのことを思う人間にしか溶かせないのにさ。
 実の親ですら手を出さないようなあたしを、学校で嫌味しか言わなかったこいつに助けられるわけがないんだ。
 現に、数少ない友人たちは誰も助けに来なかった。つまりは、そう言うことなんだ。
 あたしのことを本気で助けたいと思う人はいないと言うこと。
 分かっただけでもある意味前進。今後の事を何も心配しなくてもいいってこと。
 だから不思議なんだよね。
 こいつが必死な顔して顔を痛みで歪みながら意地になって桜の花をもぎ取ろうとしている様を見るのは。
 何をしたいんだろ? どうせすぐに花の結晶は戻るのに。
 そう、思っていたのに。

 パキリと軽い音がしたかと思うと、そいつは桜の塊と一緒に引っくり返った。
 おお。ご苦労様。でも、徒労だよ――って同情した目で見ていると、そいつの手の中で氷の桜は本物の桜の花びらとなって散っていった。

 え〜っと、待って待って。どう言うこと?
 氷の中で、あたしは慌てる。
 氷の向こうで、そいつは呆けた顔をしてた。
 自分の手の中を見て、私の方を見て、くしゃりと顔歪ませて、泣いた。
 泣いた?!
 って、おいおいおいおい。マジですか? 泣きますか? 本気ですか?
 あー参った。なんであんた?
 そいつは氷の向こうで、良かった良かったと呟いていた。
 俺にも出来たと安心しているようだった。
 花びらが床に散った後、その手が真っ赤に焼けていた。
 それでもそいつは、ギュッと拳を握って、あたしを見た。
 貫かれたと思った。凄く真剣な顔だった。

『待ってろ。俺が必ず助けてやるからな』

 いやいやいやいや。何をそんなヒーローみたいな台詞を恥ずかしげもなく言えるわね。
 こっちが何だかこっぱずかしいんだけど。
 でも、

『また来るからな』

 挑み掛かるかのように告げて居なくなるそいつを見て、あたしは苦笑を浮かべるしかなかった。
 あいつが自分の熱を奪われても傷付くことも構わずに桜を散らした。
 それが意味するところを考えると、あり得なさ過ぎて笑えて来る。
 本当にもう、あいつは馬鹿だ。
 あいつがいた場所を氷越しに見る。
 その表面を一粒の水滴が滑り落ちた。
 べつにあたしが泣いたわけじゃない。泣いたわけじゃないけど、あたしは思う。

 精々頑張れ、天邪鬼。

 花が全て消えたとき、どんな言葉でからかってやろうかと考えながら、あたしは笑いながら眠りに落ちる。
 そいつがいつまで諦めないか期待もせずに、面白いネタをありがとうと思いながら――


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