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作品名:虹の羽根のイオライン 作者:橘 紫綺

第6回 いなくなった人A
「あたし達、これからどうしよう……」
 人々が寝静まるには早い夜。その夜空の北側が、ほんのりオレンジ色に染まっている。
「火事だ、火事だ! 『ヒューマイン』が火事だぞ!」
 離れたところで『ツール』の住人達が大騒ぎしている声が聞こえて来る。
 そこは『ヒューマイン』地区から離れた場所にある公園の片隅だった。その植え込みの陰に隠れて外の様子を窺いながら、寝仕度らしきことを始めるディアナに問い掛ける。
 ソリスの力は『火』。屋敷を照らしていた蝋燭やランプの炎を媒体に、思う存分放火をして来た。普通ではありえない、飛び掛かって来る炎に、警備兵や『審判者』達は逃げ惑うしかなった。
 アタシたちを裏切った罰だと言わんばかりに、遠慮の一つなどなかった。
 ディアナはディアナで、そこら辺に植えられている植物と言う植物を操って、追っ手を翻弄。屋敷を破壊できる限り破壊した。
 だが相手も、初めこそ動揺していたが、相手が『アビレンス』だとわかると、対『アビレンス』仕様の対応に切り替えて来た。何のことはない。『火』には『水』。『木』には『金』。相克する関係にある力を用いて反撃して来たのだ。お陰で、ソリスもディアナもボロボロになっていた。それでも逃げ切れたのは意地だった。裏切り者のゴウラに対する怒り。タザルの死を軽く口にしたイエスターに対する憎しみが、絶対に死んだりしないと言う強い意志を形づくった。
結果、二人は『ヒューマイン』地区から脱出し、『ツール』地区にある、近くの公園に身を隠すことが出来たのだ。夜闇に紛れて、人目を盗んで隠れるのは、追われる側の基礎だった。それを教えてくれたのもタザルだった。そのタザルが、もうこの世にはいない。
 それがどうしても信じられなかった。

 確かめたい。今すぐ戻って問い質(ただ)したい!

 だが、ゴウラと協力関係にあるイエスターに復讐してしまった以上、その話はきっとゴウラにも伝わることだろう。そうなれば、自分達は『銀の鬣』に帰ることは出来ない。
そんなことが出来ないことぐらいはソリスにだって分かっていた。
だからこそ、相談せずにはいられなかった。
「ゴウラは絶対、裏切り者は許さないよね?」
「そうね……」
「追い駆けて来るかな?」
「どうかしら……」
「タザル……本当に、殺されちゃってるのかな?」
「……」
 訊ねる声が涙で滲むと、ディアナの答えもすぐには返って来なかった。
 それがかえって答えになっていた。
「もしも、もしもね、もしも本当は生きていたとしたら、今回こんなことになって、タザル大丈夫かな? もし、この騒ぎのせいで殺されちゃったら……、あ、あたしの、あたしのせいで、タザルが……」
 殺されることになる。
 それは余りにも恐ろしいことで、ソリスは最後まで口にすることが出来なかった。
だが、それ以前に、ディアナが言わせなかった。
「そんなことはない。タザルはもう、殺されていた。
 私達は騙されていた。踊らされていたの。
私はゴウラを許さない。奪われたものの代償は、ゴウラの命で償ってもらう」
「でも!」
「ソリスのせいじゃない!」
 ディアナにしては珍しく、ぴしゃりとした物言いに、ソリスは何も言い返せなくなった。
 そんなソリスに対して、ディアナは体を横たえながら続けた。
「今日はもう、疲れたでしょ。明日から色々考えなくちゃならないのだから、今日はもう、寝なさい……」
「……うん」
 何か色々と言いたいことはあった。だが、ソリスも力を使ったせいで疲れていた。
 急激な睡魔がやって来て、ソリスはディアナの横になり、深い眠りに落ちて行った。

              ◆◇◆

 そしてソリスは夢を見た。とてもとてもリアルな夢を見た。
 人はそれを過去の記憶と呼ぶだろう。だが、見ているソリスにしてみれば夢だった。いや、現実だった。そういう意味では過去であり、今だった。
 人の焼ける不快な臭いの立ち込める折檻部屋。その戸口に男は場違いな笑みを浮かべて立っていた。
歳の頃は二十歳前後。濃い緑色の短い髪を豹柄のバンダナで止め、色眼鏡をつけていた。袖のない上着。ゆったりとしたズボンに、ごつごつと重そうなブーツ。両手には黒光りする皮の手袋に一丁の拳銃。彼の名前はタザルと言った。
突然現われたその男は、『大丈夫だったかい? 怖かったよね。可哀想に』と、安否確認と慰めの言葉を掛けながら、呆けたように見詰めるソリスを助け下ろし、『よく土壇場で力を使ったね。えらいぞ』と、意味不明な言葉を投げかけて来た。
言われたソリスは何のことかさっぱり理解できていなかった。それどころか、この人は一体誰なのだろうと言う疑問で頭の中が一杯だった。
だが、ソリスが何かを問い掛けるよりも先に、ディアナを助けに行ってしまう。
その背中を見て、何が起こっているのか理解しようと努めるも、ソリスの頭の中は思考停止状態で何も考えられなかった。だから、タザルがディアナを助け下ろすのをただ見ていることしか出来なかった。
それでも、音は聞こえて来る。何も考えられなくても、ディアナの声はソリスの耳にも届いていた。ディアナは言った。タザルに抱きかかえられた状態で。
「……あなたは何者? 何のために助けたの?」
 感謝の欠片も籠もらない、起伏の乏しい声だった。
 タザルはそんなディアナに苦笑いを浮かべて答えた。
「あれ? 普通こんな状態なら泣いて抱きついてきて感謝の言葉の一つぐらいあるべき場面だと思うんだけど……お嬢ちゃん、強い子だね」
 それに対してディアナが取り合わず、『……で? 何なの?』と変わらない声音で訊ねると、どこか観念したような声でタザルは答えた。
 自分の名前はタザルだということ。義賊を生業としていて、この娼館に忍び込み潜伏していたこと。そろそろ行動を起こそうとしていたときに、ディアナとソリスの騒ぎが起きたこと。このままでは殺されそうだから助けなければならないと思ったことを、焼け焦げた死体の転がる部屋で、どこか暢気に話して聞かせて来た。
 それを聞いたソリスは、自分達は運が良かったんだと素直に思ったが、ディアナは違った。冷ややかな視線をタザルに向けて一言。
「……本音は何?」
 ソリスにはディアナの言葉の意味が解らなかったが、タザルには伝わったようで、タザルが途端に笑い出した。
「そうかそうか。バレバレか。やっぱりお嬢ちゃんは頭がいいな」
 何て事を口にして、にやりとした笑みを浮かべながらタザルは言った。
「単刀直入に言おう。お前達の力、俺たちに貸すつもりはないか?」
 ソリスには、言われている意味が分からなかった。
 自分は何も出来ないのに、一体この男の人は何を言っているんだろう?
 それがタザルにも通じたのだろう。タザルは少し驚いた表情をしながら、『無自覚なのか』と呟き、その後にソリスが『アビレンス』であること、ディアナを鞭打ちにしていた人買いを火達磨にしたのがソリスであることを説明した。
 だが、突然『アビレンス』だと言われても理解出来ないソリスに、タザルはどうやって説明したものかと悩んだ末、ディアナを利用することを思いついた。
 タザルはそれが当たり前であるかのように、ボロボロになったディアナの服を捲ったのだ。余りのことに唖然とするソリス。ディアナに何をするのかと飛び掛ったなら、タザルは慌てて説明した。
 ディアナの白い肌には、確かに付けられたはずの鞭の痕が一つもなかった。それこそが『アビレンス』の証拠だと言った。だが、不思議なことだとは思っても、今一つ理解しきれないソリス。そんなソリスの手をディアナは取ると、『こういう事……』と囁いて、荒縄で傷ついた手首に手を翳した。直後、奇跡は起きた。翳したディアナの掌が微かに輝くと、まるで手品のように植物の蔦が生えだし、ピタリと傷口に張り付いたのだ。
突然のことに声もなく見ていると、張り付いた蔦の葉が茶色く変色し、枯れてカサリと落ちたなら、そこには既に傷はなかった。
やっぱり、直物を操れるのか……と、頭の上でタザルが呟くのが聴こえた。
ソリスは軽く混乱しながら自分の手首と、ディアナの顔を交互に見た。
するとディアナは、「自分のことが怖いか」と訊いて来た。
ソリスは、何故ディアナのことが怖いと思うのか解らなかった。むしろ、凄いことだと思った。やっぱり、ディアナは凄い人なのだと尊敬さえした。だからこそ、何故そんなことを聞いて来るのか訊ねると、ディアナは少しだけ眼を伏せて答えた。
「人とは違う力を持っているから」
 益々意味が分からなくてソリスが困った表情を作ると、ディアナも困った顔をした。
 それを傍で見ていたタザルは、楽しそうに笑うと、改めて誘って来た。
だが、ディアナは『うん』とは言わなかった。そこをタザルが畳み掛けると、ディアナは冷めた口調で答えた。
「この力で私の一族は根絶やしにされた」
 初めて聞く衝撃的な告白に、ソリスはハッと息を飲み、タザルは表情を厳しくした。
 そんな二人の様子をよそに、ディアナは淡々と続けた。
「こんな力。あれば便利だけど、利用されるだけ。怖がられるだけ。拒絶されて滅ぼされるだけ。力なんてあったところでどうと言うものでもない。私一人が使えたところで数で押されたら終わり。そんな力を誇示するほど馬鹿じゃない」
 それを聞いて、「だからこそ仲間になる気はないか?」とタザルは言って来た。
 それこそ、子供相手とは思えない真剣な表情と声で、切々と順番に話し、この世の不公平をなくすために協力して欲しいと懇願して来た。
 ソリスは、自分達に頭を下げる大人の姿を初めて眼にし、どうすればいいのか判らなかった。そのため、つい視線がディアナに向くが、ディアナは顔色一つ、表情一つ変えずに答えた。
「その言葉を信じる必要がどこにある?」
 刹那、タザルの顔を厳しい表情が過ぎった。それを見たソリスはタザルが怒ったのだと思ったが、構わずディアナは続けた。
「助けられたことには感謝する。だけど、あなたは私達が『アビレンス』じゃなくても助けてくれたの? もしそうなら、ここに掴まって薬漬けにされている子供達をどうして助け出してくれない?
 あなたはこの世の中の不公平さを憎んでいると言った。それをなくすために行動していると言った。それが本当なら、『アビレンス』じゃない子供達を助ける方が先。『アビレンス』は自力で逃げられる可能性があるけど、普通の子供達にはない。
 でも、その子供達には見向きもせず、私達を助けた。それは私達が『アビレンス』だから。利用できる存在だから。だから恩を売って仲間にしようとした。
 だとしたら、この国と何も変わらない。自分達にとって都合のいいものを手中に収めて、不要なものを切り捨てるこの世と、何も変わらない。そんな人間の言葉なんて信じるに値しない。だから、あなたにはついていかない」
 その感情の籠もらない淡々とした決別宣言は、暫しの沈黙を折檻部屋にもたらした。
 冷めたディアナの視線と、厳しい表情のタザルの視線が真っ向からぶつかる。
 息も止まるような緊迫した状況に、ソリスは声も無く、ただおろおろと見守ることしか出来なかった。
 一体いつまでこんな状態が続くのだろう。自分は一体どうすればいいのだろう。
 そんなことしか考えられずにいると、突然タザルがにやりと笑ってこう言った。
「やっぱりお前達のこと気に入った!」
 さすがにそのとき、ディアナが怪訝な顔をしたことをソリスは今も覚えている。
 だが、そんなことなどお構いなくタザルは言った。
「そうだ。上手い話を持って来る人間の言葉は鵜呑みにするな。
 用心するに越したことはない。常にどう出るか考えて、利用されているフリをしろ!」
「フリ?」
「そうだ。そうすればいざと言うとき行動が取れる。君のように、状況を冷静に見極めて、使うべきときに力を使える。でも、彼女のように何も知らずに言われた事をそのまま信じていると、今みたいに痛い目に遭う。悲しい目に遭う。辛い目に遭う。だろ?」
「う、うん」問われて頷くソリスを見て、タザルはますます楽しげに言う。
「だからさ。だから疑え。全てを疑え。疑った上で疑っていないフリをしろ!
 そうすれば、少なくとも不意打ちを食らうことはない!
 常に逃げ道は確保できる! だから来い! 俺たちを利用しろ!」
「利用?」
「そうだ。生き方を教えてやる。君は彼女を守りたいんだ。だろ?」
「……」
問われてもディアナは何も答えなかった。
 だが、タザルはお構い無しに続ける。
「世の中を知れ。現状を見詰めろ。そして考えろ。情報を増やして、後悔しない答えを見つけろ! そのための場所をくれてやる。勿論三食付いているし、ベッドもある。仲間の人間達と上手くやれるかはお前達次第だが、少なくともここの客のように何も知らないお前達を抱く人間はいない。それは俺が保障する。俺が守ってやる」
「守る?」
 その言葉と、力強い満面の笑みが決めてだった。ソリスはタザルに付いて行くと口にした。ディアナは一瞬迷ったようだったが、ソリスが行くなら……と同行することを決めた。


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