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作品名:虹の羽根のイオライン 作者:橘 紫綺

第4回 心の拠り所だった人B
 薬が盛られていたとすぐに分かったが、だからと言ってどうすることも出来ない。
 隣で盛大に皿のひっくり返る音がした。
 見ればソリスがテーブルに突っ伏している。
 ソリスを……ソリスを守らなければ……。
 そう思って手を伸ばして、ディアナもそのまま意識を失った。
 そして、てっきり殺されるものだとばかり思っていたが、気がつくと吊るされていた。
 ソリスよりも先に目覚めて、ディアナはハメられたのだと気がついた。
 気を失う直前。イエスターとゴウラの手下が笑っているのを見たのだ。
 今回の仕事は、何もかもが仕組まれたことだったのだ。
「……あいつらに、タザルを返すつもりなんて欠片もなかったのよ……」
 やっぱりなと言う落胆と、弄ばれた怒りを冷めた心で見下ろして、ディアナは淡々と答えた。ある意味救いは、眠っている間に何かされた形跡が欠片もなかったことだろうが、その分沸々と怒りが込み上げて来た。
「あいつらは、私達を殺すつもり……」
「どうして?! この仕事が終わったらタザルを返すって約束したのに!」
「だからよ……」
 手首が擦れるのも構わずに泣きそうな顔をして訴えて来るソリスに向かって、淡々と説明をする。
「約束を守られたら、今度はあいつが守らなければならなくなる。でも、そんなことするつもりなんて初めからあいつには無かったのだとしたら、話は簡単……」
「どういうこと?」
 ……タザルはもう生きていない。
 その可能性を口にせずに、ディアナは言った。
「タザルを理由に稼げるだけ稼いだなら、後はお払い箱にした方がいいから……」
「分からないよ」
 さっきとは違う意味で泣きそうな顔をするソリス。
 ゴウラが約束を守らない(・・・)のではなく、守れない(・・・)のだとしたら、考えられることは一つだけ。返すものが存在していなければ返せない。
 皆、薄々思っていたことだった。初めの頃はタザルの顔を見せていたゴウラだが、二年ほど前からそれもない。どこに隠しているのか分からない以上、下手な動きをしてゴウラ達を刺激するわけにも行かない。ゴウラの用心深さと秘密主義は『銀の鬣』の中でも一、二を争うほどだと言われているのだから、強引なことも出来ず、皆もどかしい思いをして来た。そんな人間に、もうタザルはこの世にいないなどと素直に言おうものなら、タザル派が一気に反旗を翻す。
 それはそうだ。積もりに積もった恨みと怒りは、ゴウラが主導権を握ったそのときから押し殺されていたのだ。それを押さえていたのはひとえにタザルが生きていることを信じていたから。下手なことをして、タザルが見せしめのように痛めつけられないようにするためだ。
 自分達が我慢さえすれば、いつかタザルを救える。
 そう思って来たからこそ、タザル派は我慢し続けて来た。
 その理由が存在しなくなれば、復讐の殺戮が始まる。
 それが分かっているからこそ、ゴウラはこんな茶番劇を仕掛けなければならないのだ。
 思い返せば、何度かこんなことがあった。簡単な仕事を与えられた者が帰って来なくなることは。
 ただ、仕事が仕事だ。簡単だと言っても危険がまるっきりないわけではない。焦ってヘマをしたのだと、皆が悲しみに沈んだ。
 だが、実際はこういうことだったのかとディアナは理解した。
 事故や事件を利用して、少しずつ、確実にこちら側の数を減らそうとしているのだ。
「皆、最後の仕事だと思って引き受ける……。
 でも、そこには焦りがある。そうすると、普段なら気がつくようなことも見落とす。
 それがあいつの狙い。餌をチラつかせて油断したところで数を減らして行く。
 そうすれば、タザルを帰さなくてもいい理由が出来るし、私達の数を確実に減らせる。
 あいつは、泳がすだけ泳がして、希望を餌に絶望を与えることを喜びとしているの……」
「……じゃあ、イエスターとか言う貴族も、ゴウラの仲間なの?」
「……仲間かどうかは分からない。でも、協力者だったと言うこと。でも……」
「でも?」
「分からないことが一つだけ。本当なら薬で眠らせられている間に殺されていてもおかしくなかったのに、どうして生きているのか……」
「……って言うか、ディアナそこまで分かっているのに、どうして逃げないの? ディアナなら簡単に逃げられたでしょ?」
 本当にこの子は深く物事を考えないと言うか、子供のように素直と言うか。
 目先の疑問がポンポン口を吐く様を、呆れるやら笑えるやら、何と表現したものかと思いながら、そんなことを欠片も表情に出さずにディアナは答えた。
「……少し、様子を見たかったから」
「様子?」
 と、ソリスが聞き直す前に、ディアナは鋭く『シッ!』と遮った。
 反射的にソリスが口を噤むと、ガチャリとドアノブが捻られる音がした。そして、
「なっ!」
 ディアナと眼が合った瞬間、ニヤ付いた顔を驚愕に変えて、イエスターは身を仰け反らせて驚きの声を上げていた。
「ちょっとあんた! これはどういうつもり?!」
 ソリスが噛み付かんばかりの勢いで問い掛ける。
 すると、ぎこちない笑みを顔に浮かべて、イエスターは両手を広げながら入って来た。
「これはこれは、いや、驚いた。ええ、驚きましたとも。
 まさかこんなに早く眼が覚めるとは……。薬に気がついて食べたフリをしただけなのかな? いや、たいしたものだ」
「褒められても嬉しくない! 食べ物に細工するなんて最低なんだから!」
 いや、怒られる所はそこじゃないから。と言うか、褒められている訳じゃないから……。
 と、咄嗟に反論するソリスに内心で突っ込みを入れながら、無言で成り行きを見守るディアナ。
「普通は、半日は眼覚めない量の眠り薬だったのですがね……。偽物でも掴まされたかな」
「知らないわよ!」
 ニヤニヤと笑いながらソリスの前に立ち、顎に手を当てて眺めるイエスター。
 そして、そんなイエスターの後に続いて、ぞろぞろと男達が入って来たのをディアナは見た。歳は揃って三十半ばだろう。身なりはけしていいようなものではない。おまけにその眼も、お世辞にもいいものではなかった。
 過去に何度も見て来た眼。人を完全に商品としか見ていない、品定めをする眼だった。
「これはなかなかの上玉じゃないですか、イエスターさん」
 口元を軽く上げ、全く笑っていない眼でディアナとソリスを見ながら、イエスターの横に立った一人が口を開けば、
「そうだろ? 本当は始末するように言われていたんだが、そんなもったいないことは出来なかったさ」
 元々知り合いだったのだろう。イエスターが軽い口調で応じた。
 つまり、イエスターと男達は、こうやって人身売買をして来た親しい間柄ということか。
 そのことを知ると、ディアナは沸々と、頭の後ろが冷めるような、熱くなるような、何とも形容しがたい感覚に襲われた。
「……あんた達……、その眼は、人買いの眼……」
 イエスターの背後と隣に立った男達の眼を見て、ソリスが強張った声で呟く。
 すると、敏感に恐怖を感じ取ったらしいイエスターが、満面の厭らしい笑みを浮かべると、舌なめずりをしかねない様子で語った。
「そうだ! そうだとも。彼らは人買い! 君達に高値を付けてくれる相手だよ!」
 ランプの淡い光の中で、ソリスの顔から血の気が引いたのをディアナは見た。
「怖いかい? 怖いだろ? 普通は怖いさ。いくら盗賊をやっていたって、所詮女は女。人買いに買われた女がどんな扱いを受けるか知っているかい?
 勿論知っているよな? 生き地獄。慰み者さ。それを知らない女はいない。だから怖いに決まっている。そうだよな?!」
 耳障りなほど興奮し切って甲高くなったイエスターの声が、ディアナの耳に耳鳴りを生じさせた。
「おや? 震えているのかい? そうだよね。怖いものねぇ」
 一変して、猫なで声でソリスに語り掛ける。
 ソリスとの距離はほぼゼロ。本来ならば、ソリスが反射的に蹴りを見舞う距離だ。
 だが、今のソリスにそれは不可能だと言うことをディアナは知っていた。
 イエスターが言うように、ソリスはガタガタと震えていた。
 フラッシュバック。
 過去の記憶が呼び起こされたとき、ソリスは思考を停止させる。
 ましてや状況が状況だ。嫌でも過去を思い起こさせる状況。むしろ、過去そのものを再現している状況ならば、そうなるのも仕方がないことだった。
 てっきり、やって来るのはイエスターと、あいつの部下だけだと思っていたディアナの完全なる誤算だった。まさか人買いが出て来るとは思わなかったのだ。
 そのせいで、ソリスが怖い思いをしている。
 そのことが許せなかった。心がサッと冷え。頭の芯が熱くなる。
「可哀想に。こんなに震えて。ああ、怖がらなくてもいいよ」
 泣きそうな顔で言葉もないソリスの頬を撫で回し、顔を近付けるイエスター。
 ソリスが触れられた瞬間ビクリと反応すると、それはそれは嬉しそうな笑みを浮かべた。
 それが、ディアナの限界だった。
「……触れるな。変態」
 低く、抑揚のない声が、水面に波紋を広げるように部屋の中に広がった。
「…………今、何と言ったのかな?」
 イエスターが、張り付いた笑顔のまま問い掛けて来る。
 対してディアナは、真っ向からイエスターを見据えて言った。
「……その子に、触れるな。変態」
 刹那、イエスターの頬がピクピクと痙攣した。
 他の男達が冷めた眼で見詰めて来る中、イエスターは額に手をあて、左右に首を振りながらディアナに向き直る。その口元がぎこちなく震えて笑みを形作れば、ディアナは殊更冷めた視線を向けた。
 この変態は、自分が変態である自覚がないらしい。
 だからこそ、怒ったのだと言うことを察する。実際、イエスターは震える声で言った。
「わ、私の耳が確かなら、い、今、私のことをへ、変態と、呼ばなかったかな?」
「……だったら、何」
「わ、私は変態なんかじゃない!」
 突然激昂し、一息にディアナとの間合いを詰めると、乱暴にディアナの胸倉を掴んで怒鳴りつけて来た。
「いいか! 本来は殺しているはずのお前達を生かしておいてやったのは、この私だ!
 食事に毒を混ぜるのではなく、仮死状態になる眠り薬を混ぜてやったのは私だ!
 いわば私は命の恩人なんだぞ! それを! それをお前は変態呼ばわりするつもりか!」
 唾を飛ばす勢いだった。
「人買いに買われて、どこの誰とも知らない男に買われるぐらいなら、私が面倒を見てやろうと持ちかけてやろうとしていたと言うのに! そんな私を変態呼ばわりするのか!
 この、仲間に裏切られた小娘どもが!」
 額に青筋を立てて怒鳴りつけて来るイエスターを、冷ややかに見下ろしながら、やっぱり……と思うディアナ。
「……やっぱり、あなた達は繋がっていたのね」
「だったら何だ! お前達が盗み出したものの何割かはここに流れ込んで来ていたんだ!
 そうとは知らずに、一人の男を救うためにせっせと働いていたお前達は馬鹿だ! 大馬鹿だ! いもしない人間のために働くなんて、正気の沙汰とは思えんな!」
「え?」
 刹那、ソリスが呆けた呟きを口にした。
「今、何て?」
「ああ? 何ても何も、馬鹿だと言ったんだ。罠だとも知らずにノコノコとやって来る貴様らのようなゴミは、一度で話を理解できないのか?!」
 ディアナの胸倉を掴んだまま、ソリスの顔を見ることもなく言い捨てるイエスター。
 そんなイエスターに、ソリスは震える声で訂正した。
「そ、うじゃない。そうじゃなくて、今、いも(・・)しない(・・・)人間(・・)の(・)ため(・・)に……って」
「だったら何だ! そのくらい察したらどうだ!
 ああ。そうか。そうだな。それに気がつかないからこそ馬鹿なんだ。いもしない男をチラつかされて利用されるんだからな。その結果がこれだ。お前らは欲しい物を得られない。いくら盗賊仕込みだからと言っても所詮はガキだ。こうやって縛られてしまえば何も出来ない。憐れなものだな……って、何だこれは?!」
 勝ち誇っていたイエスターが、突然戸惑いの声を上げた。
 それは無理もないことだった。何故なら、
「一体どこからこんな物が……」
 ディアナの胸倉を掴んでいたイエスターの腕に、シュルシュルと音を立てそうな勢いで蔦が巻き付いているのだから仕方がない。
 驚きの余りにディアナから手を離し、慌てて腕に絡む蔦を取り外しに掛かる。
 だから、イエスターは見ていなかった。ディアナの瞳に潜む暗い焔を。
「う、わっ、わ! 何だ、何でこんな」
 恐怖すら滲ませて、イエスターが滑稽なステップを踏む。その足を狙って、床から蔦が襲い掛かる。そしてそれは、部屋の中の男達全員に言えた。
「な、何なんだ」
「何でこんな物が」
 そうこうしているうちに、室内をそれまでとは明らかに異なる強い光が照らした。
「今度は何だ?」
 一体誰が呟いたものか。だが、ディアナにとってそれはどうでもいいことだった。肝心なのは、男達が自分達を怒らせたということ。ただ、それだけだった。
「……タザルが、もう、いない?」
 抑揚のないソリスの声が、静かに響き渡る。その表情は呆けたもの。心の支えを奪われたなら誰でもなるだろう一種の放心状態。そして、その状態が過ぎ去れば、訪れるものは一つだけ。
「……許さない」
 ランプの焔が激しく燃え上がる。
「絶対に、許さない!!」
 怒りに眦を吊り上げて、ソリスが咆えた瞬間、パリンとランプが弾けて、焔が男達を襲った。
「う、うわあぁっ!」
 次々襲い掛かって来る火の玉と、絡みついて来る蔦に恐慌状態に陥る男達。
 そして、ようやく知るのだった。
「お、お前ら、『アビレンス』だったのか?!」
「ふ、ふざけるな! そんな話聞いてないぞ!」
 まさか『アビレンス』だとも知らずに挑発して来た報いを、その後、男達は存分に味わうこととなる。
 炎と植物に愛されている少女が二人解き放たれたとき、イエスターの邸宅は破壊の限りを尽くされた。


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