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作品名:虹の羽根のイオライン 作者:橘 紫綺

第3回 心の拠り所だった人A

『こいつの命が惜しければ、俺に従え!』
 沢山の仲間が死傷した。そして、『銀の鬣』は義賊からただの盗賊へと成り下がった。
 我が物顔のゴウラとその配下は、タザルを餌にタザル派を支配下に治めた。
 そして、タザル派が嫌がる仕事ほど押し付け、歯噛みする様を嘲った。
 今すぐ殺してやりたい。
 ディアナはそう思ったが、タザルとの約束があったせいでそれはできなかった。
 できることは、ゴウラが与える仕事をこなし、資金を溜めてタザルを解放してもらうことだけ。お陰で、余計な技術が身に付いた。ナイフの使い方や薬の使い方も覚えた。なるべくならソリスには関わらせたくないような仕事は、そうとは分からない程度に積極的に引き受けた。
 その一方で、もしかしたらもうタザルは殺されてしまっているのではないかと言う疑問があった。それは誰もが思っていて、見ない振りをしている疑問だった。
 もしも、本当に生きているのだとしたら下手なことをしてタザルを殺してしまうことになる。誰もが同じ事を考えて、動きたくとも動けず、ズルズルと心を殺し続けて二年半。ようやく、今回の仕事を完了させれば、タザルが解放される!
 と言うところで、ディアナとソリスは揃って天井からぶら下げられていた。
 おそらく、出されたディナーの中に睡眠薬が入っていたのだろう。
 ……ああ、あのサラダか……。
 口にした瞬間違和感があった。だとしても、一緒に入っていたプッチーニと言う赤紫の小さな蕪のような野菜の味と混同して、はっきりとは気が付かなかった。
「……薬よ」
「は?」
「……薬が入っていたのよ」
「え? あのステーキに?」
 と、大げさに驚いたせいで体が揺れて、梁の軋む音と共にソリスの顔が苦痛に歪む。
 本当に学習しない子だわ……。
 と、呆れながら、ディアナは説明した。
「私はステーキ食べてない。食べたのはサラダ……」
「ああ。サラダに薬入っていたのね。それであたし達眠らされて……って、でも、変じゃないそれ?」
 眉間に少し皺を寄せてソリスが気付く。
 願わくは、全く見当はずれなことを口にしないで欲しいと思っていると、ソリスは言った。
「どうして眠り薬なんて仕掛けられていたの? それって、今夜盗みに入ることがバレてなきゃ仕掛けられなかったよね?」
 良かった。同じ結論に辿り着いて……。
 と、安堵しながら、何でもないことのようにディアナは答えた。
「そうとは限らない……でも、多分、そう」
 何とも言えない答えに、ソリスはありありと問い掛けの表情を浮かべた。
 今回の仕事は、この屋敷の主であるイエスターと言う貴族の持ち物で、『クレメンテの卵』と言う美術品を盗み出して来ることだった。
 本来ならば、サッと忍び込んで盗み出してくればいいだけのことだったのだが、侵入するための条件を付けられた。
 前々から『クレメンテの卵』を狙っていたゴウラは、仲間の一人に貴族を装わせて、イエスターと信頼関係を結んでいた。本当ならばこの時点で『クレメンテの卵』を見せてもらい、そのまま盗んでしまおうと思ったのだが、このイエスター。用心深い人間であると専らの評判だった。宝物のコレクションの多くは、本人しか知らない別な場所に隠し、自慢のためだけに持ち出して来るということだった。
 強引に押し入って脅し取る方法もないわけではなかったが、ゴウラはそうさせなかった。
 イエスターにはもう一つの噂があったのだ。
 少女趣味。
 愛らしい外見の少女をディナーに誘うのが趣味だと言うのだ。
 情報収集をした結果、それが本当のことだと分かると、ゴウラはソリスとディアナをこの仕事に選んだ。
 そして言ったのだ。この仕事が成功した暁には、タザルを返してやると。
 皆の前での宣言に、誰もが戸惑った。
 正直、ディアナは怪しいと思った。
 だが、ソリスが期待に眼を輝かせて頷いてしまったなら、何も言えなくなった。
 仕事の内容は次のようなもの。イエスターに気に入られたなら、甘えて、『クレメンテの卵』を持って来させること。ただし、初めからその名前を出すと警戒される恐れがあるため、何でもいいから貴重品を持って来させる。そして、その貴重品のしまわれている場所を突き止めて来ること。
 そうすれば、多額の金が舞い込んで来ることになる。という話だったが、余りにも簡単過ぎる仕事だと、ディアナは思った。
 他にも何人かは同じ事を思っていたのだろう。露骨に怪しんだ表情を浮かべていたが、
「嫌ならやらなくてもいいぞ」
 と言う、嘲りを含んだ口調で言われたなら、嫌だとは言えなかった。
 そして二人は、貴族の振りをしたゴウラの手下と共に、イエスターの屋敷のある『ニューマイン』にやって来た。
 貴族の振りをするのなら、身なりもそれらしくした方がいいようなものだが、ゴウラたちはソリスとディアナが着飾ることをよしとしなかった。
 そのままでいいと言われたなら、反論する気も起きなかった。
 殆ど私服のままで、ただし、何故かディアナは大きなウサギのぬいぐるみを抱かされた状態で、二人はイエスターと対面した。
 悪趣味とも言えるほどに飾られた大きな屋敷だった。夜だと言うのに、ランプや蝋燭で屋敷周辺をこれでもかと言わんばかりに照らし出していた。
 出て来たイエスターは歳の頃三十の半ばか後半。金色の髪をオールバックにして、長い髪は首元で一つに束ね、張り付いた笑顔が良く似合うキザったらしい雰囲気の男だった。悔しいことに悪くはない容姿だったが、少なくともディアナとソリスの好みではなかった。
 貴族特有のごてごてとしたリボンだかフリルだかが付いた上着やシャツ。膝まであるブーツを履いて現われた。
 その鳶色の眼が、ソリスとディアナを捉えた瞬間、あからさまに見張られる。
 その上、口元には獲物を見つけたといわんばかりの厭らしい笑みが浮かんだなら、ああ。噂は本当だったのだと二人は思った。ただし、ソリスがどの程度まで噂の意味を理解しているかは疑問だったが、少しでも早く『クレメンテの卵』のしまい場所を見つけ出して、タザルを助けようと言う想いだけは強く強く、二人の心に共通していた。
 ソリスとディアナ。そして、ゴウラの手下扮(ふん)する貴族が、広い食堂に通された。
 眼に飛び込んで来たのは豪奢なシャンデリア。横に長いテーブルは何人掛けなのか。白いテーブルクロスの上に色鮮やかな花たちが生けられた花瓶が置かれ、テーブルの上にも部屋中の壁にもキャンドルが灯されていた。
 上手の壁には大きな自画像。その前に座るイエスター。その右手に座るのがゴウラの手下。その向かい―イエスターの左手側にソリスとディアナは座った。
 そこへ次々と運ばれて来る見たこともないような豪華な食事。
 ソリスは空腹も手伝って、仕事のことなど忘れてしまったかのように食事を楽しんでいた。その様子を、イエスターが涎を流さんばかりの蕩けるような表情を浮かべているのを、ディアナはチラチラと見ていた。
 別に、真正面から見ていても良かったのだが、そこは演技が必要なのだと解釈していた。
 ディアナは今、内気な少女を演じなければならないのだ。そうでなければいい歳をして大きなウサギのぬいぐるみなど抱えて外を歩いたりはしない。案の定、イエスターが食いついた。眼を細め、優しい表情を浮かべて猫なで声で話し掛けて来る。
 ディアナは冷めた心地でぬいぐるみに顔を埋めながら、チラチラとイエスターを見つつか細い声で答えた。
 イエスターは満足げな笑みを浮かべていた。
 ただの変態じゃないかとディアナは思った。誰でも思うだろうが、食べることに夢中なソリスには気がついた素振りが見えなかった。
「あ、『ノアール』またお肉食べないの? じゃあ、あたしが貰うよ」
「うん。そうして、『クリム』……」
 と、互いに偽名を呼び合いつつ食事は進む。やがて、デザートを食べる頃になると、ゴウラの手下が動いた。立ち上がり、イエスターに何事かを囁く。
 イエスターがこちらを見ながら意味ありげに頷いた。
 何か起こる。
 そう思ったときには既に遅かった。
 ぐらりと視界が揺れたような気がした。


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