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作品名:虹の羽根のイオライン 作者:橘 紫綺

最終回 巣立ちを経験する人C
「本当に、いいんだね?」
「うん」泡を吹いて情けなく気絶しているゴウラを見下ろしながらイオラインが訊ねれば、ソリスとディアナは一点の迷いもなく頷いた。
 広間はかなり悲惨なことになっていた。床は捲れ上がり、天井は落ちていた。あちこち焼け焦げ、植物の枯れた残骸が空しく残っているばかり。
 その場にあるのは気絶しているゴウラだけ。シャドウが乗っ取ったタザルの体はもうこの世にはない。その点に後悔はないかと聞かれたら、後ろ髪を引かれる程度にはあるとソリスは答えた。だが、ゴウラの処遇に関しては迷いなどなかった。
「本当は殺してやりたいほど憎いけど、でも、多分、タザルが生きていたらきっとそんなこと望まないから」
「……気に入らないから殺すなら、あいつと同じ」
「だから、こいつは『審判者』に突き渡すの。そこで沢山の生き地獄を味わえばいいのよ」
 そう言って、気丈に笑うソリスと、殊更冷めた表情を浮かべるディアナを見て、イオラインは安堵していた。
 もしも激情に駆られてゴウラに止めを刺すようなら止めなければならないと思っていた。その一線を越えてしまったら、きっと何かが戻らなくなる。そう思っていたからだ。
 だが、心配しなくとも二人はちゃんと分かっていた。タザルはそうやって二人を教え導いていた。そのことがイオラインにとって誇らしいことだった。
 たった一日。本当に短い時間しか会っていなかったタザルだが、ずっと昔から知っているような気がした。タザルが託したこの二人を、絶対に守り抜いてみせるとイオラインが誓ったときだった。

《頼むぜ》

 そんな声が聞こえたような気がして、イオラインはハッとした。
「どうしたの?」
 不思議そうにソリスが問い掛けて来る。ディアナもつられて小首を傾げて来る。そんな二人を見ていたなら、自分だけがタザルの言葉を聞くのは卑怯だとイオラインは思った。
「ゴウラに止めを刺さなかった二人にご褒美をあげなくちゃと思ってね」
「え? 何で?」
「……いい」
「まぁまぁ、そう言わず。今しか出来ないことだから」
 そう言うと、イオラインは虹の羽根を右手で握り締めた。
「僕にも『アビレンス』はあるんだ。でもこれは戦闘用じゃない。癒し系でもない。でも、人によっては癒せるんだ」
「……どういうこと?」
「タザルと最後に話したくはないかい?」
「それは、話したいけど、でも、もう、無理だから」
 堪えるような悲しい微笑み。自分はとても酷いことをするのかもしれないと言う思いが一瞬頭を過ぎるが、あえて否定してイオラインは言った。
「だから、話をさせてあげる」
 直後、ソリスとディアナは目撃した。イオラインの眼が、綺麗な青から、優しい緑色に変わるのを。そこに、紛れもなくタザルがいることを。
「よ」ニカッと笑って右手を上げる。
「本当に大きくなったな。いや、ちょっとそのあたりで見てたんだけど、本当に、女の子らしくなった。これだといつ嫁に欲しいって男が出て来るか分かったもんじゃねぇな。
 ああ、出来ればお前達の花嫁姿見たかったな。いや、待てよ、その前に嫁に貰いに来た男と話をする必要あるよな。一回でいいから『お前に大事な娘はやれん!』って、やってみたかったんだよな。嬉しいけど、複雑だろうなぁ……って、何だ、何泣いてるんだ?」
「……だ、だって、だって」
「……タザルと同じ……」
「同じも何も、俺だよ。つっても、これだけ似てると一人芝居にも見えるから厄介だよな。俺は今こいつの体を借りてるんだよ。短い間だけど、こいつはこうやって、死んだ人間を現実に戻してくれるんだ。だから、今は本物の俺。体はイオラインだけど、どうせ同じだから変わらないだろ? ……にしても、ディアナもそうやって泣けるようになったんだな。ソリスは相変わらず泣き虫だけど」
「……うるさい」
「……誰のせいよ!」
「ああ、そうだな。俺のせいだな。ごめんな。絶対に守るって約束してたのにな。辛い思いばかりさせて、ごめんな」
 そこまでが限界だった。ソリスもディアナもタザルのいるイオラインの胸に飛び込んで大声で泣いた。これが最後。本当に最後。今甘えなければ二度とない。
 それが分かっていたから二人は泣いた。タザルに慰めてもらえることは二度とない。
「本当に、ごめんな」
 タザルの声が震えていた。その震えを誤魔化すように、後は強く強く抱き締められた。
「ソリスも、ディアナも良く顔を見せてくれ。最期にお前達の笑顔が見たい」
 頼まれて、二人は素直に涙を拭った。ちゃんと笑わなければと思うが、思うように顔の筋肉が動かない。それがもどかしくてイラだったが、それを誤魔化すようにタザルが問い掛けて来た。
「イオラインはお前達のこと大切にしてくれそうか? その仲間達はどうだ?」
「イオラインは、タザルと同じ……」
「そうか」ディアナの答えに満足そうに頷くタザル。
「でも、ダインって奴が嫌なやつなんだよ」
「そうか。それは大変だ。俺が一言言っとかなくちゃ」
「でも、ディアナを助けるために協力はしてくれたんだ。口は悪いけど、多分、悪い奴じゃないよ」
「グィンって言う人も、いい人……家庭菜園やってる」
「そうか。お前がいればいい野菜も育つから手伝ってやれよ」
「あと、シャルレイシカさんって凄い美人で優しい人がいる!」
「何だって! イオラインよりそっちとお近付きになりたかった」
 本気で悔しそうに表情を歪めるタザルを見たら、何だかおかしくなってソリスは笑った。釣られるようにディアナも笑った。そんな二人を見て、タザルも笑った。
「本当に、お前達に出会えて良かったよ」
 タザルが微笑みを浮かべたまま、二人の頭を撫でて言う。
「本当に、本当に、お前達に会えて良かった。俺に付いて来てくれてありがとうな」
「それはこっちの台詞だよ。あたし達を導いてくれてありがとう!」
「……最後まで信じ切れなくてごめんなさい」
「構わないさ。最後には俺の事を信じてくれている。それだけでいい。
 俺は最高に良い女達を拾ったよ。俺はお前たちのことが心の底から大好きだぞ」
「あたしもだよ」
「……ん」
 頬に添えられた手に自分達の手を当てて頷く。
「いいか? 何かあったらイオラインを頼るんだぞ。一人で悩むなよ。強く生きろよ」
『うん』
「じゃあ、俺はもう行くからな。頼んだぞ、イオライン」
 ああ、タザルが逝ってしまう。あっさりと逝ってしまう。
 何故かソリスとディアナにはそれが分かった。だが、不思議と悲しみはなかった。
「え〜っと、あの、満足してくれたかな?」
 余韻に浸っていると、同じ声で突然困惑気味に問い掛けられる。
 見れば、本当に困った顔でイオラインが見ていた。
「もし、満足してもらえたなら、そろそろ手を放してもらえると助かるかな……なんて」
「……何故?」
「いや、何故って。ほら、君達女の子だし、やっぱり、何か、ねぇ」
 そのしどろもどろっぷりに、二人は顔を見合わせて吹き出した。
 タザルと同じだけど全然違うイオライン。それでも二人は自分達のことを守ってくれる。
 これはきっと幸せなことなのだと胸に刻む。
「さ、帰ろ、イオライン」
「皆が待ってる……」
「いや、確かに皆待ってるけど、その、手を……」
「いやよ。放さない」
「一緒に帰る……」
「いや、だから、ていうか、うん。分かった。帰ろう」
 イオラインが拒絶すればするほど、強引に腕を絡ませて来る二人を見て、何を言っても無駄だと察したイオラインは、なし崩し的に諦めて二人の好きなようにさせることにした。
 今日ぐらいは甘えられるのも我慢しよう。かなり居心地が悪い思いをしながらも、笑顔で振り返って来られるたびに笑い返さずにはいられない。ぐいぐいと引っ張られるままに地上を目指して歩いたなら、
「うわぁ、晴れてる!」
 外はそれまでの曇天がどこへ行ったものか、綺麗さっぱり晴れ渡っていた。
「あ、虹……」
 少しばかり弾んだ声でディアナが言うように、空には虹が掛かっていた。
 その下で、大きく手を振っているのは、横に縛り上げた『銀の鬣』の連中を一塊にしたレイデット。その足元で剣に寄り掛かるように地べたに胡坐を掻いているのはダイン。
「ダインの『アビレンス』は雷だからね。雷を使い切ったお陰でこの辺の雨雲がすっかり消費されたんだろうね」
 初めからダインがこれを狙っていついて来ると言ったのかどうか分からない。水の『アビレンス』のシャルレイシカや、水に強い土の『アビレンス』を使うグィンを押し退けて今回付いて来た。
あの面倒くさがりのダインが? と驚いたものだが、もしかしたら、狙っていたのかもしれないと思う。そう思うと笑わずにはいられなかった。ダインはぶっきらぼうで誤解され易いが、けして冷たい人間ではない。
「新しい門出を迎えるには持って来いの天気になったね」
「あいつが、狙ってやったことなの?」
 戸惑い気味にソリスが訊ねて来るので、イオラインは「さぁ?」とだけ答えた。
「後で、お礼……」
「うん」
ディアナに促されてソリスが少し嫌そうに頷いた。
 これからどんな生活が待つものか。きっと賑やかになるだろうと思いながら、イオラインは走り出した二人に引っ張られるように、ダインとレイデットの元へ向かった。
 皆揃って帰ったなら、グィンの家庭菜園で取れた野菜でシャルレイシカが美味しい料理を沢山作っていた。『虹の架け橋』の玄関横。『虹の羽根』のメンバー表に当たり前のようにソリスとディアナの名前が掛けられているのを見て、いつ二人が気付くだろうかと思いつつ、イオラインは無事に帰って来られたことをタザルに感謝した。
                                    

『おわり』


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