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作品名:虹の羽根のイオライン 作者:橘 紫綺

第24回 巣立ちを経験する人@
夢かとソリスは思った。ここまで来て、本当に夢でも見ているのかと。
 目の前に、駆け寄ればすぐの場所に、ずっとずっと会いたかった本物のタザルが立っていた。短い髪が伸びていて、首の後ろで一つに束ねているが、その他は何も変わっていない。何一つ変わっていない、悪戯っ子が悪戯を成功させたときに浮かべるような笑みを浮かべて、懐かしい笑みを浮かべて、タザルが立っていた。
 咄嗟に何も言えなかった。言いたいことが沢山あったはずなのに、何一つ言葉にならなかった。頭の中が真っ白で、馬鹿みたいにタザルを凝視した。
「久し振りだな、ソリス。随分女の子らしくなったじゃないか。俺がいない間、苦労掛けたな」
「……ディ、ディアナ。タザルがいる……」
 夢にまで見たタザルが自分に話し掛けて来ていると言うのに、ソリスはディアナに声を掛けていた。
「ディアナ、タザルだよ。タザルがいるよ!」
 軽いパニックだった。だからすぐには気がつかない。喜びを分かち合ってくれるはずのディアナが悔しげに唇を噛んでいることに。
「死んでなんかいなかったんだよ! 生きていたんだよ!」
「おいおい、勝手に殺すなよ」
 ソリスが無邪気に喜びを口にすれば、タザルが苦笑いを浮かべて応える。
「だって皆が、タザルはもういないって。とっくの昔に殺されているって言ってたから、だからあたし達、いつか必ずゴウラに復讐してやろうって、そのためだけに今日まで頑張って来たんだもん」
「来たんだもんって、ゴウラ本人を目の前に言うか? 普通……」
 どこか呆れたような口調で笑って見せるタザル。
 懐かしい。本当に懐かしい笑い方だとソリスは思った。
 生きていてくれたことが嬉しかった。
 いつか見た幻のように自分達を責めて来ないことに安堵した。
 やっぱりタザルはあんな幻とは違う。タザルはタザルだ。
 どれだけゴウラが嫌な奴だとしても、けして邪険には扱わず、他の皆と同じ態度で接していたタザル。だから、ゴウラと一緒にいることも特別疑問には思わなかった。
 だが、ふとした違和感がソリスに芽生えた。
「……えっと、でも、あれ? 何で?」
 気がつくと、何が何だか分からなくなった。
「どうした? ソリス」
 タザルが不思議そうに訊ねて来る。
「いや、どうしたって言うか、何て言うか、何か変だよ、この状況」
「変? って、何が? 俺とゴウラが一緒にいることか?」
「や、それは元々そうだから、特別おかしいとは思わないんだけど……」
「じゃあ、何なんだ?」
「何なんだって言うか、どうしてディアナが鳥籠に入れられてるの? しかも金属の」
「……」
 タザルは笑っていたが、ソリスは首の後ろがピリピリした。何かがおかしい。
「だってさ、タザルなら知っているはずだよね? ディアナが金属嫌いなこと。それなのに、どうして助けてあげないの? 出してくれないの? あ、もしかして、タザルも今来たの? だから知らなかったの? でも、主賓席側に出入り口ってあった?」
 言葉にしながら、ソリスは自分の鼓動が速くなって行くのを自覚していた。
何かがおかしい。何だか気持ち悪い。
自分の顔が引き攣った笑みを浮かべているのが分かる。
自分の気持ちを精一杯否定しようとしているのが分かる。
触れてはいけないものに触れてしまうような恐怖感。会いたくて、会いたくて仕方がなかったタザルを目の前に、想像すらしなかった感覚に襲われて、ソリスはわけが分からなくなっていた。そこに、タザル自身が更に拍車を掛けた。
「ああ、そのことか。それなら理由は簡単さ」
 いつもの楽しそうな表情を浮かべて、タザルはソリス達に向かって歩きながら答えた。
「だって、可愛いだろ」
「え?」何を言われたのか咄嗟に理解出来なかった。
「ほんと。初めてお前達を見つけたとき、将来絶対良い女になるって確信したが、暫く見ないうちに本当に良い女になってたから驚いたよ」
 タザルは何を言っているのだろう?
「見ろよ、今のディアナ。あちこち成長して女らしい体になってるだろ? そこへ来てその表情。苦手属性に囲まれて、存分に力も発揮出来ない憂い顔。そそるだろ?」
「タ……ザル?」
 本当にすぐ傍。手を伸ばせば届く場所までやって来たタザルが、檻に手をかけ、中のディアナを嘗め回すような眼で見つめる。嫌悪感に全身の毛が逆立った。
「冗談……だよね?」
 問い掛ける声が掠れている自覚はあった。むしろ、声が掠れても問い掛けられたことは奇跡に近かった。
「冗談? 何が冗談なんだ?」
 間近で見て、ソリスはビクリと肩を震わせた。タザルの眼が、暗い光を湛えていた。
「お前、俺を聖人君子か何かと勘違いしてるんじゃないよな? 俺だって男だぞ? それもいい歳した男だ。それなりの欲もあるし、それを解消する相手も選んで来たさ。育てても来たしな」
「育てて?」
「やめてタザル! 余計なことは、言わないで!」
「ふっ、はは。そうだ。その顔だよ。ほんと、普段無表情な女はこのギャップが良い。でもな、そのお願いは聞いてはやれないんだよ」
 サッとしゃがみ込んでディアナと目線を合わせたタザルが、絶望を叩き付けて再び立ち上がる。そして、ソリスを真っ向から見詰めて断言した。
「俺は初めからお前達を物にしようと思って拾って来たんだよ!」
「!?」一瞬呼吸が止まるほどの衝撃的な言葉だった。
「何年かすれば俺好みになると踏んで、俺はお前達を助けた。そして、信用と信頼を勝ち取るために面倒な世話を一手に引き受けた。面白かったぞぉ。何も知らずに俺に懐いて来るんだから」
 ソリスは目の前が暗くなっていた。全力でタザルの言葉を拒絶しようとしていた。
「小さい頃は小さい頃で可愛かったが、さすがにそれを相手にする趣味は俺にはないからな。もう少し、もう少しって、誰にもバレないように面倒見てきたつもりだったんだが、ゴウラに全部バレてな。さすがにあのときは焦った」
 今までと変わらない普通の言葉で、普通の声音で、普通にコロコロ表情変えながら、当たり前のように告げられる内容が、余りにも受け入れられないものだった。
 今までのこと全てが、下心によって行われて来たものだと信じたくはなかった。
「だから俺はゴウラに頼んだんだよ。俺にだって面子があるからな。そんな人間だったのかって皆に知られたら俺の居場所がなくなる。だから黙っていてくれるようにな。
 そしたらあいつ、とんでもないこと言い出して、正直俺も悩んだ。あいつ、なんて言ったと思う?」
 楽しそうに問い掛けて来るタザルに、ソリスは泣きたくなりながら首を左右に振った。
「あいつはさ、クーデターを起こす手伝いをしろって言って来たんだよ」
 今度こそ、ソリスは頭を殴られたような衝撃を確かに感じた。
「手伝わなかったら言い触らすって言われて、仕方がないから手伝うことにした」
「手伝う……って、だって、お頭……」
「ああ。確かにお頭には恩があるけどな、それはそれ、これはこれだ。それでお頭が負けるなら、お頭の運命がそこまでだったってだけの話だし、生き残ったら、まぁ、どさくさに紛れてゴウラをヤッてしまおうと思ってたんだが……」
「おいおい、それは初耳だな」
「まぁ、結果的にはゴウラが勝ったわけだな」
「でも、そのせいで皆が、沢山の人が、死んだんだよ?」
 賭博レースの結果でも報告するかのような軽い口調に、そんな話し方をするタザルにソリスはショックを隠し切れなかった。どうか嘘であると言って欲しい。もうこれ以上幻滅させないで欲しい。
 その思いが通じたのか、タザルは少しばかり沈痛な表情を浮かべて答えた。
「俺もさすがに良心が咎めた。だから、争いに終止符を打つために、自ら人質になることを決めたんだ」
 だがそこで、すかさずゴウラの突っ込みが入った。
「良く言うぜ。自分の身の安全を確保してくれって泣きついて来たのはどこのどいつだよ」
「え?」
「馬鹿。余計な口出しするんじゃねぇよ。お前が余計なこと言わなけりゃ、俺は悲劇のヒーローでいられたんだぞ」
「冗談だろ。一人だけいい奴だと思われてたら割りに合わねぇだろうが。こっちは殺してやりたいほど憎まれてんだからな」
「それこそ良く言うよ。お前が言い出したことだろ。人質になってその場を鎮めれば、お前は英雄になれる。その後暫く姿を隠して、本当に皆が困ったときに姿を現せば、誰もがお前の事を信じて誰も逆らわなくなるってな」
「おいおい。そう言うお前だって俺に言っただろうが、タザル」
「何をだよ」
「自分がいなくなった後、非道の限りを尽くせば、それだけ自分が生きていたことに対して団結力が強まる。そうして信用を勝ち取った暁には、広い心を見せ付けるために俺の事を許し、俺自身も改心した振りをして、また『銀の鬣』を二人で盛り上げて行こうって」
「おや? 言ったかな?」
「言っただろうが。おい、いいか、ソリスにディアナ。言っちゃあ何だがタザルって男はこういう男だ。お前らが命を掛ける相手じゃねぇ。むしろ俺より質が悪い。だからな、俺を殺したいって思うのは筋違いだってことを覚えて置けよ」
「あ、何自分だけ株上げようとしてんだ。
 いいか、ソリスにディアナ。俺はお前達だけには手を出すなって言い聞かせて来てたんだからな。それなのに、お前達を殺そうとしたのはゴウラだぞ。俺は契約違反だって怒り狂ってこうして出て来たんだ」
「だからあれは、ちょっとした伝達ミスだったんだって言ってるだろ」
 幾分ゴウラがうんざりした様子で反論するが、
「ちょっとした伝達ミスで変態貴族に殺されるか傷物にされるところだったんだ。怒って当然だろうが!」
 怒りを再発させて怒鳴りつけるタザル。それを受け、心底うんざりした口調でゴウラが言い繕った。
「だからこうして全力で見つけて来ただろうが」
「当たり前だ。これで二人とも戻って来なかったら今までの俺の努力はどうなる。二人じゃなくて俺がお前に復讐するところだったんだからな」
「本当に最悪な人間だな、お前は」
「うるせぇ。自分に素直なだけだ」


(何なのだろう? 何が起きているのだろう?)
 タザルの言っていることが理解し切れない。
 無意味に言葉だけが頭の中を巡り続ける。
 タザルが皆を裏切っていた。善意で自分達を助けてくれたわけじゃない。優しくされていたのは下心があったから。何も知らずに自分達はタザルを信頼していた。それすらも計算され尽くしていたこと。タザルは被害者じゃなくゴウラの協力者。
 だったら、自分達が今まで耐えていたことは何だったのだろう?
 あの悲しみや苦しみや、後悔し続けたことは何だったのだろう?
 悪夢にうなされた日々は? 幻影に苛まれたときは?
 全てが茶番だと。茶番でしかないと、そういうことになるのか?
 無駄だったと、無意味だったと、そういうことになるのか?
 ガラガラと、音を立てて思い出が崩れて行った。


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