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作品名:虹の羽根のイオライン 作者:橘 紫綺

第22回 再会する人A
「これは絶対に罠だよ」
 雨の中、藍色のレインコートを頭から被り、馬を走らせレイデットが叫んだ。
「知ってるよ。だから行くんだ」
 前を行くイオラインが、前を見たまま声を張り上げる。
 ソリスがイオライン達にディアナの事を捜して欲しいと口にしたとき、レイデットが突然駆け込んで来て一枚の紙切れを差し出した。
 そこには『銀の鬣』が『ヒューマイン』の貴族の屋敷を壊滅させた犯人を確保したこと、その処刑を明日執り行うこと。公開処刑にするため、希望者は『ウェスタ』まで来て欲しいとの旨が書かれていた。
 それはどう見てもソリスをおびき出す罠だった。
 ディアナが捕まり、すぐにビラが撒かれるなど用意が良過ぎる。
「でも、本当にそこにあの子がいるかどうかなんて分からないだろ?」
「でも、行けば何か手掛かりは掴めるかも知れないじゃないか」
「それは、そうだけど」
 降りしきる雨の中。ソリスを前に座らせたイオライン。レイデット、ダインの四人は、あえて敵の仕掛けた罠に飛び込もうとしていた。
「大丈夫かい? 怖いだろうけど我慢して。馬車だと移動速度が落ちるから」
「うん」
 自分のことを守るように気遣って来るイオライン。それにソリスは何度も頭を下げて頷いた。バラバラとレインコートにぶつかる雨の音がソリスの体を震わせていた。雨音の奏でる音が、全てソリスを拒絶する言葉に聞こえてしょうがなかった。
 雨なんか、嫌いだ。
 もう大丈夫。もう大丈夫になった。何度そう思っても、誰が傍にいても、強く叩き付けて来るような雨の音を聞くと、それだけで体が震えた。子供の頃の記憶に縛られていると言うことは分かるが、克服したと何度思っても、その度に裏切られて来た。
 タザルやディアナは無理しなくても良いと言って、そういう日は雨音のしない場所で大人しくしていることを進めてくれていた。
 だが、今回ばかりはそうも行かない。ディアナが攫われたのだ。挙句に公開処刑の宣伝までされた。自分が助けに行かなければならないのだ。
 だからソリスは外へ出た。叩きつける雨が足を竦ませた。逃げ出したい衝動に駆られた。
 それでも一歩を踏み出した。ディアナは『ウェスタ』にいる。普通に『ウェスタ』に入ろうとしたら面倒な手続きをしなければならない。それを避けるために抜け道を使うことになった。その先導の役を請け負ったのだから行かないわけにはいかない。
 街道の途中で森の中にある獣道に入る。その道を道なりに進むと変にねじくれた一本の木が見えて来る。その木を見つけたら右に折れると洞窟に辿り着く。洞窟は大人が一人やっと通れるぐらいの高さしかないため、馬と一緒には通れない。だが、ここまで来れば『ウェスタ』はすぐ。ソリス達は馬を置いて洞窟を通った。
 雨のせいで湿気を帯びた洞窟。足場もお世辞にも良いとは言えない。イオラインが念のために持って来ていた松明に火をつけて、湿った空気の洞窟を進むと、前方に人工的に作られた木の扉が現われた。
「ここだよ」と教えて扉を押し開くと、そこは狭い食料庫だった。足の踏み場もないほど無造作に置かれた野菜たちを踏まないように前進。突き当たりの扉を開ければ、ギョッとした顔に見詰められる。無理もない、そこは一応民間人の家だったりするのだから、突然奥から見知らぬ人間達がずかずかと現われたなら驚く方が当然だ。そして、
「あ、あんた、『銀の鬣』の……」
 ソリスの事を知っている男が恐々と問い掛けて来るや否や、ソリスは男に勢い良く詰め寄った。
「ねぇ、今どうなってるの? 公開処刑があるって本当なの?」
「や、そ、それは……」
「ねぇ! どうなの? ディアナは本当に処刑されるの? 誰がするの? 教えて! 場所だけでも教えて!」
 胸倉を引っ掴んで思いっきり揺さぶると、男は途切れ途切れに居場所を教えた。
 公開処刑は本当。場所は『銀の鬣』のアジト。何時間か前にソリス達が現れた同じ場所から、そいつらが一人の少女を担いで帰って来た事を男は答えた。
 間違いなくディアナがいる!
 ソリスは反射的にイオライン達を振り返った。
 イオライン達が頷いて応えると、迷わずソリスは外へ出た。
 雨は小降りになっていた。地面がぬかるんでいた。所々に水溜りが出来ていた。人っ子一人いなかった。どんよりとした空。薄暗い景色。人の潜んでいる気配だけがする死んだ町。ジメジメとジトジトとジワジワと嫌な気配が充満していた。
「行こう」
 イオラインに促されて、四人はレインコートを目深に被り、歩き出した。
 ドンと鈍い音と共に狼煙が上げられたのは、それから暫くしてのこと。もう少しで『銀の鬣』のアジトに着くという頃だった。
 突如、怯えと緊張が漂う空間に、明らかな殺気が満ちる。
「おっと、そこで止まりな」
 どこからともなくわらわらと現われる男達。手に手に武器を持ち、胸元には揃いの銀のブローチを付けている。
「トイラン……」
 その中央に立っているキザったらしい男を眼にして、ソリスが低い唸り声をあげた。
 その男こそ、ディアナとソリスを変態貴族の元へ連れて行ったゴウラの手下だった。
「意外に早く帰って来たな、ソリス。その取り巻き連中はどこから調達して来た? タザルの息の掛かった場所はあらかた潰してたはずだが、まだそんな連中が生き延びてやがったか?」
 ニヤニヤと癇に障る笑い顔でとんでもないことを口走るトイラン。
「あらかた潰したって、どういうこと?」
 分からないわけではなかったが、問わずにはいられなかった。それが相手を喜ばせるだけだと言うことは分かってはいた。案の定、トイランは憐れみすら籠めた笑みで見返して来ると、勝ち誇ったように答えた。
「言葉のまんまさ。俺達はタザル派の隠れアジトを少しずつ潰してたんだよ。知りうる限り全てな」
「何であんた達がそんなこと知ってるの?!」
「そんなもの、聞いたからに決まってるだろ」
「誰があんた達に教え……って、まさか、あなた達自分の仲間を拷問したんじゃないでしょうね」
 雨が当たる感触や音だけで既に精一杯だったソリスの全身から、サッと血の気が引いた。
 ゴウラがクーデターを起こしたときの、沢山の仲間が死んだときの声が、状況が、蘇る。
 だが、そんなソリスとは打って変わって、トイランは優越感に浸った笑みを浮かべて当然のように続けた。
「素直に教えてくれれば俺達だってそんなことはしないさ。かつては共に手を組んで仕事をした仲だ。進んで苦しめる趣味はない。だがな、必要とあれば話は別だ」
「……別って、じゃあ、その人達は?」
「一思いに楽にさせてやるのも慈悲だと思わねぇか?」
 暗に息の根を止めたと答えられ、ソリスは目の前が暗くなった。
 自分の知らない間に、一緒に笑いあった多くの人達が殺されていたことに、ショックを隠しきれなかった。
「ああ、先に言っておくが、別に皆殺しにはしてないからな。
 あいつらだって馬鹿じゃない。集団逃亡したからな。本当はそいつら全員根絶やしに出来れば後々問題はないんだが、いかんせん、そいつら追ってたらここらが手薄になる。仕方がないから見逃してやったさ。だから、捜せば見付かるかもしれないが……。
 どうも、さっきから話をしていると、そいつらがタザル派の人間だって言うわけじゃないらしいな。元お仲間だったら真っ先に俺達の現状を話しているはずだもんな。どこで見繕って来たんだか知らないが、お前が『銀の鬣』に属している人間だってちゃんと説明したのか? おい。人の話を聞いてるのか?」
 聴こえてはいたが、返事が出来なかった。
 自分達の知らない場所で、どれだけの人が死んでいたんだろう?
 どうしてこんなことになってしまっていたのだろう?
 初めてここに来たとき、確かに小競り合いはあったが、基本的には笑い合っていたはずなのに、どうしてこんなにも変わってしまったのだろう?
 そんなことを今考えたところで分かるわけもない。それよりも先にやらなければならないことがあるはずなのに。分かっていても、思考が麻痺してしまい、ソリスは固まっていた。今までなら、タザルやディアナが傍にいるときなら、啖呵の一つや二つ当たり前に出て来ていたのに。少なくとも、雨でなければまだ強気でいられたはずなのに……。そんなことばかりが頭の中を駆け巡る。と、
「あいづらは、おめの敵なのが?」
 後ろから肩を掴まれて問い掛けられた。
 直後、ハッとソリスは我に返り、「うん」と力強く頷いた。
「そうが。わがった。だったらおめはイオラインと先に行げ」
「え?」
「オラが道ば開いでやる」
 突然のダインの申し出に、何故かソリスはうろたえた。
「ひ、開くって、一体どうやって……。あんた、ちゃんと周り見えてる? これだけの大人数の大人を相手に、どうやって道を開くって言うのよ!」
「そったごど、おめが心配することはねぇ。おめは相方見つければそれでいい。その手伝いをするのがイオラインだがら、おめ達を先に行がせるのは当然のごど」
「当然って……」
「いいがら、行げ。オラはおめの為に道を開ぐわげでねぇ。おめを助けるイオラインの為にやるだげだ」
 見上げて訊ねるソリスの顔を見ようともせず、前後を何重にも囲むように立ち塞がるゴウラ派を見ながら言い放つダイン。一瞬何となく癇に障り、ソリスの頬が少しだけ引き攣った。ちょっとでも心配した自分が馬鹿だったと思い、何か一言言い返そうと口を開きかけるが、ダインが続ける方が早かった。
「後は、何だか分がんねぇが、あいづら気にいらねぇ。人の傷口開いて喜ぶような奴らは痛い目見せねぇば気が済まねぇ。だがら、おめがいると思うようになんねぇんだ」
「……それって、どういう意味? 心配してるってこと?」
 あり得ないとばかりに眉間に皺を寄せて問い掛けると、今度はダインの方も眉間に皺を寄せて見返して来た。
「なしてそうなる。邪魔だって言ってんのがわがんねぇのが」
 心の底からの嫌そうな表情に、ソリスの頬が露骨に引き攣った。
 それまでの悲しさや苦しみを忘れ、単純に腹が立った。やっぱりこいつは嫌いだと胸に刻む。だが、その横からヒョイっとレイデットが顔を見せて言った。
「ごめんなさいね、ソリスちゃん。この子照れ屋だから口が悪いの」
「んなぁっ?!」
「ちゃんとソリスちゃんのこと心配してるのよ。だって、この子が力を使ったら、ソリスちゃんの嫌いな雨がまた強くなるからね」
「え?」
「だがら! 震えで縮こまってられだら邪魔だって言ってんだ! 変なごど言うな!
 つーが、オラに近付ぐな! レイデット!」
「あらまぁ。相変わらず連れない子だこと」
「うるせぇ! ああもう! どうでもいいからさっさと行げ! つが、さっさと連れて行げイオライン!」
「ああ、分かったよ」
「ようやく話は付いたか? この大人数にたった四人で何が出来るかしらねぇが、あ、一人は雨だから使い物にならないんだったな」
 トイランが嘲笑を籠めて話し掛けて来る。
「いいが。真っ直ぐ走れよ」
 対してダインが剣を抜きつつ数歩前に出た。
「おいおい。お前一人斬り込んで来たところでたかが知れてるぜ?」
「笑ってられんのも今の内だ」
 明らかに馬鹿にした笑いが上がる中、ダインは構わず高々と剣を掲げた。
 刹那、異様な気配がダインを中心に広がった。水面に広がる波紋のように、放射状に広がる何か。雨が降っているはずなのに雨音が消えていた。トイラン達の笑い声が徐々に静まった。嘲笑の浮かんでいた顔が戸惑いに塗り変わる。ゴロゴロと空が鳴っていた。足元から這い上がって来る悪寒。
 怖い。
 無性に怖かった。思わず後ずさりしたくなるダインの背中。無意識にディアナの服を求めて手を伸ばせば、ソリスはイオラインのコートを掴んでいた。
「……大丈夫だよ。大丈夫だから」
「!」返って来た声を聞いて、微笑を浮かべて自分を見て来るイオラインの顔を見た瞬間、自分が何をしたのかに気が付いて、ソリスは反射的に手を離した。直後、
「畏れ平伏せ! 天の怒り! 雷招来!」
 沈黙を破るダインの叫び声。振り下ろされた剣に導かれ、光の柱が大地に突き刺さる。
 地面が震え、空気が鳴いた。人間の悲鳴など打ち消すほどの爆音に、眼を焼くほどの光量に、驚きの余り、ソリスは反射的に目を閉じた。次に、恐る恐る目を開けたなら、累々と感電した男達が倒れているのを見て呆然とした。
「走れ!」ダインが命じる。
「行くよ」イオラインが促す。
「『アビレンス』だ……」トイラン達の顔色が変わる。
「あいつ、『雷使い』だ!」
 色めき立つゴウラの手下達。向けられた剣の先で人垣が割れる。
「気をつけて」レイデットが促し、イオラインはソリスの手を取り走り出した。
「逃がすな!」誰かが叫ぶ。
「もう一発食らえ!」
 再び辺りが白く光る。その光を背後から受け、ソリスは前方にくっきりと浮かび上がる黒い影を見た。自分の手を引き、前を行くイオラインの背中を見た。
 ソリスには分からなかった。こんな危ない目に遭ってまで助けてくれるイオライン達のことが。
 イオラインはタザルとの約束を果たすためだけに、見ず知らずの自分を助けてくれている。ダインはそんなイオラインを助けるために敵陣に残った。レイデットに関して言えば全く何の関係もないにも拘らず、ただの善意だけで付いて来て、そして、ダインと一緒にその場に残った。もしもこれでイオライン達に何か遭ったら、どう詫びればいいのか分からない。そこまでしてもらう価値が果たして自分にあるのかどうか分からない。
 ただ、それ以上に感謝してもしたりない。こんな何も持っていない自分の為に、危険を承知で助けてくれる存在が嬉しくて堪らなかった。
「必ず助けよう」前を行くイオラインが振り返って励まして来る。
「うん」ソリスは繋がれた手に力を籠めて、力強く頷いた。


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