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作品名:虹の羽根のイオライン 作者:橘 紫綺

第21回 再会する人@
不覚だった。
 ディアナは心の底から自分の間抜けさに腹が立っていた。
 あれこれと考え事をしていたし、動揺もしていた。ソリスとの決別に迷いもあったし、焦っていた。周囲に対しての注意力が散漫になっていたことは十分理解出来る。
 ただ、そんな状態だったことが腹立たしかった。
 お陰で今、ディアナは籠の中の鳥となっていた。
 冗談などではなく、本当に大きな金属製の鳥かごのような物の中に入れられていた。
 試しにこじ開けてみようと挑戦してみたが、籠に触れるだけで力が抜き取られるような感覚に襲われた。対『アビレンス』用の檻。ディアナが植物を操る『アビレンス』だと知っているからこそ用意されていたものだろう。
 町に辿り着き、隠れアジトで仲間と連絡を取ろうとしていたとき、ディアナは背後から襲われた。完全なる不意打ち。何が起きたのか分からないままに気を失い、眼が覚めると檻の中にいた。
 大混乱に陥った。夢か現実かも分からなかった。だが、徐々に思考力が回復して来ると、自分が捕まったと言うことを理解した。むしろこの状況で理解出来ない方がどうかしているだろう。分かってしまえば幾分落ち着くことも出来た。
 籠の中には一応クッションが敷き詰められていて、冷たさや痛さを感じることはない。餌箱にあたる場所にはクラッカーとオレンジジュースらしきものが置かれていたが、勿論口にするつもりはない。周囲に人の気配はなく、見張られている様子もない。
 逃げられることなど絶対にないと思い込んでいない限り、これほどまでに無防備にはならないだろう。実際、悔しいことだが金属の檻の中に入れられている以上、ディアナの力は使えない。体術や投げナイフが得意だとしても、檻抜けには利用出来るわけもなく、自力での脱出はほぼ不可能。だとすれば、残された道はただ一つ、体力の消耗を抑えるためにジッとしていること。
 ディアナは腸が煮え繰り返るほどの思いを抱きながら、クッションにその身を横たえていた。そして、考えていた。
 自分を捕えて檻に閉じ込めたのは、十中八九ゴウラの手下。だからこそ、ディアナはここにいる。かつて『銀の鬣』を束ねていたボス。スィードの屋敷。その地下にある謁見の間。窓一つない石造りの広い空間。大きな仕事が成功したときにはここで宴が催されたこともある。壁と言う壁に蝋燭を灯し、入り口から主賓席までを繋ぐ赤い絨毯が敷かれ、贅沢にもシャンデリアに明かりが灯された。その下で、皆が着飾り酒を飲む。音楽を奏でて踊り明かす。誰も彼もが笑顔を浮かべ陽気な夜を明かすのだ。
 しかし今、その空間にかつての活気はない。絨毯は敷かれていない。掃除がされていないのか薄っすらと埃が溜まっている。それでも壁一面には蝋燭が灯されているお陰で広間全体を見回すことは出来るが、広い部屋に自分しかいないという事実に寒気を覚えてクッションの中に潜り込む。そして考える。何故自分は生かされているのかと。
 ディアナは自分の記憶力を信じている。だから、ここがスィードの屋敷だと言うことは確信している。ここに運び込まれたと言うことはゴウラも知っていることだろうし、もしかしたらゴウラがこういう扱いをしろと命じたのかもしれない。だが、だからこそ、分からなかった。自分を生かしている理由が。気に入らないのならその場で殺しておけば良かったのだ。わざわざ気絶させるぐらいなら殺したところで大した差はないだろう。なのに、しなかった。一度は他人を使って殺そうとしたくせに、自分の手で始末を付けたいと考え直したのだろうか? だとしたら、タザルの仇を取るチャンスがあるかもしれない。
だが、更に疑問が沸き起こる。仮に自分の手で始末を付けたいとゴウラが考えたとしても、何故わざわざここに運び込む必要があったのか分からない。殺すならどこでも出来たはずだ。この場所にこだわる意味が分からない。そのときだった。
「おお、ようやく眼が覚めたか」
 軋んだ音を立てて入り口の扉が開き、男が一人、入って来た。弾かれたように身を起こす。睨み付ける。そして、ありったけの怒りと呪詛を籠めて、その名を呼ぶ。
「……ゴウラ」
「おお、おお。可愛い顔が台無しだな。珍しく感情が表情に出ているじゃないか。ん?」
 夢の中で何度殺してやったか分からない顔が、手を伸ばせば届く場所にいた。
 ふてぶてしい顔を見た瞬間、体中の血が沸騰した。
「あんたを、殺してやる」
 ゴウラは大きな体を揺らして大声で笑った。耳障りな笑い声が反響し合って、更にディアナの神経を逆撫でする。
 そんなディアナと目線を合わせるようにしゃがみ込み、勝ち誇った笑みを浮かべてゴウラは言った。
「まぁ、そう言うな。お前らの気持ちは良く分かっているさ。俺だってそのくらいの空気は読める。お陰で十分楽しませてもらったがな。殺したくても殺せない。逆らいたいのに逆らえない。守るべきものがある人間って言うのは大変な生き方をするもんだ。なぁ」
「黙れ……」
「おいおい、それに触れてもいいのかい? 辛いんじゃないのか?」
「うる……さい」
 反射的に檻を握り締めた自分に対するゴウラの忠告が腹立たしい。急激に力が抜けるのを感じながら、ディアナは意地で睨み付けた。
「まぁ、そう無理するな。一度は殺してやろうと思ったが、あのスケベ貴族が妙な色気を出したお陰でお前らは生き延びたんだ。俺は運のいい奴は好きなんだぜ。そいつら集めれば俺の運も上がるからな」
「……それだけのため?」
 生かして連れて来られた理由の余りの下らなさに、思わず問い返してしまうディアナ。
 対して、ゴウラは肯定とも否定とも取れる曖昧な笑みを浮かべて返した。
「だったらどうする? 悔しいだろうなぁ。悔しいだろうとも。益々俺を殺したくなるだろうなぁ。分かるぞ、その気持ち。俺だって同じこと考えるだろうよ。殺したいと思っている相手の運気を上げるためだけに飼い殺されるんだから、そりゃあ怒るなっていう方が無理だわな」
 ディアナは頭が痛くなっていた。ドクドクと血が流れるのを意識した。
 憎しみで人が殺せるなら、眼の前の男が殺せるなら、地獄に落ちても構わない。
 ここまで人を憎んだことは今の今までなかっただろう。
何故こんな人間が生きているのか理解出来なかった。何故こんな人間を『神』と言う存在が生かしておくのか理解出来なかった。
 かつてタザルは言っていた。
『神様にも都合があるからな。皆の矛盾した願い事を叶えてたら嘘吐きになっちまう。だから叶えてあげたくても叶えてあげられない事情も出て来るんだよ。俺達だってそうだろ? 右と左には同時に行けない。どれだけ行きたくても体が一つだからそれは不可能。だから、順番に行くしかない。それと同じさ。神様も順番に助けている最中なんだ。そこに無理を言ったら神様だって大変だ。だからお前達のことは俺が助けてやるって約束したんだ。神様が助けてくれるのを待つ間、俺で我慢しろ。神様ほど完璧じゃないが、程ほどに楽しい生活を送らせてやるよ』
 そう言っていたタザルはもう、いない。
 神様と呼ばれているものは、タザルより先にゴウラの願いを叶えたのだ。
 憎くて憎くて、世界中全ての物が憎かった。
「あんたを、殺してやる。タザルを殺した、あんたを……絶対に、殺してやる」
 だが、風に靡く柳のように、ゴウラは癇に障る笑みを消すことなどしなかった。それどころか、腹を抱えて笑い出したのだ。
 どこまで人を馬鹿にすれば気が済むのかとディアナは怒った。全身がざわついた。
 金属の檻の中に入れられていても、力を封じられていたとしても、それすら打ち破るほどの怒りのお陰で、ディアナは種を芽吹かせた。
「おっと、危ねぇ危ねぇ。『アビレンス』って輩は感情で力が増幅するんだったな。これじゃあ下手に近付けねぇな。でもな、お前は一つ勘違いしているぞ、ディアナ」
 余裕の笑みを浮かべながら、態とらしく檻から離れてゴウラは言った。
「俺はタザルを殺してなんかいないぜ」
「?!」
「だからこそ、俺はお前を生かして連れて来させたんだ」
「??」ゴウラが何を言っているのか理解出来なかった。
「あいつがそれを望んだからな。お前達をここに連れて来させることを。そうだろ? タザル」
「ああ、そうさ」
 その瞬間、ディアナの頭の中は真っ白になった。
 一体いつからそこにいたのだろう。
 ゴウラの体の後ろから、ずっとずっと会いたかったと願っていた人が、もう死んでしまったと言われた人が、二度と会えないと受け入れた人が、無傷で、変わらず、立っていた。


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