小説&まんが投稿
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:虹の羽根のイオライン 作者:橘 紫綺

第19回 意地を張る人B

《ソリス……ソリス……》
 自分を呼んでいるのは誰?
 自分の周りだけを温かく照らしてくれるオレンジ色の光に包まれて、漆黒の闇の中、ソリスはかつてのように横になり、虚ろな目で光を眺めていた。
《ソリス……ソリス……》
 うるさい雨音の合間に、遠くから自分を呼ぶ声がする。
 とても懐かしい声のような気がした。
 誰だろう? 誰が呼んでいるのだろう? 男の人と女の子の声。
《さあ、眼を開けて。もう、大丈夫だよ……》
 一体何が大丈夫なのだろう? この、頭を撫でてくれる温かい手は誰の物だろう?
《いつまで寝ているつもり……。朝ごはん、抜き……》
 それは、ちょっと嫌だな……。
《嫌なら起きろ。先に行くぞ》
《デザートのプリン……残してあげない》
 や、それは駄目! あたしもプリンは食べる!
 ソリスは暗闇の中、はっきりと意識を取り戻した。起きた目線の先に、いたずらっ子のような笑みを浮かべたタザルと、少し呆れ顔のディアナがいた。
 ああ、二人ともいる。そのことが嬉しかった。
《どうした? 何だか泣きそうな顔しているぞ?》
《怖い夢でも見た……?》
 夢? そう。とっても怖い夢を見たの。でも、いいの。だって、それは所詮夢だから。
《……そう。なら良かったわね》
《じゃあ、さっさと行くぞ》
 うん! と頷いて、ソリスは立ち上がった。立ち上がって、走り出した。こちらに背を向けて歩き出す二人に追いつくために。だが、転んだ。
 え? 戸惑いの言葉を残して、ソリスは転んだ。
《どうした? 何遊んでるんだ?》
 振り返ったタザルの眼が、笑っていなかった。
《どこまで手を掛けさせれば気が済むの……?》
 投げつけられるディアナの言葉に優しさがなかった。
 怖かった。二人が苛立っているのが分かってしまった。
 ち、違うの。あ、足が……、足に、鎖が……。ほら、鎖が繋がってて、それで、前に進めなかっただけなの。
 ちゃんと説明をしないと許してもらえない。自分がふざけているわけではないとちゃんと説明しなければ、置いていかれてしまう!
 ソリスは焦っていた。これでは悪夢の続きになってしまう。何とかして二人に笑ってもらわなければ! ただその一心で説明をしたのだが、
《鎖だ? どこにそんなものがある? またそうやって嘘を吐くのか》
 はき捨てられたタザルの言葉は深くソリスの胸を抉った。
 ち、違……、う、嘘じゃない。本当に鎖が……
《だとしても、いい加減自分で対処する方法を覚えて。いつまで私達があなたのお守をしなければならないの?》
 !!
 ソリスは、呼吸の仕方を忘れた。
《お前がそんなんだから、俺はゴウラに殺されたんだ》
 胸元を赤く染め、口から血を吐き出したタザルが、氷のように冷たい眼差しを向けて来る。
《あなたがいつまで経ってもそうだから、私の足手まといにしかならないのよ……》
 胸から剣を生やしたディアナが、鮮血に顔を染めて、冷めた表情を向けて来る。
《お前のせいで、俺は死ぬ》
《あなたのせいで、私は死ぬ》
《《だからお前は、独りで死ね》》
 呪詛の如き二人の言葉は、ソリスの心臓を刺し貫いた。
 痛い、怖い、嫌だ! 独りは嫌だ! あたしを置いていかないで! あたしを嫌いにならないで! こんなのは嘘だ! 二人がそんなこと言うわけがない。
 脳裏を凄まじい勢いで二人と過ごした楽しかった日々が過ぎる。
 眼の前の二人は悪夢でしかない。余りにかけ離れた二人は偽物でしかない。
 嫌だ! どうしてあたしを苦しめるの? 何で二人の姿で責めるの?
 あんた達なんか、消えてしまえばいいんだ! 偽物のあんた達なんか消えてしまえ!
 その瞬間、ソリスが纏っていた温かい光が弾け飛んだ。


「うわっ!」
『イオライン!』
 見知らぬ建物の中で『タザル』が吹き飛ばされる。
(こいつが、この『タザル』の幻を消さない限り、あたしはあたしでいられない。いつも独りだと思わせられる。あたしは独りじゃない。『タザル』はあたしを苦しめない。あたしに『死ね』なんて言わない。こいつが顔を出して来るから、あたしはいつも不安になる。信じていたい『タザル』の事を信じられなくなる。疑いたくないのに疑ってしまう。こいつがいるから、こいつのせいで、あたしはいつも責められる)
 ソリスは苛立っていた。自分は独りになってしまったと言うのに、目の前の『タザル』は空色の長い髪の女に守られている。自分の元からディアナが去ってしまったと言うのに、これ見よがしに守られている姿を見せ付けて来る。
 悔しい。腹立たしい。気に入らない。
「あんたなんか、あんたなんか、消えちゃえばいいんだ!」
 怒りに眼の前が赤く染まる。突き出した両手に従って炎が飛び出す。
 空色の長い髪の女が両手を左右に広げると、空間が一瞬歪んだように見えた。
 着弾。ジュァ……と言う音と共に炎が消失。水蒸気が刹那の間視界を覆う。
 水の障壁。『水のアビレンス』。自分とは対になる『アビレンス』。
(そうか。そこまであたしのことが邪魔なのか。苦しめたいのか。
 所詮、あたしが生み出した幻影の分際で、そこまであたしが憎いのか!
 だったら、こっちだって、徹底的にやってやる。
 こんな見慣れない場所なんて、跡形もなく消してやる!)
 面白いように生み出されて行く炎の玉。
 初めて自分の思い通りに炎を生み出したとき、タザルとディアナが傍にいた。
 タザルは自分のことのように喜んでくれた。
 他の人達には内緒の三人だけの時間。秘密の時間。こっそり特訓して、好きなときに好きなように炎を生み出せたとき、いつかこの力でタザルの役に立とうと誓った。ディアナを守るために使おうと誓った。
 だが、一度自由に炎を出し入れできたからと言って、その後も継続的に生み出せたかと言うと違っていた。昨日は出来たのに今日は出来ない。三日前は出来たのに、また出来ない。上手く行かないことに苛立った。思うように出来ないことが歯痒かった。
 悔しくて泣き出したこともある。癇癪を起こして訓練をボイコットしたこともある。
 その度にタザルは見捨てることなく、根気良く付き合ってくれた。
 初めから自由に使えるものではない。ましてや子供の頃は集中力に欠けるから、必ず成功するわけでもない。力は感情によっても左右される。だから落ち着いてゆっくりやろう。投げ出したらそこで終わりだから。
 そうやって、宥めたりすかしたり、物でつったり諭したり。色んな方法でソリスのやる気を失わせないようにしていた。結果、ソリスは安定して炎を生み出せるようになった。
 そのとき、ソリスは注意を受けた。自由に使えるようになったら、無闇に使ってはいけないと。使うときは必ず火種を持ち歩くこと。そうじゃなければ炎が灯っている場所だけで使うこと。そうしないと自分の寿命が削られること。それを防ぐために力の源となるものがある場所か、媒体のあるとき以外は使わないこと。それを注意された。
 だが、今この場に媒体も炎の源もない。何もない状態で炎を生み出している。即ち寿命を削ってこの空間を破壊していると言うことになる。
 一つ一つはたいした大きさでもないし破壊力もない。だが、生身の人間が受けて大丈夫なレベルでもない。周り中燃える物だらけ。カーテンが燃え、絨毯が燃え、ソファが燃えれば炎の源は生み出せる。炎が大きく燃え上がれば、それだけ自分の攻撃力が増す。
 命を削るのは初めだけ。それが過ぎればこっちの物。
「っな! 放火しやがった!」
「今すぐ消さないと大きいのが来るぞ」
 朱色の髪の男と灰色の髪の男が慌てて周りの炎を消しに掛かる。
「シャルレイシカ」
 『タザル』が女に声を掛けると、女が一つ頷いて力を揮う。
(でも、あたしだって負けない)
 消される前の炎を、綿菓子でも作るように掻き集めて、一抱えほどの球にする。
 『タザル』の顔色が変わった。女の顔色が変わった。
 無理もないとソリスは思う。こんなのが弾け飛んだらどうなるか。きっと無事では済まない。狭い空間で爆発したなら、自分も巻き添えを食らうかもしれないが、所詮今眼の前で展開しているのは幻影に過ぎない。幻はあたしを殺せない。
 だからソリスには迷いはなかった。いや、正直な話、迷いはあった。
 どんなに自分が憎む『タザル』の幻影だとしても、やっぱりその姿は本物のタザルと重なってしまう。幻影と言えどもタザルに攻撃などしたくはなかった。
 だが、だからこそ、ソリスは攻撃しなければならないと思った。こんな下らない幻影を二度と見ずに済むように、今ここで、片を付けなければならないのだ。だから、
「あんた達皆、消えちゃえ!」
 振りかぶった炎を解き放つ―直前、
「……いい加減にしろよ! 馬鹿女!」
 背後から激怒した罵声がぶつけられ、直後、建物を揺さぶるほどの大きな音と共に雷が落ちた。その破壊力たるや、リビングの窓が外側から内側へ弾け飛び、鼓膜が痺れて静寂が訪れるほど。建物を伝わった痺れが足元を駆け抜けた。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 小説&まんが投稿屋 トップページ
アクセス: 203