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作品名:虹の羽根のイオライン 作者:橘 紫綺

第12回 保護された人A

『ツール』地区には二つの大きな顔がある。
 まず一つは人工物の多い金の飛び交う場所、と言う一面。建物の殆どが石造り。地面も均され歩道には石が敷かれている。人々はそこで商売をし、客は商品を買いに行く。自然とそこには金の流れが生まれ、あちこちで金が行き交う。そこへ行けば、欲しいものが手に入る。金さえあれば特に苦労することなく欲しいものは手に入る。結果、人は集まり活気が出て来る。よって、ある意味では騒がしく、時間の流れが速く感じられる場所。
 もう一つは、そんな喧騒とは無縁の場所。林道や森を抜けた先にある農業地区。当然海の近くは漁業が盛んだし、山の近くの場所は林業が盛んだが、自然を相手とするその地区は、ゆったりとした時間が流れている。
 だとしても、傍目には長閑に見える景色だが、そこで働いている人間達にして見れば生易しい環境ではない。日の出と共に働き、日が沈むまで家には帰らない。汗水流して働いたところで気象条件によっては、簡単に努力が水泡に帰する過酷な環境。それでいて静かな場所。雄大な場所と言ってもいいかもしれない。
 少なくともレイデットは、見渡す限り広がる麦畑や畑を見ていると感動にも似た感情を胸に抱く。自分達が生きていられるのは、こうして食べ物を作ってくれる人達がいるからだと。買うにしろ、盗むにしろ、作ってくれる人間がいなければ成り立たない。そういう意味ではどれだけ感謝してもしたりない。
 イオラインのいる『虹の架け橋』と呼ばれている建物は、そんな農業地区の外れにある。そのため、やかましいほどの喧騒を抜け、自然の中を走り、広大な農地を眼にすると、レイデットは束の間無心になった。
 だから、馬車の中が異様に静かになっていることに気づくのが遅れた。
「あーっと、ほら、もう少しでイオラインのところに着くんだけど……って、随分大人しいわね。馬車にでも酔った?」
「……別に」
「……そうじゃないけど」
 と、答えるものの、ソリスは心の底から泣きたい気持ちで一杯だった。
 あの後、食物庫から出されたソリスとディアナは、レイデットに連れられて一軒の洋服屋へ入った。
「おう、いらっしゃい。今日は何にする?」
 レイデットと顔見知りらしい店員が、親しみのある笑みを浮かべて気軽に問い掛けてきた。対してレイデットが二人に似合う服を探しに来たと伝えると、その店員はアッサリと奥の棚を進めて来た。
 だが、その表情が突然曇り、声を顰めてレイデットに問い掛けた。
「なぁ、もしかしてこの子達……」
 最後まで言い切ることなく途切れた言葉。それでもソリスとディアナには男の言わんとしていることが分かり、緊張に体が強張った。だが、
「そ。可愛いでしょ。でもね、あいつらには渡してやらないんだから。通報なんてしないでよ。したらあんたのこともバラすから」
 と、満面の笑みでレイデットが忠告すると、男は思いっきり嫌な顔をして答えた。
「冗談だろ。何で俺が通報しなくちゃならねぇんだ。『審判者』達に協力する理由なんてねぇよ。いや、それよりも、そうか。その子達か。『ヒューマイン』の屋敷を壊滅させてお尋ね者になっている女の子は。良くやったな、お前達。久々にスカッとしたぜ。そのお礼にどれでも好きな服一着プレゼントしてやる。好きなの選びな」
 と、気前のいいことを言って来た。ただで好きな服を貰えるのなら選ばないわけには行かない。状況が状況だが、その点はまた別の話。二人はあれこれ見比べて服を選んだ。だが、問題はそこからだった。いざ選んだ服に着替え始めようとしたなら、ようやくソリスは重大なことに気がついた。
「ない……」頭の中が真っ白になった。
「タザルから貰った『銀の鬣』のブローチがなくなってる……」
「え?」
 パニックになった。下着姿で服をひっくり返す。ディアナも一緒に探したが、どうしてもソリスのブローチは見付からなかった。
「どうしたの? 何かあった?」
 更衣室の外からレイデットの心配そうな声が掛けられて来るが、二人は何も答えられない。
 タザルから最初に貰った大切な大切なブローチ。自分の名前が掘り込まれていたブローチ。タザルが捕まってから心の拠り所になっていたブローチ。それがなくなっていた。
 それこそ、ソリスにして見れば、この世の終わりが襲って来たようなものだった。目の前が暗くなり、膝から力が抜けて座り込む。
 ディアナがしきりに話しかけて来るが、どこか遠くから聞こえて来るようでろくに返事も返せなかった。ただ、もう、言葉には出来ないほどの悲しみにソリスは沈んでいた。
 だから、その後どうやって新しい服を着たのか覚えていなかった。ディアナに手を引かれて更衣室を出て、レイデットに従って馬車に乗って、今の今までずっと考えていた。混乱した頭で考えていた。
 一体いつ落としたんだろう。どうして今、無くしたんだろう。
 タザルはもう、あたしのことなんかどうでも良くなったんだろうか?
 考えれば考えるほど、悪いことばかりが頭を過ぎり、ソリスは目頭が熱くなった。
「ちょっと、大丈夫? そんなに泣きたくなるほどイオラインのところに行きたくないの?」
 レイデットが向かいの席から気遣わしげに問い掛けて来る。
「イオライン達は皆良い人よ? ちょっと気の強い子もいるけど、誰もあなた達を虐めたりしないわ。勿論『審判者』達にも引き渡したりしない。イオラインがあなた達を連れて来て欲しいって頼んで来たのも、あなた達があんな格好で倒れていたから、心配してのことなの。見ず知らずの人間が『心配している』って言ったって、簡単には信じられないとは思うけど、その信じられないことをするのがイオラインって男なの。だからね、騙されたと思って信じて欲しいの。信じられないならせめて利用してあげて。ね?」
 全く持って勘違いもいいところだった。
 だが、レイデットの優しさが伝わって来て、ソリスは尚更悲しくなり、涙を流さないようにするので精一杯だった。

            ◆◇◆

 やがて一向は、沢山の木々に囲まれた白い教会のような建物の前に辿り着いた。
「さ、着いたわよ。ここが『虹の架け橋』と呼ばれる『虹の羽根』の本部に当たる建物よ」
 真っ先に自分が降りて、説明しながらディアナとソリスを下ろすレイデット。
 郵便受け付きの木の柵が周辺をぐるりと囲んでいる。道路から玄関までを繋ぐ道。その両脇には家庭菜園。小さな木のたて看板が差してあり、植えている物の名称が書かれていた。その間を通って玄関に立つと、ドアの上には『虹の架け橋』と手書きで書かれた看板が掛かっていた。
「じゃあ、いよいよ御対面なわけだけど、お願いだからここまで来て逃げたりしないでね」
 苦笑交じりに振り返って忠告される。
 正直、ディアナはどうか知らないが、少なくともソリスには逃げる気力はもうなかった。
 レイデットが鳥の翼の形をしたノッカーを叩く。
 暫しの沈黙。やがてばたばたと駆け寄って来る音がしたかと思うと、
「いらっしゃい! 待ってたよ!」
 満面の笑顔を浮かべてイオラインがドアを開けて現われた。
「まぁ、可愛らしい」
 その後ろからシャルレイシカが現われて、両手を頬に当てて柔らかい笑みを浮かべる。
「さ、入って入って。疲れたでしょ」
 イオラインがドアを押さえ、シャルレイシカが二人の手を取って、楽しそうに引きずり込む。それこそ、長年会えなかった友人を出迎えるような歓迎に二人が面食らっていると、その後ろでイオラインがレイデットに御礼を言っているのだけは何とか聞き取れた。
「さ、ここに座って。お菓子が口に合うかしら?」
 二人が通されたのはリビングだった。四角いガラスのテーブルを挟むようにして、ソリスとディアナ。向かいにシャルレイシカとレイデット。上座にイオラインが座った。
 落ち着いた色調の部屋だった。だが、ある意味、連れ込まれた格好になった二人にして見れば落ち着くことなど出来るものではない。自然と体は緊張に強張り、表情も引き攣ったものだった。
 自分達は一体どうなるのだろうか? 
 どこかホッとした様子の大人達を見回してソリスは思う。
 自分はこんなにも臆病な人間だっただろうか? と自問自答さえする。
 前はもう少し強気だったはずだと結論を出すが、だからと言って今すぐ開き直ることも出来ない。相手には自分達が『アビレンス』だと言うことがバレているのだ。当然その対策も考えているはずだし、だとしたら、不意を付くことは出来ない。やるなら徹底的にやらなければならないが、心が乱れている今の自分に上手く力が操れるのかという疑問が付き纏う。自分達は今まさに敵陣の真っ只中にいるのだ。下手な動きは即、死につながる。
 だとすれば、相手の油断を誘って一気に攻めるなり、逃げ出すのが一番いい! とは思うものの、チラリとイオラインを盗み見れば、その思いもあっさりと消え失せた。
 イオラインがホッとした顔をしていた。自分達が危ない目に遭ったりしたとき、無事だと知ったときに浮かべるタザルと同じ顔。
 それを見てしまったなら、ソリスの気持ちが萎えてしまった。
「さて。無理矢理連れて来るような真似をしてしまって申し訳ない。僕が一応『虹の羽根』のまとめ役のイオライン。よろしく。で、彼女がシャルレイシカ。で、その隣がレイデット。多分手荒な真似はしなかったと思うけど、大丈夫だったかな?」
「してないわよ」
「だよね」
 間髪いれず即答して来るレイデットに、苦笑交じりに返すイオライン。
 もう、聞くことなどなくなったタザルの声が当たり前のように耳を打つ。
 見ればそこにはタザルと同じ顔をした赤の他人のイオライン。
 頭では別人だとは分かっていても、どうしても心が落ち着くのは、タザルに対する裏切りなのか、タザルが用意してくれた身代わりに対する気持ちとして適当なものなのか、ソリスには分からない。
 分からないままに、悲しくなっていた。
「じゃあ、まず先に君達にこれを返しておくよ。ソリスという名前の子はどっちだい?」
 と言って差し出された物を見て、ソリスは隠す暇もなく目を見開いた。


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