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作品名:天邪鬼の帰る場所 作者:橘 紫綺

第6回 第二章『天邪鬼と呼ばれている娘の忠告』A

《あー、しんじられない。あー、しんじられない。
 ふつー、あのばめんで『あいぼう』をふくろづめにするか?
 あげくに、『きょーぼーだけど、きもがすわってない』?
 こーしゅーのめんぜんで、よくもそんなことがいえたもんだな》
「まだそんなことを言っているのか……。いい加減忘れたらどうだ」
 村長の家の一室に泊まることになった深と縁。
 夕餉まで御馳走になり、部屋へと移ったその瞬間から、縁の不満が爆発した。
 さして広くもない部屋の天井を、グルグルと旋回しながら、いつまでも延々と同じことを繰り返す。
 初めこそ、悪かったと思って聞いていた深だが、夜着に着替えて、着物を畳み終わっても繰り返される嫌味に、とうとう嫌気が差した。
 思わず縁を見上げて不満をぶつけ返す。
「そもそも、あの場面で村人たちを怖がらせて、お前はどうするつもりだったんだ」
《あ?》
 何を言ってるんだとばかりに、膝を折って座っている深の目の前まで高度を下げた縁が首を傾げて見やれば、
「黙っていればいいものを、普通は人間以外、言葉は喋らないんだ。
 それを毎度毎度余計な口を利いて、周囲の人を驚かせたり、怖がらせたり。
 お前がただの鳥じゃないと言うことは充分に分かってはいるが、それを激しく主張されてしまうと厄介なことになるということぐらい、分からないわけではないだろ?」
《だ、だってだな!》
「だってだな! じゃない。
 実際、村人達はお前の剣幕に恐れを抱いていた。そんな状態で自分の主張を貫いたとしても、お前の望む『屋根の下で休みたい』と言う願いは叶わなかっただろう。
 人間は、理解の出来ないものを排除する傾向にある。ましてや、自分たちの身に危険が迫るかもしれないと思えば、その行為に容赦がない。お前はそれをよく知っているはずだ。それともお前は、その方が良かったのか?」
 と、静かに問い掛けると、
《…………いやだ》
 拗ねたように俯きながら、縁がポツリと呟いた。
 その、飛ぶことすらやめ、鶏冠も尾羽もしゅんと垂れ下げた様は、さながら叱られている子供そのもの。
「だからな、お前が騙されたと怒る気持ちも分からなくはないが、無闇に人を怖がらせるものではないんだよ」
 あまりにしおらしいその姿に、つい励ますかのように縁の頭を深が撫でる。
《……だって、あいつがオレサマたちのこと『うそつき』だなんてゆーから……》
 ぼそぼそと縁は言い訳をした。
《オレサマたちは『うそつき』じゃない……》
「そうだな」
 答えつつ、深は薬箱の中から小さな皮袋を二つ取り出す。
《あいつのほーが『うそつき』なんだ……》
「そうかもな」
 相槌を打ちながら、深は皮袋の一つの口を開き、縁へと差し出す。
《お前だって聞いただろ? あいつは、『あまのじゃく』って呼ばれているほど、わるいニンゲンなんだ。『あまのじゃく』だぞ、『あまのじゃく』。『あまのじゃく』ってわかるか?》
「わかるよ」
 片足を器用に皮袋の中に入れるのを確認し、口を紐で縛りながら答える深。
「天邪鬼と言うのは、人の言ったことや望んだこととは逆のことをして、人々を困らせる悪い妖のことだろ?」
《そうだ。そんななまえをつけられたムスメに、オレサマたちは『うそつき』よばわりされたんだ。おこるなってゆーほーがムリだろ?》
 差し出されたもう一つの皮袋に、もう一方の足を入れながら同意を求めて来る縁。
「でもきっと、あの子にも何か事情があるんだよ」
《どうだかね》
 深が与依の肩を持つことが相当気に入らないらしく、そっぽを向きながら縁が吐き捨てれば、深は何となくその頭を撫でてやった。
 縁も別に悪いやつではないのだ。外見は鳥だが、利かん気の子供のようなものだった。
 頭ごなしに叱っていては臍を曲げるばかりだが、ちゃんと話して聞かせれば納得もしてくれる。今もこうして拗ねているのは、焼きもちを妬いているのだろうと都合よく解釈して、深は言った。
「何はともあれ、お前の望んだ『屋根の下』だ。今夜はゆっくり眠ろう。村長さんだけあって、布団もしっかり綿が入っているようだしな」
《……うん》
 まだ不満はあるようだが、一応大人しく同意する縁。
 鋭い爪で、布団や板敷きなどに疵を付けなくていいように、皮袋で覆った足を折り、深が横になったとき頭が来る場所へ素直に蹲る。
「寒くないか?」と訊ねれば、体をもぞもぞと動かしながら《うん》と頷く。
「そうか」と答えて、一応縁専用の毛布を木箱から取り出して掛けてやり、
「じゃあ、灯りを消すからな」
《ん》
「お休み、縁」
《ん》
 答えながらも既に目を閉じている縁に苦笑を向けると、布団のすぐ傍にある蝋燭の火を吹き消して、深も布団に潜り込んだ。
 闇はすぐに、部屋へと満ちた。

          ★☆★☆★

「…………」
 深がふと目を覚ました時、室内はほんのりと明るかった。
 と言っても、別に灯りが灯されているわけではない。障子を通過し、月明かりが室内の闇を薄めていただけだ。
 だが、それだけでも深の目には何がどこにあるのかはっきりと見て取れた。
(確かに、今日の月は大きかったな……)
 村へと案内される途中で見た月を思い出し、しみじみと思う。
(眠ってからどれほど経ったのだろう?)
 まるで見当も付かないまま、深は、縁を起こさないようにそっと身を起こした。
 眠いには眠いのだが、妙に頭が冴えていた。
 こんなときには何かが起こるもの。
 半ば無意識に、軽い頭へ手を伸ばせば、いつも巻きつけてある『遮幕朧』が外れていた。
(ああ……だからか)
 勝手に自己完結し、結えるほどは長くない黒髪をわしゃわしゃとかき回す。
 いつも頭を押さえつけている物がなくなっているせいで、頭の中が覚醒していたのだ。
 眠らせるためには再び『遮幕朧』を巻き付ければいいのだが、
(夜ぐらいは構わないだろ……)
 思いっきり欠伸をしながら、深は思った。
 その時、コンと軽い音が深の耳を打った。
「?」
 音のした方、障子の向こうへ視線を向けて耳を澄ませば、再びコンと、何かが当たる音がした。
(空耳ではないようだ)
 自分を呼んでいるのだと解釈し、そっと腰を上げたときだった。
 ズボッ
「?!」
 業を煮やしたかのように、拳大の石が、障子を突き破って室内へと投げ込まれた。
 危うく大声を出しそうになった深だが、縁を起こさないようにそっと静かに、ただし、これ以上大きな石を投げ入れられては堪らないとばかりに、慌てて障子へと歩み寄る。
 一体誰がこんなことをとばかりに障子を開ければ、今まさに、どこから運んで来たものか、赤子の頭ほどもある石の塊を振りかぶっている与依の姿が飛び込んで来た。
『!』互いに驚き、眼を見張る。
 代々村長となったものが住まう家。他の家よりしっかりとした作りに、客間が一つ。家の周囲をぐるりと柵が囲み、村で唯一の庭を持つ。
 与依は、その柵の外から客間に向かって小石を投げ込んでいた。
 距離にして、歩いて十歩。
 月が朔に近ければ、深にも識別は無理だったかも知れないが、今は満月へと近付く途中。
 皓々と照りつける月光は、はっきりと与依の姿を浮かび上がらせていた。
(一体こんな時間に何をしに来たんだ?)
 自分の存在に気付いて欲しいと石を投げ入れておきながら、いざ姿を見つけられて、おろおろと焦る与依。その姿を見た深は、躊躇うことなく素足で庭へと下りた。
 自分へ近付く深を見て、叱られると思った与依が、慌てて踵を返そうとするのを呼び止める。
「待ちなさい。俺に用があるのだろ?」
 そうでなければ、ただの安眠妨害。
 それこそ、村長宅で夕餉を囲んだときに共に顔を突き合わせていた村人達が語っていたとおりの『天邪鬼』そのものだろう。人を困らせるためだけに嘘を吐き、悪戯をする悲しい存在。
 だが深には、与依がそんな存在には見えなかった。
 実際、深が声をかけると、与依は立ち去ることを止めた。
「先ほどの今だ。自分を見せしめのようにした村長の所へは普通やって来ない。
 それとも、嫌がらせの為に石を投げ入れていたのかい?」
 柵の近くで立ち止まり、静かに問い掛ければ、与依は後ろを向いたまますぐには答えて来なかった。だが、その背中が、与依の気持ちを伝えていた。
「……謝りに来てくれたのかい?」
 問えば、与依の背中がビクリと震えた。
 次いで、激しく首を左右に振る。
 嘘だな……と、深は見抜いた。
 だが、あえて深はそのことに触れず、話題を変えた。
「それはそうと、君の家はこの近くなのかい?」
 左右に首が振られるが、今度のは本当だと解釈する。
「気にはなっていたのだが、こんな時間に独りで出歩くのは危ない。
 いくら慣れ親しんだ村だと言っても、何が起こるか分からない。ご両親も心配するよ」
 と、当然のことを口にした瞬間、深はハッと息を飲み込んだ。
《そんなもの、もういない!!》
 憎しみと怒りが、耳に聴こえない《声》となって与依の全身から噴き出した。
 実際には何も与依は答えていない。
 だが、深ははっきりと与依の《声》を聞いていた。
「……与依殿?」
 躊躇いがちに名を呼べば、与依は勢い良く振り向いた。
 唇を強く噛み、憎悪の宿った眼が深を捕える。
 だが、その憎悪が自分に向けられているものではないと言うことは、すぐに分かった。
 それは家の主、村長へ向けられたものだった。
 ただ、何故村長へそれほどまでの憎悪を向けているのか、深には分からなかった。
 それを探り出すべく、深が声を掛けようとしたとき、
「あんたはお人よしだ」
 与依が押し殺した声で言った。
「よく縁に言われるよ。ああ、縁と言うのはあの派手な鳥の名前だ」
 と、あえて気楽な口調で返すと、
「だからあんたに忠告してあげる」
 ここにはいない村長を睨みつけながら、与依は言う。
「この村の人間の言うことを信じるな。
 さもないと、あんた達、生きてこの村出られないよ」
「!」
 それはある意味衝撃的な忠告だった。
「待ってくれ、与依殿。それは一体どういう意味だい?」
 だが、与依はそれっきり何を言うでもなく、踵を返すと一目散に走り去って行った。
 直後、刺すような痛みが頭の中を駆け抜ける。深は頭を押さえて小さく呻いた。
 お陰で与依の姿が半ば闇夜に呑まれるほどの距離が開く。何より、全身で追い駆けて来ることを拒絶されていたならば、深はその場から動くことが出来なかった。
 何故与依はあんなことをと、呆然と立ち尽くしながら考える。
 頭の中は、与依の怒りと憎しみが植えつけられたように駆け巡っている。
 そして何より、両親はもういないという叫びと、村長へ向けられた憎悪。加えて、生きて村を出られないと言う忠告が、広がる波紋のように次々と疑問を湧き上がらせた。
「……この村には何かがあるのか?」
 腕を組み、右手で顎を擦りながらポツリと呟く。
 深はその夜、すぐには寝付けなかった。


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