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作品名:天邪鬼の帰る場所 作者:橘 紫綺

第3回 第一章『迷子の薬師』A

《ほんとーにこっちであってるのか?》
 縁が力一杯疑いを籠めて問い掛けて来たのは、あれから半時ほど経った頃だった。
「ああ。多分問題ないと思う」
《おもうって、なんのこんきょがあってダンゲンするんだ?》
 木箱の上に止まり、男の右肩に頭を乗せて問い掛ける縁。
 それに対して、飛ぶことすら止めたか……と思いつつ、男は答えた。
「勘だ」
《ほう……って、はぁあ?!》
 一度は感心したものの、驚いたように男を見る縁。
「……って言うか、痛い」
 勢い良く振り返ったせいで、縁の嘴が男の頬を強打した。
《い、イタイなんて言ってるバアイじゃないだろ? カンってなんだよ、カンって!》
「勘は勘さ。何となくとしか言いようがない」
《おまえとゆーおとこは、ヒトのことをどーこー言っておきながら、自分はカンか?!》
(誰がヒトなんだか)
 と思いながら、男は、肩の上で猛抗議して来る縁の翼から顔を守るように手を翳しつつ、うんざりしながら答えた。
「俺の勘が当たることは知っているだろ? 大丈夫、お前が望むように屋根のあるところで休めるさ。ほら、見てみろ。そうこう言っている間にも……」
《ああーっ! あれは!》
 男が錫杖で前方を示せば、縁の機嫌が一気に直った。それも当然のことで、今までずっと、うんざりするほど代わり映えしなかった景色が途切れていたのだ。
《は、はやく。はやく行こう! みちだ。みちがある。やねのあるバショで休める♪》
 またも空中で小躍りし始める縁を、現金なものだなと呆れながら、それでも口元に笑みを浮かべて男も後に続いた。
 男にしてみても、ようやくまともな道が歩けると思ったのだ。
 だからこそ、男は止めなかった。
《オレサマがいちばんのり!》と、宣言しながら飛んで行く縁を。
 しかし、それがいけなかった。
「きゃ」
 と、驚いた若い女の声が聞こえて来れば、少し浮かれていた男もハッとした。
 突然茂みの中から派手な鳥が飛び出して来たら誰でも驚く。
 ましてや、辺りを警戒すらせずに縁が突っ込んで行ったのだ。激突すればただの怪我ではすまない。
 どうせ誰もいないだろうと高を括っていた己の落ち度だと後悔しながら、男も慌てて山道へ飛び出すと、
「きゃっ」
 再び悲鳴が男の耳を打った。
 見れば、歳の頃十五、六程の村娘が一人、驚きに眼を見張って男を見ていた。
 背中ほどまでの黒髪を首下で一つに束ねた、煤けた朱鷺(とき)色の着物に薄い萌黄(もえぎ)色の帯。赤い鼻緒の草履を履いて、突然現われた男を凝視している。
「すまない。驚かせるつもりはなかったんだ」
 男は慌てて問い掛けた。
「どこか怪我などしていないか?」
 と、手を伸ばしかけ、慌ててその手を引っ込める。
 娘は大きな瞳に不審の色を一杯にし、男を見ていた。
「ああ。重ねて申し訳ない。俺の名前は深(しん)と言う。ごらんの通りの薬師だ」
「……薬……師?」
 娘の瞳に更に戸惑いが加わる。その様を見て、深はふと思いついた。
「あー、もしかして、薬師には見えないか?」
 そう。今までも度々あった。普通に町や村に入ったときですら、稀に疑われるのだ。
 それが突然山の中から出て来れば、まっとうな人間だと思えと言う方が無理かもしれない。その程度には深の頭も働いた。
「一応、これを見てもらえれば分かると思うが、この中には沢山の薬が入っている。
 俺は離れて見ているから存分に確かめてくれ」
 と言って、薬の入った木箱を背中から下ろし、地面に置いて言葉通り離れて見せる深。
 そんな深と、置かれた木箱を交互に見ながら、しかし、娘から戸惑いの色が消えることはなかった。
(まぁ、普通はそうだな……)
 当然と言えば当然。薬箱に薬が入っているからと言って、山の中から突然出て来た男が本当に薬師だと言う保障はない。警戒することは人として当然の行動だろう。
 だが、警戒されたまま逃げられでもしたら、それはそれで問題だ。村への道自体は、娘が逃げ去った方向を目指せばいいとしても、怪しい奴が来ると触れ回られた日には、村を目の前に、入村出来ない可能性もある。
 それは困る。
 正直、深自身は村に入れずとも別段困るわけではないのだが、縁がうるさい。
 出来ることなら屋根のある場所を確保したい。
 さもないと、縁が延々と愚痴をこぼし、眠ること自体不可能となる。
 さすがにそれはうんざりする。移動するのはあくまで深なのだ。人として睡眠は必要不可欠。それを妨害されるなど堪ったものではない。
 対して縁は、その気になれば気楽に木箱に止まって眠ることも出来るし、深を使って楽をしながら移動が出来るのだ。正直、どこかに吊るして置き去りにしてやろうかと思いたくなることもある。だとしても、それはそれで後から面倒なことになるとも思う。それらを回避するためには、やはりここで警戒心を抱かれたまま逃げられるわけにはいかない。だとしても、一体どうしたものかと考えていると、
《あーっもう、まどろっこしい。さっさとムラのばしょをきけばいいだろ!》
「!?」
 早くも痺れを切らした縁が、いつの間にか薬箱の上に降り立って喚いていた。
 突如目の前に現われた派手な鳥。それも人の言葉を話す鳥に、本気で驚いた娘が反射的に身を仰け反らせて尻餅を付く。
《おい、こら、むすめ! ムラへはどっちのみちをたどればいい! さっさとこたえないと……むぐ?!》
「止めろ、縁。娘さんを怖がらせるんじゃない!」
 鶏冠を逆立て、翼を大きく開きながら威嚇する縁の嘴と翼を背後から押さえ込み、慌てて深が止めれば、
《んぐー! ぐぐぐっ! んぐー!》
 体全体を使って戒めから逃れようとしながら縁がもがく。
「あー、怖がらせて済まなかった。怪我はないか?」
 必死に脱出を試みる縁を、負けじと押さえ込みながら深が訊ねると、娘は目を大きく見張って答えた。
「……鳥が、喋ってる……」
《んぐーっ! ぐぐぐぐ!》
 刹那、何かしらを猛抗議する縁。
 対して深は、兼ねてから用意している答えを口にした。
「ああ。こいつは『山彦鳥(やまびこどり)』と言う種類の大変珍しい鳥で、人の言葉を覚えて話すことが出来るんだ。たまに人間のような口振りのときもあるが、意味が分かっているわけじゃない」
「……そう、なの?」
 ぱちぱちと瞬きをしながら、しかし、驚きの表情の中にも好奇心を見て取った深は、
「ああ。どこに行ってもこいつは驚かれた。俺も初めて目にしたときは驚いた。元々見世物小屋にいてな、とても乱暴な言葉ばかりを耳にして来たせいか、口を開くと容赦ない」
「へぇ〜」
「でも、この外見だ。喋ることも珍しいが、この姿を一目見たいと見物人は後を断たなかったそうだ」と説明してやると、
「へぇ〜」
 娘の口から出た感嘆の声には明らかな好奇心が含まれていた。
 尻餅の状態から、手を前に付き、膝立ちになって擦り寄って来る村娘を見て、何とか警戒心は解けたなと思うと、深は内心でホッと溜め息を吐いた。
「ただ、そうやってちやほやされる生活が長かったせいか、夜は屋根のある場所じゃなければ眠れないと駄々をこねる」
「そうなの? 鳥なのに?」
 純粋な疑問を瞳に宿し、警戒心もなく問い掛けて来る村娘。
 そんな娘に対し、自分にも娘がいたら、こんな風に問い掛けられたのだろうかと思いながら、深は笑って答えた。
「そうなんだ。鳥なのに。変だろ?」
《んぐー! んぐ!》
 腕の中で縁が猛抗議して来る。
 これは後が怖い……と思いつつ、とりあえず無視する深。
 それが功を奏したのだろう。
「そうだね、変だね。でも、面白い」
 初めて娘が朗らかに笑った。
 釣られて深も笑って見せると、一瞬娘が驚いた顔をした。
「どうした?」と問い掛けると、慌てて娘は誤魔化し笑いを浮かべて言った。
「何でもないの。村ね。村はあっちに向かって暫く行くと、左右に道が分かれるから、それを左に行けばあるわ」
「そこには君もいるのかい?」
「……うん」
 一瞬の沈黙の後の肯定。
 何か引っ掛かるものを感じた深が、真っ直ぐに娘へ視線を向けると、
「お、おらはまだここでやることがあるから……。早く行かないと暗くなっちゃうよ」
 と、慌てて深を促した。
「だが、同じ村に向かうなら一緒の方がいいんじゃないか?」
 と、当然の疑問を口にしてみるが、
「おらはいいの。祠の片付けがあるから……」
 と、拒絶された。
 祠の片付けと言われ、改めて見ると、確かにそこには小さな祠らしきものがあった。
 ただし、無残に打ち砕かれて。
「……酷いことをする者がいるものだ」
 つい、正直な気持ちが口を吐いて出た。
「……う、うん。本当にね。本当に、酷いよね」
 固い口調で娘が答える。
「よし。俺も片付けを手伝おう。こんなことをする奴が、まだこの辺りにいないとも限らない」
 だが、その申し出を娘は力一杯否定した。
「いいの! 申し出は本当に嬉しいけど、これは村の人間がやらなければならないことだから。だから、薬師さんは気にしないで」
 その、全身から迸る拒絶に、深は口を挟めない壁を見た。
 そして思う。所詮自分は旅人。余計なことに首を突っ込む必要はないのだ。
「……そうか。それは確かに出過ぎた申し出をしてしまった。申し訳ない。では、先に村へと向かわせてもらうよ」
「……あ」
「ん?」
「う、ううん。お気を付けて」
「ありがとう」
《いいかげんにはなせ! ぶれいもの!》
「はいはい」
 手を放した途端に不満を爆発させる縁を促し、深は薬箱を背負って歩き出した。
 後には壊れた祠の前に、着物を握り締めて見送る村娘が一人。
 いつまでも複雑な思いの籠もった眼差しで、深の後ろ姿を見送った。


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