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作品名:天邪鬼の帰る場所 作者:橘 紫綺

最終回 第八章『天邪鬼の帰る場所』D

《まったく! おそいにもほどがある!》
 洞窟を抜け、無事に山の中へと戻って来た瞬間、晴れ渡った空に飛び上がり、縁が不満を爆発させた。それこそ、袋から出された瞬間、『怖かった』と深にしがみ付いて泣いていたのはどこの誰だったかと問わんばかりの悪態だったが、
「すまない縁。出来る限り急いだんだが、遅くなってしまった。本当にすまない」
『遮幕朧』をしっかりと頭に巻いた深が素直に頭を下げれば、
《な、なにをそんなに、すなおにあやまるんだ? べ、べつにおまえがわるいわけじゃないだろ?》
 縁はしどろもどろになって戸惑いを露にして見せた。
 そんな縁を優しく見上げている深を見て、与依は少し縁が羨ましく思えた。
 もしも自分が縁だったら、誰の目も気にせずに甘えられるのにと思ったのだ。
 その瞬間、
「与依殿も済まなかった。まさか与依殿たちも捕まっているとは思わなかったんだ」
「そ、そんなこと、別に、薬師さんが謝らなくても」
「そうだよ。結果的には全部薬師さんが治めてくれたようなものなんだから」
 突然話を振られ縁並みに動揺すると、すかさず歴が間に入った。
「本当に、本当に薬師様には感謝してるんだ。
 お父のことまで助けてもらって、与依のことも助けてもらって。
 おいら一人じゃ何も出来なかった。おいら一人じゃ誰も助けられなかった。
 今更のように思う。もしもこのとき、薬師様がこの村に来てくれていなかったらどうなってたのかって。きっと神様のお導きだと思ってるんだ」
「ええ。本当に、薬師様には見捨てられても仕方のないことをしたと言うのに、命を救われました。このご恩は一生忘れられません」
 歴と与依の元へ駆けつける前に治療を受けていた良が、居ずまいを正して頭を下げれば、
「止めてくれ。薬師が怪我人を助けるのは当然のことだ。それより体に障ってしまう。楽な体勢を取って下さい」
「いえ。小判二十枚という大金まで使わせたんです。下げる頭はあっても上げる頭はありません」
「あー、だとしたら、尚更頭を下げる必要はない」
「え?」
 突然、何かをはぐらかすような話し方をする深に、戸惑い気味に良が問い返せば、深は答えた。
「実はあれは、『とある青年』からの預かり物だったんだ」
「とある――」「――青年?」
「って、まさか?!」
 と、与依が声を上げれば、深は微かに目を細めて頷いた。
「そうだ。自称名のある神様の眷属だ。村長と途中で会って、話を全て聞いた後、この入り口の前で会ってね」
「そんな……」
「そんなことが本当に……」
 半ば呆然と呟く歴親子。
 その横で、与依は両手を口に当ててはらはらと涙を零していた。

『良い子にしていると、神様が守って下さるんだよ』
 
 父親の声が間近で聞こえたような気がした。
 何度も何度も憎しみをぶつけたあの祠の神様が、それでも見捨てずに助けてくれた。
 そう思ったら、泣かずにはいられなかった。
 だから与依は思った。
 今度こそちゃんと謝ろうと。ちゃんと謝って、ちゃんとお奉りしようと。
 そんな決意を新たにしたとき、
《じゃあ、これでこころのこりはなくなったな。やくそくだぞ。コムスメがもどってきたら、こぞうにあとをまかせて、むらをでるんだ》
 深、歴、歴の父親、与依の頭上を旋回しながらの縁の宣言に、そのまま与依の顔は強張った。
 深がいなくなる――
 忘れ去っていたわけではないが、改めて突きつけられると、与依は動揺した。
 それが顔に出たのだろう。深は与依に近づいて来ると、その手を与依の頭に乗せて、周りに聞こえないように囁いた。
「君の気持ちは嬉しいが、それはほんの少しの勘違いだ」
「勘違い?」
「そう。君が俺に見ているのは、君のお父さんの面影だよ」
「お父の?」
「そう。でも、俺は君の父親にはなれない」
「でも、薬師さんがいなくなったら……」
「君は独りじゃない。今日のことでわかっただろ? 君はずっと守られて来ていたんだ」
「歴に?」
「そうだよ。君の父親との約束を果たすためにずっと頑張って来ていたんだ。
 それに、『とある青年』が言っていた。君の父親は生きていると――」
「え?」
 その瞬間、与依の中で何かが変わった。
「いいかい? 君は独りじゃない。父親も母親も生きている。いつの日か、この村でもう一度暮らせる日も来るかもしれない。だから君は、この村にいなくてはいけない。解るかい?」
 その言葉は、雪解けのように与依の中にあった何かを溶かして行った。
「君の帰る場所は俺のところじゃない。君の帰る場所はこの場所(むら)だ。
 嫌なことも見たくないことも沢山あるだろう。
 でも、嬉しいことも楽しいこともこれからは起こる。
 それを共に経験する者もいる。だから君はここにいるんだ。
 俺には、もう一人の口うるさい『天邪鬼』がいるからね」
 と、いたずらっ子のように目を細めると、
《ふぇっくしょん! なんだぁ?》
 頭上を飛んでいた縁が珍しいくしゃみをした。与依は笑った。
 そんな与依の頭を、今一度くしゃりと撫でてやり、深は言った。
「じゃあ、俺たちはこれで行く。世話になった」
《じゃあな》
 そう言って、実にあっさりとその場を後にする。
「本当にいいのか? 薬師様行っちまうぞ」
「いいんだ。おらはこの村に居る」
 背後で微笑ましい会話が聞こえ、深は我知らず口元に笑みを浮かべていた。
 その肩に縁が舞い降りると、
《おまえ、うそついただろ》
 と、ボソリと言った。
《――とあるせいねんなんて、いなかったんじゃないのか?》
「何のことだ?」
《ちゃんと『リョヒ』、のこってるんだろうな》
「ちゃんとあるよ。大丈夫」
《ほんとか?》
「本当さ」
 いつまでも胡散臭そうに疑う縁を適当にあしらいつつ、二人は村の出口へと向かった。
 するとそこには、多くの村人が集まっていた。
 普通であれば感謝される場面だろうが、集まった面々の顔を見渡せば、感謝などとは程遠い、警戒や戸惑いばかり。
 その中央で、村長が叫んでいた。
「こいつだ! こいつは人の皮を被った妖だ! こいつは、人様の考えを読み取るんじゃ! わしは読み取られた。誰にも知られたくないことまで、こいつは読み取り、弱味を握って金品を巻き上げる極悪非道だ!」
 半信半疑の戸惑いが辺りを包む中、村長だけが唾を撒き散らして喚き続ける。
 その間を深と縁は無言で悠々と通り過ぎた。
「二度と来るな、化け物め!」
 その背後へ、恩を仇で返すような言葉が叩きつけられたなら、
《あのじじい……》
 深の肩の上で、縁が険悪な声を上げる。が、
「構わないさ。誰もが皆そう思うんだ。
 俺がそんな化け物じゃないことはお前たちが知っていればそれでいい」
 本当に何とも思っていないかのように深が答え、
「さて、次はどんな場所へ行くんだろうな」
 村長の突き刺さるような視線が消えた頃、晴れ晴れとした声で深は呟き、
《めんどーごとがないところだったらどこでもいい》
 呆れ返ったように縁が応えて、深の先を行くのだった。
  
                                     《終》


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