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作品名:天邪鬼の帰る場所 作者:橘 紫綺

第23回 第八章『天邪鬼の帰る場所』C

 突如、進行方向とは逆から聞こえて来た声に、一同の間にさっと緊張が走った。
 与依は咄嗟に『ありえない』と思った。
 だが、与依の想像が間違いなどではない証拠に、
《そ、そのこえは、シン! オレサマはここだぞ! はやくたすけにこい!》
 縁がその声の主の名を叫んで、袋の中で大暴れして見せた。
(嘘だ……)
 与依は呆然と、自分たちのやって来た方向を見た。
 その方向には歴と歴に差し向けられた男がいるはずだった。
 だが、互いの姿が確認できる場所に現われたのは、
「うう……」利き腕をざっくりと斬られた男と、
「与依!」あちこちから血を流している歴と、
「少し迎えが遅くなってしまった」
『遮幕朧』を左腕に巻いた深だった。
「貴様、何者」
 歴の父親を斬った男が、自ら進み出て訊ねる。
 対して深は、濡れ鼠の状態で、くしゃみ一つしてから答えた。
「俺は深。しがない流れの薬師で、お前さんたちが誘拐した『山彦鳥』の友人だ」
「……」
「今、『山彦鳥』の持ち主は別な場所で始末されているはず――と思っただろ?
 確かに騙されたが、ここにこうしている以上、始末されたのはどちらか、言わずとも判るだろ?」
 直後、男は腰の刀に手を添えた。
 それに倣い、縁を入れた袋を持った男を外した二人も構え、
「行け」
 男の号令一つで、部下の二人が斬りかかった。
 大人三人が余裕で通れると言っても、大立ち回りが出来るほど広くはない。
 部下の一人が初めに深に到達し、刀を上から振り下ろす。
 それを予め知っていたかのように、深は男の懐へ踏み込み、強烈な拳の一撃を鳩尾へ叩き込めば、衝撃の余り、男の手から刀が離れた。
 その、白目を剥いて倒れる男の手から刀を奪い取り、即座に左側から振り抜かれる一刀を受け止める。
 そのまま連続で斬りつけられるのを悉く受けて立ち、男が息を吸い込むと同時に踏み込み、左下から右肩へ刀を降り抜けば、面白いように刀が飛んだ。
 直後――
「っが!」
 刀を弾き飛ばされた男が苦悶の声を漏らすのと、深が大きく退いたのは同時だった。
 見れば、歴の父親を斬った男の刀が、部下の体を貫いて深へと迫っていた。
 そして、
「わわわわっ」
 深が右へ避けるのと、男によって後ろから蹴り飛ばされた部下が倒れ込むのはほぼ同時。
 突然自分へ向かって突っ込んで来る部下から逃げて、驚きの声をあげる歴。
 その視線の先で、部下は血を吐き出してビクビクと痙攣した。
「……自分の部下の命も使い捨てか。役立たずとは余りの言いようだな」
 嫌悪感の籠もった声に、視線を再び上げれば、父親を斬った男と深が、互いに間合いを計りながら、ゆっくりと移動していた。
 そして、歴が瞬きをした瞬間――男は地面を蹴っていた。
 速かった。そして、異様な動きだった。
 男が、深の頭上目掛けて刀を振り下ろすのを、深が刀を掲げて防ぐとすかさず何度も何度も打ち付けた。
 それこそ、息も吐かせないほどの速さで、一瞬でも気を緩めたら簡単に脳天をかち割りそうな勢いに、見ている歴の呼吸が止まっていた。
 そうかと思うと、突然駒のように体を回転させ、下から深の刀を弾き飛ばす。
 そのがら空きになった胴体目掛けて、今度は刀を突き出し、深がそれを払い除ければ、払い除けた力を利用して一回転し、反対から斬りつける。
 その縦横無尽の刀捌きに加え、時折足が飛んで来る。
 まさに息吐く間もない攻撃に、歴は我知らず握り拳を作って見入っていた。
 何故なら、それほどまでに激しい攻撃を、深は悉く捌いているのだから。
 それこそまるで、相手の攻撃がどう来るのか判っているかのようだと歴は思った。
 同時にそれは男も思ったらしく、男は一度間合いを取って問い掛けていた。
「貴様、どこで剣を習った」
 対して深は、多少息を上げながら答えた。
「我流だ」
「そうか」
 短いやり取りで何が通じたものか、男は突然刀を下ろすと、再び口を開いた。
「何故か、負ける気はしないが勝てる気もしない。貴様の目的はあの『山彦鳥』か?」
「それと、与依殿だな」
 どこかホッとしたような声で深が付け加えれば、
「それは欲張りと言うものだ」
 当然の答えが返って来た。
 だが深には判っていた。目の前の男が考え始めたことを。
 即ち交渉の余地があるということを。
「だが、借金の取立てで命を張るのもどうかと俺は思うがな……」
「だが、これが俺たちの仕事だ。仕事である以上、まっとうしなければならない」
「だとしても、十人の命を賭けてまでやらなければならない仕事か?」
「……どういう意味だ?」
「お前にしてみれば使い捨ての駒かもしれないが、一応俺のところに来た連中は殺してはいない。ただ、多少動けなくした状態で船に積み込んで川には流した」
「だからなんだ。役立たずを迎えに行くつもりはさらさらない」
「だとしても、慈悲を掛けた。勝手に掛けておいて図々しいと思う気持ちも判るが、そもそもの問題として、生きた人間や喋る鳥を連れて行く必要は必ずしもないだろ?」
「……」
「ようは、お前さんたちの仕事は借金を回収するということで、人攫いをすることじゃない。人を攫うのは、それに見合った金がなかったからだ。違うか?」
「だったらどうだというのだ」
「だから、もしここに、与依殿と『山彦鳥』に見合う金額が用意されていたら、そっちを持って帰ることにしてもいいはずだ。さもなければ、俺はお前さん達を殺さなければならなくなる。
 お前さんも自分で言っていただろ。負けるつもりもないが勝てるとも思わないと。
 それで負けたらお前さんに何が残る? かろうじて勝ったとしても、利き腕が使えなくなっていたらどうする? 二度と刀を握れなくなっていたら? 体術でも極めて応戦するのも良いだろうが、それまではどうする?
 お前さんのように人を人とも思わない人間が、自分の身を守る術をなくした。技術をなくしたと知れば、周囲がどんな反応を見せるか分からない訳ではないだろ?」
「だったら何だ。村の連中は初めから人を売り渡す方法で借金を返していた。
 悪いのは俺たちではなく、村の連中じゃないのか」
「それはそうだ。だからお前さんたちのことを責めるつもりはないさ。
 ただ、お前さんが捕まえた『山彦鳥』はこの村のものではない。流れの薬師である俺のものだ。それを勝手に連れて行くのはどうかと思う」
「だったらどうする」
「金を払おう」
『え?』と、戸惑いの声を漏らす与依と歴。
 このとき既に、男は刀の切っ先を下ろし切っていた。
「ここに小判が二十枚ある。これで『山彦鳥』と与依殿を買い取らせてもらう」
「……」
「おっと。値段は吊り上げないでくれよ。本来の枚数より五枚も多いんだからな。
 それだけあればこの村がどれだけ助かるか」
「……何故、赤の他人のお前がそれほどの大金を出せる」
「確かに。与依殿とは赤の他人だが、縁とは他人じゃない。
 俺の大切な相棒なんだ。だから、無事に返してくれるというのなら金を払う」
「…………」
「あんたは、人でなしだが、仕事をこなせれば無茶なことはしない人間だ。違うか?」
「……」
「だからこその交渉だ。金は払う。だから二人を返してくれ。さもなければ、ここでその両腕を切り落とす」
 と、改めて深が刀を構え直せば――
「……金を検めさせてもらおう」
 熟考した男が刀をしまいながら言って来た。
 深は素直に金の入った袋を放り投げた。
 本来であれば、男が袋に気を取られた瞬間にでも斬りつけて、その命を奪ってしまえば良いようなものだが、深はそうしなかった。
 後に、何故そうしなかったのか訊ねた歴に、深は答えた。
「あのとき男を殺しても、借金が返し終わらない限り、何度でも人買いは現われる。
 その度に村は怯えなければならないんだ。それよりは、確実に返してしまった方が安心できるだろ? あの男は人でなしだが、仕事だけはきちんとする人間だ。そこで誤魔化したり嘘を吐いたりする人間ではないからな――」と。
 男も男で、その危険性を考慮していなかったのか、まるで警戒せずに袋を受け取ると、当たり前のように中を照らして確認した。
 何枚かを無造作に取り出して硬さを確かめたりもしたが、やがて気が済むと、
「ふむ。確かに二十枚受け取った」
「では」
「娘たちを返そう」
 それが、村の秘密の終わりだった。


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