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作品名:天邪鬼の帰る場所 作者:橘 紫綺

第20回 第八章『天邪鬼の帰る場所』@

 今、目の前の老人は何を言ったのだろう?
 怒りで沸騰していた頭の中が一瞬にして冷やされて、与依は『山彦鳥』の意味を考えた。それを意味するのは与依の知る限りただ一羽。深の連れている縁だけ。
 その縁をどうすると言うのだろう? もしや縁を売り払う?
 元は見世物小屋にいたと深は言っていた。
 だとすれば、お金にはなるのだろうが、そんなことを深が許すはずもない。
 だが、もし、縁を手に入れるために村の連中が深に手を出したとしたら……

 ――村の連中を信じるな。さもないと生きてこの村を出られないよ

 知っていて忠告したわけではない。深い意味があって言ったわけではない。
 だが、村長の話を聞いてしまった今、それは否応なく現実味を帯びていた。
「ちょ……ちょっと、待って。ま、まさか、縁を手に入れるために、薬師さんに何かしたんじゃねぇべな?」
 問い掛ける声が震えていた。
「も、もしも薬師さんにまで何かしたら……」
「それはない」
 与依がみなまで言う前に、村長が否定する。
「この世の中、鳥一羽の命と自分の命を天秤に掛けて、鳥の命を選ぶ馬鹿は居らん」
 それを聞いて、一瞬ホッと胸を撫で下ろす与依。
 だが次の瞬間、ふと気が付く。
 もしも深が、縁を選ぶような人間だったとしたら、そのときはどうなるのかと。
 与依はゾッとした。悪寒が背中を駆け上がる。
 深とは短い時間しか共に過ごしてはいないが、確信していた。
 深は縁を見捨てるような人間ではないと。だとすれば、深が危ない。
 そのときだった。
《だせ! ここからだせ! オレサマをどこへつれていくきだ! こんなことしてただですむとおもうなよ! シンがおまえたちをボコボコにするんだからな!》
 多少くぐもってはいるものの、甲高い小生意気な声が遠くから響いて来るのを聞き、与依は自分の体から血の気が引くのを感じた。どうやっても聞き間違いなど出来ない。
 木の枠に顔を押し付けて、やって来るものが間違いであって欲しいと心から祈る。
 深が縁を見捨てたとは思いたくはない。
 だが、村人の手に深が掛かったとは思いたくはない。
 しかし、与依の祈りも虚しく、縁は与依の前に連れて来られた。
《だせー! ここからだせ! オレサマをどーするつもりだ!》
 麻袋が内側から激しく押されていた。縁が袋詰めにされて連れて来られたのだ。
「これはこれは皆様お揃いで。『山彦鳥』は無事に手に入れることは出来ましたか?」
 村長が腰も頭も低くして、もみ手すらしそうな勢いで話し掛ける。
 話し掛けられた男たちは、肩までスッポリと隠れるほどの深い笠を被っていた。
 黒い着物に袴。腰には刀を差して、先頭の男が袋を軽く上げて見せたなら、
「あの薬師は素直に差し出しましたか?」
 村長は、与依の気持ちを知って知らずか問い掛けた。
 男は答えた。
「薬師は元々いなかった」
「そ、そうですか」
 男の答えを聞いて、ホッとした声を出す村長。それと同様に与依もホッとしたのだが、次の瞬間、勢い良く顔を上げた。
「ただし、別な場所で始末はつけたがな――」
 ともすれば、聞き逃しそうなほどにあっさりと告げられた言葉に、与依の頭の中は一瞬白くなった。刹那、穏やかな深の顔を思い出し、
「なしてだ?! なして薬師さんを!」
 与依は噛み付かんばかりの勢いで言葉を投げつけた。
「薬師さんが何をした! 薬師さんは、この村の人間を助けてくれたのに! この村とは何の関係もないのに!」
《そのこえはこむすめか? そこにいるのか? だったらはなしははやい!
 これはどーなってる? こいつらはシンになにをしたんだ?!》
 縁が袋の中でもがきながら問い掛けて来るが、途中から男に押さえ込まれて、もはや言葉が聞き取れなくなる。
「この娘は何だ?」
 男の冷たい声と視線が向けられる。
 笠越しのせいで直接眼が見えたわけではないが、与依は咄嗟に言葉を飲み込んだ。
 寒かったのだ。雨に濡れていたから体が冷えたせいかもしれないが、男に見られたと思った瞬間、悪寒が走った。
「あ、あのですね、この娘はその……」
「いくらだ?」
「は?」
「いくらで売るつもりだ? 鳥だけでも充分だが、若い娘が付けばそれはそれで……」
「与依は売り物なんかじゃない!」
「その娘は売り物なんかじゃない!」
 まるで感情の籠もらない男の言葉に、歴と歴の父親の声が同時に上がった。
「売り物ではないのか」
 男が村長へ問い掛け、歴は与依を格子から引き離し、与依の父親は男たちから子供たちを遮るように立ちはだかった。
 そして再び、男は村長へ問い掛けた。
「もう一度だけ聞く。その娘は売り物ではないのか?」
 その声に、与依は震えが止まらなかった。
 人のことをただの物としか考えていない男の声は、聞くだけで全身に鳥肌が立った。
 自分はこの男たちに売られてしまうのか? だから自分はこんな場所へ閉じ込められていたのか?
 そう思うと、怖くて震えが止まらなかった。後ろから歴の着物を握り締め、その背に自分を隠したなら、与依は村長の言葉に我が耳を疑った。
 村長は言った。
「実は、三年前にそちらが連れて行きました女の娘でして。どうしても母に会いたいと申しております。出来ることなら、母親と同じ場所へ連れて行ってはもらえないでしょうか?」
「して、いくらで売る」
「そちらの相場で構いません。その代わり、借金はこれで完済と言うことにしていただけないでしょうか?」
『村長?!』
 余りにも信じられない発言に、与依の心臓は鷲掴みにされ、歴と歴の父親の非難めいた声が同時に上がった。
 だが、三人の思いをよそに、男は懐から一枚の紙を取り出すと、村長へ書面を向けビリビリと破り捨てて見せた。
「これで証文はなくなった。私達がこの村に関わることはもう二度とない。
 貴様らが再び同じ過ちを犯さなければな」
「ええ。それはもう。二度とこのような愚かなことは致しません」
『村長!』
 非難そのものの歴と歴の父親の叫び声など聞こえないかのように、村長は深々と頭を下げて、感謝の言葉を告げた。だが、どうしてもそれを許せない人間がいた。
「村長! あんたと言う人は、何を考えているんだ!」
 歴の父親だった。
 歴の父親は村長の胸倉を掴むと、土壁に押し付けて凄んだ。
「あのとき約束しただろ! 与依だけは守らなければならないって。
 たとえ何があったとしても、この村で与依を守らなければならないって。
 いつか二人が生きて帰って来たときに与依と会えるように、立派に育てると!」
(え?)
 与依は目を瞬いた。
 今歴の父親は何と言った? 与依のことだけは守ると村で決めた?
 この村で待っていたら、二人に会えるかもしれない?
 そんなことが、ありえるの?
 一抹の希望を与依が抱くも、
「そったこと言ったところで何になる! 本当に二人が帰って来るとは限らんのだぞ。篠の方はともかく、活(かつ)はあの傷で生きていると思うだか!」
 あっさりと村長は与依の希望を打ち砕いた。だが、
「だったら何だ! 俺たちは活の死体を見たわけじゃない! 篠が生きていれば、いつか会えるかもしれないだろ! 俺たちは活に顔向け出来ない! 俺は篠を裏切れない。
 俺たちは篠のお陰で今を生きていられるんだ。
 それなのに、その娘まで売り払うなんて、あんたは何を考えてる?!」
「それはおめぇの方だべ! 生きでるかどうがもわがらねぇ! 二度と会えるがもどうがもわがらねぇ奴のために、この村の一生を棒に振る必要はねぇ! 与依が一緒に行くことで、この村の平和がようやく戻って来るんじゃ。おめぇにはそれがわがらねぇのが!」
「判るか! 博打に反対した男と、親友のために身代わりになった女の子供を犠牲にして手に入れた平和を、どうやって子供たちに伝えるつもりだ!」
「そったもん、伝える必要はねぇ!
 これまでも何も教えずに来た。これからも何も伝えねぇ!」
「あんたそれでも村長か!」
「だからこその決断じゃ! 今まで黙っていたくせに、今更正論こくんじゃねぇ!」
 その、次の瞬間だった。
「俺は人間を捨てたつもりはねぇ!」
 堪忍袋の緒が切れたらしい歴の父親が拳を振り上げたときだった。
「うるさい」
 たった一言。
 歴と与依は、咄嗟に何も言えなかった。
 信じられなかったのだ。自分たちの今見た光景が。
 男が当たり前のように、村長へ掴みかかっていた歴の父親を――斬ったのだ。
「な、何を……」
 体の右脇をあっさりと斬られた歴の父親も、自分の身に何が起きたのか判らないかのように、呆然とした声をあげて男を見た。
 そんな歴の父親を、男は塵を払い除けるかのように脇へどけ、村長に向かって言った。
「さっさと娘を出せ」
「お父!」
 成す術なく格子に背中をぶつけて座り込む歴の父。
 歴が慌てて父親の元へ駆け寄り、格子越しにその着物を掴む。
 格子へ叩きつけられた反動で、傷口が痛み出したのか、右脇を押さえ込んで呻く父親。
 その傍で、冷徹に命じられた村長は、慌てふためきながら懐から鍵を取り出し、
「や、止めろ、村長……」
 与依を売り飛ばそうとするのを歴の父親が掴んで止めれば、
「ええい、放せ! まだわからんのか。こうするしかないんじゃ」
 癇癪を起こした子供のように、でたらめに足を振り回して拘束を逃れると、村長は震える手で鍵を開けた。
「さあ、来い、与依。判るじゃろ? お前の役目が」
 引き攣った笑みを浮かべて、村長が手を差し出して来る。
 それを見て与依は、全身に怖気が走った。
 吐き気がするほど嫌だった。気持ち悪かった。行きたくなどなかった。だから、
「この、人でなしが!」
「うわ」
 歴が村長へ体当たりして吹っ飛ばすと、与依は歴にしがみ付いた。
 まるで歴のことを気にしていなかった村長にしてみれば堪らないだろう。
 成す術なく吹っ飛ばされ、地面に這い蹲ると、
「な、何をするんじゃ」
 怯えた声をあげて、歴を見た。
 対する歴は怒り狂っていた。自分の父親が目の前であっさりと斬られたのだから当然だ。
 しかも、それを助けもせずに当たり前のように、与依を売り渡そうとする村長が憎らしかった。与依の両親がいなくなったのも、与依が売り飛ばされそうになっているのも、自分の父親がいきなり斬られたのも、元々は村長の決定が発端だったのだ。
 何も知らずに暮らしていた自分が馬鹿馬鹿しい。
 こんな下らない外道が村長などとおこがましい。
 自分は弱い老人なのにと言わんばかりに、怯えた目で見て来るのが、更に腹立たしかった。
「お前が……お前みたいな馬鹿が下らない決断をしたから……」
 強く強く拳を握り締めて、噛み締めた歯の隙間から押し殺した声を吐き出しつつ、ゆっくりと歴が村長へ近付いて行く。
「お、落ち着け歴。お前も今に分かる時が来る。これが村にとって一番――」
 と、無神経に歴の逆鱗を逆なでして来る。
 歴は村長の胸倉を引っ掴むと、無理矢理体を起こし、拳を振り上げた。
「お前みたいな奴がいるから! 泣かなくていい奴が泣くハメになるんだ!」
 そのときだった。
「見ろ、娘」
 冷たい声だった。だが、それだけで充分だった。
 牢の外で、男が歴の父親に刀を突きつけていた。歴も与依も、動けなかった。
「簡単なことだ。お前が素直にこちらへ来れば、お前を母親の元へ送り届けよう。
 だが、お前が拒むというのであれば仕方がない。無理矢理にでもお前を連れて行く。
 そのための障害となるものを全て破棄してだ。判るな」
「……お、お父」
 歴が泣きそうな声で父親を呼んだ。
 与依は目眩がしていた。
 どうしてこんなことになっているのか、必死で理解しようとした。
 自分の知らなかった村の事情。そのせいで与依の両親はいなくなった。
 そのせいで与依は『天邪鬼』に魅入られて、迷惑を掛けたくないから誰とも関わらないように過ごして来た。それでも歴は与依のことを思ってくれていて、歴の父親も与依と与依の両親のことを思ってくれていて、裏切り者だと思っていたけどそうではなくて、村長が悪い奴で、深が殺されて、縁が捕まった。それも、借金のかたに。
 全く関係がないのに捕まえられて、殺されて。今また自分も売られて行く。
 意味が分からなかった。借金を作ったのは自分たちなんかじゃない。
 それなのに、何故売られていかなければならない? 殺されなければならない?
 考えれば考えるほど意味が分からなかった。
 借金を作るきっかけを与えた村長は無傷で、事情を知らない大部分の村人たちは、この先も何も知らないままに一日を過ごして、犠牲になるのは一握り。ずるいと思った。
 子供のような考え方だと言われようが、最終的に与依は、ずるいと思った。
 原因を作った人間が痛みを覚えないのはずるいと。
 だが、だからと言って、ここで『嫌だ』と言ったら、歴の父親は殺される。
 それを止めようとする歴も殺されるかもしれない。
 自分がどれだけ冷たくしても、歴だけはいつも傍にいようとしてくれた。
 ついさっき、山の中でどうでもいいと見捨てられてしまったときも、穴に落ちて助けを求めたら助けに来てくれた。そうやって、ずっとずっと傍にいて見守ってくれていた歴が殺されるのは見たくなかった。
 嫌だと言ったところで、行きつく先は同じなのだ。どうせ連れて行かれる。
 男たちは無慈悲だ。人を人とも思っていない人間が、自分たちを見逃すはずがない。
 村長だけはどうなっても良いが、歴と、歴の大切にしている父親だけは失いたくはなかった。だから与依は言った――出来る限り明るい声で。
「判った。おら、行くよ」
「与依?!」
 歴が驚いた声をあげる。
 そんな歴に笑顔を見せて、与依は続けた。
「だってさ。歴も歴のお父も、その男たちに勝てるわけねぇし。
 そいつらはおらをお母のところへ連れて行ってくれるって言ってるし。
 どうせ腫れ物扱いのおらがいなくなったところで、村の誰も困らないし。
 と言うか、むしろこっちが清々する?」
「……与依?」
 戸惑いの声をあげる歴の横を通り過ぎ、開け放たれた格子を潜る。
「まぁ、考えても見れば、おらがこの村に居続ける理由もないしね。
 お父もお母もいないし。元々一人で一日過ごしてたし。
 だったら、お母のいるところに行った方が、どれだけましか判らないじゃん」
「よ、与依……」
「さわんな!」
 後悔を滲ませた表情を浮かべて、血に汚れた手を伸ばして来る歴の父親を一喝。
「あんたが、おらに、触るな!
 どうしてあのとき、お父がおらのことをあんたじゃなく、歴に頼んだのか良く分かった。
 せいぜいあんたは、歴とこの村を守れば良い」
「与依……」
 打ちのめされたような顔だった。泣き出しそうな声だった。
 ともすれば、与依の方が泣きたくなるほど悲しい姿に、与依の胸は痛んだ。
 だが、ここで同情心を見せてはいけない。
 与依は『天邪鬼』なのだ。いくらでも本心を隠せるのが『天邪鬼』。
 だから与依は続ける。こんな奴、守らなくて良かったと思われるように――
「さ。どこの誰だか知らないけど、おらをお母のところへ早く連れて行っておくれ。
 いつまでも裏切り者の顔なんか見たくないからね」
「与依……お前、本気で言ってるのか?」
「来るな!」
 振り向かなくても判っていた。歴が追い駆けて来ようとしているのは。
 だから与依は止めを刺す。
「あんた本当にうっとおしいの。
 あんたが傍にいると、いつもいつも後ろめたさを感じ続けなくちゃなんねえ!
 それがどれだけ辛いことか判らねぇべ?
 だからここでさよならよ。おらはもう、解放されたいんだ。
 それとも何? おいらは殺されてでもお前を守りたかったんだ。って、自己満足のためだけに死んでみせる? それで、ずっとおらが後悔し続けたらあんたは満足?
 冗談じゃない。ただでさえ気に入らない事実を知ったのに、これ以上おらを煩わせねぇで。今まで本当にありがとう。お疲れ様。これからはまぁ、自由に生きてちょうだい」
「……与依」
 絶望した声だった。
 これで諦めてくれた。
 与依は、今にも崩れ落ちそうになる足に力を籠めた。
 ずっとずっと震えていて、それが歴にも伝わってしまうのではと怖かった。
 だが、与依の拒絶は功を奏した。
「さ。行くよ」
「ふむ。お前の母といい、お前といい。肝の据わり方は男以上。天晴れだな」
「お褒めに預かり……だね。嬉しくないけど」
「ふむ。まぁいい。行くぞ」
 そう言うと男は刀を納め、与依は男たちと共に牢の前を後にした。


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