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作品名:魔法使いは星月夜を抱く 作者:alone

第9回 2−4

「これは記憶を映す魔法。時間は今朝あたりに合わせたんだけど、どうやら彼の言っていたことは本当のようね。記憶がないから何も映らない。事件が起こる前からこうだったとしたら、いつからこうだったのかしら」
 そう言いながらクローディレーヌは左回りに円を描くように手をゆっくりとまわす。
「魔法……。え、クローディレーヌさんって魔法使い!?」
「クローディーでいいって。まあそういうことになるのかな、ここだと」
「すごいすごい! 初めて見ました!!
 クローディレーヌさん……じゃなかった、クローディーさんは他にもたくさん使えるんですか、魔法!」
 ルリレラがきらきらと目を輝かせて質問を投げかける。
「まあそれなりに……って静かにね、見つかっちゃうから」
 クローディレーヌが苦笑しながら注意すると、ルリレラは我に返って口元を両手で抑えた。状況を考えず興奮してしまったことを反省して肩を落とし、指の隙間から「すみません……」と謝罪の言葉を小さく零した。
「あ、映った」
 クローディレーヌの声に顔を向けると、光の幕に映像が映し出されていた。物の動く速さを何倍にもした目が回るような速さの映像だったが、クローディレーヌがかざしている手をパッと大きく開いた瞬間、動きは止まった。
「最後に見たのは何かしら」
 クローディレーヌが今度は右回りに円を描くように手を動かすと、幕に映された映像が動きだす。
 夕暮れほどの薄暗さのなか、左右に建物がいくつも並び、その間の道をゆっくりと進んでいく。ルリレラは不思議と、見覚えがあると思ってしまった。でもどこで見たのだろう。思い出せないうちに、映像は道をどんどんと進んで行ってしまい、右手にある店へと近づいていくようだった。
 路地に面した、建物一階のお店。木製の扉と、その隣には店内を覗ける大きな窓。
 事件現場だ。思い出したというより直感した。全身の毛が逆だち、肌が粟だつ。
 映像は進む。木製の扉を開けて、中へと入る。お店としての部分を通り抜け、奥に入ると階段を上っていく。どうやら店と家が一体になっているようだ。二階に着くと、手近な机に持っていた荷物を下ろした。慣れた手つきで明かりに火を灯すと、不意に――まるで誰かの視線でも感じたかのように――唐突に壁の方にふり返る。
 壁をありありと明かりが照らし、そこに描かれたものをはっきりと浮かび上がらせる。赤い塗料で描かれた奇妙な図柄。円や直線、三角形や四角形などの多角形を組み合わせ、有機的とも無機的とも言えそうな、圧倒的な存在感を放つ模様。それが映し出された刹那、光の幕のなかは暗闇へと暗転した。
 しばらくの間、二人とも何ひとつ言葉を発しなかった。特にルリレラは図柄を見た瞬間、胸のうちに質量のある物体を突如投げ込まれたかのような錯覚に襲われ、不気味な圧迫感と恐怖に頭のなかを満たされた。過呼吸になりそうなところ、強く両肩を抱きしめることでどうにか気持ちを落ち着かせ、なんとか自らの呼吸を取り戻す。
「まさか……嘘でしょ……」
 クローディレーヌの口から隠しきれない驚きが零れ落ちる。
 だがそのとき、部屋の外から話し声が聞こえ、足音が近づいてきていた。
 慌ててクローディレーヌは光の幕を消すと、すぐさまルリレラの傍に駆け寄る。
「静かにして動かないで」
 そう言ってルリレラの応答も聞かず、何かの魔法を使った。二人の身体の表面をなぞるように、粘性を持った光が流れていく。虹色の輝きを放つそれは、全身に覆いかぶさり二人を包み込むと輝きを失い、同時に二人の姿をその場から消し去った。
 ガチャリと音を立てて扉が開かれる。警防隊の制服に身を包んだ男性がふたり入ってきた。
「おいおい、なに寝てんだ、起きろ!」
 ひとりが容疑者の男性を平手で叩いた。容疑者の男性は驚いて目を覚ますが、何が起こったのかいまいち分かってはいない様子だ。
「とっとと立て! 留置場いくぞ」
 もうひとりが容疑者の男性の襟首をつかみ、無理やり立たせる。容疑者の男性はふらふらとした足取りで、警防隊員たちにせっつかれながら部屋を連れ出されていった。
 扉が閉まり、ルリレラはいつの間にか止めていた息を一気に吐きだした。全身が脱力して縮こまると、身体の表面を覆い隠していた皮膜にひびが入り崩れ落ちる。そして今まで透明に隠されていた姿が露わとなった。
「危ないところでしたね……」
「ええ、そうね」
 心ここに在らずといった口調のクローディレーヌの横顔を見ると、視線が閉じられた扉に向けて固定されていた。
「どうかしました?」
「……ちょっとね」
 クローディレーヌの声音が秘めた重々しい雰囲気に、ルリレラは訊ねて良いか逡巡する。
 クローディレーヌが上げた驚きの声は、おそらくあの謎の図柄が関係している。気持ちを掻き乱す不可思議な図柄。あれが映ってから記憶の映像が終わったということは、事件にも何かしら関係しているはずだ。
 何であるか知りたい――好奇心は湧き起こるが、同時に恐怖も付随する。
 知らないということは、それだけで守りの盾となりえる。もし知ってしまえば、もう知らない側に戻ることは叶わないのだ。けれど、知らないということは、何事も先んじて行えないということでもある。
 もし知っていれば、あのとき事件現場で、私はどうすることができただろう?――そんな仮定をルリレラは考えてしまう。
 もちろん無力さを痛感している今では、コルウェンに言われたとおり逃げるべきだったと理解している。自身の力が及ぶべくもないことを嫌というほど知っている。
 でもあのときは知らなかった。《鏡変》というものがどれほど恐ろしいものであるかということを。
 知ることができるのなら、知らないよりもずっと良い。ルリレラは心を決めた。
「クローディーさん、この国で一体何が起きているのか、知っているのなら教えてくれませんか?」


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