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作品名:魔法使いは星月夜を抱く 作者:alone

第8回 2−3

「おいおい、明日でも構わんだろ、それは」
「いえ、どうもすみません、今日中に終わらせないといけないらしくて。終業まで時間もあまりないですし、どうかお願いします。終わらせないと怒られるんですよ。すぐ終わらせますし、邪魔もしませんから。本当に、どうかお願いします!」
 入口に立っていた男に向かってルリレラは何度も深々と頭を下げていた。その手には備品一覧の帳面があり、記載通りか確認する作業をしなくてはならないために中に入れてほしいと頼みこんでいた。さらにルリレラの隣にはクローディレーヌの姿もあり、今は警防隊の予備の制服に身を包み、同じく頭を深々と下げて頼みこんでいた。
「まったく、しょうがないな。邪魔だけはするんじゃないぞ」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
 二人は平身低頭で感謝の言葉を繰り返しながら、中へと足を踏みこんでいく。
 ルリレラは事情聴取のために一度入っていたので、中の配置は大体つかんでいた。手前から窃盗や暴行などの事件を普段担当している課の区画が並んでおり、その奥に聴取室が数部屋ある。さらに奥にはお手洗いや仮眠室などが並び、一番奥の壁沿いに備品を置いておくための棚が置かれていた。
 おそらくまだ容疑者は留置場には連れて行かれていないため、いるとすれば聴取室のはずだ。だが直行して入れるわけもないので、まずは通り過ぎて一番奥の備品棚へと向かう。
 とりあえず目の前にある箱を手に取って、中身を検分しているふりをしておく。横目で聴取室の方を確認すれば、運よく扉が開き、室内の様子が見れた。そこには思った通り容疑者の姿があり、さらには聴取していた人も今ちょうど出て行ったところで、中には容疑者ひとりだけだった。
 今だ! そう思うとルリレラはクローディレーヌを連れて、誰にも見つからないように気を配りつつ聴取室へと向かい、中へと忍び込んだ。
 座っていた容疑者の男性は、あのときとはまるで別人だった。どこからか空気が漏れてひどく萎んでしまったようにやつれている。面影があるおかげでなんとか同一人物だと判断できたが、憔悴しきった今の姿には、あのときのような恐怖ではなく同情の念の方が湧いてきてしまう。
 男性の生気のない目がゆっくりと動いてルリレラたちへと向いた。
「君たちは……誰かね……?」
 力のない声が訊ねてくる。クローディレーヌが彼の正面に立ち、目を見つめながら優しい声で応じた。
「私たちはあなたの助けになりに来たの。できれば事件について覚えていることを教えてくれない?」
「……すまない。分からないんだ」
「分からない?」
「記憶がないんだ。気がついたら捕まっていた。どうして……どうしてこんなことに……」
 男性は自責する言葉をブツブツと呟き、力なく頭を落として見るともなく視線を漂わせていた。
 クローディレーヌは彼の傍を離れ、ルリレラに小声で訊ねる。
「捕まえたのはこの人で間違いないのよね」
「だいぶ変わっているけど、この人に違いないと思います」
「そう……ちょっとお願いがあるのだけれど、いい?」
「えっと何でしょう」
 改めて言われることにルリレラは少し緊張を覚える。一体何だろう?
「まずは外から誰か入って来ないか扉の側で気に掛けておいてもらいたいのと、もうひとつは、これから私がすることは他言無用にしておいてもらいたいの」
 そう言ってクローディレーヌは男性の隣に立った。
「誰も来そうにない?」
 言われてルリレラは扉に歩み寄り、聞き耳を立てる。話す声は距離を感じるし、近づいてくるような足音も近くで物音もしない。大丈夫だと判断してクローディレーヌに向けて無言で頷いた。
 クローディレーヌは頷きを返すと男性へと向き直り、彼の頭に両手をかざした。
「これからあなたの記憶を覗きます。心を落ち着けてください」
「のぞく……? きみはなにをいって……?」
 男性は雲のようにふわふわとした言葉を力なく零していたが、次第に声は小さくなっていく。
「眠るようなものです、安心してください」
「ねむ、る……」
 男性の声が消え入るように漏れたのを最後に、彼はがくりと頭を落として意識を手放した。すぅすぅと寝息のような呼吸音だけが小さく鼻から漏れ聞こえてくる。
 クローディレーヌは男性が静かになったのを確認すると、かざした両手をゆっくりと空気を掻き混ぜているように動かした。奇妙な光景だったが、次第にその効果が目に見えて現れてくる。
 男性の頭から小さな光の粒がいくつも浮かび上がり始めた。その光は一つひとつが泡のようで、弾けてさらに細かい粒子を生み出していき、ついには霧状となって頭のうえに広がった。霧状の光は両手を広げたほどの大きさになると、今度は幕のように濃度を整え、揺らめき波を打つ。揺れうごく陰影は次第に規則性を失い、無作為な黒白の明滅に見えたかと思うと、次の瞬間、光の幕のなかに巨大な黒い円が現れた。
「これって……」
 ルリレラは驚きのあまり、目の前で繰り広げられる光景に言葉を失っていた。それもそのはず。これこそまさに、初めて目の前で行われた、本当の――
「ええ、魔法よ」
 クローディレーヌの穏やかな声が、図らずも言葉を継いでいた。


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