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作品名:魔法使いは星月夜を抱く 作者:alone

第4回 1−4
 昼食を終えたルリレラとテレンスの二人は、警邏にも慣れ始め適度な警戒心を持続させながら通りを進んでいた。警防隊の制服を見て怪しい動きをする者はおらず、見るからに不審そうな人も見当たらない。昨日の今日で《鏡変事件》がふたたび起こるとも思えなかったので、今日のような警邏が明日も明後日も続くだろう、などと油断する心がふつふつと湧きおこり始めた矢先、その音は耳に飛び込んできた。
 ピイイィィィィ――――!
 事件発生を告げる警笛。隊員全員に支給されているそれは、問題発生を他の隊員に告げ集合することを伝えるために用いられる。
「あっちだ!」
 テレンスが音の方に素早く反応し駆け出す。ルリレラもすぐに後に続いた。
 音の大きさから考えて事件の発生場所はとても近い。いくつか路地を抜けた先だろう。だが続けざまに何度も吹かれる警笛から、間に合わないんじゃないかという焦燥感が生まれる。縋(すが)るように吹き鳴らされる警笛は尋常でない事件の発生を告げていた。もしかしたら《鏡変事件》かもしれない。ルリレラは緊張で硬くなる身体に鞭を打ち、間に合えと願いながら走りつづけた。
 ようやく到着した現場は、異様な雰囲気に包まれていた。
 場所は路地に面した建物の一階で、何かのお店らしかった。木製の扉の横には中が見えるように大きな窓が置かれていたが、薄暗いために様子は窺えない。だが陶器が割れるような音や誰かが叫ぶ声などが絶えず漏れ聞こえてくる。
 突然、窓が砕け散り、中から人が飛びだしてきた。
 正しくは投げ飛ばされたというべきだろう、出てきた人は路地に受け身も取らず倒れ込み、ぴくりとも動かない。衣服は襤褸(ぼろ)のごとく薄汚れて裂けてしまっていたが、それでも見慣れた服装に気づかないはずがなかった。警防隊員だ。
 助けなくては、とルリレラが考えて駆け寄ろうとした瞬間、またしても凄まじい音が空気を震わせた。扉が吹き飛び、向かいの建物に衝突したのだ。だが扉だけではなかった。そこには警防隊員の姿もあり、扉に叩きつけられたうえ扉ごと吹っ飛ばされてきたのだと察せられた。
 血の気が引いていき、まるで時が止まったかのように一瞬の静寂がとても長く感じられた。そのとき、建物内から瓦礫を踏みつけたガタリッという音が届き、ルリレラは反射的に水銃を構えた。視界の端ではテレンスも同様に水銃を手にしていたが、今や自分以外を気に掛ける余裕を持ち合わせてはいなかった。
 ガタリ、ゴトリ、と音を立て、建物内から一人の人間が姿をあらわした。中肉中背、三十代ほどの男性。衣服はボロボロで足取りはふらついている様子。もしかしたら巻き込まれた住人かもしれないとルリレラは一瞬考えたが、その男性の目を見て背筋が凍りついた。
 今にも血の涙を流しそうなほど血走った両目。瞳孔はひどく散大し暗い闇を抱えている。距離はあるはずなのにすぐ眼前で睨まれているかのような圧をひしひしと感じ、全身から冷や汗がふきだす。
「あァあ、ああァ、あああ!」
 テレンスが半狂乱気味に叫び声を上げながら、水銃を全弾撃ち放つ。しかし狙いの定かでない弾は明後日の方向にとび、相手にかすりもしなかった。焦る様子でテレンスはさらに引き金を引き続けるが、弾はすでに絶えてしまっている。
 落ち着いて! とルリレラは声に出したかったが、口内は渇き果て、震える唇は思うように動かない。声を発するなんて不可能な状態だった。自分だけでも弾を当てなくてはと狙いを定めようとするが、男がびくりと身体を震わせた次の瞬間、テレンスに向かって恐ろしい速さで距離を詰めた。
 ルリレラが銃口を向けようと身を翻すがまったく間に合わず、ようやく男の姿を捉えたときには、男は横ざまに腕を振るっていた。あまりの速さにテレンスは避けるどころか身動きひとつ取れず、直撃を受けて建物の壁に叩きつけられた。
 衝突の鈍い音とテレンスの呻き声が、ルリレラの耳にべっとりと張りついた。恐怖と怒りが渾然一体となり、ルリレラに水銃の引き金を引かせていた。
 バンッ! バンッ! バンッ!
 男はすぐ傍に立っているというのに、最初の二発は外れていた。最後の一発にしてようやく命中したが、男は不気味なほど無反応だった。だがゆっくりと首をルリレラの方に回し、赤と黒に染まった双眸をルリレラに向けた。
 来るッ――!
 それは本能的な直感だった。避けられるなんて自信は微塵もなく、避けなくてはという生命的危機感だけに突き動かされていた。
 ルリレラは咄嗟に横に跳び退き、なんとか寸でのところで直撃を回避した。しかし男が腕を振りぬくことで起こった風に巻き込まれ、うまく受け身が取れずに路地を転がった。なんとか身体を起こして男の様子を探ると、妙なことに頭を抱えて苦しんでいるようだった。
 いまが好機かもしれない。
 ルリレラは辺りを見回し、昨晩の雨でできた水溜りを見つけると駆け寄った。水銃から弾槽(水を入れておく容器)を外して水を補充する。
 わたしにできるのは他の隊員が来るまでの時間稼ぎ。テレンスや他の人を残して、ひとりで逃げるわけにはいかない。
 ルリレラは自らを奮い立たせ、水銃に弾槽を戻した。孤軍奮闘する覚悟。だが事態はルリレラの予想に沿わぬ展開を見せた。
「ガアアァアァアア!」
 突如、男が雄叫びを上げて走りだす。だがその方向はルリレラの方ではなく、人が多い表通りの方だ。これでは無関係な人々が巻き込まれ被害が拡大してしまうことを避けられない。
 ルリレラは少しでもこちらに注意が向けばと、警笛を取りだして力いっぱい吹き鳴らす。しかし男の足取りは止まることを知らず、着実に表通りへと近づいていた。
 警邏中に出会った人々や身近でお世話になっている人たちのことがルリレラの脳裏を過ぎった。彼らの生活と安全を守る、警防隊としての使命が重量感をもって圧し掛かった。
 止めなくちゃ……!
 ルリレラは男を追って駆けだしていた。


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