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作品名:魔法使いは星月夜を抱く 作者:alone

第2回 1−2
「おはようございます!」
 胸部の中心に右拳を置く敬礼をしながらルリレラは快活にあいさつをした。
 広い室内に唐突に響いた声に、驚きなどさまざまな反応を示しつつ何人かの隊員がルリレラのあいさつに応える。その返事に対してまた個別にあいさつを返しながら、ルリレラは自身に宛がわれ机へと向かう。
 室内の片隅にひっそりと設けられた一画。六つほどの机が向き合う形で並べられているが、ほとんどが無数の物で雑多に覆われてしまっている。それはルリレラの机についても例外でなく、色々な物が詰め込まれた箱がいくつも積まれていた。
「おはようございます、って昨日より増えてませんか、これ!」
 ルリレラは机の惨状を目にして不平をもらす。その声に反応して山積みの箱の影からひょいと顔が出てきた。ボサボサの髪に、伸び散らかした無精ひげ。厚みのあるレンズの眼鏡をかけた、少々頼りなさそうに映る男性。
「ルリレラくん、おはよう。いやいや、ごめんね、増えちゃった」
「増えちゃったじゃないですよ、コルウェンさん!」
 コルウェンと呼ばれた男性は頭をぽりぽりとかきながら照れたような笑みを浮かべた。とても人の上に立つ人間のように見えないが、これでもこの遺失物課――国中の落し物など所有者不明の物品の管理等を行う課――の課長である。
 ルリレラは新たに積み上げられた箱の中身をすぐさま確認する。財布や手提げかばん、ペンダントなどの装身具。中にはゴミとしか形容できなそうなものまであり、嫌がらせに拾ってきたのでは疑いたくなる。しかし果ては警防隊所内の備品一覧なんてものが入れられているのを見つけ、慣れてきていたはずのルリレラもさすがに声を上げた。
「どうして備品一覧なんてものまで入ってるんですか。落し物のはずがないじゃないですか」
「ああ、それね。新人の仕事だろって押しつけられたんだ」
 警防隊は人々の暮らしと安全を守る仕事が主であり、それ以外については軽視されがちだ。警防隊に新しく入った者はまず雑事を担当することになり、そこには遺失物課も含まれる。それゆえに雑事一般は新人の仕事と考え、課の所属などを無視した好き勝手な判断で新人に押しつけていく輩もいてしまう。今回は備品一覧ということなので一覧の記載が実際と一致しているかを確認する作業ということになる。
「まあ気が向いたときでいいからさ、頼むよ」
 コルウェンの申し訳なさそうな声色に、ルリレラは毒気を抜かれ溜め息をもらした。と、そこで妙案を思いつく。紛れ込ませればいいのだ。
 思いつくが早いかルリレラは備品一覧をそろそろと隣の机へとずらしていく。だがそこで邪魔が入った。
「おい、俺のとこに置こうとしてんじゃねえ」
 あいさつより先に飛んでくる文句。声の方を見ずともルリレラには誰が言ったかすぐ分かる。今まさにルリレラが備品一覧を押しつけようとした相手だ。
「良いじゃない、テレンス。小さなことにうるさいアンタにお似合いよ」
 ルリレラは悪びれた様子もなく同期のテレンスの机に投げ置いた。しかしテレンスがすぐさま手に取り、ルリレラに向けて突きかえす。ルリレラはルリレラでまた押しかえし、二人で押し合う可笑しな構図が出来あがった。
「まあまあ二人とも落ち着きなよ」
「そうだよーふたりともー」
 新しくやってきた男性と女性。ルリレラと同じ新人のクィントとシエラだ。そしてその後にもう一人の新人男性であるエルトンが続いた。
「自分の机に置かれたら自分の物だって言ったのはルリレラじゃなかった?」
 エルトンの何気ない言葉にルリレラはばつが悪そうな表情を浮かべた。しばらく前に落し物のなかに事件性がありそうな物が混ざっていたことがあり、ようやく警防隊らしいことができると独り占めするためにルリレラ自身が言い放ったことだった。事件性の虞(おそれ)については単なる誤解だったが、言った内容については事実だ。仕方なくテレンスからひったくるように備品一覧を受け取り、「悪かったわね」と小さく謝罪を添えた。
 行き場を失ったモヤモヤ感が胸のうちでくすぶり、ルリレラは捌け口を求めてコルウェンに向けて愚痴をこぼす。
「コルウェンさん、何か警防隊らしいことさせてください。毎日毎日落し物落とし物……遂には関係ないことまでやらされて、何のために警防隊に入ったか分かりません! お願いします!」
 ルリレラの嘆願に対し、いつもであれば諦めることを促すコルウェンが今日は珍しく違った反応を見せた。
「まあ、うん、そうだね、いずれ分かることだから、先に話しておいても良いかもしれない。昨晩あった事件のことは、みんなはどれくらい把握してる?」
 コルウェンの言葉に五人は互いを見合った。特にルリレラは昨晩何かがあったということを聞くのは初耳で、驚きの表情を浮かべて四人を見回していた。
「それは西区であった事件のことですか?」口火を切ったのはテレンスだった。「詳しくは俺も知りませんが《鏡変(きょうへん)》らしき事件がまた起こったと耳にしました」
「うそっ……」
「なんだって……」
 テレンスを除く四人の口からそれぞれに驚きの声がこぼれた。
《鏡変》とは、ある日突然起こった、人格が急変する事件である。原因はまったくの不明であり、事件と呼称しているが病気や現象である可能性を拭い去ることもできない。手がかりを得るべく《鏡変》した人を捕まえて調べようともされたが、過去起こった事件において捕まえることは一人として成功しておらず、まるで霧か煙でも相手にしているように消えてしまったとだけ報告されている。
《鏡変》という通称は鏡に映ったように人格が正反対に変わってしまうことに由来する。被害者の話では《鏡変》した人物はもともと善良な一市民であり、暴力を振るうことなどあろうはずがなかったそうだが、突如として凶暴化し襲いかかってきたとのことだった。
 最初の《鏡変》事件は十年近く前に起こり、当初は家庭内での不和をきっかけに喧嘩に発展し、その後加害者側が逃亡したものと考えられていた。しかしそれから数年後にも似たような事件が起こり、また一年ほどの後にも発生した。似たような凶暴化事件が記憶に新しいうちに発生し、人々は次第に何かがおかしいと噂するようになった。そしていつしか《鏡変》という言葉が生まれていた。
 その後も《鏡変》事件は約一年に一度ほどの間隔で発生していたが、ここ最近は事情が異なる。十日前に起きた《鏡変》事件を皮切りに、昨晩起こったという《鏡変》事件で三件目であり、何か良からぬことが起きつつあることは明らかだった。
「昨晩って……本当のことなんですか……?」
 ルリレラが恐るおそるコルウェンに問いかける。コルウェンは神妙な面持ちで押し黙っていたが、ゆっくりと口を開いた。
「詳しくは分かっていない、まだ捜査中だからね。けれど、このままでは警防隊の面目が丸潰れになってしまう。初めてがこういう形になって残念に思うよ」
 コルウェンの言葉の真意を五人が分かりかねているなか、警防隊所内に大声が響き渡った。
「注目――ッ!!」
 雄叫びのような声に合わせ、所内の全員が立ち上がり声の方に顔を向ける。両足の踵(かかと)を揃え、右拳を胸の中心に据え、敬礼の姿勢を取る。一呼吸ほどの間を空け、隊員たちの視線が集まるなかに一人の男性が歩みでた。警防隊隊長を務めるギルデネスだ。
「すでに耳にしている者もいるだろうが、昨晩西区において新たな《鏡変》事件が発生した。これは十日前と四日前の《鏡変》事件に続き三度目であり、過去に例を見ない頻度での発生である。しかし未だに我々はその原因を知る手がかりどころか、《鏡変》が起きた当人を捕らえることにすら成功していない。この無様な有り様に人々は不安を募らせ、安心して眠ることすらできない日々を過ごしている。
 ゆえに、今日より緊急対応計画を実行に移し、全隊員による常時国内警邏(パトロール)を命じる!」


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