小説&まんが投稿
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:ノベライズド・ライフ 作者:alone

第3回 第一章 この世界は B
「小説の……なか……?」
 俺にはツィカが何を言い出したのか分からなかった。急にここが小説のなかだと言われて、ああそうですかなんて簡単に受け入れられるわけがない。
「そうだよね。そう簡単には受け入れられない。ああそうですか、なんて呆気なく言われた日には私の方が不安になっちゃう。でも受け入れてもらわないといけないの」
 ツィカは俺の心を読んでいるみたいに、妙に的確な返事をかえしてきた。
「だから読んでるんだって。心じゃなくて地の文をだけどね。まあ一人称小説では地の文に心理描写がされるわけだから、心とも言えなくはないのかな」
 ……えーっと、んん?
「どうしたの?」
 ツィカは俺の心を読んでいるわけじゃなく地の文を読んでいるのであって、でも地の文に書かれているのは俺の心のなかのことであって、だから地の文を読むってことは俺の心を読んでいるようなものであって、つまり心ってのは……――。
 考えれば考えるほど頭のなかがこんがらがっていった。
「とりあえず落ち着いて。地の文がどうのこうのは後でもいいから。今はこの世界が小説のなかだってことを話しましょう」
 地の文ってのは実は心の暗喩であって、最終的に読む読まないって話は……――。
「ジン!」
 ツィカの優しげだが叱責するような響き。俺はパンク寸前だった思考を止めた。
「よし。じゃあ話を進めましょう。
 まず、この世界が小説のなかだってことは理解したわね」
 …………。
「理解したよね?」
 有無を言わせぬ口調でツィカは言った。俺はしぶしぶ首を縦に振る。
「じゃあ次は……そうね。ジンは地の文のことが気になっているみたいだから、私のことを話しましょう」
 その発言の前後のつながりに関して疑問を抱かざるを得ないわけだけれど、口には出さないことにする。
 いや、こうやって俺が思ってしまったわけだから、ツィカにはもう読まれて伝わってしまっているってことなのか? どうなんだ?
 俺が悩んでいることなんて気にする風もなく、ツィカは話を続けた。
「私は観察者(オブザーバー)だって言ったこと、憶えてる? もちろん、私が自己紹介したときに観察者が何であるかジンは分かってなかったから、今もそれが何か分かってるわけないわよね。あのときの地の文もチェック済みよ」
 ……なんというか、話が早い。俺は無言で話の先を促す。
「では観察者とは何なのか?」ツィカは人差し指を立て、ここ試験に出るよと今にも言い出しそうな雰囲気で話を進める。「観察者ってのは、世界を第三者(オブザーバー)として観察することができる存在のことなの。簡単に言ってしまえば、その世界とは別の場所から来たってことね。だから私もこの世界の登場人物(キャラクター)ではないってわけ。登場人物には自分たちの物語を作り出している文章を知ることはできないけれど、私みたいな外部の存在は意識すればその文章を見ることができる。だから私はこの世界の地の文を読むことができるの。何もかもすべてを読むことができるってわけではないけどね」
「どうして全部はできないんだ?」
「意識しないと見ることができないから常に見ていられるわけじゃないってこともあるし、他にも理由はいろいろあるんだけど、一番は、私自身がその物語の世界のなかにいるってことかな。外側から見ていれば内側があることは分かるけれど、内側に入ってしまうと外側の存在を忘れてしまう。だからジンにはこの世界が小説だって自覚してほしかったの。誰かに教わった知識より自分で知ったものの方が残りやすいでしょ?」
「でも俺がこの世界は小説だって知るのはまずくはないのか? ツィカは違うけど、俺はここの登場人物なんだろ?」
「物分かりが良くて助かるわ」またツィカはどこか先生口調になった。「では、いま何が起こっているかを話しましょう。いまこの世界は崩壊しつつあります」
 ……え?
「えええええええッ!?」
 唐突に明かされた事実に俺は驚きを隠せない。
「まあまあ落ち着いて。しつつあるって話であって、崩壊しましたとは言ってないでしょ」
「でも崩壊に向かっているんだろ? なら時間の問題じゃないか」
「そういうことにはなるけど、それはまだ先の話」ツィカは片頬を指先で掻いた。「それに、私はこの世界を崩壊させないために来たの」
「じゃあ崩壊は防げるのか?」
「そうよ。でも私だけじゃどうにもならない。すべてはあなた次第なの、ジン。この物語の主人公である、あなた次第」
 そう言われて今更ながらに気づかされた。地の文に俺の心理描写がされているということは、この世界を作り出している小説は、俺の視点で書かれているということだ。
 つまりツィカがいま言ったように、この物語の主人公は、俺なんだ。
「やっと気づいたの? 頼りない主人公さんね」
 ツィカは目を細めてクスッと笑ったが、俺は冗談めかしているつもりなんて、まったくなかった。
 俺が主人公。その事実は、受け入れられるかどうか以前に、理解ができなかった。それはあまりに俺の考えに反していた。俺はそんな役目を与えられるような人間じゃない。だって俺は――
「俺はしょせん大量生産品だぞ?」留め切れなかった疑念が口を出た。堰を切ったように溢れ出す。「俺みたいなのが主人公なわけないだろ。主人公ってのは唯一無二だ。誰彼かまわずできるようなものじゃない。大量生産品がやるもんじゃないんだよ。俺みたいのにお似合いなのは端役も端役、モブキャラ止まりがせいぜいだ。教室の片隅で見切れてるぐらいがちょうどいいんだよ。他人に語れるような生き方してないし、語られるような人生だって送ってない。誰にも注目されずに平々凡々と生きて、気づかれることなく消えていく。その程度の人間が、主人公なんて大役を与えられるわけがない。なあ、そう思うだろ?」
 黙って聞いていたツィカに俺は問いかけた。彼女の表情は無感情に固まっていたが、ゆっくりと瞬きを一度すると、口を開いた。
「ジンは、登場人物が物語を紡ぐのか、それとも、物語が登場人物を描くのか、どっちだと思う?」
 彼女の問いかけに対して、俺は乱れた呼吸を繰り返すばかりだった。唐突な問いに思考は纏まりを得ず、頭のなかは真っ白になっていた。
 ツィカは穏やかな口調で続けた。
「私はね、前者だって信じたい。物語は登場人物たちが作るものであって、登場人物たちは物語を進めるためのただの道具じゃないって」
 語尾がわずかに震えているような気がした。言葉の影にひそむ感情を無理やり押し殺しているように。
「でも、現実はそう甘くない」
 ふた呼吸分ほどの沈黙。その時間は、やけに長く感じた。
 ツィカがふたたび話し始める。だがその声は無感情さを湛えていた。
「物語は不安定さを抱えている。それは小説であっても例外じゃない。すでに印刷されたものであるからと言って、物語が確定されているわけではないの。たとえ次のページのことであっても不確定であることに変わりなくて、読まれるその瞬間まで物語は確定されない。この不確定性があるがゆえに、物語は不安定に移ろってしまう。だから今回のような結果を招いてしまう。
 崩壊はね、物語が定められた筋道をはずれた結果起こる現象なの。主な原因は、登場人物の恣意的な行動。登場人物が勝手に物語を紡ごうとした結果、崩壊を引き起こしてしまうのよ。
 でも、今回はちょっと特殊。ふつうの崩壊だったら身勝手な積極的行動が物語を筋道から外させてしまうものなんだけど、今回の場合は正反対」
 ツィカが俺を見つめて、沈黙を選んだ。言葉の先が俺の口から語られることを望むように。
 いや、ツィカはそうあるべきだと考えているんだ。
 今この瞬間だって、この地の文を見ているんだろ、君は。そうやって俺の心のなかを探っている。俺が答えに辿り着けるかどうか調べている。この答えは自分の力で見つけ出すべきものだから。誰かに教わるのではなく、自覚するべきものだから。
 なあそうだろ、ツィカ? だって今回の崩壊の原因は――
「俺自身なんだから」
 俺の答えを聞いて、ツィカは子供の成長を見た母親のような柔らかな笑みを浮かべた。
「その通り。今回の崩壊は、あなたの消極的な行動が招いた結果。あなたが、主人公であることを拒んだ結果なの」
 ツィカは視線を一度下げてから、また、俺の目を見た。
「ジン。あなたはどうしたい? もしこのままを望むのなら、ジンは主人公であることをやめられる。けれどその代わり、この物語は完結に辿り着くことができなくなり、塵ひとつ残さず消滅することになる」
 ツィカは淡々と語った。まるで二つの門のどちらかを選べと言う門番のようだ。一方は天国に繋がり、もう一方は地獄に繋がっている。どちらの門がどちらに繋がっているかは教えてくれない。いや門番自体もその答えを知らないのだ。なぜなら天国であるか地獄であるかは、門が選択された時点でも、まだ確定されてはいないから。
「それとも――」
「ツィカ」俺は彼女の言葉を遮った。「答えはもう決まっているよ」
 ツィカは俺に柔らかな視線を注いだ。その眼は、俺の答えが何であるか、地の文なんか見なくてももう分かっていると物語っていた。
「俺はこの世界を守りたい。俺の勝手で主人公を放棄にして、この世界に住む大勢の人たちを道連れにするわけにはいかない。無責任にずっと逃げているわけにはいかない。だからツィカ、教えてくれ。俺はどうすればいい?」
 俺の言葉に対して、ツィカは穏やかな笑みをもって答えた。
「今のジンならそう言ってくれると思ってた。
 まずはこの空間から出る必要があるわ。それには、あいつを倒さなければならない。『行間に巣食いしモノ』――アンレッド――を」


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 小説&まんが投稿屋 トップページ
アクセス: 1056