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作品名:ディス・ユートピア 作者:alone

第9回 this utopia viii
 空いていた訓練室を見つけ、そこを使うことにした。昼間の訓練室とは違い、少人数での利用を目的とした小さめの部屋だ。広さはおよそ十メートル四方、高さは三メートル強。二人で使うには十分な大きさだ。
 それぞれで適当に準備運動をしてから向かい合う。
「じゃあ始めますか」とノア。うん、と僕は応じた。
 ノアとはこういう一対一の試合形式の訓練をよくやっていた。だからわざわざ確認するようなことは特にはない。ルールはいつも同じ。生命に関わるような攻撃はなし。それに近い攻撃もなし。つまり怪我にはならない程度。ほどほどに、ということだ。
 でも、ほどほどにとは言っても、《拡張感覚》がなしということではない。さすがにそこまで温くはしない。
 先に動いたのはノアだった。
 数発のパンチが来る。でも拳を払って無力化。
 今度はこっちからパンチ。左、右、左。しかしどれも流された。
 パンチの応酬が続く。打って払って、躱して打って。有効打はお互い生まれない。
 けどそれは織り込み済み。今はまだ準備運動の延長線上に過ぎない。
 徐々に身体が温まってくる。そろそろ次の段階に進む頃合いだ。
 パンチ主体の攻撃にキックを混ぜる。さらに体術により技も混ぜ込む。どんどんと動きが派手になっていく。
 ノアの右ストレート。躱して懐に入り込む。
 突き出された右手を掴む。ノアを腰に乗せ、勢いを利用して投げ飛ばす。
 だがノアは前回り受け身。ダメージはない。しかし僕に背中を向けている。
 追撃を狙いノアの背後に迫る。間合いに入った。そこでノアが身を翻す。
 上体を下げた、右足での蹴り。足払いだ。反応が間に合わない。蹴りをもろに受ける。
 足が払われて体勢が崩れる。倒れ込み、自重で床に叩きつけられる。
 反射的に受け身。ダメージはほぼ相殺。だが一難去ってまた一難。ノアの追撃が来る。
 ノアが体勢を戻し、脚を上げる。おそらく狙いは腹部へのスタンプ(踏みつけ)。咄嗟に身を翻して床を転がった。
 ダンッという鈍い音。ノアは床を踏みつけていた。今のうちに立ち上がり、体勢を取り戻す。
 向き合って止まる。互いに少し息が上がっていた。僅かに肩が上下している。でも十分に身体が温まっている証拠でもある。
 段階が進む。体術だけの時間は終わり。《拡張感覚》が満を持して登場する。
 ノアが手を突き出し、指を弾いた。パチンッという乾いた音。
 咄嗟に右に飛び退く。離れた瞬間、僕がもと居た場所で炎が上がった。一気に燃え上がり、すぐ消える。挨拶代わりという感じだ。
 ノアが得意とするのは《温覚》。熱を操る《拡張感覚》。自由自在に熱を生み出し、火だって簡単に起こすことができる。
 膝をついている僕に向け、ノアがばっと右掌を向ける。畳み掛けるつもりだ。でもやられっぱなしは好きじゃない。
 ノアの瞳を睨みつけ、僕も《拡張感覚》を使う。使うのはもちろん、得意な《聴覚》。音を操る《拡張感覚》。
 仁王立ちでこちらに右手を向けていたノア。だがそこで僅かに身体をふらつかせる。攻撃が効いた。
 ノアは左手で額を抑え、頭を振るう。一瞬ふらつかせる程度の攻撃だ。すぐに元に戻る。けど一瞬でも隙は隙。
 一気に間合いを詰める。ノアが気づき、向けていた手の方向を直してくる。
 目が合う。射抜くかのような真っ直ぐな視線。これがノアの悪いところだ。攻撃のタイミングが筒向けになっている。
 僕は左に避ける。数瞬遅れて、さっきの場所に炎が噴き上がった。
 こちらの動きを追って、ノアの視線が僕を見つける。続けて、右手をまた向けてくる。
 体術だけだったらノアと僕は互角だ。でも《拡張感覚》が合わさるとノアの攻撃は一気に単純になる。とても読みやすい。次にどうしようとしているか、手に取るように分かった。
 頭を下げ、そのままの低姿勢で突っ込む。炎はノアの手の動きに従い、僕に襲いかかってきた。けど残念ながら、炎は僕の頭上を抜けていく。少し熱を感じた程度。
 そこでノアはしまったという表情を浮かべた。《拡張感覚》を切って、体術で攻撃を受けようとする。けど、間に合わない。
 間合いに入った。ノアはノーガード。力を込め、掌底で打ち抜く。
 確かな感触を感じた。ノアの身体が浮き、倒れる。受け身は取っていない。確実に決まった。
 息を深く吸って、一気に吐き出す。目の前ではノアが大の字で倒れていた。胸の辺りで大きく息をしている。
 傍に近づいて右手を差し出す。ノアが顔を上げて、僕の手を見る。続けて僕の顔を見た。
「また俺の負けかぁー」
 ノアはまた頭を倒すと、両手で頭を抱えてゴロゴロと床の上で一頻り暴れた。そして気が収まると、ガシと僕の右手を掴み、漸く起き上がる。
「なんでこんなに勝てないかなぁ……」とノアが愚痴る。
「だから攻撃前に凝視する癖やめないと。慣れたら攻撃のタイミング簡単に分かるよ」
「そんなに見てる、俺?」
 不満げな顔つきでノアが見てくる。でも僕は即答する。
「見てる。ばっちりと」
「マジかぁー」とノアはがくりと頭を落とした。しばらく呻き声が漏れ聞こえてきたが、また顔を上げると宣言する。
「次こそは勝つ。絶対に勝つ!」
 前のときもそう言ってたじゃん。そう思ったけれど、そのことにはあえて触れてあげないことにした。
 それから続けて数回、また試合形式の訓練を行った。けれど最終的に勝ったのはどれも僕だった。ノアは意識して癖を直そうとはしていたけれど、残念ながらそう簡単に直るわけがなく、僕に攻撃のタイミングを筒抜けにしているままだった。そして。
「次は勝つ。絶対勝ーつッ!」
 そう叫ぶノアの声だけが、虚しく室内に響き渡っていた。


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