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作品名:ディス・ユートピア 作者:alone

第7回 this utopia vi
 食堂に人の姿はまだなかった。夕食にしては時間が少し早かったからだろう。
 整然と長机と椅子が並んでいる。列にして三列。その両側に椅子が向き合うように置かれている。一つの乱れもない、美しさのある整然さ。でも少し、不気味さもある。
 妙な考えを振り払って、設置されている機械に向かった。機械はとても単純で、ボタンは十個しかない。ボタン一つにつき一パターンの食事メニューが振られている。例えば、三番のボタンには「和食」というものが設定され、五番のボタンには「中華料理」というものが設定されている。でも大した違いはない。種類が少なければ飽きが来てしまうから、それを防ぐために味の種類を設けているに過ぎない。中身はどれも一緒で、付与されている味覚情報の差異しかない。
 僕は特に考えずに三番のボタンを押した。昨日は二番の日だったからだ。つまり明日は四番の日。ただ番号順に押しているに過ぎない。
 ボタンを押すと、機械の下の部分から皿が出て、そこにカラフルな立方体が流れ込む。一辺一センチほどの立方体。色は全部で五色。それぞれの色に主だった料理が振り分けられている。緑色は野菜。黄色はスープや汁物。黒色はパンやご飯。赤色は肉料理や魚料理。青色はデザート。メニューによって中身が変わることもあるけど、大体はそういう感じだ。
 五色の立方体が盛られた皿をトレーに載せて、すぐ傍の長机を六人で占領した。それぞれの皿を見ると見た目はまったく変わらない。誰が何のメニューにしたかは選んだ本人に訊く以外、食べてみなければ分からない。
 フォークを手に、皿のなかの立方体を適当に刺して食べた。味噌汁の味。白ご飯の味。焼き魚の味。それぞれの色に与えられた味を確かに感じる。けれどそれが本当に正しい味なのかどうかは分からない。味噌汁も白ご飯も焼き魚も、どれも本物を口にしたことなんてないからだ。でも美味しいことは僕にだって分かる。だって「美味しさ」を感じるように作られているんだから。「美味しい」ということが何であるかを知らなくたって、「美味しい」と感じる仕組みなんだ。
「なあ、中華料理って何なんだ?」
 僕の正面に座っていたエルが言った。どうやらエルは今日、五番の食事メニューらしい。
「中華ってのは旧時代にあった国の一つじゃなかったっけ。旧時代の歴史で見たような気がするけど。大きな国だったとか」
 僕の右隣からノアが言った。それで僕も偶然見た情報のことを思い出し、付け加えた。
「たしか中華料理は世界三大料理ってやつの一つだったと思うよ」
「へぇー世界三大料理……ウェルは変なこと知ってるよな」
 エルは感心するような口ぶりで言っていたが、なぜか褒められているような気がしなかった。
「変なことって……」と僕は愚痴り、エルを睨む。
「いやいや馬鹿にしてるわけじゃないって。それで、その三大料理ってのには他に何があるんだよ」
「んーと……」僕は脳内記憶庫を探ってみる。「中華料理以外はフランス料理とトルコ料理、だったかな」
「フランス料理もそうなんだ」とエルの左隣からファイが驚きの声をあげた。「どうりで美味しいわけだね」
 そう言ってファイはフォークで立方体をパクパクと口へと運んだ。そんなに一気に食べると、味が混ざって訳が分からないものになるんじゃないかと思ってしまうけど。
「そんなに美味しいんなら俺にもくれよ。俺のもやるからさ」
 そう言ってエルはファイの皿にある赤色の立方体を刺して食べた。
「うわ、美味しいな。案外いける」
「じゃあアタシもー」と言い、ファイもエルの皿から赤色を食べる。「あ、美味しいね」
 美味しいという言葉が机の上を飛び交う。なんだか不思議な気分だった。食べているものの中身は一緒なのに、それぞれで違う感じ方が存在してしまう。僕もきっと、旧時代の音楽探しという趣味のもとに様々な情報に触れ、食べ物は全部一緒だという知識に出会わなければ、同じような感動を味わえたのかもしれない。
 僕たちが普段食べているのは、正式名称、味覚情報付加食品。簡潔に言えば、一日に必要とされる栄養をバランス良く含んだ合成化合物に、《拡張感覚》の《味覚》を利用して味覚情報を付与した食べ物のことだ。これを食べれば、食べた本人の《味覚》にも作用して味が再現される。「美味しさ」を感じる味が、勝手に作り上げられる。
 ただ、公開されている情報はその程度で、実際の技術的な側面については触れられていない。つまり、どうやってそんな合成化合物を作るかは分からないし、食べたことのない味を《味覚》で再現する方法も分からない。情報はいつも仕組みを提供する死んだ知識でしかなく、そのノウハウを理解させてくれるわけではないんだ。


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